幕間 ルナリアはやんでいる?
私の名前はルナリア=スターク。
霧が立ち込める里、ネーベルに住む16歳の女性です。
私の出自は不明です。
何でも育ての親であるお父様のフリット=スタークは知り合いである私の実の父親から、生まれたての私を預かり、失踪してしまった父親の代わりに育ててくれました。
とても寡黙で、回りからは何を考えているか分からないと言われていましたが、お父様は非常に優しい方でした。
小さい頃から私が寂しがらないように魔道具を作ってくれたり、寝る前には様々な魔道具工学の本や、能力に関しての論文を読み聞かせてくれました。
それが一般の家庭とは違うものとは知っていましたが、不器用ながらも愛情を注いでくれるお父様との仲は非常に良好なものでした。
「ルナリア、好きな事、物、人を見つけたら真っ直ぐ進みなさい。私はそれを応援するよ……」
「どーいうことですかおとーさま?」
まだ小さい頃、お父様が趣味であり、仕事でもある魔道具を作成しながらそんな話をしてくれた事を思い出す。
「ルナリアは自分がやりたいことを我慢するだろう? 私はね、ルナリアはもっと我が儘でいて良いと思うんだ。甘えたいなら甘えて良い。遊びたいなら遊んで良い。だから自分の内に溜め込まないで、もっと自分を出すと良い……今のルナリアには少し難しかったかな?」
「うーん、よくわかんないけどわかりました! だったら……その、頭を撫でてください……?」
「あぁ、良いとも。ルナリア、苦しい事があってもいつか必ず乗り越える事が出来る。止まない雨や明けない朝は無いということを覚えておくんだよ」
「……? おとーさま、わたしはいましあわせですよ?」
「……それは良いことだ。でも人生は必ずしも幸せのまま終えられるとは限らないんだ。だからこそ私の言葉を覚えていて欲しい。ルナリアには笑顔でいて欲しいからね」
「はーい! わかりました!」
「良い子だ……」
その時は漠然としか受け取らなかった言葉はお父様を失ってから強く己の心に刻みました。
決して諦めない……お父様を殺したヴィーボラを許さない。
止まない雨は無いのだから、と心に唱えて私はヴィーボラの妃になると言う誘いを突っぱねて毎日を過ごしていました。
「お父様……」
しかしの夜はいつも泣いていました。
孤独、不安、絶望……様々な感情が溢れ出て止める事が出来ない涙は、泣き疲れて眠るまで毎夜流していました。
「よっと」
とある日の夜でした。
窓を閉め忘れてベッドで寝ている時にバルコニーから可愛らしい声が聞こえました。
今までに聞いたことの無い声と初めての状況に戸惑いながらも私は涙を拭い、声を掛けました。
「え、あ、怪しい者じゃ無いです!」
そんな焦った様子の怪しい言葉で返事され、私は警戒心を持ちました。
返事が出来ると言う事はヴィーボラの能力には掛かってはいない。
しかし、ヴィーボラが操っていないと言っても油断は出来ません。
私は恐る恐るバルコニーへと出ると一陣の風吹きました。
声の主は目にごみが入ったのか目をギュッと閉じていました。
そこには風によって晴れた霧の中に佇む黒髪が美しい小さな女の子が立っていました。
転んだのか見たことの無い派手な服は汚れていて、口元を少し切ってしまったのか口の端から血が出ていました。
「……綺麗」
小さな女の子は私を見てそう言いました。
しかし私はその小さな女の子の口元に釘付けでした。
正確には口元の血に。
私は牽かれるように女の子へとフラフラと近づき顔を手に取りました。
顔を近付ければ甘く、理性を奪い取る香りがしてくるようなの女の子の口元から滴る赤い甘露に私はポツリと言葉を漏らしました。
「――美味しそう」
それは無意識に出た言葉。
喉がカラカラに渇き、私は私を抑えられない。
なんだか視界もぼやけているよに感じる。
「あ、あのぅ~? お、俺の顔に何か着いてます……?」
