傷心2 偽りの想い
その夜。
ポーションがたくさん売れたので、皆で机を囲んだ鍋パーティー。
お肉や豆腐、野菜がぐつぐつと煮えている。
「みんなー、鍋にゃーーー!」
「お肉~お肉~お牛のお肉~」
「お豆腐~お豆腐~お豆腐~」
久しぶりの鍋だったようで、皆おおはしゃぎだ。
飛び跳ねている子もいるし、興奮して床を爪で引っかいている子もいる。
「皆、熱いから気をつけてな。多分、猫舌にはきついぞ」
そういいつつ、俺は熱々の牛肉を食べる。
(う、旨いっ!)
(口の中で牛肉がとけた)
「あー、ずるいよ。エクトお兄ちゃん、一人だけ食べて、ずっるーい」
「にいにー、いいなぁー。熱々食べられてぇ」
「エク兄ーーー、いいなぁー」
猫耳っ子達が騒ぐ。
そんな中、リンも肉を食べる。
「旨いにゃ。ほほが蕩け落ちそうにゃ。半年振りのお肉にゃー」
「あーリンお姉ちゃんもー」
「ずっるーーーい」
「いいなぁー、2人とも、熱々食べられてぇ」
「そうだよぉーあっつあっつ~」
猫耳っ子達からブーイングがくる。
リンは例外として、獣人族は全員猫舌みたいだからな。
熱々が食べられないのだ。
「慌てることないよ。今のはただの味見だから。味はよかった」
「そうにゃー。味見しただけにゃー。ほら、よそってあげるにゃー」
リンは子供達にお肉をよそいだした。
俺も手伝う。
近くの子供の皿にお肉をいれる。
すると隣の猫耳っ子が。
「エクト兄ー、ふぅーふぅーして。あっついよぉ」
「わたちも、あつあつだよぉおー」
(やれやれ、しょうがないな)
「1回だけだからな。次からは自分でなっ」
「「うん」」
ふぅーふぅー
俺は猫耳っ子達のお肉に息を吹きかけ、さましてあげた。
「エク兄、ありがとうぅ」
「ありがちょ」
「なに、たいしたことないさ」
こうして、俺は喜ぶ猫耳っ子達と鍋をつついた。
皆美味しそうに食べた。
ホクホク顔だ。
嬉しさのあまりか、猫耳としっぽがたいへんなことになっていた。
俺は暖かさに包まれたのだ。
食後。
布団で寝た。
皆と一緒の部屋だ。
ここでは、大きな部屋に布団をずらーっと引き、皆一緒に寝るのだ。
俺はスースーと寝ていたが、ふと眼が覚めた。
何か温かい塊が胸にあると思うと…猫耳っ子が俺に抱きついていた。
ぎゅっと抱きついている。
スースーと心地よい寝息をたてている。
(この子の布団は少し離れたところにあったはず…)
ちらっとみると、布団は盛大にめくれている。
多分、コロコロ転がって俺の傍まできたんだろう。
元気が有り余っているのか、寝相が悪いのかもしれない。
(しかし…やはり獣人族…人より温かいな)
熱の塊みたいでとてもポカポカする。
そのせいか、暖かさが俺を包み込む。
すると…俺は温もりで思い出してしまう。
悲劇が…悲しみが胸に湧き上がってくるのだ。
女騎士像を見た後と同じように、彼女のことを思い出してしまう。
(ティア…ティア…俺の…ティア……優しくて綺麗だった…ティア…)
ティアの笑顔が頭に浮かぶ。
胸がきゅっと痛くなる。
ぎゅっと心が痛むのだ。
リンの胸の中で泣き、悲しみを全て吐き出したと思ったが…
そんなことはなかった。
悲しみは一瞬では消えないのだ、
一度泣いたぐらいでは消えない。
(俺にとってティアは…そんな軽い存在じゃないっ!)
(ずっと、ずっと…大切な存在だった。なぜなら、愛していたのだからっ!)
