第八話 被追放者、はじめてのメンバー勧誘(前編)
ギルドを作りたい!→メンバーがいねぇ! という切実な問題を抱える男、ラルフ。果たして、ギルドを立ち上げる所まで行くのか! ……という、そもそも物語の前提段階で苦戦するお話です。前中後編の三話構成となります。
「……ラルフさん? また女の子を連れ込んで良いご身分ですね? お金は? ご職業を教えてもらっても?」
「ツケで。現在の職業は排泄物を製造する事です」
交渉、というものに臨むに当たって、両者の上下関係の把握と確定は重要なファクターである。
それは例えば、巨大な戦闘系冒険者ギルドの上位メンバーを護衛に頼みたい、と駆け出しの小さな商店の店主が言った時だったり、逆に金払いが良い腕利きの商人組合の護衛として雑多な冒険者が複数人募集された時だったり。
どちらが提示した報酬や依頼の内容に口を出す権利があるのか。その観点では、両者の力関係は如実に関わって来る。
そんな料金じゃウチの花形は貸し出せねぇなぁ? と冒険者の側から依頼人を断ったり。逆に、お願いします依頼を受けさせてください命を懸けますから! と必死に依頼人に冒険者が頼み込んだり。
このような冒険者の例に限らずとも、交渉を進めるに当たっての両者の力の差による優位というのはそこいらに、それこそ交渉の数だけ存在している。
中には、ギルドマスターが相手が格上だろうと下だろうといつでも対等に接するせいで名目上同じギルドマスター、実際はその補佐を担当する人間が胃を痛めていたギルドも存在するが。
さて、諸要素を鑑みて、ラルフは今現在行っている交渉において、遙か優位に立っている。
死にかけている盗賊の少女、テッサとその弟、先ほど名を聞いたアレン。
路地裏街の貧しい二人は、今現在窮状にあった。
依頼の失敗で路地裏街の衛生状況と医療設備の不在によりこのままでは命を落とす、しかし普通の治療さえ受けられれば問題無く完治する、という程度の手傷を負ったテッサ。
そんなテッサを何としてでも助けたいアレン。
ラルフとリネットは、そんな二人に対して特大の餌を与える事ができる。
テッサには、弟を安心して食べさせてあげられる、表の社会という安定した環境を。
アレンには、姉の無事を。
明らかな、力関係の差。それはテッサがこれまで無理な上に安価な依頼を受けざるを得なかった理由であり、コイツもまたそれを突き付けてくるのか、と内心では冷めていた。
そんなテッサに、まあお話だけでも、とまるで詐欺師のような口ぶりで詰め寄ったラルフ。アレンを人質に取られ、断る事もできない。
嫌々頷いたテッサ。それを確認したラルフが合図を背後に送るのは、同時だった。
ラルフの背後から建物の中に入って来る形で現れたのは、彼女の愛する弟、アレンともう一人、その隣に立つ女性。
駆け寄って来るアレンに、何とか笑顔を返して。そんな再開に水を差すのは、ラルフの言葉だった。
「さあ、交渉をしようか。まずは、場所を変えてな」
数十分後。
リネットに背負われたテッサと、その傍を離れないアレン。前を歩くラルフ。
男連中は何をやっているんだ、という目を向けられるかもしれないが、これには理由がある。
俺が姉ちゃんを運ぶ、と主張したアレン。しかし、それに対してラルフに向けられたテッサの無言の目配せ。怪我をアレンに気付かれたくない。もしかしたらアレンは気付いているのかもしれないけど、何となく察しているのかもしれないけど、確定した事実と知らせてこれ以上心配させたくない。
これがまず一つ。そもそも、お世辞にも栄養状態が良いとは言えない路地裏街の子ども、アレンの力では同じく痩せているとはいえテッサを運ぶのは大変だっただろう。
加えて、ラルフが「いや、同年代の女の子をおんぶするってのはさ、ちょっとさ、ホラなんか、もしかしたら失礼かな? なんて? 他に手段が無いってなら仕方ないけど? 今はさ?」とかいう変な部分でシャイ男子を発症した事によりリネットが背負う結果となっている。さらには、恐らくラルフよりリネットの方が力が強い。
最初、テッサはラルフを裏社会の組織の使いか何かだと思いこんでいた。
だが、部屋の穴から出てきた虫にビビり、忠実な配下ですよ、という雰囲気を醸し出している女性は今現在ラルフに対して冷たい目を向けている。これに関しては半分冗談交じりのようだが。
そんな彼らがしばらく歩きたどり着いたのが、小さな酒場だった。
路地裏に何故か酒場がある。実際に行く余裕なんて無かったが、テッサは噂で聞いていた。
こんな場所に酒場を作るなんて、一日で身ぐるみを剥がされそうでなくても法外な場所代を要求されるに違いない。だというのに何故普通に経営ができているのか、と聞いた時には不思議に思っていたが、実在していたのか。
そんな事を、血が足りずあまり回らない頭で考えていたテッサ。
そこから、ラルフの評価は二転する事となった。
あれ、ラルフさんじゃないですか。店に入ったラルフに話しかけたのは、店員の女の子だった。
客がいないガラガラの酒場。ラルフは常連なのだろうか。同時に、テッサの中である予想が浮かび上がる。
もしかして、何らかの権力に守られているからこの酒場はこのような場所で経営できているのでは? と。やはりこの少年、何かしらの力を持っているのでは、と。
油断ならない。権力者というのは気に食わない。テッサが、そう警戒を強めた、次の瞬間。
テッサとアレンへと一度目を向けた店員の女の子が、笑顔のままラルフへと毒を吐く。良いご身分ですね?
