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こちら傷の舐め合い追放冒険者組合  作者: ししゃも
第一章 追放冒険者と路地裏姉弟
7/17

第六話 被追放者、ウサギ狩り

だいぶ間が空いてしまいました、第6話です。


「ラルフ君、そっち行きました!」


「おう任せとけってああん」


「ホントに冒険者ですか貴方?」


 爽やかな風。暖かい日差し。ぬかるんだ地面に倒れ泥だらけになるラルフ。冷ややかな目のリネット。

 そんな二人を置き去りにし軽やかに駆け抜けていく小動物。

 

 この光景を見た冒険者がいたとして、どのような状況だと思うだろうか。

 恐らくは、新米冒険者の初めてのおつかいだな! 自分も最初はこんなだったなぁ……頑張って成長してくれよ! としみじみ頷きながら答えるだろう。


 正解は、若いながらも修羅場を何度もくぐった元ギルドマスターとその協力者である。

 

「これで3回目ですよ」


「申し訳ない」


 新たなギルドとしての届け出を出すのに必要なのは、銀貨が一枚。

 これはそこまで大した金額ではない。駆け出し冒険者が多少金払いのいい、早朝から昼前くらいの時間で終わる初歩の依頼を1つ受ければ1枚程は手に入れられる額だ。

 石貨、銅貨、銀貨、金貨といった具合に価値が上がっていき、それより上の硬貨もいくつか有るには有るらしいが白金や魔練鋼といった価値の高い希少金属をさらに特殊加工しているため下々の民には出回らず、専ら国家間の大規模貿易でやり取りするためのものとなっているらしい……というのをラルフは以前に本で読んだ事がある。

 以前採掘した魔練鋼で偽硬貨作ってみない? と持ちかけた事はあるが、殴られた。

 

 それはさておき、二人の今の状況はそんな硬貨の価値について講釈をたれているような余裕のあるものでは無い。石貨の一枚でも欲しい状況だ。

 ラルフがリネットの誘導のままギルドを立ち上げようと決意し、冒険者組合所へと行き、一文無しのラルフはリネットに立ち上げ金の支払いを頼んだものの、まさかのリネットの財布は先の飲み食いと宿の費用の支払いで燃え尽きていた。


 そのため、現在彼らはギルドを立ち上げるための資金を集めるための依頼を受けるという前提のさらに前段階の状態であった。

 受付のお姉さんの苦笑をこらえようとした表情を、二人は忘れないだろう。屈辱である。そもそも普通の冒険者パーティよりもずっと組織立って資金のやりくりをするギルドという体系。それを作らんとするのに立ち上げのための資金も無いなどと、無鉄砲にも程がある。

 いや余りにも無謀すぎません? というお姉さんの表情は、確かに正しい。

 あそこで銀貨一枚残っていればあのような屈辱は……!

 

 ……と過去を嘆いても仕方がないので、二人はギルド立ち上げの資金確保の為に依頼を受ける事にした。

 『角ウサギ』一頭の納品。依頼主は町の酒場らしい。報酬は銀貨1枚と銅貨8枚。


 

 角ウサギ。主に野に生息する、頭から立派な一本角を生やした動物だ。

 その肉は美味で、角は薬の原料となる。そこまで俊敏でもないので、捕まえるのも難しくは無い。

 ただ、少しの危険は伴う。最大の特徴である角はとても頑丈で、追い詰められた角ウサギの抵抗による突進で油断した冒険者が刺され重傷を負うという事態も年に数回は起こっている。


「名前からして角が生えているウサギという動物なんだな、と思うかもしれませんが、角が生えていないただのウサギという動物はいないんですよね、不思議ですね」


「知らねぇよ……」


 休憩時間のリネットの謎豆知識を、ラルフはぜいぜいと荒く息を吐きながら軽く流す。

 この辺りは角ウサギが多く生息しているポイントだ。


 少し粘ればすぐにでも捕えられる、そうラルフは思っていたのだが。

 結果、太陽は半ば沈みかけのこの暗さであった。


 前に自分も捕まえた事あったんだけどなー、その時はどうやったけな、と考える。

 答えは即座に浮かんだ。そうだ、結局自分が捕まえたんじゃなかったな、と。


「やりますよ!」


 リネットの声に引き戻され、ラルフは振り向く。

 今日はこれが最後のチャンスだ。これ以上長居をすると、夜行性の原生生物が活動する時間帯となってくる。

 少なくとも自分やリネット、人間という種族は夜に適応していない生き物だ。そうラルフは自覚していた。小賢しい知恵で松明を灯したりして何とか暗闇を遠ざけようと努力はするが、夜の帳とそこに住まう住人はそんなささやかな抵抗を嘲笑い容易く引き裂く事ができる事を知っているからこその考えだった。


