外伝5話 廃城の奥で待つものは何か
魔王、私にはその言葉だけが日本語に聞こえたがもしかしたら発音が似ているだけで違う言葉なのかもしれない。
しかし、私には何故か聞き間違いとは思えなかった。
何故なら目の前にいる執事服の老人からはただならぬ気配を感じるからだ。
さっきまでの怪物達や、ゴーレムなど非じゃない位のプレッシャーを感じる。
殺気、とでも言うのだろうか? 魔王と言うのも何となく納得出来る。
「将来有望な騎士、優秀な成績を修めて魔術師学校を卒業した魔術師に期待の狩人、そして【稀人】。これはこれは、素晴らしい顔ぶれですね」
「……僕らの会話を全て聞いていたのですね」
「魔王の配下だと、お前さては魔人族だな! 島を障壁で囲って何をするつもりだ!」
アベルとフリッツが何か言っている。
武器を下ろしていない所を見るとやはりこの老人は敵なのだろう。
私も油断せずに老人から目を離さないようにする。
「大した理由ではありませんよ。そちらの用はもう済みました。後はそうですね。後はあなた方と少し話してみたかった……と言うところでしょうか?」
「ふざけないでよ! 島中の魔物をけしかけたのはアンタなんでしょ! この廃城にも沢山の魔物がいたわ!」
「ええ、将来有望な若者の実力を是非見てみたかったですからね。それについては申し訳ない。お詫び申し上げます」
「それで、僕らをどうしたいと言うのでしょうか?」
「【稀人】殿を連れて帰りたいですね。我が主の土産に……主はお喜びになるでしょう、世にも珍しい者に。さて、邪魔をしないなら傷つかないで済みますよ、若き方々」
老人はゆっくり私に向けて歩み始める。何かな?
「ユーリ! 避けなさい!」
【っ!】
フランチェスカが叫んだ瞬間、嫌な気配がしたので咄嗟に身を屈める。
次の瞬間、フランチェスカが何度か使っていた炎の魔法が私が居た場所を通過し、飛んでいく。
どうやらフランチェスカが老人に向けて魔法を飛ばしたようだ。
「素晴らしい威力ですね。しかし私の障壁は破れませんよ」
しかし炎の砲弾は老人の前に出現した透明なガラスのような壁に阻まれる。
まさかあれが昨日フリッツ達が絵にかいてくれた島を囲うバリア?
つまりはこの老人がバリアで島を囲った犯人なのだろう。
「アベル仕掛けるぞ!」
「ええ!」
次にフリッツとアベルが老人を挟み込む様に仕掛け、見事な連携で二方向から同時に切りかかる。
これなら行けそうだ!
「やはり若者は良いですね。迷い無く真っ直ぐで良い攻撃です。だが、それだけでは駄目なのですよ。さぁ忠告を破った罰です。受けなさい」
二方向同時攻撃も別々に展開されたバリアに弾かれる。
そして次の瞬間、足元からバリアが円柱状に生成され、私以外の三人が殴り飛ばされるよう攻撃を受ける。
しかし威力がおかしい。
壁まで吹き飛ばされて、石壁に窪みが出来るほどの衝撃を受けたみたいだ。
「2度目は有りませんよ、お三方。それと【稀人】殿。貴方の能力は会話から身体強化とネタが割れています。大人しく着いて来て下さい」
こうなったらやるしかない!
こちらに歩み寄ってくる老人に対し、私は飛ぶ斬擊で攻撃した。
しかし、老人は慌てること無く私の攻撃をバリアで不正で行く。
「やはり言葉が通じないのは不便ですね。少し大人しくして頂きましょうか」
来る! 直感で先程三人を打ちのめしたバリアの円柱による攻撃が来ると分かった私はあえて避けるのでは無く、昨日木に対して使った高速で移動しながら切りつける技を老人に繰り出す。
もしかしたら老人が攻撃の瞬間は咄嗟にバリアで自分を守れないかもしれないからだ。
「ほう、まさかここまでの動きをするとは驚きました。狙いは良いですが、私もこの能力とは長い付き合いです。この程度の事態は過去に経験済みですよ」
私の最速の攻撃がまたもやバリアで防がれてしまった。
しかし私の狙いは別にある。
フリッツ、アベル、フランチェスカの体制を持ち直す時間稼ぎだ。
老人はこちらに集中している。
だから後ろから来ているフリッツには気がついていないはずだ。
老人の背後から切りかかるフリッツ。
「ユーリは連れてかせねーぞ!」
「2度目は無いと言いましたよ」
【なっ!】
老人は後ろを振り向かずに手を振るう。
まるで目が後ろにも着いているような動きに私は驚愕する。
フリッツは鋭い勘か、はたまた本能が働いたのか体を捻り老人の手を振った延長線上から体を避ける。
次の瞬間、廃城の壁が真っ二つに裂ける。石で積み上げられた壁に縦に走る大きな穴を開けたのだ。
老人は今まで一切本気では無かったのか!