俺はティアとの日々を思い出す。
~~~~~
毎日狩りやギルドの依頼から帰ってきた後。
ティアは俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
そしてパーティーの皆で夕食を食べた後。
グラントが剣を磨いたり、ウィズが食後のお菓子を食べてる時間。
俺とティアは別のところにいた。
夜、2人きりで部屋で会っていたのだ。
そこでアイテムのやりとりをしていたのだ。
これは習慣になっていた。
俺はティアとアイテムボックスを共有している関係上、お金や重要アイテムなどはまとめていた。
ティアに全ての管理を任せていたのだ。
そのため夜、2人で俺のアイテムボッックスの中身を確認していた。
仕組み上はいつでもティアは俺のアイテムボックスから何でも持ち出せるが、夜に手渡ししていたのだ。
俺はアイテムボックスから、今日作ったポーションや、手に入れたアイテム・お金などを抜き取り、ティアの前に出す。
すると、彼女が自分のアイテムボックスにいれるのだ。
俺はティアの夫気分だった。
ティアは俺の嫁だ。
まるで狩から帰ってきた夫のように、今日の成果をティアに渡していたのだ。
俺の一日の楽しみだった。
ティアは、俺がたくさんポーションやアイテムを渡すと、とても喜んでくれた。
彼女の笑顔を見ていると、心が華やいだ。
シュパーっと泡のように、心が満足感で満たされた。
そしてアイテム確認が終わると、ティアは笑顔でぎゅっと抱きしめてくれた。
耳元で囁いてくれる。
『エクト、今日も一日ご苦労様、よく頑張ったね』
『エクトのおかげだよ。わたし、とっても嬉しい』
『エクトはやっぱり凄いね。憧れちゃう』
『エクト、大好きっ、すっごく好きっ』
『エクト、かっこいいね』
『エクト、わたし…エクトがいないとダメ』
『エクト、素敵っ!』
ティアは抱きしめながら頭を撫でてくれた。
元孤児の俺にとっては、心地よく、天にも昇るほど嬉しかった。
すごく心地よかったし、元気が出た。
明日もティアのために頑張ろうと思った。
力の源だった。
俺はティアが好きだったし、彼女も想いを返してくれたから。
俺達は愛し合っていると思った。
ティアも俺と同じように、愛してくれていると思っていた。
そう信じていた。
そんな日々だった。
幸福だった。
そう、俺にとっては、確かに幸せな日々だったのだ。
~~~~~~
(……)
裏切られた今だけど…
心を深く傷つけられて…ティアを罵倒したくなるけど…
ティアのことなど忘れたくなるけど…
正直ティアのぬくもりが恋しいっ。
数日経った今、あの暖かさが懐かしい。
腕に感じるティアの柔らかさ、温もり、サラサラとした栗色の髪の感触が…懐かしいっ!
ティアがとても恋しかった。
怒りと同時に、今でも愛らしさを感じてしまう。
抱きしめられた時に感じる、彼女の髪の匂いまで思い出してしまう。
(ティア…ティア…ティア…俺の…ティア…なんで…俺を裏切った…)
(なんで…俺を愛してくれなかったんだぁ…)
俺は猫耳っ子に抱きつかれながらも、ふいに涙を流していた。
ティアのことを思い出すと自動的に涙が出るのだ。
自分でも驚くぐらいだ。
俺の涙腺は完全に壊れていた。
心が弱くなっていたのだ。
(もう、ティアのことは忘れよう…もう、考えないようにしよう…彼女を思い出すと悲しくなるから)
でも俺は、そう思っても…何度思っても…ティアを忘れられなかった。
彼女のことを忘れることなんてできなかった。
想いは理屈じゃない。
想いは言葉じゃない。
頭で考えても意味なんてない。
認めたくないけど…
俺はまだ…ティアのことが好きだからっ!
