第7話 川と狼と狩人
『猪を腐らせるのは勿体ないな。街まで持って行くと良い』
さて、この猪はどうやって運ぼうか? 剛力を使えば引きずる事は出来るが、街まで魔力が持つとは思わない。
どうにかして運ぶ方法を考えないとな。
『見ろ、この猪の体の一部が濡れている。近くに川があるかもしれない』
「川?」
『川に流しながらこの猪を運搬しよう。確か下流に目的地の街があるはずだ』
なるほど。確かに道に迷わず一石二鳥だな。俺は近くの木に登り、【疾風】を使ってジャンプした。
遠くに光の反射でキラキラと光る川らしき物を見つけたので、猪をそこまで引きずって運んだ。
「丁度猪を運搬出来そうな深さの川があったぜ。でもよタマモ、猪をこのまま川に入れても浮かばないんじゃ無いか?」
『ふふふ、そんな事を言うと思ったぞ。イズナ、後ろにある木を一本と丈夫そうな蔦を持ってくるがいい』
「ん、分かった」
『これだ、この木にしろ』
「これか? 行くぞ、おりゃっ!」
タマモが指定した木に向かって剛力を使い、勢い良く回し蹴りを当てるも、木の表面が形良くひしゃげるが蹴り抜く事は出来なかった。
三回ほど繰り返した時、蹴った所を起点にこちら側にメキメキと音を立てて倒れてくる。
急いで退避し、完全に倒れるまで様子を見る。
「この木でいかだでも作るのか?」
『そこまで面倒な事はせんよ。この木はバルサと言って非常に軽いのだ。この一本に蔦で猪と結びつければ猪は浮かぶ筈だ。後は川岸から蔦で引っ張って舵を操ってやれば良かろう』
「へぇー凄いこと知ってるな。後は蔦を探せば良いんだな」
俺は手頃な蔦を見つけ猪にバルサを固定する。
よし、こんなもんで良いだろう。
後は手で引っ張る用の蔦を結び、川に猪を着水させる。
「おぉ、本当に浮いたぜ」
『さぁ、後は川を下るぞ。日が暮れてしまう前にな』
俺達は川を下るように歩き出す。
そうして一時間程で魔の森を抜けると平原が広がっていた。
森のとは違った澄んだ草の匂い。吹き抜ける風。見るもの全てが新鮮な気がする。
「おぉー凄いな。生まれて初めて森と川以外の地形を見た気がするぜ」
『何?イズナ、お前はまさか生まれ育った森から一切出たことが無いのか?』
「あぁ、母さんと10年間ずっと森の中で暮らしてたな」
『…………そうか』
理由は良く分からないが、鉄仮面のような輩に母さんは俺が発見されるのを避けるためであろうと俺は思っている。
「なぁタマモ?お前は何故俺が狙われたか知ってるんじゃないか?」
『心当たりは無くもないな。だが同時にヨシノがお前に話さなかった理由も見当がつくからな。教えんぞ』
「そうか。分かったよ」
『なんだ、えらくものわかりが良いじゃないか。お前ならしつこく聞いてくると思ったのにな?』
「バイアロス大陸に行けば答えは全て分かる。母さんならそう言うだろうと思ってな。聞けたらラッキー位に思っていたよ」
『そうだな。今は目先の事を考えると良いだろう。まずは街まで行かなければ話にならないぞ』
「へいへい」
そんな話をしながら歩いていると前方に灰色の塊が蠢いているように見えた。
何なんだあれは? 風に流れて獣のような鳴き声が聞こえた気がしたが、何かの魔物だろうか。
俺は目を凝らして見てみると灰色の蠢く塊の真ん中辺りで一ヶ所違う色が動いた気がした。
と言うかあれは剣を振るって無いか?
「なぁタマモ……あれは人じゃないか?」
『灰色の塊はグレー灰色狩狼のようだな。珍しいものだな、あそこまで大きな群れは』
タマモは他人事のように呟く。
灰色狩狼は徐々に包囲を詰めているようだ。
俺がこのまま川沿いを歩くと必ずあの群れは避けられ無い。
それに森を出てから人間とのファーストコンタクトだ。
これは助ける他は無いな。
俺は猪が流れないように蔦を身近にあった低木に固定する。
「助けるぞタマモ」
『お前の好きにするが良い』
やらせて貰うさ、俺のやり方でな。
まずは俺に注意を向けなければ。
俺は周囲を見渡し、何か奇襲に使えそうな物がないか探して見る。
俺は使えそうな物を発見する。
よし、これで行こう!
★とある狩人ハワード視点
クソ! 運が悪ィ! 最近俺達対魔ギルドメンバーの拠点であるアルストは平和だ。
俺は遠征組、つまりは街の壁外で魔物を間引く狩人と呼ばれるポジションだ。
少し遠出して哨戒任務に当たっていると灰色狩狼の群れに見つかってしまった。
こいつらは本来なら5~6匹程度で狩りを行う魔物だが、何故かこの群れは20匹近く居やがる。
本調子の俺なら撃退は何とか可能だろうが、何と途中でギックリ腰になってしまったのだ。
俺も今年で54歳。寄る年波には勝てないと言うのだろうか、戦闘中に振り向き様に腰に激痛が走ったのだ。
今は地面に這いつくばって剣を振るっているが時期に力尽きて灰色狩狼の糞と成り果てるだろう。
俺は何とか一匹でもぶった切ってやろうと剣を振るうが素早い狼にはギックリ腰で更に疲れてもうヘロヘロの剣なぞ当たりはしねぇ。
へっ、年貢の納め時か。
そう俺が半ば諦めかけた時、ソレは空から降って来やがった。
ズドン! と大きな音を立てて何かが降って来て土煙を上げる。
灰色狩狼は落下物に警戒して一斉に俺から距離を取る。
土煙が晴れたので目を凝らして見てみると、俺の目の前に降ってきたのは直径が50cm位あるんじゃないかという岩だった。
一体何処から?俺がチラリと上を見上げてみると大小の岩石が幾つも降ってきていた。