幕間 イズナはカワリソウを食べる
これは僕らがストラーナに着く前の話だ。
「よし、今日はここで夜を明かしましょう」
深い森の中にある街道を歩いてストラーナに向かっていたが、そろそろ日が暮れ始めている。
完全に暗くなる前に夜営の準備をしないと光源が無くなり、万が一魔物に襲われた際に非常に危険な目に合う。
だから少し早めに歩みを止める事にした。
「じゃあアルと俺で場所の確保しておくからウィルは何か食べれそうな物取ってきてくれよ。肉は昨日狩った魔物のが有るからキノコとか野草とか果実な」
「分かった。では行ってくる」
夜営の準備をするときは役割分担をする。
イズナさんは薪を集めたり、魔物の狩りをして肉の確保、料理など。
僕は風魔法で邪魔な落ち葉などを飛ばして場所を確保したり、火付け等をする。
ウィルさんも魔物の狩りや無人島で培った経験で食べれるものを持ってきたりしてくれる。
案外皆嵌まり役で、アルストから出て夜営で苦労をしたことが無い。因みに夜の番は皆で交代しながらやっている。
「戻った」
「お帰りなさいウィルさん」
「お疲れさん。じゃあ俺は早速料理作るよ。二人は楽にしていてくれ」
イズナさんはウィルさんが持ってきてくれた食材と昨日狩った魔物の肉で料理を作ってくれる。
イズナさんの料理は絶品だで、この旅の中で一番の楽しみだ。旅の中で楽しみが有るとモチベーションが上がり、皆の気力が湧く。
だからイズナさんみたいに料理が上手な人が居ると居ないでは、旅の進むスピードが変わるらしい。
こう言う部分でも僕はこのパーティーに入って良かったと思う。
「うわぁぁぁあ!」
「っ! イズナさん!?」
イズナさんの叫び声が聞こえたので僕は急いで振り返る。
そこには狐面を取って黒髪黒目姿でお玉を持ってひっくり返っているイズナさんがいた。
「えぇっ! ちょっとイズナさん! どうしました!?」
「このスープ……マジで死ぬほど……ゲロマズイ……ガクッ……」
「イズナさーん!!」
辞世の一句を詠んで力尽きるイズナさん。
いや、呼吸が安定しているから全く体調には問題は無いと思いますけど。
「どうしたアル」
そこにリンゴらしき物を食べながら歩いてきたウィルさんが現れた。
「ウィルさん! イズナさんが自分の作ったスープを味見して倒れたみたいなんです!ゲロマズイとか言っていて! もしかしてウィルさんが毒が含まれている物でも持ってきたのでは?」
「食べられる野草とキノコの見分け方なら分かる。何故なら全て無人島に有るものをとりあえず食べてみたからだ。このリンゴもそうだ。とりあえず俺にそのスープを見せてくれ」
ウィルさんはイズナさんの体調を見て急な様子ではないこと確認し、スープの捜査をすることにしたらしい。
「はい、どうぞ。って、何でスープ飲んでいるんですか! ちょっと止めて下さいよ!」
ウィルさんはイズナさんが倒れた原因であろうスープを躊躇無く飲む。
な、なんて事を。
「フム、スープ自体は旨いぞ。なら……やはり具か?」
ウィルさんは僕の言葉を聞かずに具まで食べる。
そうしてお玉から一つ野草を取り出し僕の前に掲げる。
うん?良く見たらウィルさんの体は船を漕いでいる。
「この野草……どうやら俺が……間違えた……グゥ……」
「ウィルさーん!」
一句を読んで倒れるウィルさんだが、流行りなのだろうか。
僕はウィルさんの手の平に乗っている野草を見てみる。
「これは……カワリソウ!?」
