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神と獣と人間と【1】




青いフェルト生地の髪に、肌色の布で作られた顔。

そこに目となる胡麻のような黒いボタン。

弧を描いた口。

そして青い服。

全長30センチばかりのぬいぐるみを肩に乗せた青年は、とぼとぼ田舎道を歩く。

目的地は――――特にない。


「ふぁあぁあ……」 


白い髪に白い胸もとの空いたTシャツ、そしてジーンズと実にラフな薄着でただ歩く青年はあくびをした。

初めての異世界修行……さてどんなものかとワクワクしていた数時間前の自分が如何様に想像できただろう?

まさかこん何平和な世界に送られるとは……。

初めてだからなのか?

いや、しかしあのとびきり厳しい師匠がこんな優しい世界を選ぶとは想像できるはずもない。

てっきり血生臭い、多種族が戦に明け暮れるような殺伐とした世界に放り込まれると思っていたのに。

実に拍子抜けだ。

肩に乗ったぬいぐるみはさっきから一人で喋っているが、途中から面倒になって聞き流すようになっている。

ぬいぐるみ……紹介をしておこう、彼はぬいぐるみではなく、ぬいぐるみの器に収まった高位の神、その名をトリシェ・サルバトーレという。

彼は人間から神になった。

その際、使っていた人の肉の器が消滅して魂と精神だけの曖昧な神として再誕したのだ。

彼はこの可愛らしい全長30センチばかりのぬいぐるみを新しい器として収まって……そしてただひたすらにマシンガントークを続けている。

……彼が人から神になった経緯は、とりあえず今は割愛しておくとして……。


「なあ、トリシェ殿……ただひたすら何にもないところを歩いているがこれが何の修行になるんだ?」

『おおっと〜!? 俺の話微塵も聞いてなかったね、伽藍!? さっき説明したじゃないか! この世界……ああ、この国は日本と言うんだけどね! この世界のこの国には知り合いの神様が多いんだけど〜……その中の一人が大昔……ザッと300年くらい前かな〜……神器である神剣を人間に騙し取られてしまったんだよ!』

「そこまでは聞いていたさ、辛うじて。その人間が神器の『時戻し』の力を使って何度も若返り、一向に神器を本来の持ち主たる神に返そうとしない……だろ? だからその人間を探し出して神器を取り戻し、神に返すんだよな?」

『やっぱり聞いてないじゃないか! 違うよ! 彼は数年周期で人間に転生するのが趣味なんだ! 君たち幻獣ケルベロスの修行は一つの世界に大凡百年、滞在してその世界の文化文明を観察し、必要と感じたら学ぶ! だろう!? 百年もあれば二回か三回は人間に転生した彼に会えるはずだ。神器を取り戻すまでは合ってるけど〜、神器を取り戻したら彼が転生してくるのを待って直接返却して欲しいんだよ! この世界の人間は神様に対して礼儀が欠けてる奴がたま〜〜にいるからね! 君のような戦闘種族が神器を守ってくれるなら安心だよ!』

「あー……なるほど……。……けど戦闘種族といっても俺は虚弱体質で同腹兄や弟たちよりも修行が遅れているしなー……。あんまり期待しないで欲しいぜ」

『それなんの謙遜? 君たちケルベロスの戦闘能力は、この世界の現代兵器を駆使してもどうにかなるレベルじゃあない。黒炎能力が使えなくとも、君は鎧毛にも生え変わっているし尾だって三本あるし、何より第三の眼も開眼しているのだろう? 大丈夫! すぐに黒炎能力も使えるようになるさ!』

「うーん……そうかねぇ……? ……ま、あんたには病を治癒してもらった恩がある。ご期待に添えられるよう頑張らせてもらうさ」

『うん! 期待しているよ!』


幻獣ケルベロス族は恩を受けたら必ず返す。

まして命を助けられたら、本来『守護獣契約』や『主従契約』でもして仕えなくてはならん程の恩だ。

しかしそこは“絶望の中に一筋の希望の光を与える”神……知り合いの神を助けることでチャラ! ……などと言い出した。

さて、幻獣ケルベロス族とはなんぞや。

とある世界に五十と数体ばかりが静かに暮らす、幻獣の一族だ。

強大な魔力と頑丈な肉体、半永久的な寿命を持つ戦闘種族であり、『理性と秩序の番犬』と呼ばれ稀に神々が我によって『世界』の秩序を乱そうものならその力を用いて制圧する事を使命としている。

高すぎる戦闘能力を持つ故に掟に厳しく、修行は苛烈。

父は同じだが母の腹が違う、遠い親戚感覚の兄たちに『弟子入り』をして幼い頃から厳しく育てられる。

伽藍は79人中、76番目の下級下位弟。

何かしらの理由から亡くなっていたり、里を出て行った兄弟もいるため、生存する兄弟は79より大分少ないが、それでも20番目より上の兄を上級上位兄。

21番目より下、40番目より上の兄を上位兄。

41番目より下、60番目より上の者を下位弟。

そして61番目より下の弟たちは下級下位弟と大雑把にランク付けされている。

20番目より上の上級上位兄はそのほとんどが半神半獣であり、下級下位弟の伽藍には雲の上の上の更に上のような存在。

原形体など数十メートルにも及び、惑星一つ、文明一つ滅ぼすことなど造作もない力を持つ……らしい。

実際見たことはないが、伽藍の師匠はそのレベルの兄だ。

伽藍の師……掟に従順で、力を持つ者の責任を耳にタコができるほど教えてくれた。

あまり弟を『弟子』にしないタイプの厳格な人物で、虚弱な伽藍の事など存在そのものを知らんのではないかと思っていたくらい。

でもトリシェに病を癒してもらい、修行を始められる程に健康になってからわざわざ伽藍のところに赴いて「弟子にしてやる」と言ってくれた。

あんな凄い人が!

