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こちら傷の舐め合い追放冒険者組合  作者: ししゃも
第一章 追放冒険者と路地裏姉弟
12/17

第十一話 被追放者と過去の欠片。

第11話、一章最後のお話です。


「ラルフの兄ちゃん、店長さん、何て言ってるんだ?」


「今日は俺の奢りだから好きなだけ飲み食いしていいってさ……え、ホントかよマスター!?」


 ギルド設立記念パーティ。そのささやかなお祝いは、客のいない酒場で行われていた。

 にぃ、とアレンに向けて笑いかけるマスターに、その意味をラルフに尋ねたアレン。

 表情からその意味を読み取り、ラルフからの説明にアレンは目を輝かせるが、同時に目をどんよりと曇らせる人間が一人。


「皆の分のお代、父さんのお小遣いから引いとくね」


 そう、料理を運びながらマスターに目を向ける看板娘さんである。

 途端にマスターは捨てられた子犬のような目を自分の娘に対して向ける。


 いつかこのお礼は必ずしようと誓ったアレンである。



 それから二時間程が経ち今に至る。

 そんな光景を眺めながら、ラルフは店の外へと歩みを進める。


 新たな二人のメンバーを得て、いよいよラルフの新たなギルド設立は秒読みとなった。

 ギルドマスターのラルフと事務を一手に担う優秀な秘書、リネットと実戦担当のテッサ。見習いのアレン。……あれ、前線に立てる人材が少なすぎるのでは? などと突っ込んではいけない。

 

 戦闘を担う人間が角ウサギに苦戦するようなラルフ一人では冒険者ギルド、という組織を回してなどいけないのだ。ラルフとリネットの適性を考えるに商人にでもなった方がよほどマシである。まあ、初期予算ゼロからのスタートという致命的な状況である事を鑑みるに大して変わらない気もするが。


 でも、戦闘担当がもう一人。これからは依頼も効率的にこなせるようになり、ある程度予算も自由に動かせるようになるだろう。

 そうすれば、また新たなメンバーを探せばいい。

 冒険者ギルドとして円滑に事を進めるに当たって未だに足りない人材は多い。弓や魔砲、という携帯式の武器を用いて後方から敵を討つ射手。攻防一体、さらに戦闘から日常まで、オールマイティな活躍を見込める魔法士、特に水魔法に長けた人間がいれば遠征の際にも飲み水の心配が無くなる。

 本音を言えばラルフもテッサも前線を支えるための敵を受け止める能力には欠けるため剣と盾を用いて味方を守るきちんとした戦士、も欲しいところではあるが、それに関しては贅沢を言う事はできないだろう。


「……リネットさん? おーい?」


 テッサが不安そうにラルフに目を向ける。揚げ物の山に顔を突っ込んで痙攣しているリネットを見て、これ大丈夫なの? と。

 前もこんなだったから心配ない、と目配せし、隣を通り過ぎる際にリネットの揚げ物の山、そこからこぼれ落ちた一つをひょいと摘まむ。


「……がっ!?」


 瞬間、強敵に腕の一本でも持っていかれたかのような苦悶の声をあげるラルフ。

 お前に渡す揚げ物など無い、と言わんばかりに、その腕はリネットに掴まれていた。

 ミシミシと音を立てるラルフの腕。酔っているとリミッター外れる系女子なのを失念していたラルフの失敗である。

 お前顔突っ込んだままどうやって気付いたの? 揚げ物と感覚をリンクさせる魔法でも使えるの? という内心のツッコミを抱えながら、揚げ物を手放した事でようやくその戒めは解かれた。


 じわりと目の端に滲む涙を同年代の女子(テッサ)弟子(アレン)に見られないようにしながらその掴まれた部分を見ると、そこには真っ赤な痕が残されていた。

 ……リネット、普通に前線に立てるのでは? という疑惑が生まれた瞬間である。


 腹ごしらえに失敗したラルフは、己の腹から鳴るくぅという嘆きの声に悲しみを覚えながら店の扉を開け、外に出た。


「……来てくれたんですね、ラルフさん」


 店の外で一人立っていたのは、決して背が高い方では無いラルフより頭一つ小さい、小柄な少女だった。

 動きやすいように纏められた、くすんだ赤色の髪。

 不安げに握られた両の拳は、女性らしい丸みを帯びたものではあるが同時にその肌は少し荒れている事が伺える。

 

