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こちら傷の舐め合い追放冒険者組合  作者: ししゃも
第一章 追放冒険者と路地裏姉弟
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第十話 被追放者、はじめてのメンバー勧誘(後編)

第十話です。後編となっています。

「何を、言っているの?」


 このスカウトという一幕は、小さなハッピーエンドで終わるはずだった。


 路地裏街で貧しく暮らす、犯罪に手を出さないと生きていけなかった2人は冒険者という表舞台に上がる第一歩を踏み出し。

 古巣を追放された2人は新たな仲間を手にして、自分達の夢と野望へ一歩前進。

 そんな、この国に数えきれない程あるギルドに新たな名が一つ増える、それだけの結末のはずだった。の、だが。



 俺は路地裏に残るから、姉ちゃんだけ行ってくれ。

 アレンの言葉に、場の空気が凍り付く。


 それに対する最初の反応は、唖然と呟いたテッサだった。

 彼女がラルフに与しようとした理由は至極単純だ。別に仲間、という言葉に惹かれたわけでも無ければラルフに対する好意があるわけでもない。

 この、いつ最期が待ち受けているかもわからない裏の世界を抜け出す入口になると思ったから。そして、自分よりも何よりもアレンをこんな世界から逃がしてあげられると考えていたから。

 だというのに、これはどういう事だ?


「……ラルフ君? テッサさんに話す前から、知っていましたね」


 リネットの抗議するかのような追及に、ラルフの表情には何の色も浮かんでいない。

 

『俺は、ギルドには入らない。姉ちゃんをよろしくお願いします』


 ラルフへと突きつけられた、アレンの条件。それは、そもそも条件などとも言えない何かだ。

 ギルドに入る条件が、自分はギルドに入らない。

 一体何を言っているんだ。そう、ラルフはアレンに……言わなかった。

 ただ一言、『わかった』とだけ、それに答えた。


「……何が、嫌なの?」

 

 まるで、だだをこねる子どもをなだめるかのように。テッサはアレンに質問をする。

 しかし、その回答はテッサでは無く、ラルフの方へと向けて語られた。


「姉ちゃんさ、凄いんだ。鍵も簡単に開けちゃうし、元気だったら足は速いし。ナイフも上手だ。きっと、すごく強い冒険者になれると思う……でも」


 その目線は、話の途中で地面へと落ちていく。

 自信を持って、誇らしく語る事のできる姉から、話題が何の自信もない"それ"に移り変わっていくにつれて。

 

「俺は、何もできない」


 彼の言葉は深い悲しみの色を伴って、絞り出された。

 場の空気が、徐々に冷えたものへと変わっていく。


「何もできないから、捨てられたんだ。姉ちゃんに助けてもらったけど、二回目は、もういいんだ。きっと、邪魔になる。無駄なお金を使っちゃう。ラルフの兄ちゃん、貧乏なんだろ?」


 それは、子どもの言葉というにはあまりにも悲痛で、暗い色に満ちていた。

 自分がいると、姉の足を引っ張ってしまう。

 ただそれだけで、彼は自分自身の身を捨てようとしているのだ。


「今までありがとう、姉ちゃん。俺、応援してるから」


 アレンは目の端に涙を浮かべて、精一杯の笑顔をテッサへと向ける。

 ラルフが推測するに見た目からして、まだ十にもなっていないだろうか。

 故郷の村だったら、将来は勇者になるんだ! なんて棒切れを振り回していてもおかしくない年齢だ。 


 なのに、目の前の彼の、諦観と適切な現実認知が混じったその言葉は、夢を見る子どものものとは思えなかった。


「……ごめん、ラルフ、リネットさん。私は――」


 そんなアレンに耐えられなくなったのだろう。

 自虐と姉を立てる言葉をなお続けようとするアレンの言葉を遮り、テッサはラルフとリネットへ、何かを言おうとする。……だが。

 


「考えが甘すぎるな、アレン」


 そこで、ラルフが2人の言葉を同時に、さらにその上から遮る。

 

「何が……?」


 このアレンの言葉で、はっきりとわかったのだ。

 考え方がただ庇護を受けていればいい、という子どものそれでは無くて、利用し利用されが基本、当たり前、の路地裏街の人間にしては、随分とまあ善良なものだ。

 だが。


「自分だけが損すれば皆幸せ。そう馬鹿正直に信じてるお前のその言葉で、全員が不幸になるんだよ」


 ラルフの表情には、怒りも悲しみも無かった。それを強いて形容するならば、世間知らずの子どもに対する嘲笑のような。窘める、というにはあまりにも大人げの無い様子だった。


