第二話 被追放者、同類と語りあ……語られる
第二話です。
最序盤なのに話があまり進まない!
「ふへへ~ラルル君って言うんだ~へぇ~あ、あたしねぇ、リネットっていうんだ~よろしく~」
「微妙に違います」
酒場のあまり透明度の高くない窓に、橙色の光が差し込む。そろそろ客が増えてくるという時間帯だというのに、その席を埋めているのは僅か2人のみ。
片や、飲みすぎて気分が悪い、というわけでもないのに今にも死にそうな顔をしている少年。古巣を追放された冒険者、ラルフ。
片や、上機嫌というよりは何か怪しい薬でも使っているのではないかというテンションで少年の背中をばしばし叩きほぼ一方的に少年に話しかける年若い女性。ギルドを首になった冒険者(?)、リネット。
「ラルフさん、大変ですねー」
「ホントだよ」
空になったコップに水を注ぎに来てくれた馴染みの店員兼看板娘さんに、思わずこぼしてしまう。
ラルフにとっていつもは癒しとなっているこの場所が、今では地獄に。
経緯は、数時間前に遡る。
―――
「あの……大丈夫ですか……?」
ラルフは、少し時間を置いてから、女性に話しかける事にした。
いつまでも言葉にならないうめき声を上げているこの人大丈夫だろうか、と心配になったのだ。
「大丈夫に゛み゛え゛る゛?」
「ごめんなさい」
がばっと顔を起こした女性が涙声とか何かもう超越しているような声色でラルフを睨み付ける。
謝ってしまうラルフ。相手を慮ったというわけではなく、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のインパクトと気迫に完全に負けた形である。
「申し訳な゛い゛と゛思……うのなら……一杯付き合いなさいよぉ……」
鼻水を拭い、それの代わりだと言わんばかりに今度はその分の涙を流しながら、女性は力強く立ち上がる。
「いや……初対面の相手にそれは」
「ギルドの設立までした男なら行きつけの酒場くらいあるでしょうが! とっとと案内して!!」
―――
「思い返してもろくでもないな!」
心配から声をかけたら何故か怒られ、酒場に案内させられている。
どうしてこの世界はこれほどまでに理不尽なのだろうか?
そんな事を考える暇も無く、ラルフのコップ、つい先ほど水が注がれて八割ほどが満たされているそれに、酒瓶の口が向けられる。
慌ててコップを退避させようとするラルフ。実力は微妙とは言え命がけの戦いも潜り抜けてきた冒険者。一瞬の差で生死が決まる戦場を生き抜いた経験を遺憾なく発揮し、コップを手に取るが。
「なぁに遠慮してるのよぉ~無礼講でしょ無礼講~」
しかし、コップを逃がす動きが先読みされ、酒が注がれる。何の躊躇いも無く行われたそれは、当然ながら水で埋まっていたコップの許容量をあっさり突破し、テーブルに溢れだす。
「ちょっ! おま、お前ー!」
「うへへへ! もー、こぼしちゃうなんてラルル君ったらだらしないなぁ~」
濡れたテーブルを見てケラケラと心から楽しそうに笑う女性。
最初、ラルフは女性は既に酔っているのかと思っていた。いくら不幸な事が起こって自暴自棄になっていたとしても、流石に理不尽だ。
しかしその考えは甘かった、とラルフは深く後悔していた。恐らく今後放り出されて泣いている女性を見ても助ける事は無いだろう。例え自分の立場と重なるとしても。
「あ、そろそろお勘定「店員さんおかわりぃ!」」
早く、早く逃げなければ。手を上げ、店員さんを呼ぼうとするが、その願いすら籠った言葉は大声に上書きされ、届かない。
「手持ち少ないのぉ~? いいよいいよあたしが奢るよいえぇぇぇいぃ!」
ちなみに、このやり取りは直近一時間で三回目である。ラルフは一文無しだ。流れで半ば無理やりここに案内させられたが、飲み食いできるお金を持ってはいない。
