第五話 被追放者、ギルドマスターになる?
第五話です。ついに新たなギルドマスターになるのか!という事で
「はい、お二人様一泊、2チア銀貨です~」
酒場へと続く階段の下で二人を待ち構えていたのは、エプロン姿の少女だった。
今更もう一度紹介する事もない、この酒場の店主の娘、看板娘の店員さんである。
しかし、その姿を見て彼女が宿泊費を請求しに来た店員さん、と言うには少し無理のある体勢をしていた。
不敵な笑みと共に腕を組み壁にもたれかかり、、スカートを履いているにも関わらず足を上げそれで通路を塞いでいる。
どう見ても居場所を突き止めた宿敵を待つライバルのそれだ。
「はい、ありがとうございました。こちら代金です」
ラルフは悩んでいた。たぶん年上とはいえ、それ以外どうしようもないとはいえ、女性に宿代を払わせるのはいかがなものかと。
しかし、それは悩んでいる内に終わってしまう。リネットが足早に店員さんに近寄り、革袋から銀の硬貨を2枚手渡す。
ありがとうございました、とお礼を言い返し、今度こそにこやかな笑顔を見せる店員さん。
ラルフからすれば、さっきの崩壊する前のリネットの営業スマイルにそっくりだな、やっぱり女の人怖いわ、としか思えなかったが。
「ああ、そうだ。先日私とラルフ君を運んでくれたのは貴方ですよね。手間をおかけしました、こちら、少ないですが」
さて支払いも済んだし帰ろう、という所で、リネットは足を止める。
少し考えた後、革袋の中からもう一枚同じ銀の硬貨を取り出し、それを店員さんへと渡す。
「……! 今後ともご贔屓に!」
つい先ほどまでの宿敵を待ち構える表情をしていた人間はどこへやら、打算的な普段の様子に似合わない、年相応の内心を抑えきれない嬉しそうな表情を見て、ラルフはそっと店員さんに近づく。
「そうそう、この前の俺のツケなんだけどさ、今持ち合わせが少ないから期限もうちょっと」
「は?」
「何でもないです」
変わらない笑顔のまま、声が数段低くなる。ダメだったようだ。機嫌が良い時に乗じていけると思ったのだが。
すごすごとラルフはリネットの後に続き退散する事に。
「そうだ、ラルフさん」
「ん?」
店員さんに呼ばれ、ラルフは振り向く。やっぱり待ってくれる気になったかな、いやでもこの子そういうの絶対許容してくれねぇよな、そんな事を思いながら、なんでわざわざ呼び止めたんだろうとその答えを期待し、数秒の間。そして、どこかじとっとした目の店員さんは、ラルフに向けて質問、しかしどこか非難の色をにじませながら言い放った。
「前来た時もルーナさんに払わせてましたよね? ヒモってやつなんです?」
ラルフは地味に傷ついた。
「いや、ちげぇし……あの時は皆の分まとめて払うから会計係として付いてきて、って言われたから付いてっただけだし……最初からギルドの金でそれをあいつが一括で払っただけでそれでヒモなんて言われるなら男連中全員ヒモだし……」
先ほどの一撃を引きずりながら、ラルフは町を歩いていた。なるほど自分の感情次第で世界は暗くも明るくもなるものなのだとラルフは改めて実感していた。空はどこかどんよりとしていて、道行く人々の表情もどこか暗く見える。
「ラルフ君、道行く人がドン引きしてます」
なお、天気は昨日から引き続き曇り。道行く住民達は昨日復讐がどうとか呟いていた不審者が今日は暗い顔でブツブツ独り言を言っている事に怯えている。いつ何をやらかすか知れたものでは無い。
そう、やはりラルフの心境とは関係無く暗いのだ。
「……まあそれはそれとしてだ、よくあんなに払ったな」
気を取り直し、秘書としての仕事中と意識してなのか、それとも単に癖がついてしまっているのか、一歩後ろを行くリネットに質問する。
「ええ、やはりいざという時の協力者は欲しいですからね」
定められていた金額の1.5倍。決して少ないものではない。
今の懐事情だと自分が欲しいくらいだ、と内心でこっそり思ったりもしたが、そこまで口を出すほど金に執着しているわけでもない。
こういう細かい部分で派手では無いものの相手からの印象を良くしておく。そうすれば、直接の協力……とまではいかなくても情報の提供くらいはしてもらえるかもしれない。
「ああ、わかってる。あの子、金勘定ならたぶん俺なんかよりずっと上手だしな」
冗談めかして笑うラルフに、わりとその通りかもしれませんと相槌を打つリネット。
「ハイ、つきましたよ」
「ああ、気が重いなぁ……」
そこから少し歩き、辿り着いたのはラルフの故郷である辺境の村からすれば近代的な建物が並ぶこの町において、他よりも明らかに大きい、しかし少し古い雰囲気の建物だった。
「冒険者組合、昔はここがギルド、って言われてたんだよなややこしい……」
「さて、では早速」
周囲を見回し、ラルフは極力目立たないよう身を縮こませる。
冒険者組合。国家直営の組織で、冒険者や冒険者ギルドの登録、冒険者に対する依頼の受理や冒険者に対するそれの斡旋といった、国と冒険者、冒険者と一般民の仲介を担う組織である。
各国それぞれに設置されたそれは、連日冒険者達が依頼を、命を預ける仲間を探しに集い賑わう場所である。ラルフもかつては毎日のように良い依頼を得るために出向いていた。
「ギルドの設立の受付をお願いしたいんだけど……」
受付に立ったラルフは、短く用件を受付に対して話す。
書類を渡され、記入欄をすらすらと埋めていく。一度書いた経験があるので軽い作業である。
「はい、ありがとうございます。では」
そこで、ラルフの冒険者としての直感が危機を告げた。
まずい、何かはわからないがやばい。ぞくりと背筋を震わせるラルフに、投げかけられたのは。
「ギルド認定証の交付料、1チア銀貨をお願いします」
「……悪いリネット」
想定外、というかすっかり忘れていた。
そうだ、ギルドとして認められるには、ギルドの認定証が必要。そしてそれのために交付料が必要。
ラルフ、致命的なミスである。
「仕方ないですね……」
溜息を付き、懐へと手を入れるリネット。財布として使用している袋を取り出し、中を探る。
探る。
……さらに探る。
「失礼、初級冒険者でも受けられる依頼は今ありますか? 報酬で銀貨1枚以上とされているもので」
「リネットさぁん!?」
ギルド立ち上げには、どうやらまだ遠いようだった。
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