第二話 被追放者とウサギ狩り第二幕
二章の二話です。ここから数話、リネットとアレン、ラルフとテッサのパートが交互に語られます。
「なあ、本当に良かったのか?」
「何が?」
ラルフの質問の意図が掴めず、テッサはその意図を聞き返す。
リネットとアレンが発掘会に向かった同刻、ギルドマスターと唯一と言っていい戦闘担当は二人で山林を歩いていた。
「弟離れってやつ」
「ああ、リネットさんがいるなら心配無いんじゃない? それよりも、ラルフこそ参加しなくて良かったの?」
アレンが自分の目の届かないところで動いていても大丈夫なのか? という問い。
しかし、それに対してテッサはラルフの予想と異なってどこかそっけない様子だ。
返事と同時に返って来た質問に、ラルフは少し考えて。
「俺? ……ああ、よく考えてみろよ、今のこのギルドに入りたいヤツ、いると思うか?」
いないよねー、というテッサの無言の納得で、やっぱやめようこの話、と同時にラルフも無言のまま、偶然にもリネットとアレンがしていたのと似た話題を打ち切る。
結局あの後、特に問題が起こったわけでも無くギルドは無事設立された。
受付のお姉さんは違約金と同時にギルド立ち上げを申請してきたラルフに面の皮厚いなコイツという目を向けていたが、ラルフはどこ吹く風。嘘だ。まあまあ傷ついていた。
そんなこんなで第一段階は何とかなったものの、現在名称未定。
申請用の書類を指示に従いながら書きこむ段階でギルド名は何ですか、と聞かれそういや決めてなかったわ……とそこで初めて気付き、後で情報を更新するからとりあえずは保留のまま申請で、となりギルドの立ち上げだけが行われた。
そこから宿屋、いつもの酒場の二階に返って来たラルフと三人の話し合いが始まった。ラルフとテッサというお年頃の少年少女がドラゴンがどうのダークがどうのというネーミングで行こうと思うと話を纏めようとしてリネットにそれはちょっとと否定され、かっこいい名前派のラルフと落ち着いた名前派のアレンが口論になり、結果テッサが裏切りラルフがアームロックされ結論は出なかった。
とりあえずギルドは立ち上げたけども、というのが彼らの現状である。
問題はギルド名だけでは無い。ギルドの本拠地に関しても未だはっきりとは決まっていないのだ。
それぞれが暮らす場所から冒険者組合所に集まりそこで共同して依頼を受けるという、形としては毎回組合所で結成されるパーティという形では無く、ギルドは本拠地、というものの登録が求められる。複数人で組織的な活動を行う以上、はっきりとしたその所在が求められているのだとか。
だが問題の本質としてはそこでは無かった。実際の所、本拠地として広い土地が必要というわけでは無いのだ。何人がそこに暮らしているのだとかどんな設備があるのだとか追求される事はほぼ無い。
貸家の契約をしている場所でもいい、一先ず登録さえしておけばそれで済む、書類上のやり取りというものだ。
この規則は昔はさらに緩く、とりあえず場所さえ登録すれば一切確認も無く認められていたらしい。だが、今そこまで甘くない事には以前起こった問題が関係していた。
今のラルフ達と同じように結成したてで経済的にも余裕が無く、決まった建物に居を構えていなかった流浪の冒険者ギルドがこの国の大聖堂を勝手に本拠地として登録した事例が存在する。
その後購入した物品の搬入にギルドの名義を使いうっかり搬入先の変更を届け出ていなかったため大聖堂に聖職者からしてみれば謎だわ血生臭いわなものが大量に運び込まれ自分の所が勝手にギルドの本拠地として扱われていた事が判明し結果冒険者と聖職者での殴り蹴りの大乱闘になった。
勝者は聖堂側である。法での争いという意味でも、物理的な殴り合いでも。
とまあこのように変な場所を本拠地に登録さえしなければさほど問題も起こらないのだが、ラルフ達はそもそもギルドの届け出だの以前に問題があった。
―――あれ、俺ら全員根無し草なのでは?
それにラルフが気付いたのはギルド立ち上げの朝、届け出に行く前にさーて誰の家を本拠地として登録するかーと皆に話をした時の事だった。
ラルフの古巣、『ルーンソード』もそうだったが、貧乏な立ち上げ当初のギルドはメンバー、通常はギルドマスターの暮らす家を仮に本拠地と置く事が多い。それから、運営が軌道に乗ってからギルド本拠地を建てる、という形が一般的だ。
そのこれまでの数多くのギルドのやり方に倣い、ラルフもそうしようとしていた。
まあ、俺はこれまで暮らしてたギルド本部追いだされちゃったから登録できないけど。
だから皆頼りだなごめんな! と言いだそうとしたラルフは気付いた。気付いてしまった。
リネット。彼女もまたラルフと同じくギルドを追いだされた身だ。あれだけ大きなギルドであればメンバーには寮が与えられていたはず。つまり彼女の家、と呼べるものは現在無い。
テッサとアレン。そもそもあれ、二人の家じゃなくて廃墟に勝手に住んでただけだろう。
そう、家と呼べるものを持っている人間が一人もいないのである――!
