第四話 1角ウサギ=1ラルフ この事からラルフの戦闘面での価値は銀貨2枚くらいという事がわかるねbyテッサ
遅くなってしまいました二章第四話です!
「ウサちゃん、おいで。ウサちゃん……アアーッ!」
「ラルフってほんとに冒険者?」
前回のリネットとのウサギ狩りでラルフは学んだ。正面から角ウサギと戦うのは両者の拮抗している戦闘能力を考えると不毛に過ぎる。
ならば取るべき手段は一つ。懐柔からの奇襲だ。
そうして、そこらへんで適当に摘んできた雑草を角ウサギの巣の前で揺らしていたラルフに向けて繰り出されたのが、そう、角である。
腹に向けて繰り出された角を咄嗟に手で掴み、しかし勢いを付けた角ウサギの重量に負け姿勢を崩して転がり、泥まみれの格闘戦に突入するラルフ。その隣で白い目を向けているテッサ。空は今日も青い。
「テッサ、何してんだ! 助けてくれ!」
角ウサギの喉に噛みつくラルフ、必死に引きはがそうとする角ウサギ(両者の状態を間違えて逆に書いているわけでは無い)。
通りがかりの冒険者が見たら確実にその日の酒の席で話題にする光景を、テッサはただただじとっとした目でしゃがみながら眺め続けていた。
「"ハア? お前と違って俺は頭脳戦が持ち味なんですけど? いいから見てろって、お前がぎゃふんって言う数取ってやるからな! 横取りすんなよ!"」
「それに関してはほんとごめん! 助けてくださいお願いしますテッサさん! テッサ様!」
皮肉げに笑うテッサのやたら上手い声真似に、男の意地をかなぐり捨て即降参するラルフ。
仕方ないな、と一つ溜息を付き、テッサが立ち上がる。
瞬間。ラルフの視界、その端に映るテッサがブレた。
「私の方に一匹追加でよろしく」
直後ラルフに相対していた角ウサギから力が抜ける。全力の抵抗をしていた勢いのまま、ラルフも角ウサギを押し倒すように転げてしまう。
ラルフは起こった事が何なのか目で追う事ができていながらも、現実への理解が遅れた。
自分の服にべったりついた赤の液体と、それと同じものが絶える事なく外に滲み出す角ウサギの喉。
一瞬で、テッサが角ウサギを仕留めたのだ。
「……テッサ」
「何よ、一流冒険者で目が肥えてるギルドマスター様には路地裏の下品な技はご不満?」
唖然と名を呼ぶラルフに、テッサは少しむっとした様子で早口に皮肉を言う。
「すげぇよお前! こんな事できんのか!?」
だが、その態度はすぐに驚きへと変わった。
ラルフは目を輝かせテッサの手を握る。
敵意の無い不意打ちを回避する事ができずに目を白黒させるテッサの混乱をよそに、
「体術と身体強化……風属性系の付与魔法? いや……魔力は使ったけど魔法じゃない……? うーん、見た事無い感じのヤツだけどとにかくすごい! どうやったんだ!?」
「わ……わっ!? 何よもういきなり!」
自問自答と分析に悩みと納得の表情を行き来させながらテッサを真正面から見つめるラルフに、ワンテンポ遅れてテッサが反応し、慌てて握られた手を振り払う。
ラルフには別にテッサを褒め殺してやる気を出してやろうとか、懐柔しようとか仲を深めようとか、そのような意図は一切無い。
ただただ彼の言葉の通り、想像を超えた動きを見せたテッサへの興奮と見た事が無い体捌きに対する疑問があったのだ。
ラルフは以前、大陸各地の様々な武術、戦技に関する情報を集めていた事があった。
本人がそれを習得し戦闘に活かす為では無い。
国軍の兵士のように統一された装備と戦術の元に動くわけでは無い、各々の個性を生かして戦うギルドメンバー各々の訓練メニューを如何にして組むか。
人間の強者との交戦が起こった際に、対応できるか。
古強者が作り出し今も改良され続けている無数の武術。それは、実際に習得しようとすればたとえ一つ極めるのがやっと、である。
しかし、知識としては蓄えれば蓄えるだけ命と同等に重要な情報としてギルドに還元する事ができる。
