妖刀の夢【3】
らしいな、と目線を流しながらのほほん笑顔の社長を思い浮かべる一晴。
争い事を好まないが、やれば勝つのがあの人だ。
変なところでは好戦的だし。
『人数合わせのような形で巻き込まれただけだからね、彼も。というか、八王戦争で『王』に選定された内、五人は人数合わせで無理矢理『王』にさせられてたけど』
『あー、まぁそりゃそうだよねー。各々属性考えればみんながみんな神になりたいわけないもん。特に水属性とか光属性とかは争い嫌いな奴多いし、地属性とか氷属性はそもそも自分から動くの嫌いな奴多いし』
「……そうなのですか……」
『神になりたい、なんていう奴は大体ろくでなしだよ』
「でしょうなぁ……」
それはそうっぽい。
俺は神になるぜ、なんて公言しているのは相当やばい正真正銘の馬鹿か、欲にまみれて欲しいものはなんでも手に入ると思い上がった相当やばい馬鹿くらいしか浮かばない。
実物は割と常識的だ、会話が成立する。
『……え、何、紅静子となんか話してるの?』
「……は! ……あ、は、はい」
忘れていた、紅静子の声は一晴にしか聞こえないのだ。
声に出して会話してしまうと、一晴がただ独り言を言っているようにしか見えない。
「知らない奴が見たら独りで何かを納得しているようにしか見えないだろうな」
『まあ、一晴くんは役者さんだし……多少独り言を言ってても台詞の暗記中〜とかで誤魔化せるからいいんじゃない?』
「……き、気をつけます……」
「そうしろ。それでなくとも彗殿の神器を俺が取り戻すまでは、きみはトリシェ殿を連れ歩かなきゃいけないんだからな。きみの職業でトリシェ殿を連れ歩くのは、なかなか難しい事なんだろう?」
「…………そうでした……」
と、いうか。
「え、伽藍さん、彗さんの……その、神器? を探すんですか!?」
「何聞いてたんだきみ……俺は元々トリシェ殿にそれを頼まれて一緒にこの世界に来たんだぜ」
『修行も兼ねてね』
「……私のために……!」
「違う」
『メッチャ成り行き上ね』
「待たせたな、部屋の用意が整ったぞ。こっちだ」
彗を寝かしつけて戻って来た月が、彗の部屋の手前にある二部屋へ一晴と伽藍を手招きする。
なんだかんだ仕事はきちんとやる男のようだ。
シャワールームとトイレは寝室とリビングを挟んだ反対側の廊下にあるので、使う時は勝手にどうぞ、とのこと。
一晴は彗の部屋のゲストルームに泊まるのは初めてではないので、その説明は伽藍に向けてのものである。
「分からないことがありましたらなんでも私に! 私にお聞きください! なんならお部屋ご一緒致しますし、シャワーも……」
「大丈夫だ、ベッドはうちの里にもある。“といれ”というのは排泄施設と習ったし、“しゃわー”とやらはよく分からんが湯を浴びる機械だろう? そのくらいなら分かるぜ」
『…………シャワーと風呂の使い方だけは教わっておけ』
「……………………」
トリシェの声が、低い。
「はっはっはっ、では説明してやるとするか。こっちだ」
「……すまん、頼む……」
「いえ、月さん、伽藍さんには私が!」
「いくら勝手知ったると言っても、お前は一応客人だからなぁ……大人しくもてなされてくれ」
「うぐぅ……」
その上、最後に「明日の予定確認しておけよ」と釘を刺されては部屋に戻るしかない一晴。
スマートフォンを開いて予定表を確認すると、明日は昼から映画の吹き替え収録がある。
となると、声の仕事だ。
シャワーは明日の朝の方がいい。
『良かった、ドラマの撮影とかだったら俺は服のどの辺に隠れなきゃとか色々考えなきゃいけないところだったね!』
「……最悪ですな……映画の吹き替えは長丁場ですぞ……」
『………………え……そうなの……?』
「……しかも昼からとは……徹夜確定です……」
『え……!? 映画の吹き替えってそん何地獄なの……!? 映画ってせいぜい三時間でしょ?』
「現場によりけりですが……朝始まって深夜に終わる事も多いのが吹き替えの仕事です。言語が違います故、口の動きに合わせるなど色々大変でして……」
『そ、そうなんだ……』
特に一晴は吹き替えの仕事場では余所者扱い。
