第九話 被追放者、はじめてのメンバー勧誘(中編)
中編です。
「将を射るならばまず乗騎から、って諺があってな」
「うん、知ってる」
厨房で、ラルフは角ウサギを捌いていた。
武器であると同時に生物の気配を感じ取る器官であると考えられている角を頭から切り取り、傍らに置く。
効能があるのか無いのかよくわからないがありがたがられている薬の材料になるらしいが、今はその用途はどうでもいい。
「まあ、結局何かっつーと……あ、コレ塩振っといてくれ」
「わっ、おう」
そのまま全身の皮を剥いでいき、後ろ脚、跳躍に用いるために筋肉質なそれの一本を切り取り、アレンへと手渡す。生肉を見る事があまりなかったのだろう、剥き出しになったそれにほんの少し後ずさったアレンだが、自身に気合を入れるかのように一度手を握り、味付けに取り掛かる。
「俺達、ギルドを立ち上げようとしててな」
「ギルド……冒険者? 商人? 二人だけで?」
痛いところを突いてくるなこいつ、とラルフは小さく呻き、料理を進める手が少しだけ鈍くなる。
「そうだ、二人だけじゃ、全然足りないんだ。ぶっちゃけ何をするにもキツい」
「だよなぁ。ラルフ、あんまり強そうに見えないし、あのお姉さんも戦う、って感じじゃなかったし」
幼いが故の遠慮なしの言葉がざくりと突き刺さる。
しかしここが好機だ、とラルフは言葉を早める。一気に、話を進めようと。
「そうなんだ。だから、お前とお姉ちゃん、俺らと一緒に冒険者やらないか?」
「へ……?」
勝算は十分、いや十二分だった。
ラルフの見立てでは、この言葉に間違い無くアレンは乗ってくる。
アレンがどのようにして路地裏街に捨てられ、テッサと出会って今日に辿り着いたのか、ラルフは全く知らない。
だが、これまでの経緯、アレンがきっと怖いだろうに自分よりも大きいラルフとリネット、2人相手に前に出た事、テッサと話をしていて弟を人質に取っている、と言った時の怒りから、2人が実の家族と同じように想いあっている事は理解していた。
だからこそだ。
今の状況を作り出した全ては、2人の置かれた環境の悪さに起因している。
アレンがどこまで勘付いているのかはラルフには分からないが、テッサが負傷しているのも、アレンがそんなテッサを案じて飛び出さざるを得なくなったのも、路地裏街という劣悪な環境のせい。
これは、そこから抜け出して日の当たる世界で生きられるチャンスだ。
それを与えられたら、そこに飛びつかないなんて選択肢は無いだろう。
「毎日のご飯も、何の心配も無く寝られる場所も、用意できる。お前と姉ちゃんが、ちゃんと生きていけるように。俺が、約束してやる……とまで言えるかはまだ微妙だけど、全力で頑張る。だから、力を貸して欲しいんだ」
ダメ押しだ、とばかりに、ラルフは続ける。
これは、アレンとテッサだけでなく、ラルフとリネットにとっても重要な分水嶺となる。
だからこそ、ラルフはアレンに決断してもらいたいと、誘いに乗ってくれ、と。
「……ありがとう、ラルフの兄ちゃん。じゃあ、一つだけ約束して欲しい」
ラルフの内心でのヒヤヒヤしながらの祈りが届いたのか、それともこれは必然だったのか。
アレンは、少し恥ずかし気な様子で、少しして決心した、と、呼び方を柔らかくし、ラルフへとその『約束』を語るのだった。
「―――――――――――」
――――――――――――――――――――――――――
「まだ痛みますか」
「少し痛いけど……ありがとう、ございます」
自身の腹、傷口に巻かれた新品の白い包帯に、テッサは目をぱちくりとさせていた。
それと替えた、これまで巻かれていた古い包帯を処分するためにテッサに背を向けながら、リネットは顔をしかめる。
こんなものを大真面目に治療に使うような世界なのか、路地裏街というものは、と。
土と煤、ヘタをすれば腐敗したゴミで汚れた、悪臭とべたつきを持った包帯。
傷口にあてがえば、逆効果もいいところだろう。
リネットは疫学に長じてはいないが、それでも元ギルドマスターの秘書として蓄えてきた知識から、それが健康状態に悪影響を与えるような処置である事は簡単に理解できた。
「……何で、私達なんかを助けようと?」
自分の傷口を不思議そうに抑えるテッサ。