~~~~~~~
その証拠に、俺はアイテムボックスの共有設定を解除できずにいた。
まだ、ティアは俺のアイテムボックスにアクセスできるのだ。
つまり、自由に中の物を出し入れ出来る。
そう。
情けないことに、俺はティアとのつながりを絶てずにいたのだ。
これを解除してしまえば、本当にティアとのつながりを失ってしまうと思ったから。
それにもしかしたら、ティアが謝罪の手紙でもアイテムボックスの中に入れてくれるかもしれない。
それか、俺が見た光景は誤解で、何か納得できる訳を説明した手紙が入っているのかもしれないと。
仄かな希望をもっていたのだ。
そう思い、俺は気づくとアイテムボックスの中身を確認していた。
何かティアの気持ちを確認できるものはないかと、探していたのだ。
そうせざるにはいられなかったのだ。
ティアを忘れようとしつつも……
俺は矛盾した行動を取っていた。
~~~~~~~
(ティア…ティア…だっ、だめだ、だめ…ティアを思い出しちゃいけない)
俺はティアの幻想を振り払うために、布団に入ってきた猫耳っ子の頭を撫でる。
ポカポカモフモフした猫耳っ子に触れるのだ。
すーすーと寝ている子供に触れる。
子供を撫でていると、ティアの幻想が消えていく。
彼女の存在が軽くなっていく。
(そう…今の俺は…孤児院だ。俺は…変わるんだ………ティアのことは忘れる…完全に記憶から消す)
(ティアは過去の女だ…そう、過去…もう違う)
(今の俺は孤児院…だから…だからこの子達を…守るっ!)
俺はそう決意しながら寝たのだった
でも、涙は止まらなかった。
涙は枯れることがなかった。
俺は声を押しころしながら…枕を涙でぬらしたのだった。
そんなある日。
俺が孤児院の食材を買いに行った帰り。
2組みの冒険者に呼び止められる。
1人は白い毛皮をきた男。
首には牙のようなネックレスをつけている。
もう1人は、黒ローブの魔法使いの男。
高価な腕輪を何個もつけている。
魔力を上げるためのものだ。
2人ともかなり装備が良い。
冒険者は見た目を見れば、大抵どのクラスにいるか分かる。
~~~~~
冒険者は実績により、S~F級のランク付けがされている。
Sが冒険者のトップ。規格外の活躍をした者。
ABが上級冒険者。
CDが中級冒険者。
EFが初級冒険者となっている。
戦闘力とランクが大きく関係するので、下位ランクと上位ランクの実力差は大きい。
何かしらの才能がなければ、上級にはなれないといわれている。
因みに俺は最底辺、F級だ。
戦闘職以外、明確に成果を出しにくい生産職はランクがあがりにくかったりもする。
~~~~~
(多分、この2人は上級冒険者だろう)
(それにこの感覚……この2人、何かしら加護持ちだな)
俺は感覚的に、相手が加護を持っているかどうか察することが出来るのだ。
俺が持っている加護、5大精霊の加護の影響なのかもしれない。
毛皮の男に話しかけられる。
「お前、ティアを知らないか?レイピア持ちの女騎士だ。この街にいると思うんだが」
(ティア…だと……)
「知らない」
(思い出したくもない)
俺はティアのことを一刻も早く忘れたかった。
なので知らないふりをする。
「はははっ、そうか、知らないか。知らないねー」
笑いながら、クンクンと鼻を鳴らす男。
「かすかにティアの匂いがしたんだがな。気のせいかもしれないな。本当に知らないのか?」
「あぁ」
「そうか。まぁ、あんな女、知ってても知らないほうが良いかもしれないなっ。はははっ」
「ギル。適当に探すな。俺が聞き出そうか?」
魔法使いの男が腕に炎をともす。
青い炎を5つの指の先から出している。
(この男……杖無しで魔法発動……)
(やはり腕は高いようだ)
通常、魔法を使用する際は、魔法の杖など、何かしらの媒体がなければ行使することができないのだ。
出来たとして、上手く制御できず、とても使えるものではない。
うちのパーティーのウィズの場合、魔法の杖を使っても、訳の分からない方向に魔法が飛んでいく。
しかし目の前の男は素手で行使した。
しかも指先から出した炎…同人に5つの炎をコントロールしている。
(かなりの腕だ……油断ならない)
「はははっ、アル、大丈夫だ。炎で脅すなよ。本当に知らないんだろ。ティアの匂いだってほんのかすかだ。会ったとしても数日前だ」
「そうか……ギル、今回のことはお前に任せる。俺は他にとりかかる」
「分かってる」
黒ローブの男に返事をする毛皮の男。
「はははっ、じゃましたなー」
冒険者の2人は去っていった。
(奴らは一体?ティアの知り合いだろうか?彼女を探しているようだが…)
(見たことがない2人組みだ……)
俺は不思議に思った。
(だが……ティアの知り合いだ。俺の知り合いじゃない)
俺はこの2人のことを特に考えないようにした。
ティアのことを思い出さないようにするためにも。
―――だがエクトは、この判断を後々後悔するのであった。
それから数日。
俺は精力的に孤児院のために働いた。
ポーションを調合し、リンに売ってきてもらい、資金を稼いだ。
元気な猫耳っ子達と触れ合いを通して、ティアで受けた心の傷を再生していった。
いや、ティアのことを考えないようにしてきた。
彼女のことを考えるとダメなのだ。
常に心の底に想いが残っていた。
でも、ふいにティアを思い出してしまう。
猫耳達の温かさに触れると…時々涙を流してしまう。
傷ついた心に温かいものが入ってくると、心が弱くなって、ティアへの想いが湧き上がってくるのだ。
心の中で叫んでしまうのだ。
(ティア…ティア…俺の…ティアっ!!)
