銀髪の少女
過去話から、公爵室に戻ります。
■公爵室。
錬金術師のジークは、ドミトリ書記官の部屋を出た後、公爵室に向かった。
特に用事があるわけではない。
公爵直下で行っている【個人的な研究】については、ジークに一任されている。
定期的に報告を行っており、今日はその報告日ではない。
だがジークは、公爵の様子を見に来たのだった。
トントン
扉をノックする。
「ジークです」
「入れっ」
「失礼します」
ジークが公爵室に入った。
床には死体が転がっているものの、ジークには見慣れたものだった。
死体が出る理由もジークは知っていた。
「死体を見ても、ジーク殿は顔色一つ変えないのだな。ドミトリは毎回表情を固くするが」
「公爵様。私は慣れていますゆえ。昔なら違ったかも知れませんが」
「そうだな。してジーク殿。研究の方はどうなっている?」
「加護の指輪ですが…いくつかご用意できております」
「そうか。例の件…ダブル…2つ以上の加護を所持する実験については?」
「それは…上手くいっておりません。拒絶反応が強く、いささか難しいのです。
加護の種類にもよりますが、大まかには世間で言われています通り…
1つの加護がある者は、才能ある者。
2つの加護がある者は、天才。
3つの加護がある者は、英雄、歴史上の人物です。
4つ以上の加護がある者については、現在公には確認もされていません」
「公にはか……」
「はい。公にはです」
公爵はニヤリと笑う。
暗黙の了界。
2人はある知識を共有しているのだ。
そのため表になっていない情報を知っていた。
そもそも公爵の体も普通とは違っている。
そのため、公爵は表の情報と裏の情報に対する理解があった。
そこに、東の国から流れてきた錬金術師であるジークが、個人的な研究成果を提示したのが、2人の出会いの始まりでもあった。
「公爵様。実験で良い結果が出なかった者からは、加護を回収して指輪に変換しています。このまま研究を続ければ、やがてダブル、トリプルにも到達しましょう」
「それならいい」
公爵は頷く。
右手を死体に向けると、手から炎がで、死体が一瞬で塵となった。
魔導具を使用しない魔法発動。
死体と血が飛び散っていた床は炎で消され、今では綺麗になっている。
その様子にジークは感心するのだった。
「いつもお見事ですな。床に焼け跡すら残さず、死体を燃やしますとは。返り血すらない」
「これぐらい造作ない」
公爵は何でもないかのように手を振るう。
公爵にとっては些細なことなのだ。
「そういえば公爵様、大公、土龍公をうつのですか?」
「耳が早いな」
「はい。城内の雰囲気で」
「雰囲気か…だが、その話は正しい。そのために加護の指輪をいくつか使う。それに大公の加護、土龍の加護は研究材料としても貴重だろう」
「はい。生物系加護の中の魔物系、7龍の加護の一つですから。潜在的には公爵様と同等の力があるかと思われます」
「4大公だからな…それぐらいの力はあろう」
公爵は部屋の片隅を見る。
そこには地図がかがげられていた。
この国の地図。
大まかに王族直下領、4大公領、ドレイク公爵領が記されている。
今まで侵略した地域は塗りつぶされ、徐々に広がっている。
次の侵略予定地、土龍公の領土にはピンが刺さっている。
この地図には公爵領の過去と未来が記されていた。
ジークも地図を見る。
いや、公爵が地図を見る姿を見る。
その様子から、公爵の意図を読み取ったのだった。
「では、私は研究室に戻ります。予算の追加申請のついでによりましたので」
「研究の続きを頼む」
「はい」
錬金術師のジークは、部屋を出て行ったのだった。
■エクト
公爵領最初の街、コーン・シルクに向かう馬車の中。
エクト達は町を出て、早2日程馬車に揺られている。
中の位置関係は以下だ。
=============
運転席:グラント
馬車:前
俺
ティア ウィズ
馬車:後
=============
ティアの横に座ろうかと思ったが、さくっとウィズが横に座った。
俺が出遅れてしまったのだ。
そしていつのまにか、このスタイルが定位置になっていた。
(一度決まった座席は変更しにくい…)
(くっ…不覚)
それに俺にとっては後ろ向きに馬車が進んでいく。
進行方向とは逆向きだ。
(ちょっと酔わないか心配だな)
そんなことを思いながらも、馬車は進んでいった。
ゴトゴトゴト~~~~
■
数時間後。
バシャンっと鈍い音がして馬車が止まる。
「な、何かあったのか?」
俺が馬車の外に出ると。
女の子が馬車の前で倒れている。
銀色の髪の女の子。
運転席のグラントも戸惑っている。
「グラント、どうしたんだ?」
「分からん、いきなり目の前に出てきて…馬車にぶつかって倒れた」
(まさか…この女の子、当たりやか?)
(馬車に引かれたといって、金銭を要求する気か?)