今からとてつもなく気が重くなっていく。
『それはそうと、あの望月月って人は……まあ、優秀な人なのは分かったんだけど……どういう家柄でどういう人なの? 人間性的なところとかさ……。さっき見た感じだとただのショタコンの変態にしか見受けられなかったんだけど』
『しょたこんって何?』
「ショタコンとは小さい男の子にしか勃たない、興奮できない変態のことです。因みに幼女にしか勃たない変態はロリコンと呼ばれます」
『…………。え?』
「あ! す、すみません、トリシェ殿、あの、妖刀にショタコンについて聞かれたものですからつい……」
ええと、望月月の人柄、家柄などについてだ、トリシェが知りたいのは。
確かに知り合いがショタコン宣言している男を平然と横に置いて、お世話をされているところを見てしまうと……そりゃ心配にもなる。
社長……彗には高校を卒業してから所属事務所を探していたところを拾ってもらった。
子役としてお給料が少なかった一晴は、大人の俳優として扱ってくれる事務所を探していたのだ。
でき立ての弱小を支える看板俳優、それが今の鶴城一晴。
しかし、それもやはり事務所の地盤がしっかりしてくれているから。
そしてその事務所をしっかり打ち立てて運営しているのは、若輩者ながらも天才的手腕を持つ彗とそのサポートをする事務所の事務員さんたちやマネージャー、そして一晴と共に事務所の看板モデルを務める、望月月のおかげ。
「……そうですね……月さんは……正直、何を考えているのかよく分からないことが多い人です。のほほんとして、いつも笑っていますが……彗さんに対する気持ちが揺らいだところは見た事がありません。歳下の彗さんを本気で尊敬しているし、愛していると思います」
『……ふーーん……。まあ、神様だって公言してるごく普通の人間から見れば電波受信してるようにしか見えないショタを素直に受け入れてる辺り……やばさはマジっぽいと思ったけど……』
「確かにやばさはマジですが……」
『ではなく! ……じゃなくて、どういう経緯でああなったの? あの二人。知ってる?』
「海外の大学で会ったと言ってましたな。アメリカの某一流大学に九歳で入学してきた彗さんに、月さんが興味を抱いて構うようになったらいつの間にか“本気になった”そうですよ」
『あ……マジヤベェ奴ですね…………』
「ですな」
ただ、と、トリシェが肩から滑ってベッドに胡座をかいていた一晴の腿に降りる。
その声色は急に暗くなった。
『……彗は、二十歳までしか生きられない。彼が神格化したのは、彼の“生まれながらの才能”のせいで死後、魂と精神があやふやなまま数百年世界を漂ったことが原因だけど……『二十歳で死ぬ』呪いは神格化した今も健在だ。あれは解けることはないだろう』
「……!? ……彗さんがいつも口にするその冗談……まさか本当なのですか……?」
『彼は冗談は言わないよ。神である事も、二十歳までしか生きられない事も本当の事だ。普通の人間は信じないけどね。……でも、彼の『信仰者』たちはその事実をきちんと理解して常に彼が再び生まれてくるのを待ち続けている』
「……信仰者……?」
『何百年と人間として生まれ、二十年でこの世を去る、を繰り返しているからね……彗には『信仰者』がいるんだ。彼らは組織化していて、彗……いや、『彼』が生まれてくるのを常に待ちわび、『彼』のために様々な準備をしている。金だったり、土地だったり、人材だったり……『彼』の思想に必要なものを集め、常備し、守り、いつでも『彼』を援助できるように努めているのさ。……そういう『信仰心』も彗が神として転生を繰り返せる要因ではあるんだけどね。……あの月という男は、それを知っているのかな? 本気で惚れた、なんて……本気で言っているのだとしたら…………それは…………』
「……トリシェ殿……?」
『……哀れだとしか、言いようがない……』
「………………」
ぬいぐるみ人形の顔は、その表情は、縫われたものだ。
だからトリシェがどういう意味で月を「哀れ」と断じたのか、分かりにくい。
何度も人の身に転じた神様は、一部の人間を信者としてその信仰を集めている。
