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こちら傷の舐め合い追放冒険者組合  作者: ししゃも
第一章 追放冒険者と路地裏姉弟
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第七話 被追放者、スカウトを始める

少しは更新早くなるかと思います、第7話です…

「……ぅ……」


 一度、起き上がろうとして、苦痛に顔を歪めて再びその体をボロボロのベッドへと横たえる。

 急がないと。早く、追いかけないと。なのに、体に力が入らない。


 廃屋の中で、少女は必死で体を起こそうとする。しかし、それは刺すかのような痛みに邪魔され叶わない。


「……」


 何の成果も得られず、荒く息をしながら少女は自分にかけられた毛布を捲り自身の体を首を動かして見る。そこには、赤色に染まった包帯が巻かれていた。

 彼女、テッサ・アーネットを取り巻く今の環境は、到底良いものであるとは言えなかった。脇腹に刃を入れられ、内臓の一部を傷つけている刺し傷。そこに巻かれた、衛生的、などという言葉とは遠い、ゴミ箱から拾ってきてその場で巻き付けた、最初から汚れていた包帯。耳を澄ませば大きな虫がかさかさと這う音が聞こえる、所々の床が砕け壁にも穴が空いている廃屋。


 テッサのような人間と今のこの状況は路地裏においては別に珍しくも何ともない。食べ物を盗もうとした結果、衛士に追われ辛くも逃げ延びた。この傷を治療できる設備もそれに世話になる事ができる金も無く、傷が悪化して屍の一つに加わる、ただそれだけの話である。この裏路地街に追いやられた子どものおおよそ四分の一はこのような末路を辿る。


 しかし、彼女はそれで終わるわけにはいかなかった。再び、体を起こそうとする。

 ……だが、やはりそれは今の傷と栄養が不足した体では成せなかった。


 早く、早く。あの子を、追いかけないと。頭の中を埋めるその意思に、体は追いつかない。


 心配させまいと、嘘をついた。

 気まぐれで拾った、自分と同じ捨てられた男の子。

 姉ちゃん姉ちゃんと子犬のように懐いてくるあの子に、どんどん悪くなっていく顔色をなるべく見せないようにして、大丈夫、病気なの? と表情を曇らせるあの子に、ううんお腹が空いているだけ、とひきつっていないかな、と不安になりながら笑顔で答えた。


 テッサが失敗を悟ったのは、その直後だった。じゃあ、オレが食べ物見つけてくる! と彼はテッサが止める隙も無く駆け出して行ってしまったのだ。


 たぶん、気付かれていたのだろうとテッサは推測する。

 怪我をしている、というところまで把握していたはわからないが、命が危ないのではないのか、くらいは。

 だったら猶更、止めなければならなかった。怪我で感覚が鈍っている己の体と精神を恨みながら、三度、四度、と立ち上がろうと繰り返す。……結果は、伴わない。

 きっと無茶をするだろう。碌なお金も持たない自分達が食糧を入手する手段など、盗む、奪う、というくらいだ。恵んでもらう、という選択肢は少なくともこの街では通用しない。ただでさえ危険を伴うのに、あの子の未熟な技術と、さらには焦りから来る精神的な余裕の無さが合わさってしまえばどうなるかなど同業者の最期を何度も見てきたテッサには容易に想像が付いた。


 ただ、焦りから余裕を無くしていた、と言う点では彼女は決して人の事を言えたものでは無いだろう。

 体を何度も無理矢理に動かそうとして傷からじわじわと血が広がり、包帯の保水量を突破し、滲みだす。

 血が減る事で、より体調は悪化し、意識が朦朧とする。


「っ……あっ……!」


 無理矢理立ち上がろうとして、勢いに任せて体を持ち上げ。それに関しては上手くいき、上半身を起こす事はできたものの、そこで平衡感覚を失いふらりと横向きに、ベッドの下へと上半身が落ちる。


「何で、かなぁ」


 言う事を聞かない体に、テッサの目から涙がこぼれる。

 これまでずっと、上手くやって来たつもりだったのに。この最悪の世界の中で、できる限りの最善の選択肢を選び続けてきた、だからこそ自分は、あの子はこれまで生きてこられたはずだったのに。