まあ、そもそも知識を持っていても実際にその通りに動けるほどの身体能力とセンスはラルフには無かったので教える、などはできずギルドメンバー達の動きを見てこの国のこの流派が向いてるかも、と判断する、程度のものだったが。
そんなラルフの脳内の武術百科を参照しても、テッサの動きに該当するものはどこにも無かった。
我流、という可能性もあるが、素人、しかも自分とほとんど年も変わらないであろう少女が自分で編み出した、というには洗練されすぎている。
ラルフがこれまで見てきた強者と比較すれば動きの甘さ、と言える部分が無いわけではないが、それは技の根本に問題がある、という類では無く確固たる基盤のある武術をテッサが掴み切れていない、そんな風に思えた。
なお、テッサの動きを眼で追うのがやっとだったラルフがそこまで深く考察する材料を得る事などできるわけでは無く、多分に予想が含まれている。
「べ、別に何も変わった事じゃないでしょ!? ただ……」
そんなラルフの突然の態度に焦りながらも、テッサは大した事ではない、と言う。
路地裏暮らしをするようになる前に学んだ技。
昔に教わった戦技の断片。
それを、自分の身に合った形に作り替えたもの。
簡単に言ってしまえば、テッサが角ウサギを仕留めた動きはこのような経緯で習得した。
何なのかな何なのかなと期待を込めたラルフの目に、どう答えたものかと僅かに思案する。
恐らくラルフが求めている答えは『どこどこの何流のナントカって技です』だろう。
ただ、それを言うのは少し彼女の個人的な事情により憚られた。
仲間、とは言った。感謝もしている。だが、それで自分の全てを語る程気を許しているというわけでは無い。
そんなわけで、重要な部分を伏せながらもしかし嘘偽り無く誠実に、テッサはこう答えるのだ。『何という技なのか』ではなく、『どうやって繰り出したのか』を。
「わーっと力を込めて、こう、ズバッとやっただけ!」
「……」
――――びっくりするほど説明がヘタ。
ラルフの表情が、一瞬唖然とした後に変わった。
目が狭められ、口の端が震える。というか口端だけでなく全体的に体が小刻みに震えている。
「な、な……!」
それが、笑いを必死に堪えている状態である事に数秒経って気付いたテッサの頬が、みるみる内に紅潮していく。
「い、いや……そうだよな。お前の言う通りだ、何もおかしくない。こう、ズバッと……ふひっ」
まずいやらかしたとラルフは悟り、慌ててフォローをいれようとする。
テッサの言葉を繰り返してしまい、それがツボを刺激し笑い声が漏れてしまう。自爆である。
「せっかく教えてあげたのに! 角ウサギ仕留めてあげたのに! ラルフのバ――」
テッサが怒りの拳をラルフに振り下ろそうとし、ラルフはノータイムで泥まみれの地面に手を付きDOGEZAの体勢に移ろうとする。
しかし、両者はそれを最後まで行う事は無かった。
テッサの腕力、魔力での身体強化込みだったら自分死ぬんじゃ? と怯えていたラルフは、テッサが動きを止めた事に気付く。
どうしたんだろう、許してくれるんだろうか。そんな期待を込めて顔を上げたラルフの目に、怒りを忘れ唖然としている表情のテッサが映る。
視線がラルフから外れ、一転を凝視してぽかんとしているその姿に、何かあったのかとつられてラルフも同じ方向へと目を移した。
そこにあったのは、よく晴れた綺麗な青空。その中を泳ぐ白い雲。いつも通りの日常の都の風景。
そして、まるで空を二分するかのように天へと伸びる、非日常そのものの一条の赤い閃光だった。
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次回、主に世界観などなど回です。舞台となっているお国周りの事情に関して。
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