月の想いも、それに連なるものなのか。
『ほんと、哀れ』
「?」
『……神さまに恋なんかしたって叶うわけがないって言ってるんだよ。当たり前だよね、神と人間は別なモノだもの。ぼくが刀であるように、人間なんかとは全てが違うんだもん』
「……………………」
別に一晴は月と彗の仲を応援しているわけではない。
けれど、月が彗にどれ程献身的に尽くしているのかは知っている。
それが信仰心からくるものではないのも、知っている。
望月月は、春日彗を愛していた。
一人の人間として。
けれど、相手は体こそ人間だが中身は神様。
「…………彗さんは人間に転生するのに、トリシェ殿はなぜ人間に転生されないのてすか?」
『へ? ……あ、ああ……そりゃ、俺はこの世界の神様じゃないからね……輪廻の輪は各々の世界に個別であるものなんだ。輪廻の輪もまたその世界の一部であり、外部から入るのは不可能なんだよ。輪っか同士が繋がっている時なら別だけど……。……まあ、彗の場合は輪廻の輪の中で巡回しているのも神としての神格が上がらない要因の一つだろうね』
「……神格って上がると何かいい事があるのですか?」
『そうだね……いい事かはよく分からないけど“概念”になれるよ。生き物が生まれて文明を築き、栄え、亡びる……感情を持ち、喜怒哀楽に支配され、争い、平和を願う……それらはみな何かの“概念”だ。生きることも、死ぬことも、人間に限らず生き物が産まれ、生き、一生を終えるまで……中には終えた後もだけど……世界を構成する一部になるよ』
「……世界の、一部…………」
『ちなみに俺は『絶望の中の希望』を司る神』
「絶望の中の希望? ……なんだか素敵な響きですな?」
『そうでしょ? ……どんな絶望的な状況でも、最悪の事態でも、諦めずに戦った者に一筋の希望の光を与える神様なんだよ。えっへん。……だから一晴くんの魂に妖刀が同化しているこの状況でも、キミはまだ死なずにいるのさ』
『そういう事か……。ちっ、よりにもよってこんなちんちくりんがそんな御誂え向きな概念の神さまだなんて最悪すぎ!』
「…………。……諦めない者へ希望を与える神様……。……諦めなければ奇跡が起きる、みたいな事ですか?」
『そう! ……そういう『救い』も、あっていいじゃん?』
たくさん諦めて消えていった者を見てきた。
努力しても実力や他にも色々な事情で夢破れて居なくなった、役者仲間。
自分は運が良かった。
そして、その運の良さは妖刀に取り殺されそうになった時、間近に『絶望の中の希望』を司る神様が偶然居てくれたというところにも発揮される。
いや、これは果たして運が良いで済ませて良いものか。
「……私は本当に運が良かったのですね」
『そうだよ。……もしくは、彗くんの加護の力かもね。彗くんには危機回避の加護があるから』
「? 彗さんは時間関係の神様なのでは……」
『神様には能力の他に加護などの効能があるものさ。温泉が温まるだけじゃないのと同じように!』
『その例えでいいの神さま』
「な、なるほど? 神様パワーという事ですな?」
『そゆこと!』
……深く突っ込むのも考えるのも面倒になってきた。
(まぁ、ほんとは彗くんにあるのは過去感知からの未来予知の能力なんだけど……人間が未来を知っても大概ロクなことにならんしね……)
とりあえず明日早いなら寝れば?
と言ったのは紅静子だ。
ごもっともなので、客用のパジャマに着替えて早々に寝ることにした。
シャワーくらい浴びたいが、筋肉痛がなかなかにひどい。
長時間の運転も、精神的に響いている。
布団に潜ればすぐに眠気が襲ってくる程度には、疲れていた。
(それにしても、存外妖刀はまともなことをおっしゃる……)
『きみの体はぼくの体も同然だもの〜。きみが疲労を感じるとぼくも感じるんだよね……』
(そうなのですか……)
『何しろ魂が繋がってるから。ふふふ、今ぼくたちは一心同体なんだよ』
思考も体も共有している。
妖刀と。
それは恐ろしいはずなのに、なぜか不思議と安心できた。
『おやすみ。良い夢を』
「はい、すみません……おやすみなさい」




