第3話 転移と影と別れ
「止めろ!」
鉄仮面が剣を振り下ろす瞬間、俺の足元から何かが飛び出した。
意思を持った黒い槍のような何かが鉄仮面の背後から胸を貫く。
「なっ! ごふっ……!」
鉄仮面が仮面の隙間から血を吐き出して倒れる。その瞬間黒い槍は霧散するように消えた。
今のは一体なんだったのだろうか?だが今は置いておこう。
鉄仮面の仲間が居ないとも限らないのでひとまず安全な場所に移動しよう。
俺は地面を這いながら母さんに近づく。
「か、お母さんだ、大丈夫?」
「サクラ……貴方は……」
母さんは俺に対して目を見開いている。さっきの黒い槍に対して、何か知っているのだろうか?
だが直ぐにいつもの母さんの様子に戻り、俺に告げる。
「サクラ、説明は後でするわ。今はとりあえず家に帰りましょう」
「うん、分かった」
母さんの体を支えながら歩こうとした瞬間、母さんは俺を急に突飛ばした。
「母さん?」
何が起こったか分からない俺は母さんの方を見る。
目を凝らすと母さんの背中に変わった色の宝石が埋め込まれているナイフが刺さっていた。
まさか!鉄仮面が倒れていたはずの場所を見ると鉄仮面が立ち上がっており奴は何かを投げた後のような体勢をしていた。
「てめぇ!」
「まさか! ここまで大当たりとは思いませんでしたよ! 影の方の能力まで受け継いでいるとはねぇ! 必要以上傷を負ったので今日のところは退散させて頂きますよ。……いつか必ず迎えに来ます……!」
鉄仮面がその場から一瞬で消えた。まるで、最初から存在しなかったように。
「イズナ」
「お母さん! 大丈夫なのか!? 何だその背中……?」
母さんが俺に話しかけてくる。しかし背中の様子がおかしい。
まるで石になったようにナイフが刺さった場所から広がっているのだ。
「イズナ、説明は後よ。私を家に連れていって。貴方に伝えたい事があるの」
「っ! 分かった」
俺は身体強化を自分に掛け、母さんを抱え全力で家まで走った。
母さんの背中は徐々に石のように変化している。家に帰れば直せるんだよな? 母さん?
「イズナ地下室に行くわよ」
「えっ? この家に地下室なんてあるの?」
俺はこの家に10年住んでいて地下室の存在など知らない。
そんな事を聞いていると母さんは自分の部屋に行きベッドをずらすように指示してきた。
俺はベッドを言われたまま動かすと地下へと続く扉があったのだ。俺と母さんは地下へと降りて行き、最深部の部屋に到達した。
仄かに光る謎の円陣がある部屋だ。こんなもの母さんから聞いたこともない。
「この水晶を持って陣の中心に立ちなさい」
「わ、分かったけどこれは何?」
「転移の力が込められたものよ。まずはこれで安全な所に逃げるわよ」
転移?別の所に移動するって事か?俺は母さんから手に収まるような水晶を手渡されて陣に入る。
その瞬間陣から強い光が放たれ俺はびっくりして目をつむってしまう。
光が収まったとき、そこは似たような部屋だが母さんは居なかった。
「ナ……ズナ……える?」
「お母さん?何処から声が……」
「水……に……魔力……込……」
どうやらこの水晶から声が聞こえるみたいだ。水晶に魔力を込めると言っているのだろうか?
魔力を込める方法が分からないので水晶に力を込めるイメージをしてみた。
そうすると水晶から聞こえてくる声は徐々にクリアになっていく。
「イズナ。聞こえたら返事をして」
「聞こえるよ。お母さん」
「良かったわ。…………イズナ、良く聞きなさい。貴方が今居るのは魔の森と呼ばれる場所よ。落ち着いたら北の方に街があるから行きなさい。そこで年齢を偽ってでも対魔ギルドに入るのよ」
「な、何言っているのお母さん?」
「イズナが最後に使った能力は影を操る力。『操影』とお父さんは言っていたわ。まさか私達二人の能力を受け継ぐなんて……やっぱり私達の自慢の子ね」
あの鉄仮面を倒したのは俺の能力によるものらしい。だが今はそんな事はどうでも良い。
「お、お母さんも速くこっちに転移してこないの?背中のはどうするの……?」
「……ごめんね……私はイズナを送ってほとんど魔力が尽きたみたい……背中の石化は恐らく奴の持つ能力よ。私は陣を消してからこの家を破壊するわ。石化が完全な状態になる前にね」
「待ってよ……これからどうすれば良いの?」
「奴はイズナの名前がサクラだと思っているわ。イズナの事を探すのも時間が掛かるわ。その前にギルドで力を着け、仲間を集めてバイアロス大陸のタバルと言う国のシノノメ家を訪ねなさい。必ず貴方を助けてくれるわ」
母さんは自分の事をまるで気にしないような素振りで話を続ける。俺はついかっとなって叫ぶ。
「母さんはどうするつもりなんだ!?そこで死ぬつもりなのか!」
「ふふ、口がまた悪くなってるわよ。私は死ぬつもりはないわ……この地下室で身を潜めてるわよ。いつかイズナが助けてくれるのを待ってるわ……」
「っ! いつか……いつか必ず助けに行くよ母さん」
「待ってるわ……口調はもうとやかく言わないわ……でもイズナは女の子なんだから髪や顔は大切にしてね……短く切りすぎちゃ駄目よ」
「分かったよ……!」
「最後に一言。お母さんが昔使ってた武器や道具がその家には置いてあるの……自由に使いなさい。この中に『狐の面』があるからそれを身に付けなさい。必ずイズナの助けになるわ……イズナ、お母さんはもう限界に近いわ……もう行くわ。……イズナ愛してるわよ……」
「お、私も……愛してる……」
最後の言葉を皮切りに水晶からの声は途切れてしまった。