第38話 秘・密・共・有
「はぁ……へへ」
俺は頬を擦りながらぼーっとしていた。
何でキスしたのかなぁ、ティティ……何処か別の地域ではこれが別れの挨拶なのかなぁ……それともモテ期ってやつかな? うへへ……
「失礼します。イズナさん体調はいかがですか?」
「……随分と機嫌良さそうだな」
「えへへぇ?」
「い、イズナさん?」
何故か訝しげな顔をして俺の顔を覗き込むアルだが、俺の顔に何か着いているのか?
何気無く、部屋を見渡してみるとそこにはベッドから半身を起こし、体をくねくねとさせながら顔を紅潮させ、鼻の下を伸ばしている黒髪の少女がいた。
と言うかそれは鏡に写った俺だった。
「はっ……うおっと! ウィ、ウィルとアルじゃないか! い、いつの間に?」
「ハーティさんが村を出発する前にイズナさんが目覚めたと教えてくれたんです。ノックしても返事が無かったので入ったのですが……」
「いやー、体調がねぇ? そのー、うん、寝ぼけてたんだよ! あぁ!」
「そ、そうですか……あ、あのお客様が来ているのですが、狐面を着けます?」
お客様? この村の知り合いなど殆どいないと言うのに一体誰が?
俺は変装の為に狐面を着け、小声でタマモに囁くとタマモは直ぐに反応する。
「……タマモ、変装頼む」
『む、起きたかイズナ。後で話したいことがある』
「分かった……」
タマモの能力が効き初め、視界の端に映る黒髪がみるみると金髪へと変化していく。
同時に認識阻害が働くようで、鏡を見るとぼやけると言うか自然と印象が逸れるような感覚がする。
「もう良いかい? 失礼するよ」
そう言って部屋に入ってきたのは見知らぬ老婆だった。
ただし、老婆と言ってもヨボヨボのしわくちゃでは無く、背筋は芯が入っているようにピンと立っており、立ち込めるオーラと言うのだろうか? ただ者では無い雰囲気だ。
「私はストラーナ対魔物狩猟兼防衛組合ストラーナ支部ギルドマスターのアルバ=カラックだよ。お嬢ちゃんが魔人を倒した娘だね?」
どうやら外に出ていた対魔ギルドのマスターが、俺が昏睡している三日間のあいだに帰ってきたようだ。
しかし、ティティも言っていたが俺はスピーノを倒した覚えが全く無い。
ここはなんと答えるべきか?
『イズナ、話がややこしくなるからとりあえず話を合わせておけ。私が後で説明する』
タマモがそう言うのならばとりあえず話を合わせよう。
「はい、記憶が曖昧だけどそうみたいです」
「まずは礼を言おう。ストラーナを救ってくれてありがとう。お嬢ちゃん達パーティーのフルールドリスが居なかったらこの村は大惨事になっていた」
アルバさんは頭を深く下げて感謝の意を表す。
ギルドの偉い人に頭を下げさせてしまい、俺は慌てる。
「か、顔を上げて下さいギルドマスター……!」
「そうかい、とりあえず村を守ってくれた報酬はリーダーのアルに渡したよ。それでだ……魔人が復活して戦闘をしたのなら王都に行って欲しいのだがねぇ……」
「何でですか?」
「聖女騎士団の連中は常に魔人との戦闘データを求めているのさ……何でも魔人からの恐怖から民衆を救う為だ……ってね。どちらにしろお嬢ちゃん達が魔物と戦闘した事は対魔ギルドの中では共有される。そこから聖女教信者の誰かから教会の人間に情報がリークされるだろう。そしたら教会の面倒な奴等に粘着されるのは間違い無しだよ。変に因縁やら面倒事を避けたいなら王都に向かって欲しいさね」
何か面倒な事に巻き込まれているみたいだな。
女神教か……俺は教会には一度も行ったことが無いし、信者って感じの人も見たこと無いからあまり印象にない。
「アル、俺達が王都を通る予定は?」
「今の所は有りませんね。ですがギルドマスターの言った通りにしといた方が良いと思います」
「……俺も王都に向かった方が良いと思う。イズナ、お前は自分の装備が欲しいのだろう? この村にはお前が以前装備しているような衣装は無かったぞ」