それに対するラルフの反応は、実に迅速だった。流れるような動作で膝を折り、両手の親指と一指し指で三角形を作り、それを地面に付け。その身はまるで腹に痛い一撃を受けて蹲るかのように地へと下される。
額は、掃除こそしているのだろうが綺麗とは言えない床に擦りつけられ。
……ツケで、お願いします。ラルフの口から、絞り出すかのような、切実な願いを神に祈るかのような声が発せられる。
テッサにはその態度の意味はよくわからなかったが、下手に出ている事だけはよくわかった。
かつてのギルドメンバー、コジローから教わった、西大陸の中でも端に位置する地域の伝統文化、最大限の謝意や願意を表すDOGEZAと呼ばれる動きだ。
以前コジローと共にルーナのおやつのプリンを食べてしまった際(コジローは知らずに、ラルフは故意である)に怒り狂う彼女へと二人揃って行った、伝統の技である。
「……」
いや何なのこの人。激しくラルフへの評価が上下しながら、同時にぞくりとテッサの背に悪寒が走る。
店員の女の子の、ラルフへと向けられたゴミを見るかのような瞳。
命乞いをする標的を前にした暗殺者もかくやというその表情。本当に一体何なのか、この酒場は。
「いいですよぉ! 特別に、私のお給料から出す、って形で何とかしておきましょう!」
しかし、それは一瞬だけだった。すぐにその表情は愛想のいい店員さんらしい、ぱぁっとした笑顔へと変わる。
「ほ、本当か!?」
ラルフもまた、その返答が予想外だったのか、がばりと身を起こし、店員さんをキラキラとした目で見つめる。まさか、この子がこんな優しさを見せてくれるなんて、と。
「対価は、貸出額を10日に5割増、って事で!」
「ちょっと待って」
暴利だった。テッサが関わって来た後ろ暗い案件の中でも聞いた事が無いくらいに。
「いや、それは……2割! せめて2割とかそれくらいで!」
懇願するラルフ。いやそれでも大概大変な事になると思うのだけど、とテッサは思う。
そこを最低ラインとして交渉して、辿り着く結果も悲惨だろう、と。
「私は別に貸さなくても何の問題も無いという事、忘れないでくださいね?」
絶望である。そもそも交渉に応じるなどという選択肢は店員さんには無かった。
ラルフはがくりと膝を突き、打ちひしがれる。
「お答え、聞かせてもらってもいいですか?」
「……お願いします。4人分の宿泊代、メシは俺以外の3人分付きで……」
「まいど~♪」
何か、ヘタな裏社会よりも嫌なものを見てしまった気がするテッサであった。
「んじゃあリネット、この子の事、先に部屋に運んどいてくれ」
「了解しました」
そんな、状況が目まぐるしく代わり感情が追いつかないテッサを背負ったまま、リネットは酒場の2階、宿泊用の部屋へと階段を上がっていこうとする。が、その動きはリネットの背に、背に背負うテッサへと向けられた声により、足を止める事になった。
「待ってくれ! 俺も……」
懇願するかのような、弱気ながらも振り絞った声。それを発したのは、ラルフの隣に立つアレンだった。
姉の事が心配なのだろう。
それに、そもそもの所一体自分達が何をされるのかわかったものでは無いのだ。
姉に合わせてくれ、そうしたら何とかしてやるから。そんな話に、自分の無力さを突き付けられ追い詰められていたアレンは乗ってしまった。だが、助けを求めたラルフとリネットが何者なのか、彼は知らない。
そんな未だ信用ならない相手に具合が悪い姉を任せるのは、やはり不安なのだ。
「いいや、お前はこっちだ」
しかし、それを止めるラルフ。何でだよ、と抗議する間も無く、その両肩を掴み、半ば無理矢理に逆の方向に歩かせる。
「愛しの姉ちゃんに良くなってもらいたいんだろう」
アレンが決して否定できないであろう言葉を、薄ら笑いと共にかけながら。
「マスター、よろしく頼む」
ラルフがアレンを連れていった先は、厨房だった。
気軽に話しかけてきて盛り上がる『ルーンソード』のメンバーかそれ以外に微かにいる裏路地街出身の荒くれ者が客層のほぼ全てを占めているこの店において、気軽に話をするためと目を光らせておくため、という観点から厨房は客席から見える位置に存在している。
「えっと……こんにち、は?」
そんな場所で二人を出迎えたのが、一人の中年男性だった。
アレンの挨拶にその顔を見て微笑む。
優し気な姿ではあるのだが、ラルフよりも頭二つ程高い長身と日々様々な仕事に追われている結果であるのだろうか、筋肉質な体躯がやけに威圧感を放ちアレンを後ずさりさせる。
「挨拶ができて偉いな、だってさ」
「へ? あ、その、どうも」
ラルフがその意思を翻訳する。
思わずかしこまり、会釈するアレン。それに応じて男性、この店の店長もまた頭を軽く下げ、再度の微笑み。威圧感にアレンが再び震える。
「さて、それじゃあ始めるとしようか」
あ、どうもとアレンが三度目の挨拶をしそうになったのを遮り、このままじゃ話が進まないから本題に入ろう、とラルフは切り出す。
「……何を?」
「決まってんだろ」
そういえば何で自分はこの厨房に連れてこられたのか。そんな疑問を今更になって浮かべるアレンに、ラルフは少し困った様子で、しかし、悪戯な表情を浮かべ。
「お前が姉ちゃんを元気付けてやる兼、お前とお前の姉ちゃんの歓迎会の料理だよ」
その右手にずっと持っていてそろそろ手が疲れてきた角ウサギを、調理台の上に置くのだった。
観覧ありがとうございました!