とても感動したのを、よく覚えている。


(……支水兄様のためにもしっかり頑張らないとな! 強くならないと……そうだ、この修行は第一歩に過ぎない。支水兄様は俺など相応しくないと言っていたが、あんなに困っているんだ……俺がおさつがいになれば……長代理である支水兄様の役に立てる!)


そう、幻獣ケルベロス族は今絶賛絶滅の危機に瀕しているのだ。

元々10頭程度しか数がいなかった……力が強大すぎる上、寿命が無いに等しいので繁殖に興味がない。

故に伽藍たちの父になった者は異常だったのだろう。

繁殖のために兄弟だけでなく我が子にも子を産ませたのだから。

結局、あまりに繁殖に積極的過ぎたその父は、出産によって弱った母体……我が子を喰らい始めた事で今の長たる長兄に殺された。

『理性と秩序の番犬』……同じ種族であっても……いや、同じ種族だからこそ乱した者は死あるのみ。

おかげで現在ケルベロスの里は平和そのもの。

しかし、しかしだ。

新たな長となった長兄はケルベロスらしく繁殖に興味がない。

いや、あるにはあったらしい……彼が唯一弟子とした異腹弟が「大きくなったら兄様の番になってあげてもいいよ」と言ったのを、それはもう楽しみにしていたという……。

だが時というのは無情なもので、成長したその弟子は「そんな約束したか?」と一刀両断。

挙句神獣化してしまい、ケルベロス族からは除名となって里からは出て行ってしまった。

神獣に神格化すると幻獣ではなく神獣の扱いになるので種族が変わるのだ、仕方ない。

そして長と同腹兄弟である伽藍の師……支水は、我が子を喰らった父が大層憎いままらしく是が非でも兄の子孫を残したいと切望している。

父に喰われたその子が伽藍の母体で、支水の初めての弟子だったと聞いた時は喉が詰まった。

支水兄様のためにも、父の暴挙を止めてくれた長の番になって子孫を残したい……自分が!

そう思うのは自然な事だと伽藍は思う。


『ねぇ、聞いてる!?』

「え? ああ、すまん聞いてなかった。なんだい?」

『んもう! だからさー、闇雲に歩かないで情報収集のできそうな都心に行こうよ〜! 空は飛べるんだろ? その位の魔法は習ってるよね!?』

「……としん?」

『そこからかーい!? 都心というのは都の中心だよ!』

「王都って事か……。どの方角だ?」

『携帯で調べ…………持ってないか……。うーん、人に聞けば分かるんだろうけど……その人が見当たらないんだよねぇ。民家もさっきから一つもないし……ここどこ!?』

「今更!?」


なんてこった、どうしよう。

立ち止まって辺りを見回す。

山。

田んぼ。

そして砂利道。

以上。


「………………ま、道があるんだ……歩いていればいずれ家くらいあるだろう」

『そうだね』


腕を伸ばしてまた歩き出す。

澄んだ空気が故郷と似ていて心地がいい。

山と山の間から見える空は真っ青で、景色も抜群だ。

急ぐ用でもないので景色を堪能しながらのんびりと進む。

すると前方から何か走ってくる。


「? なんだあれ? 鉄の箱……?」

『あ! 車だよ!』

「くるま?」

『乗り物さ。あ〜、人間が長距離移動する時に使う移動手段かな……。この世界にもこの世界以外にも多数種類があるからそのうちの一つだと思って。この世界は魔法や魔術の類が退化してしまった代わりに科学が進歩しているから、ああいう形の物が多いんだ』

「へ〜……」

『……っていうかそれもさっき説明したよ! 君の世界とすごく違うんだから、最低限のことは覚えてよ! そうじゃないと……あ、いや、まずはあの車の運転手に街までの道を聞いてみよう! ついでに乗せてもらえれば上できだけど、異界初体験の君がこの世界の人間と話をするのは不安だな〜』

「止めればいいんだろう?」

『力ずくで止めなくても大丈夫だから! 手は前じゃなく上! お願いだからマジで!』


どれ、と両手を前に突き出すとトリシェに盛大に止められる。

前方から走ってきたボックス車。

細い砂利道なので力ずくで止めなくても車はスピードを落とす。

真正面にいた伽藍が手を挙げると車は止まった。


『……俺が話すから君はできるだけ黙ってた方がいい』

「え、なんで」

『いいから!』


ちぇー。

唇を尖らせつつ、窓の開いた車に近付く。

顔を出したのは年若い青年。

少しくすんだ紺色の髪と瞳の……人間。

目が合う。


(これが人間……)


初めて見た。




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