「え、マジで? 王都か……しょうがない、分かった、行こう!」
アルストの街に置いて無かった魔法装備はストラーナにも置いていないようだ。
俺の超ミニスカ和服は継続確定かよ……
「話が纏まったようだね。後数日はゆっくりすると良いさ。改めて村を救ってくれてありがとう。ではな」
ギルドマスターのアルバさんが去って俺達フルールドリスの三人だけが残る。
何から話そうか迷っているとタマモから声を掛けられる。
『イズナ、一つ試したい事がある。心の中で私が今から言う言葉に【許可】してくれ。……【憑依転換】』
何がしたいのかは分からないが、とりあえず目を瞑って心の中で【許可】と念じてみる。
そうすると一瞬だけ力が抜ける感覚がして、すぐに元に戻り、目を開けても視界は変わらない。
だが、何故か体が動かないのだ。
「くく、成功だ」
『あれ?』
「……まさか」
何故か俺の声が普段タマモから聞こえるようにエコーが掛かったような聞こえかたがして、逆にタマモの声が俺と似たような声で肉声っぽくなる。
「すり変わったのだ。私とイズナがな。どうやら青二才は気がついた様だがな……」
『ええ~っ! 嘘だろ!?』
「イズナさんどうしましたか?」
どうやら俺の声はアルとウィルには聞こえていないようだ。
入れ替わりは本当で、やはりタマモがスピーノのを倒した説が濃厚のようだ。
「まともに話すのは初めてだな。初めまして、私の名はタマモ。魔人を倒した者で、この狐面に囚われた不憫な存在だ。」
「……っ!」
「イズナはどうした……」
ウィルとアル達にピリッとした緊張が走る。
敵か味方かも分からない存在が急に現れたからだろう。
「安心しろ。少し【許可】を貰っただけだ。イズナが嫌がったら直ぐに元に戻るさ。ふふ、あの魔人の能力を少し再現したのだが、こんなに上手く行くとはな……」
「何の用でしょうか……?」
「何、ただの挨拶さ。これから宜しく……とな。たまに体を借り受ける事が有るやもしれないだろう? その時に混乱されても困るからな。まぁそう言う事で宜しく頼むぞ……? 【憑依解除】」
「うおっ、びっくりしたぁ!」
俺の体に戻る感覚がしてクラっと来る。
タマモの奴、能力の再現とか言っていたけど実は凄い奴? 能力って普通一人一人固有のものでそんな料理みたいに出来るものでは無いはずだ。
能力を模倣する能力とか……?
「いつものイズナさんですよね……?」
「ん、あぁ。俺はイズナだ」
「説明……してもらえるか?」
二人とも狐面を注視しながら警戒を緩めていない。
そりゃそうなるよね……この狐面が何かって……
「タマモ、説明するぞ」
『もうここまで知られたなら構わないぞ。』
ウィルとアルは信用出来る、一緒に旅をして尚更そう感じたから……だから全部話そうと思う。
俺が何故バイアロス大陸を目指しているのか、何故ハンターになったのか?
「お前らなら全部離して良いか……俺の旅の目的、この狐面の事。始まりはある日、俺と母さんが一人の鉄仮面を着けた人物に襲われた所からだ―――――――――」
「つまり、イズナさんはお母さんを助ける為に狩人になったと?」
「石化……能力だろうか? 聞いたことが無い……」
「あぁ、だから出来たらで良い。石化や鉄仮面の情報を手に入れたら教えてくれ、この通りだ。」
「無論構わない」
「僕も協力します」
俺は頭を下げてお願いすると二人は快諾してくれた。
やっぱり、二人に話をして良かったなと思う。
「とりあえず後数日は休もう。アルも俺も体がボロボロだ」
「ああ、分かった! 俺も怪我はしてないけど本調子じゃないからなゆっくりさせて貰うよ」
こうして、俺は秘密を話してスッキリとして、数日の休暇を楽しむ事に決まったのである。
めでたしめでたし。
『おーい、私は? 私にも協力してくれないのか?』