リネットの機嫌を損ねてしまい自分で払う事になった場合、愛想はいいがお金にシビアである看板娘さんにゴミを見るような目で見られ、舌打ちをされながら土下座させられ法外な追加料金を要求される事になるだろう。
「はーい!」
そんな、ラルフの中でヘタな原生生物よりもよっぽど恐ろしい存在と思われている看板娘さんは上機嫌である。路地裏にある客の少ない隠れ家的な酒場であるこの場所で、経営もあまり芳しくない。隠れ家的と言ってもいい場所を確保する事ができなかったため仕方なくこのような人目に付きにくい場所に店を構えているわけだが。
ラルフ達『ルーンソード』のメンバーが宴会をしたり遠征したおみやげに珍しい食材を渡したりする事によって何とか成り立っているという状態だ。
その為、今回の上客の来店は願ってもみない機会なのだ。
「リネットさんリネットさん、珍しくフェブリマス産のゲプルルアのキモが入ったんですけど、串焼きとかどうですか!」
「おっ! いいねぇ! 二人分お願い!」
何を言っているんだ、とラルフは顔を青くする。ゲプルルア。熱帯と凍土という対照的かつ苛酷な環境に生息する、二本の鋏と尾のように生える三本の毒針を持った、強固な甲殻に守られた大型の蟲型生物。
見た目のグロテスクささえ受け入れられれば肉は美味だが、非常に高い戦闘能力を持っている上に苛酷な環境に生息しているため町の酒場で食べられる機会はまず無い。
特にフェブリマス、東部の小大陸に生息する個体は味がいいとされているが、苛酷な火山地帯と点在する森林という環境から輸送の難度という面でも気象条件という面でも腐らせずに持ち帰る事が困難であるため、非常に値が張る高級食材である。特に鮮度の落ちやすいキモならば猶更だ。
「ちょっと待ってくれ……すごくお高いんだろう?」
「もちろん!」
いい笑顔で親指を上げる店員さん。これについては慣れたものだが、問題はリネットの財布。
リネットが皿に顔をつっこんでいる間に、キャンセルを入れようとするが、店員さんから帰って来たのは、何を言ってるの、という不思議そうな表情だった。
「リネット・アソユーズさん……ギルド『バルガザルグ』のギルドマスターの秘書さんですよ? そりゃあお給料も沢山……」
「……え」
秘書。ラルフは思わずリネットを見てしまう。鳥の揚げ物が積まれた皿に顔を突っ込み、頭が小さく上下している所から口を動かしているという事がわかる。
いやいや。一度店員の方に向き直ってから、二度見。
「んー! ん゛ん゛ー!」
がふっがふっという音とくぐもった声と共に、体ががくがく震えている。揚げ物の海に顔が埋もれて、息ができないらしい。
……アレが?
「ええ。滅茶苦茶強いけど机仕事はダメダメ、と巷で噂のギルドマスター、ゴルゾンさん始めとした上層部に代わって戦闘以外の業務のほぼ全てを担うスーパーなお方なんですよ!」
「そっかー」
世の中がわからなくなってきたラルフである。あの酔っ払い、実は凄い人でした。クビになってたっぽいけど。
「そんなリネットさんが常連さんになってくれれば! 毎回こうやって沢山注文してくれれば! うちは安泰です! うぇひひひ! 感謝してますよぉラルフさん!」
接客中の従業員がしてはいけない笑い声、そして控えめに言ってゲスな表情をする看板娘さん。この子も酔ってるんじゃないか、という疑惑をかけるラルフ。
ツッコミ不在の空間……というか唯一のツッコミが一番立場が弱いという致命的状況。
助けてマスター! と最後の希望こと席からも見えるキッチンで料理を作っている髭面の大男、看板娘さんの父でもある店長に捨てられた子犬のようなまなざしを向けるラルフだったが、返って来たのはぐっと親指を上げる動作とニヒルな笑み。
ギルド立ち上げ前から色々と相談に乗ってもらった昔からの恩人だ。伝えんとする事は、言葉に出されずともラルフにははっきりとわかった。
俺には娘と酔っ払いの上客を止めるのは無理だ、頑張ってくれ。
ラルフの希望は潰えた。
観覧ありがとうございました!