 ラルフは、自分を待っていたそんな彼女に。


「とうとう借金の追加分を減らしてくれる気になったり?」


 そう、今二人が出た、目の前の酒場。その看板娘さんに、冗談交じりに話を切り出した。

 


 話が、あります。

 それは、テッサとアレンとの話がまとまり、マスターに厨房を借りているのと上手く収まったよ、とお礼を兼ねてラルフが報告をしに店の一階である酒場に降りた時の事だった。


 忙しそうに料理を作っていた看板娘さんが、ラルフを見るなり静かに近寄って来た。

 えっ怖い。率直にそんな感想を抱いたラルフは思わず後ずさったが、看板娘さんの目を見てその動作を止める。そこには、ラルフに対する真剣な、しかし不安の混じった目があったからだ。


 後でお話ししたい事があるから店の外に来てください。

 そう短く、感情が読み取れない早口で告げ、看板娘さんは普段の愛想のいい接客スマイルに戻っていた。


 真面目な話。何だろうか。

 考えはしたが、ギルドの今後と同時に考えを張り巡らせるには今のラルフの頭では容量を超えぎみで、話は聞けばそこでわかるだろうからひとまずはギルドの今後の事を、と頭の端に置いて、今この場を迎えたのである。


「何を企んでいるのですか?」


 その口から語られた答えは、いつもの毒舌では無く、冗談めかしたそれでも無く。

 表情と声から読み取れるのは、話を出した時と同じ不安。


「ルーナさんから離れて、また人を、集めてる。それで、何をしようとしているのですか?」


 いっそう強く、拳が握りこまれる。

 絞り出すかのような、聞いているのに実際の答えを知るのが怖いかのような、その質問。


「……」


 何と答えを返したものだろうか。ラルフは頬を掻き、困ったように眉を寄せ考える。

 その動作そのものが、打算だった。

 正直のところ、質問の時点で看板娘さんが何に不安を感じているのか、恐れているのか、わかっていた。

 だから、こうやって困ったなぁ、というような動作を取ったのだ。



 昔の自分とは違うよ、と彼女に改めて伝えるために。



「ルーナさんと戦おう、って言うなら、やめてください……わたし、ルーナさんとラルフさんの事、好きなんです。今の(・・)、二人が」


 こらえきれず、目の端から一滴、もう一滴と涙がこぼれ始める。声が震える。

 それは、ラルフの頭の中に予想として描かれていたものと、同じ理由だ。 


 ただ、怖かったのだ。恩人である二人が、争うのが。

 救われた。自分と父は、二人のおかげで今こうして生きている。



『大丈夫、もう、大丈夫だから』


 快刀乱麻、とはこの事を言うのだろう。少女は思い出す。自分から全てを奪おうとした人間達が、一瞬の内に峯打ちでなぎ倒され、無力と化すのを。正義が悪に打ち勝つ、今の自分がお伽噺と切って捨ててしまっていた英雄譚そのものの光景が目の前で繰り広げられるのを。 


 そして、唖然とする自分を抱きしめてなだめてくれた一人の冒険者の少女と、大怪我も厭わずに駆け付けてきてくれた父の安心で崩れた笑顔を。


『安心して! これからは、私とアイツが手なんて出させないから!』


 幸福だった。まるで奇跡で、自分を助けてくれた恩人は、本当の勇者様みたいだった。






『テメェらの親玉……いや、この辺のサル山のゴミ共全員に伝えとけ』

 

 ……でも、現実はお伽噺みたいに明るさと暖かさだけで結末が形作られているわけでは無かった。

 それを見てしまったのは、本当の偶然だった。もう一人の恩人にお礼が言いたくて、お父さんの所を抜け出して、探しに行ってしまって。


 死山血河、とはこの事を言うのだろう。少女は思い出す。自分から全てを奪おうとした人間達が、さらに彼らに指示を出していた人間が、屍で築かれた山と血の河、燃え広がる豪邸を背景に跪いて許しを乞うのを。

