第43話 敗走のLoser!
「ふふ、貴方の髪は良い香りがしますねぇ。艶も素晴らしい……」
「……!?」
背後で俺の髪の毛を手に取り匂いを嗅いで悦に浸る男に対して、気色の悪さからゾワッと背筋が強張り、一瞬体が固まって冷や汗が出る。
いつ背後に回っていたかも察知する事も出来ない程のスピード。
確実に俺の速の身体強化【疾風】を上回る速度だ。
つまりこのまま走って逃げても追い付かれる。
だったら……!
「……【操影】影壁……!」
影に多大な魔力を送り込み、足元を踏んで俺と男を分断するように影で壁を作り出す。
廊下を完全に仕切るの大きな影の壁に警戒して男は俺から数歩後ろに離れる。
「おや、影ですか? ふふ、珍しい能力ですねぇ」
一瞬で俺の能力の正体を見破られたがそれについてはまだ良い。
まさか俺が脱出している事をこんな早く気がつかれるとは思っても居なかった。
見張りが居ないのもこの男の察知能力の高さ故にか?
「クソッ、どうする……! てか何だあいつ、凄くキモい……!」
男の髪の匂いを嗅いで喜ぶなんてとんでもない変態だ! もう正直戦う気が起きない程気色の悪さで、窓から飛び出て逃げてしまおうかと考える。
いや、待てよ……?
俺は【操影】を解除して身体強化【疾風】に切り替えて廊下を駆け抜ける。
俺の【操影】で作り出した壁は5m程離れると効力を失うがすぐに消えるわけでは無い。
影の端から順に消えていくので目眩ましとしては十分有効だ。
この間に距離を稼いで屋敷を走り回って間取りを覚えよう。
俺は自分の出せる限界の速度まで走り、崩れ行く影壁を尻目に廊下を抜けて玄関ホールへと転がりこむ。
「おや、随分と逃げ足が速いですねぇ。ふふふ……!」
「くっ、人が居やがる!」
転がり込んだ薄暗い玄関ホールの扉の前には三人程武器を持った男が立っていた。
しかし、全員焦点があってないような虚ろな目をしており、体もゆらゆらと常に揺れていて心ここにあらずといった様子だ。
「「「…………ホカクタイショウハッケン」」」
「怖っ!」
男達が一斉にこちらを向いて同時に同じカタコトの台詞を言う。
正直に言おう、滅茶苦茶怖い……!
何だここは、一々ビックリドッキリさせないと死んでしまうのか? 暗い、怖い、キモいの3Kが揃ったこの館に安直な名前を付けるのなら恐怖の館に決まりだ。
男の中の男の俺だろうが怖いわ!
俺はそんな具合で完全に戦意を削がれていた。
身体強化で強引に突破する事も可能だろうが、ウィルとアルの安否も分からないのと、逃げるにしても少し考えが有るのでわざと誘導されるように男達が立っていない二階へと登る階段の方へと進行方向を切り替える。
「何だここは? 広いな……」
二階の扉を開くと、今までの部屋よりも一番広い部屋が広がっており、そしてこの部屋の奥には更に上の階層へと続く階段が見える。
一体どれだけこの屋敷は広いのか。
「ふふ、ここはダンスホールですよ。私と一曲踊ってくれませんか?」
「っ! もう来たのか、そんなのお断りだ!」
「ようやく会話をしてくれましたねぇ。鈴を転がすような素敵な声ですよ……ふふ」
俺が奥の階段へと目指して数歩助走をつけ始めた時に例の男の声が後方から聞こえた。
俺は目を合わせないように俯きながら身を翻す。
足元しか見えないが男は確かに立っていた。
「おや、人と話す時は目を合わせなければならないのですよ? ご存知じゃありませんか?」
「お前の目、さっき覗いた時何か嫌な感じがしたんだ。だから俺はお前の目を見ない」
俺はハンカチをブーツに仕込んでくれた人物の事を考え、魔眼の事を自分の勘で感じ取った風に話す。
「ふふ、魔眼に本能で気がついたようですね。ご名答です、私の能力は【支配の魔眼】。目を合わせた人物を自由自在に操るものです。」
「能力を俺に言って良いのか……?」
「ええ、何も問題無いですよ。ふふ、目を合わせに戦うなど到底出来ません。それに魔眼を見せずとも貴女を捕らえる事は簡単ですよ。何故なら貴女は袋のネズミなのですから」
チラリと背後を覗くと上の階層へと続く階段から武器を持った男達が降りてきている。
視線を男の足元に戻すと玄関ホールへと続く扉からも先程撒こうとした三人の男が合流してきた。
成る程……逃げ道を塞がれたと言う訳か。
「ふふ、申し遅れました。私はヴィーボラ=ナハッシュ。ネーベルを支配している者です」
「……何で俺達を捕まえた? そして何故この人達に支配を……?」
まだだ、まだ情報を引っ張れる。
タマモが居たら絶対にこうするはずだ。
「使えれば支配して戦力にしようと思いましてねぇ。支配の理由の方は……この場所では無く、もっと良いところで話しましょう」
「これ以上は話すことなんて無いって事か……」
思った以上に情報は手に入れる事が出来、これ以上はヴィーボラが話す気が無さそうなので、ここが引き時か……?
【支配の魔眼】か……想像以上に厄介な能力で、目を見ただけで負けるとは中々厳しい相手だ。
最後に少し、ほんの少しヴィーボラの実力を試してみよう。
「捕まってたまるか!」
「ふふ、抵抗なさるのですね」
俺は能力である身体強化を掛けずにヴィーボラに襲いかかる。
身体強化を使わずとも普段から魔力の容量がかなり多い俺は大人顔負けの膂力と速度、耐久性がある。
これで一度わざとヴィーボラの一撃を受けて奴の実力を感じ取ろうと言う算段だ。
「少し実力に自信が有るようですねぇ。少し大人しくしていただきましょうか」
「うぐぅっ!」
俺ヴィーボラに向かって走っているとき突然吹き飛ばされて床に転がる。
殴られたような鈍い痛みが腹に伝わり、呼吸が一瞬止まるような感覚に襲われる。
ついでに床に転がった際に口の端を切ってしまった。
速い……! 腹に一撃を入れられたが全然見えなかった。
だが、身体強化【鉄壁】を使えば無傷でいられそうな一撃だ。
……決して本気では無いのだろうが。
「ここは逃げるが勝ちって事か……男らしく負けを認めよう……!」
「武器も何も持っていない貴女が何処に逃げると言うのです? ふふ、実力差は分かったでしょう。大人しく着いてきて下さると嬉しいのですがねぇ」
確かに武器も道具も奴に取り上げられて何も持っていない。
手元にはね。
俺は和服装備の袖に手を突っ込み逃走用の道具を取り出す。
手元には大量の白い玉が握られており、俺はそれを全て地面に叩きつける。
その瞬間、破裂した玉からは大量の視界を塞ぐ煙が放出される。
「大盤振る舞いだ!」
「ごほっ! 煙玉……!? 一体何処から……!」
「じゃあな! 遠くの街でここの事はキッチリ報告してやるからな!」
俺はあらかじめ位置を確認していたダンスホールの窓を割りながら外へと飛び出した。




