第四話 被追放者、踏み出す
「ギルドを……立ち上げる」
リネットのその言葉は、ラルフには果てしなく遠いものに思えた。
はっはっは。そんな冗談を。自分はギルドに務めようとしているのに、まさか1から立ち上げと来たかー。ギルドを立ち上げるなんて、そんな夢物語を。
「貴方は、元ギルドマスターでしょう?」
現実逃避に対する追い打ち。ええはいそうですと言葉に出さずリネットに向けて嫌々頷く。
「いや、難しいだろうな」
先までの半ば夢の世界に旅立っていた時とは一転。ラルフの目に鈍い光が差す。
ギルド。それは、主に平民、特に一つの職業を持つ人間が核となり集まって一つの集団として活動する組織の事。
余りに大雑把すぎるのだが、その活動分野や種類が余りにも広く多いため、ギルドというものは何なのか、と言われればそう説明するしかないのだ。
例えば荒事において最も目立つラルフやリネットの古巣、冒険者ギルド。
冒険者というのは普通なら単独もしくは2~6人ほどのチームを組んで活動している。国家間共有の冒険者証を持ち大陸各地を転々とし、依頼で得た報酬で己の命を託す装備を購入し、より高い難易度の高い依頼へ。こうして実績を積み上げていくのが、一般的な冒険者だ。
しかし、ギルドとして組織化した冒険者は少し異なる。馴染みの宿屋、程度のものでは無くはっきりとした拠点を持ち、その内部構造は前衛を担う剣士や戦士、後衛を担う魔法士や射手という戦闘に特化した人員だけでなく、鍛冶師や商人、農業家といった人間を抱えて構成される。
依頼を受け、それに合った人員が依頼へと向かい、報酬を内部で分配。武具の制作や特に規模が大きいものとなると食糧もある程度は組織内部で賄う。
もう一つ例を挙げれば、商人ギルド。
こちらは冒険者ギルドよりは個々の繋がりは密接では無いのだが、時にそれの所属する国家の運営にさえ影響を与える力を持っている。
商人間の情報提供や合同での輸送、それに伴っての護衛の依頼の一元化による費用の削減。規模が大きくなれば、護衛団を内部に有するギルドもある。
このような様々な人間が集まって構成されるギルドは、魔法士院のような教育機関での授業、講義において極小の国家と喩えられる事が多い。
その内部でそれぞれの職業の人間が動き噛みあい回る集団。冒険者は軍事力、鍛冶師や農業家のような産業、上層部は外部との交渉を行い、方針を決定する。
国家と違う点は規模以外にはその活動が内部のみで完結しないという点であるが、『とりあえず組織の中でいろいろと賄える集団だよ』という事で、このような端的な喩えが用いられるのだ。
「……たぶん、それだけの人数が来ないだろうな」
ギルドという一つの組織を作り上げるには、まず方針が必要だ。冒険者を主体とし、外部の依頼によって利益を得るのか。商人の集まりとして動くのか。はたまた、魔法技術の開発とそれによって得られた高度な魔道具や機材、魔法触媒によって稼ぐのか。
そして方針が決まれば、次はそれに合った人員を集める事だ。これで、どの国を拠点とするかを選び、拠点となる場所を選び、申請を国家へと出してギルドの完成である。
とは言っても、この辺りはギルドによって全く違うのであまり参考にはならない。
冒険者ギルドは一つの冒険者パーティが自分達はギルドでやっていこう、と考えて人数を増やし本来冒険者としてだけでやっていくには不要な、しかしギルドという組織としては必要な職の人間を募り、という形で生まれる場合が殆どだ。
商人ギルドは元々それぞれ独立していた商人達が集まって利益のさらなる向上を考えた、どちらかと言えば無から立ち上げるというよりも同盟のようなものに近い。
「ええ、我々のような積み上げの無い1から、というものは中々無いでしょうね」
ラルフの考えは当然リネットにもわかっているようだった。
ギルドの立ち上げにはやはり人数が必要だ。元々志を同じくする仲間が集まって完成するそれを成すにはラルフとリネット、それだけではどうしても足りなかった。
「やはり冒険者ギルドが向いていますが……二人共、事務作業が主でしたからね」
二人して溜息をつく。いわゆる参加希望者寄せの広告塔がいない問題。
ギルドマスター、つまりギルドのボスはギルドの方針と同じ職である事が多い。冒険者ギルドであれば冒険者、商人ギルドであれば商人というように。その方が便利、というよりはその成り立ちからして自然とそうなるのだ。
ラルフは冒険者だ。しかし、その腕っぷしは頼りない。大きな組織であれば、ラルフの予算管理や作戦の立案といった能力は有効に生かせ、トップを担うに相応しい能力なのかもしれない。
だが、今から人を集めて数人から始まるであろう組織の最初期では、そのラルフの能力はあまり役に立つ事ができない。
少人数、ギルドというよりも冒険者のチームに近い規模であれば、ギルドマスターに求められるのは前線で皆を引っ張っていくカリスマと強さだ。この人であれば、ガンガン進んでいける。そうメンバーに思わせる事が重要だ。
だが、規模が大きくなってくれば腕っぷし一本では組織を管理できるのか不安、と思われるためラルフのような人間が重要視されてくるようになるのだが、そこまでたどり着くのがまず遠い。
「やっぱ強いヤツ……だよなぁ……俺たちも最初はそうやって増やしたし」
どうしたものかな、とラルフは自分の例を思い返す。
ラルフとルーナ。ギルドのギの字も知らず取りあえず街に出て冒険者として食っていこう! と考えた田舎者の二人が最終的に夢を抱き50人を超える集団を作り上げる事ができたのも、街に出て初めて戦闘においてとんでもない天才という事が発覚したルーナが前面に出ていたという部分が大きい、というかそれがほぼ全てだ。
おいおいあの新入りの嬢ちゃん、めっちゃ強ぇぞ。
翼竜を二人で狩った? 粗石級の駆け出しが?