 この辺りは街から近い事もあり、ラルフのような仮にも冒険者を死に至らしめるような凶暴な原生生物はごく少ない。存在しているだけで目立つ大型の危険生物は即座に討伐されてしまうためだ。だが、夜間しか活動しない生物に対しては、その安全維持の目はいくらか緩くなってしまう。それに、盗賊やガラの悪い冒険者といった危険な人間との遭遇もあり得る。


 今日は成果無しを覚悟するかなぁ。一文無しの身、続行か。そんな事を思案しながら、ラルフは煙が上がる横穴で構える。

 斜面に掘られた穴。それは、角ウサギの巣の出入り口だ。ラルフの頭が入る程度の大きさのその穴の奥がどうなっているのかは暗くてよく見えない。そもそももうもうと煙が立ち上がっていてそれ以前の問題だが。

 

「出てきましたかー?」


 ラルフの視界には映らない場所から飛ばされる声に、無言を返す。

 『巣穴を煙で燻す作戦』。単純な身体能力では角ウサギを捉えられない二人は、これに辿り着いた。

 角ウサギは土を掘って巣を作る。敵の侵入を考えているのか、いくつかの脱出口が作られたそれは、天然の要害だ。所詮はそこまで規模が大きくない穴だ、魔法でド派手にぶっ飛ばしでもすればいい……のだが、そんな事ができる魔法士にはわざわざ角ウサギを捕まえるよりももっと簡単かつ多額の報酬が貰える依頼がひっきりなしにご指名で届くだろう。

 という事で、ラルフが火種を出したのは、少し前の事であった。そう、ラルフは何と、魔法が使えたのだ!


 ……爪に火を灯すという西大陸、緋鏡(ひかがみ)の諺の通りの、指先にちろりと出た、小さな火。それを見たリネットはまあそうですよねと無言で頷いた。

 僅かな魔力と火属性への適性さえあれば訓練すればできる、火種の生成である。


 ラルフが何故か実演して見せたその後、作戦会議を終えた二人は落ち葉と枯れ木を集め始めた。

 角ウサギの巣穴を見つけるのは簡単だ。巣穴の入口の周りの植物が露骨に減っているためである。角ウサギは臆病な生き物のため、まず巣穴を作ってから暫くの間は、巣穴の付近の植物を食べ素早く巣穴に戻るという形で極力自らが外に出るリスクを避けたがる。


 その後に巣穴周囲の食べられる植物が無くなった後に、巣穴の外部で長時間活動するようになる。といっても、本当に巣穴から遠く離れるのは繁殖期のパートナーを見つける時くらいで、大体はいつでも巣穴に逃げ戻れるようにそこまで離れた場所には行かないのだが。


 そして、今は繁殖期ではない。つまり、角ウサギを見つければたとえ逃げられてしまったとしても、付近には巣穴があるのだ。その巣穴を直接叩いてしまおう、という戦法である。


 かくして、本日最後の戦いは始まった。散策し、巣穴の入口を見つけ。その周囲で、同じ巣穴と思われる穴をいくつか確認し、二つを除き岩で塞ぐ。


 残った穴の片方にラルフが、もう片方にリネットが待機。リネットの側には、ラルフが作った火種を枯れ葉と枯れ木で維持しているものが。さらに、穴に即座に押し込められる位置に追加の落ち葉と枯れ木が準備してある。

 

 ラルフの合図と共に、リネットが穴の中に次々と落ち葉と枯れ木を押し込んでいき、それに火種を移す。

 煙が立ち上がっていくのを確認し、ラルフは一度、ぐっと拳を握り気合を入れる。

 理屈で言えば、巣穴に入って来た熱気と煙で出口の一つの方向で火事が起こっていると勘違いした角ウサギが逃げようとして、唯一塞がっていないラルフの待機している穴から飛び出してくるはず。故郷に居た頃に近所のおじさんに教えてもらった狩猟の技術が、まさかここに来て役に立つとは。


「よし……」


 耳をそばだてると、キーキーという混乱の鳴き声が聞こえて、それが次第に大きくなってくる。恐らく、一頭だけだ。

 

 ラルフは息を吸う。抜けてくる煙を吸わないよう、少し離れて。脳内のシュミレーションは済んだ。とび出してくる角ウサギを100回は殺した。いいぞ、大丈夫だ。いける。怯えるな。俺は冒険者だ。何度も、窮地をくぐってきた。たった二人で、翼竜(ワイバーン)を仕留めた。仲間達と一緒に、ゲプルルアを仕留めた。竜種も、巨大蟲も、最後には俺達の前に沈んだ。今更、たかが角ウサギ一頭。それが何だと言うんだ?


