第8話 鉄壁とハワードと外壁
俺は川沿いにある岩を剛力で持ち上げて狼に囲まれている人の周りに投げ込む。
あ、ヤバい、人に当たったかも。
40m位離れているのでコントロールが逸れてしまい、もしかしたら人に当たったかも知れない。
確認しようにも岩が地面に当たって出来た土煙で無事か確認が出来ない。
ど、どうしよう俺、まさかの人とのファーストコンタクトが殺害か!?
『どうやら無事のようだな』
タマモがそう呟いたので目を凝らして見てみると同じ体制で座っていた。
ホッ、人は無事のようだ。
俺は灰色狩狼の混乱を狙って次から次へと石や岩を投げる。
狙いどおり、パニックになって統率が崩れた所を【疾風】を掛けて一瞬で囲まれている人の前に到達する。
人はどうやら全身の至る所に丈夫そうな皮の装備を着けて剣を握っているおっさんのようだ。
腰が抜けたのか地面に伏せている。
「おっさん!無事か!」
「あ、あぁ」
おっさんは心ここに在らずという様子で返事をする。
さて、ここからどう灰色狩狼を撃退しようか。
『奴らは自慢の牙と爪が通用しない存在には恐れて逃げる本能を持っている。要は分を弁えているという事だな』
タマモは突如アドバイスを送ってくる。
牙と爪が通用しなければ良いと言う事はつまり……
『さぁ、最後の身体強化の習得の好機だ。分かりやすく教えてやろう。鋼、己の体は鋼と心得ろ。高々獣の牙だ。鋼に歯が立つ訳が無いだろう?』
そうですよねぇ……身体強化ですよねぇ?
俺は警戒している狼の前に手を広げて歩み出す。
俺の肉体は鋼のように硬い、牙や爪を物ともしない鋼の肉体だ……
そうイメージをしながら身体強化を掛ける。
「おい嬢ちゃん! 危険だ! 俺を置いて逃げろ!」
おっさんがそう言った瞬間、灰色狩狼は襲い掛かってくる。
鋭い牙や爪で俺を襲い来る様子に無防備な俺は少し恐怖を覚える。
「っ!」
『恐れるな。恐れはイメージを狂わせる。自信を持て。お前は自分よりも巨大な魔物を狩っているのだ。今更犬ころ程度に恐れるでないぞたわけが』
そうだ。俺は怪力や疾風も使えたんだ。
体を硬くするくらい何て事は無い!
「嬢ちゃん!」
俺を心配したおっさんは思わず目を閉じてしまったようだ。
それもそうだろう。誰も無惨に喉元を噛み千切られ、爪で体を切り裂かれる子供の姿何て見たくは無い。
だが俺はそうはならなかった。この感覚はとてつもなく丈夫な鎧を纏っているようだ。
灰色狩狼の牙は噛みついても肌より少し上でで止まっている。噛まれている感触と言うか圧力が僅かに感じる。
しかし灰色狩狼が口を離したところには噛み跡すら残っていない。爪に至っては引っ掻くよう感覚すらない。
『ハハハ! ここまでとは、素晴らしい! これも私が名付けてやろう。守の身体強化【鉄壁】だ』
鉄壁……凄まじい防御力だ……だが防御に片寄りすぎていて正直力がそこまで入らない。
ヤバい、どうやって灰色狩狼を振りほどこうか?
そう考えていた所、灰色狩狼達は俺に歯が立たないと感じたのか俺から次々離れていき、こちらを警戒しながら徐々に後退していく。
よし、脅しをかけよう。
俺は剛力を掛けて近くにあった俺が投げ込んだ一番大きい岩を灰色狩狼達に向けて投げる。
「セイヤー!」
「キャンキャン!」
岩に驚いて文字通り尻尾を巻いて逃げる灰色狩狼達。
良かった……負けないかもしれないがあの数だと確実に勝てるか分からないからな。
魔力尽きたら一貫の終わりだし。
さてと、おっさんの無事を確認するか。
俺が振り向いておっさんの方を見てみるとおっさんはまだ目を瞑って何かブツブツ言っている。
「ナンマンダブナンマンダブ嬢ちゃんすまねぇ。俺もすぐそっちに行くからよ~」
「おっさん、俺は生きてるぜ」
おっさんは謎の呪文を唱えて俺に詫びていた。
良かった、見た目は結構強面のおっさんだが優しそうな感じだ。
これなら街について何か聞けそうだ。
「うおっ!嬢ちゃん!生きてたのか……良かったぜ……」
「おう、バッチリ灰色狩狼も撃退したぜ」
「何!嬢ちゃんがか……嬢ちゃんアンタ一体何者だ?」
「俺の名前はイズナ。通りすがりの対魔ギルド入会希望者だ」
どうやらおっさんの名前はハワードさんと言う対魔ギルドの狩人と呼ばれる壁外で魔物を狩る役職の人のようだ。
戦闘中ギックリ腰になってしまい絶対絶命の時に俺が通りすがった、という訳だ。
「いやー嬢ちゃんびっくりしたぜ!突然天から岩が降って来やがったからな! 聖女様が俺を見放したのかと思ったぜ。ガハハ!」
「そ、それに関してはごめんなハワードさん……」
「ガハハ気にするなって! お嬢ちゃんは俺の命の恩人だ!」
ギックリ腰のハワードさんがどうやって移動してるかって?
答えは簡単だ、川に浮かんでいる俺が倒した猪の魔物の上に寝転がっている。
俺がそれを川岸から引いているという訳だ。
どうやらこの猪はヒュージボアと呼ばれる魔物らしい。
これを見たハワードさんは大層驚いていたが直ぐに俺が倒したと納得してくれた。
俺が抱えて移動しても良かったが、ハワードさんは歩く振動で痛むと言われたので、このような運搬方法になった。
「しかし魔の森に嬢ちゃんみたいに人が住んでるなんて知らなかったぜ」
「ま、まあな。森から出ることが無かったからな。誰も知らなくて当然じゃないか?」
俺はハワードさんには魔の森に昔から住んでいたと嘘をついた。
余計な詮索を防ぐためだ。
「お、嬢ちゃん外壁が見えてきただろう? あれが俺達の対魔ギルドメンバーの拠点である街【アルスト】だ」
「おぉーあれが街か!」
俺の目に映ったのは街を全て囲い込む高い外壁だった。