「……お前の姉ちゃんが言おうとした事、当ててやろうか? 『やっぱり、私もギルド入るのやめて路地裏に戻ります』だ」


「え……」


 ラルフの言葉に、アレンは思わずテッサの方へと顔を向ける。

 違うよね。せっかくの、ここを抜け出せる好機なのに、そんなわけないよね。いつも言ってたじゃないか。チャンスが来たら逃がさないようにしなさい、って。

 信じ難いラルフの言葉。しかし、それを裏付けるかのように、テッサは沈痛な表情で無言を保っていた。


「お前達は今まで通り、路地裏街に逆戻り。次に姉ちゃんが怪我すりゃ今度こそお終いだ。俺とリネットは借金が増えたあげくに何の成果も得られず、何もかもが足りないままでギルドを立ち上げて野垂れ死に。何とも素敵な結末だな?」


「ち、ちが、そんな、はずじゃ」


 まざまざと現れた動揺に、ラルフは口端の歪みをより大きくする。

 そうだ。自己犠牲によって皆が救われる事を望む善良な性根。

 だが、そこには大局が見えていない子どもの部分が多分に含まれている。


 自分が犠牲にさえなれば全てが良く回る、という考えは、自分の犠牲というものに特別な価値があるなどという空想に過ぎない。

 己は特別な存在だ。意識的なものでは無いのだろうがそう思っている点ではアレンもまた棒切れを振り勇者だの魔王だのの英雄ごっこをしている村の子ども達と何も変わらないのだ。


「そもそもだ、迷惑をかけてるってのなら、今更が過ぎるだろ? 姉ちゃんが今こうやって怪我してやべぇ事になってたの、誰の為だと思ってるんだ?」


「……これ以上はやめて」


 アレンへの追及の声は、唐突に止む。

 それは、ラルフの喉元に一本のナイフが突きつけられていたからだ。ベッドから跳ね起き、ラルフとの間合いを一瞬で詰めたテッサによって。

 リネットが無言で動こうとするが、ラルフはその動作を止めるようジェスチャーをしたまま、話を続ける。


「……お前の言うこんな優秀な姉ちゃんを、死なせる所だったんだぞ?」


 ぎり、という歯ぎしり。それは、ラルフの言葉が剣となり自身を苛むアレンと言葉を止めないラルフに対する苛立ちを浮かべるテッサ、2人同時のものだった。


「そうだ、お前は何もできない。ちゃんと自覚が出来てるじゃねえか。剣は重くて振るえない、魔法は使えない、盗みもどんくさくてできない」


 アレンへの嘲りの言葉と同時に、テッサへと目を向ける。

 テッサがこうして動けたのは、傷が治癒したからでは無い。

 ただ、痛みが薬草によって和らいでいるだけで、無理に動けば傷が悪くなる事に代わりは無い。そして、本人もリネットの説明によりまだ傷は癒えていないのだと理解している。


 賭けのようなものだったが、同時に納得する。ああ、路地裏街に住んでいて、でも汚いもの(ヒトゴロシ)なんて見せたくない。そう思える程に、あんたは弟の事が大事なんだな、と。


 ここで二人の情に訴えかけて懐柔するのはそう難しいものでは無い。

 テッサが命を懸けてでも守りたいのがお前なんだ、だからお前もいないとダメなんだよ。

 そう、真面目な調子で熱く訴えかければ、この場は丸く収まり、話は無事纏まるだろう。

 

 ……だが、それではダメだとラルフは考える。

 それで結ばれるのは、より強いテッサとアレンの間の絆であり、自分達とテッサ達、表社会と裏路地街、交わる事の難しい二つの世界では無い。


 最初は利害関係だけで、でも徐々に仲良くなっていって本当の仲間と呼べる関係に。

 そのような物語はラルフが村で読んだ英雄譚にはいくらでもあった。

 だが、自分もリネットも、テッサもアレンもそのようなサッパリとした英雄たちのように互いを受け入れられる確証はどこにも無い。

 方向性を、考え方を違い捻じれれば、そこに待ち受けているのは致命的な破滅だ。


「お前は俺と一緒だよ、アレン」


 何故、子ども相手にこのように容赦無い言葉を吐いているのだろうか。

 性格が決していいわけではないという自覚は多分に持っていたが、それでもいくつかの線を引いていて誰にでも噛みつき責めるような事はしていなかった。子どもの夢をぶち壊してバカにしようだなんて、そんな行為はむしろ嫌悪の対象だ。だというのにどうして、とラルフは自分でも疑問に思っていた。

 だが、それは頭に浮かんだ言葉を思考に回さずそのまま吐き出した事、それを自分の耳で聞いて改めて意味を咀嚼した事によりようやく理解した。


 ここからはアドリブだ。計画も何もあったものでは無い。感情論と麗しい姉弟の絆にでも訴えて、無理矢理引きこもうとしていた。でも、成功して……それからのビジョンが、浮かばなかった。細かい意識の差が積み重なり、いずれ分裂してしまう、そんな未来しか見えなかった。


 


「俺もさ、何にもできなかったんだ。まともに剣を振ればすっ転ぶし、魔法なんて必死こいて勉強した結果が爪の先に火種が限界だ。冒険者、なんて言ったが角ウサギ一匹捕まえるのが限界、ってレベルだ。正直、保護者にべったりだろうと路地裏でワイルドに生きてるお前と喧嘩して勝てる自信すら無いんだよ」