「あー、えーっと、うん、そうだな」
言葉に詰まるラルフに、何を言いだそうとしたのかという目線が集中する。
リネットの完全に何を言おうとしていたかわかった上での呆れた表情と、テッサの胡乱げな目。
それに関してはそろそろ慣れてきたラルフであったが。
新たな生活を踏み出す希望に満ちた、アレンの何を言うんだろうという輝く目が非常に辛い。
最終的に、ラルフはそれを皆に言いだす事ができず。
結局その問題が一応何かしらの一時凌ぎ的な解決を得た事はギルド立ち上げの申請が通った事実から伺えるが、同時にそれこそがラルフが現在発掘会という競合相手であると同時に時に協力する事もある他のギルドとの顔合わせも兼ねた会を欠席する事になった理由その一である。
『ふぅん? へぇー? ラルフさん、本拠地が無いんですかぁ? もうしょうがないなぁ、頭、上げてください。ホントはしてないんですけど、宿の長期契約、してもいいですよ。そうしないと登録、できないんですよね? えっ、お金が無いんですか? もー、本当にラルフさんはしょうがないですねぇ。しょうがないから、お金も貸してあげます。ささ、この書類にサインを……』
ラルフの頭の中で渦巻く天使のような悪魔の笑顔とその言葉から事情は察していただければ幸いである。
あの子の俺に対する好感度は一体どうなっているんだろうと少しだけ気になるラルフ。
目の前に存在していた問題は解決できたものの、そこからちょっと遠くにある問題が増えた。
具体的に言えば、十日に七割増える借金。暴利だった。金と暴力飛び交う元裏路地民のテッサもドン引きである。
今のラルフにこなせるレベルの依頼もあまり無いまま数日経ち、これ、早い所稼がないと強敵じゃなくて借金で壊滅しない? という悲しい現実に打ちのめされそうになっていたラルフだったが、神は彼を見放さなかった。
そこで、まるで天啓の如く舞いこんできたのが、『角ウサギ大量発生!』の一報。
理由はよくわからないものの、何か角ウサギが沢山いる。アバウトすぎないか、情報収集をもっとしっかりしてくれよ騎士団の人達、とは思ったものの、そこそこ高価な値段で売れる角ウサギが沢山いる。これは、行くしかない!
さらに好都合な事に、他の中小ギルドの上層部や有望なソロの冒険者達は今日開催される発掘会に懸かりきりでやってこない。つまり、ライバル少なく狩り放題!
さてここでツッコミが入るだろう。お前角ウサギ一匹相手に死闘を繰り広げてたザコじゃねえか、と。
それはラルフの心に来る事実なのだが、今は状況が違った。
「……ねえラルフ、リネットさんに迷惑かけてないかな? あの子、夢中になると周りの事忘れてはしゃいじゃうし」
ラルフの隣を、徐々に息が荒くなっていくラルフとは違い呼吸一つ乱さず駆けるテッサ。
傷が回復しかけて、ある程度動けるようになった彼女のリハビリと実力測定も兼ねた角ウサギ狩り。
一石二鳥。素晴らしいタイミングだ。本当に神が微笑みかけてくれているのでは?
などとひゅうひゅう苦しそうに息をしながら走るラルフ。
「い、や……大丈夫だろ……あそこに集まってる連中、性根はアレンくらいの歳のわんぱく坊主みたいな連中だし」
必死に走ってる上に喋るの疲れるんですけど! というラルフの抗議の意思は伝わらず、テッサはラルフを置き去りにする勢いで走る。
もうちょっと貧弱な俺に配慮して欲しい。そんな願いは通じない。
「うーん、そっか……ねえ、ラルフ」
「何、だよ」
テッサの足が速くなり、ラルフの足は遅くなる。段々とラルフの足が追いつかず、距離が空く。そこでテッサがはっと気づき、速度を合わせる。だが、少し経つとまた差が広がっていく。それは、テッサが時々ラルフの状況を見落としてしまうのが理由であった。
気配りが出来ないわけでは無いと思うけど、どうしたんだろうか。何か考え事でもあるんだろうか。まだ傷が痛むとか? テッサの事を少し心配していたラルフは、全力で走る苦しみの中でも、テッサの言葉に答える。
「アレン、お昼ちゃんと食べてるかな?」
「お前気にしないようにしてたけど俺が言ったせいで心配になってきちゃったやつだろ!? ごめんな!?」
一発でその理由に思い当たり、ヤケクソ気味にラルフは叫ぶ。
新しい仲間の実力を見る前に、家族への溺愛っぷりを再確認しながら。
大量発生の現場まで、もうすぐである。
ご観覧ありがとうございました!
・お詫び
ラルフの元々の立場がギルドマスター、と書かれている所と副ギルドマスター、と書かれているところがあり混乱させてしまい申し訳ありません。
ラルフの立場は元々ルーナと並んでのギルドマスター、実態はルーナの補佐役、というのが正しく(そこからメンバーが増え本人の希望で座を退き一般メンバーに)、補佐役というイメージで副ギルドマスター、と書いてしまっていたようです。これまでの話で間違っていた所を修正いたしました。