カワリソウとは薬を作るのに非常に重宝される薬草である。
他の薬に少量加えれば薬の効果を上げる事が出来、大量に加えれば薬の性質を変化させる事が出来る非常に貴重な物だ。
ただしカワリソウの味は死ぬほど不味く、味覚が鋭敏な人は倒れてしまう程らしい。
しかも……カワリソウは栽培するのが非常に難しく、群生しているものを見つけれれば狩人にとって大きな稼ぎになる……そんな薬草だ。
確か、似ている美味しい野草のオカワリソウも有るため、ウィルさんが間違えて取ってきたのもしょうがないと頷ける。
しかし良く見つけましたね……
「グゥ……」
ウィルさんは深い眠りに落ちているようだ。
イズナさんの気絶とは様子が違う。
何故? そこにコロコロとウィルさんが持ってきてくれたリンゴが僕の足元に転がって来る。僕は一つ拾って見てみると……
「これ、ネムリンゴじゃないですか!」
これまたレアな物だ。
通常のリンゴより紫がかっており、非常に強力な睡眠作用があるリンゴでそこらに生えている物では無い。
ウィルさんの恐ろしい所はこれ単体では睡眠作用が一切効いている様子は無く、効果を増強させるカワリソウを食べて初めて眠った所だ。
これは朝まで起きそうな様子はない。
本当に一体何処から拾ったのだ。
「今日は長い夜になりそうですね……」
どうやら今日は僕一人で寝ずの番をやらなければならないようだ……僕は焚き火の前に腰を下ろしてため息をつく。
今、何時だろうか。
二人が行動不能になってから長い時間が経った気がする。
僕は気を保つため目を閉じてイメージトレーニングをする。
魔法も能力も大切なのはイメージ……そしてそのままイメージを固め、技名をつけると良い。
そのうち慣れたら技名を言えば勝手に頭の中でイメージが出るからだ。
だから昔から有る魔法【ファイアボール】とか等は発動しやすく、取り扱い易いのだ
それに、僕は寝ずの番が得意だ。
何故なら心強い声がいつも聞こえてくるからだ。
『苦しめ……』『無駄だ……』『貴様らの一族に復讐を……』『死ね……』
呪いの声だが、この時だけは便利だと思う。
会話は出来ないけどこの恨みがましい声に聞き耳を立てているだけで眠気も飛ぶ。
最近呪いのが一部解けて少し静かになりましたけどね。
ガサリ、そう音を立てて何かが動く気配がした。
僕は目を開き、杖を音のした方に構える。
まさか、この状況で魔物か?
「何だイズナさんですか……」
そこにはいつもの狐面を着けていないイズナさんが起き上がっていた。僕は思わずほっとする。
「………………」
イズナさんは何も言わずに僕の隣に座る。
ち、近い……!
艶やかな濡烏の羽色を思わす黒髪と焚き火の光を反射し、不思議な輝きをする黒い瞳。
整った目鼻立ちをしていて、今は可愛らしいが将来は美人になるのだろうなと思える容姿で僕を真っ直ぐ見つめる。
とてもいつもは大木を蹴ってへし折ると言う頭のおかしい修行をしている人とは思えない。
「イ、イズナさん、体調は如何ですか?」
僕はそんな瞳から視線を逸らせずに話しかける。
これでイズナさんの素顔を見るのは三回目だが、その美しい容姿に未だに慣れない。
そう聞くとイズナさんは突然涙を瞳からポロポロと溢す。
「えっ!? ごめんなさい!? 僕何か不味い事言いましたか……?」
「ううん、アルは悪くないよ。私、怖い夢を見て……」
「そ、そうですか……」
イズナさんでもそんな事有るんですね。
初めて見ました……うん? 私?