痛み止めの葉と本来の用途とは異なるが傷口に病が入り込むのを防ぐ効果がある、と言われている基本的な魔法触媒『風の混合剤』。治癒魔法に長ける風属性の魔力が練り込まれたその液体を傷に当て、その上から新しい包帯を巻く。
街の子どもでもできるケガをした際の基本的な治療法だ。
テッサの傷口は本人の言から体内に達している部分があるようなのでこれはあくまで応急処置、少し高度な治癒魔法か薬が必要になる可能性があるが、ひとまず当面の危機は去った。
だが、そんな単純なものの一つ一つに、テッサは疑問符を浮かべていた。
葉っぱ? 水? そんなものでどうにかなるの? と。
しかし実際に痛みが引くという効果が出てしまえば、少なくとも自分が行っていたような治療方法よりはいいやり方なのだろう、と納得せざるを得なかったようで、口から出たのはお礼の言葉と、同時に動機に対する疑問だった。
自分のような路地裏街の民を、何故助けようとしたのか、と。
基本的に、路地裏街の人間は街では腫物扱いされている。
食べ物を盗む。金を盗む。汚れた格好で大通りに出てくる。関わろうとしてなくても、向こうから害を及ぼしてくる。
一方で、助けようなどと慈悲を見せても、一度甘い顔を見せれば次を、次を、と他の子どもまで次々とやってきて重い負担を強いられる事となる。悪ければ、扇動して何かをやらせようとしているのでは、などと国から目を付けられるハメになりかねない。
だから、基本的には路地裏の人間に対する対応は、付け入らせないために『無視』、被害が出れば二度と繰り返さないように重い制裁、というのが基本だった。
テッサがリネットに経緯を尋ねれば、最初はアレンが2人に襲い掛かるようなマネをして、でも叶わずに姉が死にそうだから助けてくれ、と懇願してきたのだという。
その時点で、弟が今まだ生きている事に対し2人に感謝すべきだとテッサは思う。
ラルフとリネットが路地裏街の人間を嫌うような冒険者だった場合、命を奪われていてもおかしくない、そうなっても罪に問われないような状況だったのだから。
「……それは、これから我がギルドマスター……いえ、今はまだそうではありませんでしたね、えーっと……ええ、説明するでしょうから今しばらくお待ちを」
敵意は無いのだろう。自分達を利用するつもりにしては手が込み過ぎている。使い捨てのガラクタをわざわざ修理してまで使うなら他を探すのが裏社会の人間のやり方だ。
……だが一方で、ただの甘い人間というわけでも、ない。
恵まれない人達が可哀想、助けてあげようなどというただの甘さからの行いなら、すぐさま解放したとは言えわざわざ人質を取る、なんて形でこの場に持ち込む必要は無い。
「リネット、入っても大丈夫か?」
一体この2人は何がしたくて自分と弟を助けたのだろうか? スカウト、などと言っていたけれど何をさせるつもりなんだろうか?
そんな疑問に答えを持ってきましたよ、とでも言わんばかりに、ドアから小気味良いノックの音が響く。
「どうぞ」
リネットの短い言葉に答えるようにドアが開き、そこからラルフが顔を出し。
「大丈夫か姉ちゃん!!」
「おうふ!」
そのラルフを押しのけて、部屋の中に駆け込んでくる影が一つ。
押しのけられたラルフはその奇襲によろめき転倒し、テッサとリネットの視界から消えた。
「アレン……もう、無茶して……!」
体は大丈夫なのか、何かされなかったか。少しだけ残る警戒の色を織り交ぜながら、アレンは姉へとその体調を問う。
そんなアレンに最初は無茶を叱ろうとしていたリネットであるが、自分の事などどうでもいい、という様子で矢継ぎ早に質問してくるアレンに、観念したように口を閉じ。
「ん、大丈夫。もうすっかり元気……つっ……」
穏やかに、しかし笑みを返す。
すっかり元通り、をアピールしようと両腕を回すが、それが傷に響いたのか腹を押さえてしまう。
「まだ安静に、ですよ」
慌てるアレン、テッサを窘めるリネット、大人しく従うテッサ。そんな、穏やかな時間が流れるこの場所、だったのだが。
「……俺の存在、忘れられてはないよな?」
その穏やかさは、よろよろと力なく部屋に入って来たラルフによって破られる。先ほどのテッサよりも元気が無いのではないか、という状態である。
「皆揃ってる、って事で、改めて」
一人蚊帳の外であった悲しきギルドマスター(予定)は、自分だけ捨て置かれているこの状況を何とかしようと神妙な口調で話し始める。