 あろうことか、こんな所で自分は最悪を引いてしまった。

 

 別に、自分が死ぬならそれでいい。仕方が無い。運と好機に恵まれなかった、それだけの話だ。とても嫌だけど、少なくともテッサはそのような認識を持っていた。


 ……でも、あの子を道連れにしちゃうのは、嫌だ。

 そんな、執念に近い感情で、テッサは体の力を振り絞り――



「初めまして、盗賊のおねーさん」

 

 瞬間、聞いた事の無い声がその耳に届いた。

 素早くその方向、この廃屋の入り扉へと目を向けるテッサ。その瞳には、強い警戒の意思が宿る。


 彼女が本調子であれば、今この瞬間にもこの客人の喉元にはナイフが突きつけられていた事だろう。だが、今の彼女では睨むのがせいぜいといったところである。


 そんなテッサの目に映ったのは、彼女達路地裏街の民が最も恐れる、野良犬狩りに精を出す兵士でも、彼女が死にかけだと聞いて物を盗みに来た同業者でも無かった。


「お怪我の加減はどうだ?」


 テッサと同年代と思われる少年だ。この廃屋の埃を被ったわけでは無いのだろう、元々そのような色である灰色の髪に、少し低めの背丈。武器の類は何も持っていない。


 少年は、不遜な態度でテッサに一歩、また一歩と歩み寄って来る。

 即座に生死が決定する、この路地裏街の生活で鍛えられた直感がテッサに告げる。


 この人――



「うおぉ何だこの虫気持ち悪っ!?」



―――めちゃくちゃ、弱い。




「クク……今日は君と、取引をしようと思ってなぁ……」


 気を取り直し、ラルフと名乗った少年はテッサのすぐそばに立っていた。

 その瞳と語り口は権力闘争を生き抜いてきた悪辣な貴族のそれを彷彿とさせる(テッサはそのような貴族にお目通りした事は無いため完全なイメージである)が、しかしちらちらと背後の、先ほどオオアブラムシが出てきた穴の方を何度も確認している動作で台無しである。


「……依頼がしたいなら、今はムリ」


 裏の仕事を頼みに来たのだろう、とテッサは推測する。 

 正規の冒険者とは違い、簡単に使い捨てにできる護衛。表ざたにできない事案への対処。そんな話は、この路地裏街にはよくスカウトがやって来るのだ。

 暗殺……のようなものはリスクの高さを考えテッサは受けてはいないが、ある程度腕の立つ彼女にはそのようなものも舞い込んでくる。



「……弟さんがどうなってもいいのか?」


「っ!?」


 だが、その推測から大きく外れた答えと、見透かした上での問いかけが投げかけられる。

 テッサの表情が歪み、それが雄弁に正解だと語る。

 相手はこちらの事情を知っている。しかも、状況からして何故知っているのか、考えられる可能性は一つだ。


「もう一度、言うぞ。取引がしたい」


「……」


 そう言う少年に、気迫のようなものは何も無い。

 悪辣、というにはどこか間が抜けたその調子に、テッサの頭は混乱する。

 一体、こいつはどこの誰で、何が目的? 国関係の人間にしてはあんまりいい格好はしていないし、自分を利用しようとするような裏の連中にある悪意の籠った様子でも無い。


「さて、説明するとだ。弟さんをこちらで預かってる。生かすも殺すも俺次第、って事だな……っても、殺したところで何かいい事があるわけでも無いんだけど」


「早く、条件を言いなさいよ……!」


 その説明は余計なものだった。既にこの事情は、テッサとしては先のラルフの言葉から把握しているのだから。

 その殺気の籠った声と今にも襲い掛からんとする姿勢に、ラルフは額から冷や汗を一筋、流し。



「えーっと、取引というか、スカウトみたいな?」 


 あまりにも威厳に欠ける声色で、その用件を伝えるのであった。 

観覧ありがとうございました!


~世界観豆知識~

オオアブラムシ:地球で言う所の黒光りするアレに近い虫。オオ、と言うだけあって成虫で20cmくらいになる。虫嫌いの転生者とかがいるとして事前情報無しに唐突に出てきたら卒倒するレベル。

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