キャールーナサマーステキー
あの小僧は……従者か何かか?
等々、自分達、正確に言えばルーナは『最強の駆け出し冒険者』として早々に褒めそやされる事となった。結果として、他の冒険者と臨時でチームを組む機会も多くなり、特に仲良くなったチームの皆と意気投合し、自分達ならもっと大きくやっていける! とギルドを立ち上げる事になった。
結局、それの繰り返しだった。ルーナの強さや性格に惚れ込んだ人間や、他のメンバーの知り合いや仲の良い人間が集まり、ギルドは大きくなっていった。
自分はいつもそれを影で支えていた。最初は、どんな依頼でもすぐ安請け合いしてしまうルーナの代わりに、交渉事のあれこれを進めたり。時には、ギルドに所属すらしていないなり立て冒険者の立場でありながら成功の道を歩く自分達に対する嫉妬からの攻撃を裏で跳ね除けたり。
「ラルフ君?」
「悪い、やっぱりこの話ナシで」
そこまで中途半端に思い出し、ラルフは話を打ち切るように立ち上がった。
ダメだ。どうしても成功の絵が浮かばない。自分がいなければルーナは大成しなかっただろう。そんな傲慢な思考が一度は浮かんだが、じゃあ逆にルーナがいなければ自分は? という事を想像したのだ。
そしてそれは丁度、今この状況そのものだった。
どうしても、上手くいかない。いくつも案を思いつき、それは全て行き止まりになる。自分だけで成功できる像は、現れなかった。
だったら、やっぱり普通に冒険者としてどこかのギルドに参加して―
「……そう、ですか。諦めるのですね」
「諦めるも何も、提案してきたのはそっちだ」
諦める? 何を諦めるというのだ? ラルフにとって全くの意味不明な言葉は、逆に下手な意見よりも頭に入ってきた。
「これは、見返すチャンスだと言うのに」
「……」
ああ。証明をしろと言うのか。俺を切り捨てた事がどんなに愚かな選択だったのか、ルーナにわからせてやれと。
自分が、ただのルーナの付属物なんかじゃなくて、並び立つ存在なのだとメンバーの連中に、他の冒険者達に知らしめてやれと。
皆の顔が、ラルフの頭の中を順に通り過ぎていく。
「一つだけ質問、いいか?」
「ええ、どうぞ」
そもそも最初から話半分に聞いてやっていたはずが、そちらの方向に誘導されている。
見返すチャンス。そんな風に背を押されずとも、これまでの話の流れで、もう自分はギルドを立ち上げるという方向を一度は見ていた。
まったく、自分なんかよりよっぽど向いているのではないだろうか。
「何で、俺なんかに肩入れする?」
そして、ラルフは目の前のリネットを真っ直ぐに見つめる。
リネットの元の職から言って、その能力ならばどこのギルドにだって入れ、相応の立場を得る事ができるだろう。だと言うのに、古巣を叩き出された一文無しを新たなギルドの立ち上げ仲間にするなどどうかしている。
自分の能力をどこか買ってくれているにしろ、その能力も素行の悪さと天秤にかければよし追い出そう、と評価される程度でしかない。
そんな自分とギルドを立ち上げようなど、繰り返すがどうかしている。
「ふふ……だって」
ラルフの言葉に、リネットは一度ふむと考える。
意味深に貯める事、数秒。
「私、あなたのファンなのですよ」
元ギルドマスターの秘書は普段のお堅い様子から離れ、ふわりと笑った。
それに、ラルフもいい笑顔で返し。
「……本音は?」
「私を追い出しやがったあのオーク野郎に復讐がしたいの! そのために私が新しくギルドを立ち上げる人の手伝いをしてでっかいギルドに育て上げて後悔させてやるの!! ふふ……キミには私の野望の矢面に立ってもらいましょうか!!! 拒否権なんて無いですよ!!!!」
営業スマイルは一瞬で崩壊する。
そこには、昨日の酔っ払いと変わらない姿がそこにはあった。乱暴に、悪辣な笑みを浮かべながら手を差し出す。きっと、こっちの方がリネットの素の一部なのだろう。
「……決めた。よろしくな、共犯者」
それを聞き、なんだ同類かよと内心で苦笑し、ラルフはその手を握るのだった。
宿屋の代金払ってもらえないと困るし。
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