「皆居なくなっちゃうの。お母さんもユリ姉もタマモもウィルもアルも……皆。私、この夢を見た後にいつも起きたら確認するの。誰も居なくなっていないよね……って。今日は何だか安心して泣いちゃった」
あれ? 喋り方が何時もの男の子ような感じではない。
しかもイズナさんはこんな話を僕達にはしない。
彼女はいつだって弱味を見せないようにしているからだ。
「アル?」
「ひゃい、聞いてますよ!」
ふと名前を呼ばれて僕は噛んでしまう。
考え事をしていたから僕が話を聞いていないように見えたのだろう。
「ふふ、おかしなアル」
うっ、素顔の笑顔は凄まじい破壊力がある。
さっきから僕の心臓はドキドキしっぱなしだ。
この状態のイズナさんは心臓に悪い。
「アル、私お腹減っちゃった。何か少し食べてくるね」
「あ、どうぞ」
イズナさんが僕の隣から離れて荷物がまとめて置いてある場所に歩く。
しかし何故だ?イズナさんが180°性格が変わったのは?
今は着けていない狐面……はただの変装用魔道具だって言っていたし……あれ? まさか、カワリソウか? 前に誰かに聞いた気がする。
カワリソウをベースに作った薬は性格を変えるって。
あぁなるほど、カワリソウが原因だったのか。
だったら明日頃には治っているだろう。
カワリソウを摂取したのは味見の量だけですし。
「アル、お待たせ。美味しい物があったから直ぐ食べ終わっちゃった」
「うわっ!」
気が付いたら隣にイズナさんが座っていた。
僕は考え事に没頭し過ぎて全く気がつかなかった。
「わ、びっくりした。もう、アル~急に大声出さないでよ~」
プンスカ怒るイズナさん可愛い。
ハッ、今一瞬正気を失っていた? 危ない危ない。
「す、すみません、少し考え事をしていて。それで隣にイズナさんが座ったのに気がつきませんでした」
「だったら悪いのは私かな?ごめんね」
「いえ、イズナさんは悪くないですよ」
「そっか、良かった……ねぇアル、私、二人に感謝してるよ」
「感謝……ですか?」
「仮に私が一人で旅に出てても飲み水の確保すらままならかったかもしれない。私は魔法使えないし……そして食べれる物の判別も分からないから何か毒物に当たるかもしれない」
体中から冷や汗が出る。
僕は何も言えなかった。
今、正に毒物的な物に当たっているからだ。
「今私が旅を無事に出来ているのは二人のお陰だよ。ありがとう。だから、これからも宜しくね」
そう言うと僕の肩にもたれ掛かるイズナさん。
頭の重みがを肩に感じて僕は焦る。
これはあれだろうか? イズナさんが僕に甘えているとでも言うのだろうか?
「え、えっ? イズナさん?」
「……すぅ……すぅ」
何だ寝ただけか! びっくりした……その時イズナさんの手から何かが落ちる。
この既視感……まさか?
「やっぱりネムリンゴじゃないですか!」
そこには紫がかっていて、齧られた跡があるリンゴが落ちていた。
「うーん昨日の記憶が全く無い……ごめんなアル、昨日の夜は俺ずっと気絶してたんだろ?」
「アル、昨日は寝ずの番を変われなくて済まなかった」
翌日、二人とも見事に復活した。
どうやらイズナさんは昨日の記憶がすっぽり抜けているようだ。
良かった……彼女にとって弱味を見せるのは恥と思っている節がある。
僕にとっては嬉しい事だが、それを男らしさと認識しているイズナさんが良しとする筈がない。
覚えていないならそれに越したことは無いのだろう。
僕は1日眠らなかったので欠伸をしながら答える。
「ふぁ~良いですよ。代わりに今日はぐっすり寝させて下さいね。あ、後イズナさん」
「ん?何だアル」
あぁ、後これだけは答えないと。
昨日言えなかった言葉を。
「僕達はそう簡単には居なくなりませんよ。これからも宜しくお願いしますね」
「うむ、俺からも宜しく頼む」
イズナさんは目を白黒させる。
何故お前が知っているのだ? と言わんばかりに。
少し考える素振りをするが、覚えが無いのか直ぐに僕達の方を向く。
「まぁ良いか。これからも宜しくなアル! ウィル!」
次章王都編に続……かない……!