 ホラ、今みたいにあとちょっとで死にそう、ってなってるのに何も対応できてないだろ? と喉元に突きつけられたナイフを指差したまま、笑う。


「テッサ、一つ聞かせてもらってもいいか?」


「……」


 話の矛先を変える。テッサは何も答えないが、拒絶の言葉や動きは無い、つまりは内容次第だ、という意思表示と受け取り、ラルフは淀みなく、流れるように話を繋いでいく。


「アレンに自分の技術を教えるつもり、ある?」


「無いよ。……私みたいにはなって欲しくない」


 少しショックを受けたアレンと、その表情に微かに申し訳なさを浮かべながらも、しかしこれだけは譲れないと意思を込めた拒絶を示すテッサ。


「……じゃあ、決まりだ」


 テッサの言葉を聞いて、ラルフの表情が変わる。これまでのアレンに対する嘲るような色から、彼以外の3人がうわこいつ胡散臭いなという意見で一致する、悪辣な笑みへと。


「よし、話を纏めようか。条件としてお前はギルドに入りたくない。何故ならば、俺達、主に姉ちゃんに迷惑をかけたくないから」


「……うん」


「却下で」


 ええ!? というアレンの反応にふ、と思わず息を吐いてしまう。

 覚えがあったのだ。ずっと昔、故郷で、同じような反応を自分がした記憶が。


「俺たちみたいなのが迷惑かけずに生きていくなんてできるわけないだろ。俺達は勇者様でも何でもない、ただの凡人だぜ? 考えてみろ、お前が一人で出ていって苛酷な暮らしをして姉ちゃんが心配でぶっ倒れるの、迷惑とか負担以外の何なんだよ」


 うっ、と呻いたアレンとこくりと小さく頷くテッサに、ラルフはうんうん間違っていなかったな、と一人納得する。さあ、ここからが本題だ、と改めて腹に力を入れ。



「だから、だ。……俺の弟子としてお前を迎えたいんだ」


「……へ?」

「え?」

「はい?」


 それは、あまりにも突飛で、当のアレンだけでなく、テッサとリネットも思わずぽかんとしてしまう。

 弟子、という言葉が、唐突だった事もある。



「ほら、人材は育てるもんだと思わないか?」


「育て主に問題があるのでは」

「アレンに近よらないで」


 女性陣の対応にフ……とクールに漏らし、その目の端がきらりと光る。

 だが、ここでメンタルを砕かれている場合では無い。


「お前は何もできないんだ。戦う事も戦う人を作業で支える事も、何かを作る事も。そいつはきっと俺と同じだ」


 まるでそれは、悪魔が人を誘うかの如く……というには、あまりにも小市民的で。

 自信は何も無くて。自分は何もできません、なんて自己申告していて。


「だから、俺が教えてやる。『弱いまま何かと戦う方法』ってヤツを」 


 でも、だからこそ、自分と同じ、同じだった人が、似た経験をした目の前のこの人が、教えてくれるのだと。アレンは、目の前のラルフを改めて見据える。


「それに、雑用が足りないんだ。リネットに全部任せるわけにゃ行かないし、留守を守ってくれる奴も必要だ。深刻な人手不足なんだよ、ウチは」


 ああ、そうか。この人は。


「だから、お前が『必要』なんだよ、アレン」


 自分の事を、姉ちゃんの『オマケ』じゃなくて、『必要』だから受け入れてくれるのだと。

 

「変な心配とか感謝は必要ないぞ。全部打算なんだ。ギルドマスターたるもの、弟子の一人くらいいないと恰好が付かないし、今のご時世格安で仕事の手伝いをしてくれるヤツなんて早々いないと来たもんだからな……それでも、ってなら大歓迎だよ」

 

 まるで、言い繕うかのようにあれこれ理由を並べるラルフを、これもまた本音ではあるんだろうなぁ、などと見て、裏路地街の何も持っていない、一人の少年は。


「おう! よろしくな、師匠!」


 ただのどこにでもいる子どものように、一杯の笑顔で答えた。





「……そして、テッサさん……」


「なんでさん付けなの?」


「怖いものが喉に突きつけられているからです」

 

 今更、何を聞く事があるのだとテッサは思う。

 もう、再度確認する必要など無いだろう、と。


「アンタがアレンに変な事吹きこまないか、見張っとかないといけないでしょ?」


「……!」


 ほっとしたようなラルフを見て苦笑し、そのナイフを鞘へとしまう。

 

「三食食べられるくらいには稼がせてよね」


「それは……皆の頑張り次第です」


「そこで弱気にならないでください」


 苦笑いしながらベッドに戻るテッサと、ラルフとテッサの間をせわしなく、意味も無く楽しそうに行き来しているアレン。


 かくして、ラルフのギルドに、新たなメンバーが2人、加わったのだった。

観覧ありがとうございました!

 次の話で章が終わりとなります。

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