顔を真っ赤にして目を瞑り、緊張からかプルプルと小刻みに震えるその女の子を見て、仄暗い嗜虐心が沸き起こりながら女の子へと唇を落とす。
「ちゅ」
「ッ!? ん!? んー~!」
皮の薄い唇は薄皮を剥いだ柑橘系の果実のような瑞々しさと弾力を感じ、もっと味わいたくなるが、欲しているのはもっと別のモノ。
私はソレを舌で掬い取ると全身に衝撃が走る。
鉄臭いはずのソレが何よりも甘く感じ、今まで食べた何よりも美味で、私の渇きを満たしていく。
欲しい……もっと。
しかしソレを捻出する傷口はとうに塞がっていて、これ以上は味わう事が出来なかったので仕方無く唇を離す。
そこで私は正気を取り戻しました。
私は一体なんて事を……! 私は自身の過ちを遅れながら理解して、必死に女の子に謝りました。
最低な行為にも女の子は許してくれ、私と話をする事になったのです。
女の子の名前はイズナちゃんと言い、どうやら狩人のとの事で、ヴィーボラから逃げ出したと聞きました。
私はヴィーボラとの話で聞いていた少女と分かり、逃げる事を勧めましたがイズナちゃんに断られてしまったのです。
「嫌だ。俺は戦う」
イズナちゃんは男のようで、更に我が儘です。
危険で確実な勝算も無いのに魔人と戦おうとする危なげな子たと思いましたが、私は何故かイズナちゃんに賭けてみたくなったのです。
そうして私は賭けに勝ち、ヴィーボラはイズナちゃんの手によって倒されました。
「イズちゃん、いつものをまたお願いして良いかな?」
「る、ルナ、い、良いよ……」
ヴィーボラを倒したイズちゃんは1日の間ずっと寝ていました。
何でも最後にヴィーボラを倒した技でダメージをおってしまったようで、私達と話をしている間に気絶してしまったのです。
それから目覚めたイズちゃんは不思議な狐の半面を被っていて黒髪黒目は金髪碧眼へと変わっていました。
それから私達はその狐面の事や様々な事を話をして、仲が良くなり私と彼女は愛称で呼び合うようになりました。
ただしイズちゃんはまだ慣れていないようですが……
「……っ」
「ふふ、イズちゃん緊張してる?」
「だ、だって……!
「男の子……だから?」
「……うん」
「温かいねイズちゃん」
「……そ、そうだね」
私はたまにこうしてイズちゃんにお願いしてハグをして貰っています。
子供のイズナちゃんの体温は私より高く、非常に心地よいものです。
「えーと、ルナ……も王都に一緒に行くんだよね?」
「えぇ、王都から教会騎士団の使者の方が私やイズちゃん達、他の関係者を迎えに来て王都で事情聴取を行うからね。王都まで一緒だよ」
「そう、か……その、宜しく……ね」
「うん、宜しくね」
「じゃ、じゃあ俺、狩人の仕事があるからそろそろ行くねっ!」
「いつもありがとうイズちゃん。落ち着いたよ」
「べ、別に良いって。こうしないと落ち着かないんでしょ? お、俺で良ければ何時でも頼んでよ、またね!」
イズちゃんは回復してから毎日ネーベルの周囲で魔物を狩っている。
心に傷を負ってしまったネーベルの狩人の代わりに仕事をしているのだろうね……
ふふ、狩人、ね……お父様が地下室に残していた魔道具の数々を使えば私も……その時イズちゃんはどんな顔をするのかなぁ?
「お父様、涙も悲しみは止みました。そして、やりたいことも好きな人も見つける事が出来たので我慢しないで真っ直ぐ進みます。だから応援していて下さい」
私を救ってくれたその子は自分を男の子だと言うが体は女の子のものだ……でも私には性別なんてもう関係無い。
ただ欲しい、イズちゃんが。
ドロドロと心の奥底から湧き上がる感情……これも愛情なのかな?
でもこの感情にはまだ蓋をしよう。
これから共になるのだから焦る事は無い。
じっくり、時間を掛けて私のものにしてみせる。
「ふふ、イズちゃん……これからもずーっと一緒に居ようね……」