「おや、本気で当てる積もりの攻撃を避けるとは……生存本能が成せる技でしょうか? しかし完全に避けられた訳では無いみたいですね」
【フリッツ!】
私は剣でバリアを押し返す様にして老人から離れる。
フリッツは革鎧を引き裂かれて血だらけになった腕と片足が剥き出しの状態になっていた。
しかも腕の方は運悪く剣を握る右手の方だ。
「へへ、済まねえ仕損じちまった。あれはユーリと同じ魔力を斬擊の如く飛ばす技か」
何を言っているか分からないが絶対謝っていると言う事は分かった。
馬鹿! 謝っている場合じゃ無いでしょ! こんなに血が出ているのに!
「やらせないわよ! 火よ風よ、混じりあえ! そして強く爆ぜなさい! 爆破撃!」
「適性を2属性も持ち、更には融合させて使うとは! ですがこの攻撃が目眩ましなのは見え見えですよ。残りのお二人にも少し痛い目に見て貰いましょう。障壁の槍」
老人はフランチェスカが放つ派手に炸裂する火球を全てバリアで防ぐ。
同時に細長い尖った形のバリアで視界外から攻めようとするアベルと魔法を放っていたフランチェスカの腹部が貫かれた。
「ぐっ!」
「きゃあ!」
二人が倒れ、服や防具から決して少なくない血が流れる。
放って置けば出血で不味い状態になるのは違いない。
しかし私は咄嗟に動けなかった。
人の血など人生でまともに見たことが無い。
さっきまでの魔物は血の色も違うものも多く、まるで現実味を感じなかったから切ることが出来た。
【あ……あぁ!】
「言っても分からねぇかも知れねぇが逃げろ……ユーリ。狙いはお前だ……」
「……おひとつ聞いて宜しいでしょうか?」
「……なんだよ? 魔人野郎」
「私の名前はサドネスです。貴方達は何故、出会ったばかりの彼を庇うのでしょうか? 放っておけばこんな目に合う必要は無かったでしょう。言葉も通じない、有って1日の人間ですよ。何処にそんな義務があるのですか?」
「アンタには分からないかしら? 私達はたった一日だろうが一時間だろうがその人を信頼出来れば命を懸ける事が出来る良く出来た人間なのよ」
フランチェスカ、立ったら駄目だ。傷口が広がる。
「僕達だって一度命を救われています。その恩を返して何がいけないのでしょうか」
アベル、貴方もう武器も盾も壊されているじゃない。
何で……何で立つの?
「言葉が通じなくったって繋がることは出来るんだぜ」
フリッツ、貴方まで……
「……なるほど、私の疑問に答えて頂きありがとうございます。良く分かりました。ではお礼にこれで終わらせましょう」
老人が今まで一番の殺気を放っでおり、どうやら本気の攻撃が来るみたいだ。
しかし三人は私を庇うように立ちはだかる。
私はこの言葉を聞かずにはいられなかった。
【どうして?】
「仲間だからな」「仲間だからよ」「仲間だからです」
その言葉、三人から返ってきた言葉の意味が日本語じゃなくても分かった気がした。
「さようなら。若き芽の方々」
老人が手から衝撃波を放つ。
まるで破壊現象そのものが襲い来るかの如く一直線にこちらに向かいながら廃城の床、壁が剥がれ、朽ちていく。
これに当たれば皆死ぬのだろう。
でも私はこの三人を……
この時、島中で揺れが発生し、廃城からは轟音が聞こえたと島民は語る。
「惜しい人達を亡くしましたね……」
老人はどうやら私達が消滅したのだと思っているのだろう。
いや、今気がついたようだ、その違和感に。
土煙が晴れていき、互いの姿を認識する。
「まさか……」
右手が熱い。
まるで燃えるかのように発熱している。
しかし、それは老人の攻撃を右手で防いだからでは無い。
右手に良く分からない字の紋章が現れ、光輝いているからだ。
「【勇者】の印……です……と?」
老人は【勇者】とはっきり言った。
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