何度も何度も心の中で叫んでしまった。
彼女を求めてしまった。
中々吹っ切れずにいた。
だがその度に、俺はリンに慰めてもらった。
リンは俺が心の傷を負っているのを察しているようだった。
多くの孤児達の面倒をみているので、そのあたりは得意だったのかもしれない。
時々、子供達がいないところで俺が泣いていると、ぎゅっと抱きしめて「よしよしにゃ」と頭を撫でてくれた。
肉球と温かい猫毛の感触が身にしみる。
リンの言葉が俺には心地よかった。
俺は何度もリンの胸の中で泣いた。
俺が泣くのは孤児院の倉庫。
そこには子供達は近づかないからだ。
だからそこは、俺がリンに慰めてもらう場所にもなっていた。
ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれる場所。
リンが「よしよしにゃ」をしてくれる場所。
俺にとっての倉庫は、癒しの場所だった。
だからか、俺はリンに親しみを抱いていった。
彼女の前では、情けない姿も見せられるのだ。
素直になれた。
俺にとっての唯一の存在だった。
心の支えになっていた。
俺はリンに抱きしめられるたびに、頭を撫でられるたびに、彼女との距離を縮めていったのだ。
―――エクトは、リンに心を許していったのだった。
~~~~
余談だが。
いつのまにか孤児院の女騎士像に布がかぶせられていた。
エクトが騎士像をみると泣くので、誰かが対応したのかもしれない。
別れた後も、元恋人のSNS(twitterやfacebook、インスタなど)をついつい見てしまう。
現代なら、そんなエクト君です。
WEB拍手&感想&評価ありがとうございます。
※書く方に集中していますので、感想返信は滞っていますが、見させて頂いています。
明日も投稿です。
次回、ウィズ登場です。
※又、メソメソ展開は長く続かない予定です。
~~~~~~~~~
■アイテムボックス (IB)の説明
※少し分かりにくいかと思いますので、仕組みの説明 (裏設定)です。
冒険者ごとに、1つのIBアカウントが与えられている。
1アカウント毎に1つの荷物入れ空間(ほぼ無限大)が用意されている。
IBさえ持っていれば、自分の名前が登録されたアカウント (自分のアカウント以外でも)には、いつでもどこでもアクセス可能。
つまり、いつでも中身の出し入れが可能。
追加の利用者 (サブ)登録は、登録者 (メイン)のみ与えられた権利。
・現状
エクトのIBアカウント=エクト (メイン)&ティア (サブ)がアクセス可能
ティアのIBアカウント=ティア (メイン)のみがアクセス可能
ネット銀行のような仕組みです。
IBは出し入れする媒体(コンビニにあるATM)で、IB自体にアイテムが入っているわけではありません。
巨大な異空間にアイテムを格納しており、そこからIBを通してアイテムを引き出しています。
これを作ったのは、とある賢者で・・・となると話が長くなるので、ここで説明は終了です。