と思ったが。
「おいおい、どこまで逃げる気だ?」
女の子が逃げてきた方向から、武装した男達が出てきた。
(違うな)
(どうやらこの女の子、男達に追われているようだ)
(当たりやではない)
女の子がひょこっと起き上がる。
「いたたぁぁ~、何かにぶつかっちゃった。もーう、タンコブできてるかも~。ヒリヒリするぅ」
頭を押さえながら、キョロキョロ辺りを見る銀髪っ子。
彼女は武装した男達を見ると、「はふぅ!」っと声を上げる。
ビクッと体が震える。
で。
首を回して俺と目が合うと…即座にダッシュで寄ってくる。
「た、た、助けてくださぁ~~いっ!」
バシュ
「うおっ!」
俺の腰にタックルを決めてきた。
ギュッと服を掴み、銀髪の頭で胸をグリグリしてくる。
(うぐぐ……銀髪が……)
「た、助けてくださぁあ~い、ああああ、あの……あの人たち悪人ですっ。とっても悪い人ですっ」
すがりつく銀髪っ子は、武装している男達を指差す。
指差す手が震えている。
グラントが戸惑いながらも俺を見る。
「エクト、どうするよ?」
「そうだな…一応助けようか」
「だな」
俺とグラントが女の子と武装した男の間に入ると…
「おい、お前ら、大人しくその女を渡せ。そいつさえ渡せば何もしない」
武器を掲げる男達。
剣や斧など、ばらばらの武装をしている。
俺の後ろでは、銀髪っ子が服をぎゅっと掴む。
男達を怖がっているようだ。
俺は銀髪っ子に聞く。
「あの男達は知り合いか?君を欲しがっているようだけど」
「はふぅ~。はぁっ、し、知りませんよー。全然知らない人です。い、いきなり襲ってきたんですっ」
俺は男達に向き直る。
「ということだ。お前さん達。帰るんだな」
「はぁ、お前ら、なんだ?俺達を調停者の部下だと知ってのことか?早くその女を渡せ」
「調停者?知らんな」
(本当に聞いたことがない)
(なんだ?調停者って?)
グラントを見るが。
「さぁ、俺も知らん」
と返事される。
「お、お前ら…調停者様を知らないだと……」
一瞬黙る男達だが…
「けっ、はははっ」
「この田舎モンがっ」
「どこのど田舎から来たんだよっ」
笑いあう男達。
調停者という言葉で俺達が脅えると思ったらしい。
だが、すぐに男達のリーダーが前に出る。
「まぁいい、とにかく渡せっ。その女に用があるんだよっ!」
男が剣でバンバンと地面を叩き出した。
「はふぅ。お、お願いです。助けてくださぁ~いっ」
銀髪っ子が潤んだ瞳で俺を見る。
ぎゅっと服を掴んでくる。
俺は武装した男達を見る。
「生憎、彼女はそっちに行きたくないようだ。お前らは早く帰るんだな。その、調停者とのやらの下に」
「そうか…そうかそうか田舎もん。それなら、少々痛い目にあった方がいいみたいだな。公爵領でのルールってのを、俺達が教えてやるよ。調停者に逆らってはいけないことをな。お前ら、女を回収しろっ!」
男達が剣を抜くが……
「抜いたな」
ズバッ ズバッ
グラントが素早く動き、男達を切り倒した。
といっても吹き飛ばすけだが。
仲間が吹き飛ばされて驚く男達。
呆然として俺達を見ている。
「……」
「……」
倒れた仲間と俺達を見て、銀髪っ子を取り返すのが無理だと思ったのか…
「く、くそーーーー覚えていろよっ!」
「ここで俺達にこんなことをして、ただで済むと思うなよっ!」
叫びながらも、男達は仲間を拾って逃げていった。
残されたのは、俺達と銀髪っ子。
「よし、これでいいだろう。あまり強くない奴らだったな」
グラントが呟く中、俺は女の子に手を差し伸べる。
いつのまにか地面に腰をつけていたのだ。
銀髪っ子は、「あれ、え、はふぅ?」っと驚きながら、キョロキョロと俺を見ている。
「君、大丈夫か?」
「はふぅ?えっ?ええぇ、うん?あたし?うん。助けてくれて、ありがとうございましたぁ」
ペコリと挨拶する女の子。
でもかなりて驚いているようだ。
思ったより俺達が強かったからかもしれない。
(だが、何も問題なくてよかった)
「それで、なんで追われていたんだ?」
「それは…ええっと…あのー、そのぉー、一言で言うと、私が調停者から逃げてきたからです」
(調停者か…)
「そうか、で、その調停者って何なんだ?」
「はふぅっ…」
女の子は硬直する。
「あなた達は、知らないで追い払ったんですか?あの男達を」
驚く女の子。
『何も知らないが…』っと返事をしようと思ったら。
「私は知ってるわよ」
馬車の中から声が聞こえた。
ティアが出てきたのだった。
「調停者は公爵領の監査官よ。公爵領の内政を担当している民政局、つまり公爵家、中央から各地方や街に派遣され、街が正常に運営されているか確認する担当者のこと」
(さすがティア。公爵領について詳しいようだ)
(しかし調停者…公爵の部下か…そんな者がいるのか…)
「調停者って名前だけど、実際は街の支配者よ。良い噂を聞かないから。少しでも調停者に反対すると、街がつぶされるって話し出し。それに…調停者は大抵加護者である事が多いから」
「はぁっ!そ、そうなんですぅ~。コーン・シルフの調停者も加護者なんです」
「聞いていた通りね」
ティアは苦い顔をする。
「エクト、どうする?」
グラントが聞く。
「勿論、答えは決まってる」
「そうだな」
「あぁ、助けるっ!」
馬車に銀髪の女の子が加わった。
WEB拍手&感想&評価ありがとうございます。
次回は…2日後
2月23日 (木)の夜に投稿予定です。
◆次回から暫く骨休みで、エッセイを投稿します。