 己を鼓舞するラルフ。だが、その輝かしい戦歴を振り返っていくのに、気持ちはどんどんと弱気な、冷えたものへと落ち込んでいく。何故だ、何故だ。理由を探す。幸運にも、回答はすぐに浮かび上がった。


 ああ、なるほど。



―――俺は、これまでずっと、俺達、で戦ってきたんだな。



 ラルフがその理由を察したのと、角ウサギが煙を突き破り巣から跳び出して来たのは、奇遇にも同時であった。ラルフは、震える脚に、手に、ぐっと力を入れ。そして――







「お疲れ様でした、ラルフ君」


「……」


 ふらふらと歩くラルフ。その一歩後ろを歩くリネット。暗闇の街は、既に多くの出店が閉まっていて歩く人も少ない。


「しかし、残念でしたね」


「俺がもうちょっと強ければよかったんだけど、ごめんな」


 言葉を選んでから出した事を察し、ラルフはリネットに苦笑する。

 いいえ、と柔らかく微笑んだリネットに、非難の意思が無い事を改めて感じ取り、ラルフはほっとする。



「ラルフ君がクソ雑魚である事は既に知っていますから」


「クソって言った!? なあ今クソって言わなかった!?」


 微笑みからの奇襲の暴言に思わず反応するラルフ。

 無言で微笑み続けるリネット。


「ラルフ君が雑魚である事は既に知っていますから」


「言い直した所悪いけど事実を突きつけられただけでも俺は傷つくって事も知って欲しいな」


「冗談です。それに、戦っていない私が言えた事ではありませんから」


 包み隠さずのリネットの言葉に、ラルフは半分おどけて、しかしもう半分は真面目な声で返答する。

 結局、今日の依頼を果たす事はできなかった。仕方の無い事だ。


「んじゃ、これは明日まで盗まれないようにしないとな」


 ラルフが右手を弱弱しく上げる。そこには、耳を掴まれだらんと体を垂らす一頭の角ウサギがいた。

 

 結果。ラルフはあれから、角ウサギと死闘を繰り広げた。その戦いっぷりは、伝記小説一冊に収まるかという壮絶なものであったと途中で駆け付けたリネットは後に語る。

 激戦の末、最後に立っていたのはラルフだった。数カ所をその角で刺され頑丈な歯で噛まれ傷を負ったラルフにリネットが応急処置を施した後、二人は街へと帰還した。疲労で足が何度か止まったため、時間がかかってしまったが。


『すみません、納品窓口は閉まっちゃったので明日で……』


 冒険者組合にまるで伝説に語られる魔王を討伐した勇者が如く凱旋したラルフに突きつけられたのは、悲しい現実だった。いや、いいのだ。結局、ギルドの立ち上げが明日に伸びた、それだけの話だ。

 ……ただ、この勢いでそのまま突き進みたかった、その出鼻をくじかれた気がしただけである。

 

「またオヤジさんとこにお世話になるかなぁ」


 家の無い、追い出されてしまった二人。一文無しであるため、払える宿代は無い。

 この街の治安は常に命の危険を気にするようなものでは無いが、夜にその辺りで寝転んで朝を確実に迎えられるかと言われると素直に首を縦に触れないくらいだ。ラルフは別にそれでもいいのだが、リネットは戦闘能力の無い女性という事で特に危ない。出世払いという事で昨日と同じくあの酒場で泊めてもらうかな。


 そう考え、リネットも頷いたため、二人は曲がり角を抜け、路地裏へと足を踏み入れる。

 路地裏に構えられたあの酒場は、夜は辿り着くまでに警戒をする必要がある。街の裏側、路地裏街。そこは表社会を追いやられた人間の巣窟だ。何が起こるかわかったものではない。


 気持ち早足に、二人は進んでいく。


 二人は唐突に音を聞いた。この路地裏で響く音なんて、悲鳴か襲撃のヒャッハーという声くらいである。音が聞こえたら取りあえずその場を離れろ。それが路地裏を歩く表社会の人間の生存術だ。