 跪いた男の頭を踏み付けながら冷徹に見下ろす、少女の知る明るく自分の弱さを笑っている普段とかけ離れた、まるで化物のような、一人の少年のその姿を。


『あの酒場はこれからウチのシマだ、調子に乗った事をすればこうなる、ってな』


 怖かった。戦う事もせずにこんな事ができるなんて、自分が知っている勇者様、とは全然違った。



「あー……俺さ、随分と弱くなっちゃったんだ。だから、一人じゃ何もできない」


 かつての姿と重ならない、目の前の少年。

 自分と父を助けるために、お互いに自分の分野で本気の本気で真剣に挑んでくれたんだ。

 改めて思うとそれは確かな事で、きっとこの人の本質、って部分はあの夜に見た恐ろしいものも普段の弱弱しさを笑い飛ばしているものも、どちらも本物だと思って。


 でも、怖かった。そんなラルフさんが、ルーナさんに追いだされた。それで、ラルフさんが人を集めて何かをしようとしてる。

 また、あの光景が繰り返されるかもしれないと思った。

 切り裂かれるかもしれないのが、血の海に沈むかもしれないのが、自分の大好きな二人のどっちか、そんな結末に向けて進み始めているかもしれない、というのが何よりも怖かった。



「それでも、ぎゃふん、って言わせてやりたいんだよ。ラルフを追い出さなかったら今頃大陸最強のギルドになってたのにー、ってアイツを悔しがらせたいんだ」


 そんな看板娘さんの心配も尤もだ、とラルフは目を伏せる。

 自分はそれだけの事をやってきた。理由が何であれ、他者に言うのも憚られる行為を用いて自分とルーナ、ギルドメンバー達の目の前の障害を排除してきた。


「だから、助けてくれる人が必要なんだ。それに、メンバー共々存分に悔しがってもらうためにはアイツらには元気でいてもらわないと困るだろ?」


 これで心配を払拭できるかはわからない。

 自分の手違いで地獄を見せてしまったこの子に、安心を与えられるかなんて自信は無い。

 いつも自分はそうだったから。敵を削ぎ落すという手段でしか仲間たちを守る事ができなかったから。


「……やくそく」


 反応が怖い。顔を上げたラルフの目に映っていたのは、おずおずと手を差し出してくる看板娘さん。

 その、いつも自分とは違った方向に打算的な態度に似合わない年相応の子供らしさに、思わず頬が緩んでしまう。


「これからもずっと、常連さんでいてください。あと、もう一組の常連さんがいなくなるような事、しないでください」


 消えない不安が混じった、でもそんな中での精一杯の笑顔。

 ルーナと一緒に初めて会った時と同じ表情をしてるな、何となしにそう思う。

 約束、とは言うが実際はお願いに近いのだと声色と表情から感じ取り、自分はまだ根っこの部分までは信用されていないのだと同時に少し悲しくなる。


「神様にゃ誓えないけど、金にがめつい可愛い店員さんに誓わせてもらうよ」


 そんな彼女に、自分には似合わないなと内心で自嘲しながら、ラルフはまるで騎士が誓いを立てるかのように身を屈め、そっと手を握った。

 


「……褒めても借金は減りませんよ?」


「いや、逆だ。追加で銀貨を二枚借りたいんだ」


「二枚? ギルド立ち上げは一枚でいいのでは?」


 それから、いつものように。

 お金に厳しい店員さんと、情けない冒険者という二人は普段通りの調子で言葉を交わす。 

 ラルフは首を傾げる看板娘さんに向けて、先の姿とはまるで別人のように背を縮こまらせる。




「……角ウサギ、料理に使っちゃって納品できねぇから違約金払わないといけないんだ」


 あまりに情けないその理由に堪え切れず吹き出してしまう看板娘さん。

 

 何で最後までカッコつけるのができないんだろうな自分は、と苦笑して、ラルフは空を見上げる。



 まだ何もかも足りなくて、あまりに高い、かつては同じ場所にいたはずの友人と同じ場所に再びたどり着くにはようやくスタートラインに立ったばかり。待ち受けているのは、自分が辿って来たこれまで以上の困難だろう。かつての頼れる相棒と仲間達はもはや敵となったのだから。

 だけど、やってやろうじゃないかとラルフは楽し気に、かつての謀略に満ちていた時とはまた違った形の顔で、笑う。


 ああ、いい空だ。頬に受ける涼しい風を感じながら、心からそう思う。

 なお、天気は今にも雨が降り出しそうな曇り。

 

 


 そう、目の前の景色なんて、心境次第で明るくも暗くも映るのだ。

 観覧ありがとうございました!

 俺達の戦いはこれからだ! エンドみたいになってますがまだ続きます!

 相変わらずの不定期更新ではありますがよろしければ今後もお付き合いいただけますと幸いです。



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