「テッサ・アーネットさん。改めて、取引……いいや、貴女をスカウトしたい」
「……あの時も、聞いたけど。スカウト、って何を?」
真面目な様子のラルフに対し、テッサもまた、ラルフと同じ神妙な、腹を探るかのような静かな調子で問う。
「新しいギルド、その立ち上げのメンバーとして俺達と一緒に来てくれないか?」
「……!」
簡潔にそのスカウトの内容を表した言葉に、テッサの目が見開かれる。
「ギルド……って、アレ? 犯罪者?」
「ラルフ君、恐らく彼女はギルドと聞いてもパッとはわからないかと」
リネットのフォローの言葉に、ああなるほどとラルフは少しこちら基準で考えすぎて説明を省きすぎたか、と思い直す。
そもそも、社会の仕組みの1つであるギルドというものに対する知識がテッサには無いのだろう。
教養を得る場所が十分で無く、その状態のまま路地裏に辿り着いた人々にはよくある事だ。
テッサにとってギルド、というのは自分に依頼をしてきた悪事を働く集団の名称、程度の認識なのだろう。
……あれ、とそこでラルフは何かを見落としたような、とふと考えるが、気のせいだ、目の前に集中しろと思い直す。
「いや、冒険者が集まって一つの組織になって依頼受けたりモノ作ったり、って感じだな」
正直なところ、ギルド制度を隅まで詳しく説明できるだけの知識はラルフには無かった。
まだ辺境の村から出てきてそこまでの年月が経っていない田舎者である。どうにかして制度に穴が無いかとギルド会館にまるでご神体か何かの如く置かれていた法令書を隅から隅まで読んではいるが、付け込めそうな穴はそんなに無かったため、それ以外が頭から抜けているのだ。
「もっとシンプルに言うとさ、一緒に表社会で冒険者やらね? って誘いに来たんだ」
本心と打算の入り混じった表情と声のラルフに、テッサは顎に手を当てて数秒考え込む。
冒険者パーティに参加の依頼? ああなるほど、それは経験があるぞ、と。
「……報酬は? 未遂行時のペナルティは?」
「報酬はギルド管理の分を差し引いたのから山分け、未遂行時は……その時の依頼によるかなぁ。ケースバイケースってやつだな」
あ、この子何か勘違いしてるや。これは、考え方をすり合わせるのは大変だろうな。
ラルフは、心の中で苦笑する。だが、それは呆れからのものでは無く、どこか楽し気な空気を纏ったもので。
「依頼、とは違うんだ。俺から君への『依頼』じゃなくて、俺達と君が一緒に依頼をこなす『仲間』になるんだよ」
「仲間……」
テッサの表情が少しだけ険しくなる。
それは裏路地街において聞き慣れない言葉だったのか、何か嫌な思い出があるのか、その真意までは掴めなかったが。
「わかった。二人とも、悪い人じゃなさそうだし……弟ともども、よろしく」
考え、考えた後に、ラルフとリネットに対して、小さく頭を下げる。
きっと、すぐに全てが上手くいくわけでは無い。良い関係を築くには、時間が必要だろう。だが、本当の問題は、そうではない。
やった、初のメンバー、獲得だ! ……と言うには、しかしラルフの表情は先ほどとは一転して、暗かった。
何かを言おうとして、いややっぱりと口を閉じる。
頬から冷や汗が流れ、手が緊張に微かに震える。
「……姉ちゃん、その事、なんだけど」
リネットも、どうしたんだと疑問に首を傾けていた、ラルフの態度の理由。
その回答は、意外な場所から発せられた。
テッサに寄り添っていたアレンが、静かに、少しの重さを伴って、意を決した様子で、口を開く。
初のメンバー、獲得だ! ……違う。ここからが、本当の勝負だ。
これまで、可能な限り情報を集めようと観察をしてきた。
だが、想定外が起こり、そこから導き出されたのは『無理だ』という結論だった。
それを、超えなければならない。
知恵を絞り出せ。自分が誰だったのか、これまで何をしてかつての栄光を得ていたのか、思い出せ。
ラルフとアレン、この場の男二人は、それぞれの理由から強い決意を胸に、ぐっと拳を握る。
そして――
「俺は路地裏街に残る。だから姉ちゃん、ラルフの兄ちゃんとリネットさんと、仲良く元気でね」
アレンは、ラルフに要求した『約束』を、その場の全員に言い放った。
観覧ありがとうございました!
後編、ラルフが頑張ります。