 しかし、二人は立ち止まる。今耳に入って来たのは、その類の音では無かったからである。


「今ぐぅ、って」


 それは、ご飯時を知らせる腹の虫の音だった。そしてそれは、二人のどちらかのものでは無く、二人が目線を向けた、ゴミの山から聞こえてきた。


「……」


 ラルフが角ウサギをちらりとそのゴミ山に向けて少しだけ振る。ぐぅ。音が、一度答えた。


「……ラルフ君、止めた方が」


 もう一度。ラルフは露骨に、ぶんぶんと角ウサギを振る。ぐぅー。先ほどよりも大きく伸びた音が、答えた。


 またまた、もう一度――


「わああぁぁ!」


 瞬間、ゴミ山がはじけ飛んだ。その中にいた人間が、我慢できずに飛び出してきたのである。

 腐っても風化しても冒険者、ラルフは素早く反応し、その人間を確認する。

 ボロボロの古着が1枚。顔は真っ黒に汚れているため性別は分からないが、自分より年下。10前後だろうか? 武器も何も持たないその子どもは、ラルフの、正確にはその右手にぶら下げられた角ウサギを目指して一直線に突撃を仕掛ける。


 しかし、その勢いは次第に弱まっていき、角ウサギへ後数歩、という距離になる頃にはもはや歩いた方がよっぽど速い、という速度になる。


「……」

 

 そしてついに、その子どもはラルフの眼前でばたりと倒れてしまった。

 ラルフは無言で目だけを動かし、意思を確認するためにリネットを見る。 

 ……冷たい。冷徹な瞳が、倒れて動かない子どもを見下ろしていた。


 当然だ、とラルフは内心で頷く。裏路地で暮らす貧しい子ども。

 彼らは食べ物を恵んでください、と時々市場にやってきたりする。だが、それを見る大部分の目は冷たい。時々、心優しい、彼らを憐れんだ人間が食べ物をあげようとする時もある。しかし、それは周囲の人間に一斉に反対され、多くの場合叶わない。別にその止めた人達も路地裏の貧しい子ども達を人間としてすら扱わず駆除対象としているわけでは無い。同じ人間だ。幼い子どもだ。助けられるなら助けたい。でも、ダメなのだ。一人を助けてしまえば、この人は助けてくれる、と思われて、次が、次がとやって来るんだ。


 さらに言えば、あるギルドが大々的に彼らを救おうと多くの路地裏の人間を招きいれた事がある。結果、そのギルドは間もなくして潰れた。彼らが裏切り内部からギルドを破壊したのか? 違う。

 競合相手のギルドが、国に報告したのだ。裏社会に飴を与えて、国に反乱を起こそうとしているギルドがある、と。


 関わろうとしても、救おうとしても、その裏側にある事情が、それを利用する悪意がそれを許さない。彼ら皆が皆罪を背負っているわけでもないというのに。


「……くれよ」


 子ども、声からして少年か、の言葉に、ラルフはこれ以上耳を貸さないでおこう、と考えた。自分は聖人では無い。自分達の明日もわからないのに、人を救う事なんてする余裕はありはしない。


「姉ちゃんが、ハラ減って死にそうなんだよ!」

 

「……聞かせてみな」


 立ち去ろうとした、その瞬間に発せられた少年の言葉。それに、ラルフの足が止まる。

 急に慈善に目覚めたわけではない。ただ、少し考えがあったのだ。


「お前の姉ちゃんはどんな人だ? いくつ? できる事は?」


「……ラルフ君」


 リネットの責めるような声をラルフは耳に入れない。関われば互いに不幸になる。きっと、リネットはそう言いたいのだろう。彼女は決して冷たい人間では無いはずだが、ギルドマスターの補佐役として、この辺りの事情の多くを見てきたのだろう。


「としは……わからない、でもきっとあんたとそんなに変わらない……いっつもおれに食べ物くれて、やさしくて」


「俺は、何ができるのか、って聞いたんだ」


 必死に絞り出す少年に対するラルフの言葉に、少年はびくりと一度震える。一瞬だけ映った、ラルフの瞳の酷薄な色。いつも少年が人々に向けられる見下したものとは違う、何かに対して。


「元気なら、すごい強いんだ。あと、ぬすむのが、すごく上手くて」


「上出来だ」


 ラルフは少年の頭を撫でる。顔に、薄暗い笑みを浮かべながら。それは、先ほどまでリネットと笑っていた、角ウサギ相手に奮闘して何とか勝利を収めるダメ冒険者のものでは無かった。


「……リネット、悪いけどギルド立ち上げはもうちょい後だ」

観覧ありがとうございました!

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