【公爵】炎龍のドレイク家2
文官のトップ、ドミトリ書記官の部屋に、錬金術師のジークが部屋に入ってきたのだ。
公爵よりも、少し若い男だ。
見た目だけで判断すると…年は20代半ばだろうか。
「ドミトリ殿」
「ジーク殿、いかがされました。公爵様の相談役のあなたが」
「私の個人的な研究ですが、少し追加で予算が要りましてな、素材をもう少し供給してくれませんか」
「分かりました。手配しましょう」
「いつも悪いですな。ドミトリ殿」
「いえ、公爵様には、ジーク殿が申されましたら、予算を許可するように承っていますので」
「ではっ、この書類のモノをお願いします」
ドミトリが書類を受け取ると、そこには細かく必要な素材のリストが書かれていた。
リストにはクリスタル、白銀、ドラゴンの皮等の物理的な素材だけではなく…「加護者」と記されている。
(また加護者か……)
ジークが人体実験をしているという噂が一部ではある。
実際、個人的研究の「助手」名目で送ったはずの加護者が帰ってこないことがよくある。
そのため、噂は本当なのだろう。
しかし、ドミトリは深く関わらないようにしていた。
ジークの研究に対しては、公爵から戒厳令がひかれているためだ。
それは文官のトップでもある、ドミトリにも適応されていた。
しかしドミトリは思う。
(この研究が王族にばれたらどうなるか…)
国では、人体実験を含む、【禁忌】の研究をすることが禁止されているのだ。
だからこそ、ジークの存在はドミトリにとっては心配の種でしかなかった。
だが、ジークの個人的な研究は公爵直下の研究機関であり、まったく別系統のラインである。
形式上は公爵府の管轄下ではないため、文官のトップとはいえ、口出しできない。
これが組織というものだった。
※ドミトリは文官ということもあり、形式上の組織形態に強くこだわる傾向があるためともいえるが。
「承りました」
「宜しくお願いします」
錬金術師ジークは部屋を出て行った。
その後姿を見て、ドミトリは呟く。
「公爵様は、錬金術師とべったりだ」
「確かにジーク様は不思議な方です。普段は研究所から出てきませんし」
「研究に忙しいのだろう」
「それに…見た目はこの国の人に見えませんよ」
「そうだ。ジーク殿はこの国の出ではない。東の国から流れてきたかと思えば、いつのまにか公爵様に次ぐ地位になっている」
「何故外国の人がそのような地位に?おかしくありませんか」
「それは…色々とあったんだ」
(そもそも公爵様…ドレイク様は、生きながらえる予定ではなかったのだ)
(公爵室にいることすら、一つの奇跡なのだから)
ドミニクは、公爵が生まれた日を思い出すのだった。
■
~~~ケルト・ドレイク・誕生の日~~~~
「鬼子じゃっ!鬼子じゃっ!湯気が出ておる。鬼子が生まれたのじゃっ!」
その夜。
魔導十家の一つ、ドレイク家で赤ん坊が生まれた。
当主の奥方が身ごもった子供。
つまり、お世継ぎ様だった。
これまで奥方が生んだ子供は2人。
一人は当主の資格の無い女の子、もう一人は男の子であったが、不幸にも数年で亡くなってしまった。
当主は男系、男が継ぐ決まりもあり、次の赤ん坊には期待が寄せられていた。
そして今。
期待された男児が産まれたのだ。
赤ん坊から湯気が出ていた。
モクモクと煙を発している。
「大ババ様、お世継ぎ様から煙がっ!お手が焼かれています」
「いいのじゃ、水じゃ、水をもってくるのじゃ、水じゃっ!」
世継ぎの誕生に興奮する大ババ。
それもそのはず。
当主の母親である大ババは、恩年70歳。
『世継ぎの顔を見るまでは死なんと』誓い、ここまで生き延びてきたのだった。
その希望が叶った瞬間だったのだ。
しかも…
「湯気は期待の子の証じゃ」
そう。
『炎龍のドレイク家』に伝わる伝承では…湯気を放つ子供。
体温が高い子供程優秀という言い伝えがあった。
炎魔法を得意とする、ドレイク家ならではのものだ。
しかし、これまで湯気を放つ子供など生まれたことが無かった。
だからこそ、多くのものは伝承を信じてすらいなかったが、大ババは違った。
毎朝、世継ぎのために願掛けをし、伝承をひたすら読んでいたのだ。
才能ある世継ぎを強く望んでいたのだ。
自分の命があと少ししかないことを悟り、全てを託す者の誕生を夢見ていたのだ。
そのため、大ババの興奮は他の者の比ではない。
「大ババ様っ、おっ、お水です」
「かけるのじゃ」
メイドが持ってきた桶の水を赤ん坊にかけるが…
ジュワー
すぐに水が蒸発する。
「だめじゃ。水の中にいれるのじゃ」
大ババが焦り、赤ん坊を桶の水の中に入れるが…
ジュワー
水は直ぐに蒸発してしまう。
桶は空っぽに。
「これは…まさか、ヒュドラの生まれ変わり…」
「どうしましょう、大ババ様?」
「溶岩じゃ、マグマじゃ、炎の中に投げ入れるのじゃっ!」
「それは…そんなことをすれば、お世継ぎ様、赤ん坊が死んでしまいます」
「大丈夫じゃ。伝承通りじゃ。この子には、ヒュドラ山のヒュドラが宿ったのじゃ。このドレイク家に、ついにきたのじゃっ!」
大ババ様が赤ん坊を桶の中からひったくる。
「大ババ様っ!」
「鬼子じゃっ!鬼子じゃっ!」
世継ぎを抱え、走り出す大ババ様。
慌てる周りの者。
「誰かっ!誰かっ!大ババ様がご乱心をっ!お世継ぎ様を持っておられますっ!」
大ババは走ってヒュドラ山を登り始めた。
といっても、すぐ傍だ。
妊娠すると奥方は、ヒュドラ山の聖地にて生活する決まりになっている。
生まれてくる子供、ヒュドラの加護を受け取るためだ。
実際効果があるかどうかは分からないが、慣習だ。
そしてその間、ヒュドラ山の聖地には入行制限がかかる。
ヒュドラが祝福を与える子供間違えるかもしれないという理由から、最低限の者しか入ることが出来ないのだ。
特に、男は入ることが出来なかった。
これは固く守られていた。
そのため、世継ぎ誕生の瞬間にも、周りには数人の者しかいなかったのだ。
勿論、男である当主はその場にいることはできなかった。
これが今の現状。
大ババによる、世継ぎ奪還に繋がっていた。
大ババは火山の火口まで移動する。
高齢者とは思えないスピードだった。
世継ぎの誕生が、その興奮が、彼女に力を与えていたのだった。
そして…
ヒュドラ山のマグマの上に赤ん坊を掲げる。
下ではマグマが煮えたぎり、赤く燃えている。
家の者がすぐに追いついてくる。
赤ん坊が産まれたことにより、聖地の入行制限は解除されている。
そのため、追いついてきた者の中には当主もいた。
「大ババ様っ、おやめくださいっ!」
「どうか落ち着きをっ!」
「お世継ぎ様を、お返しくださいっ!」
「母上、おやめをっ!」
「皆のもの、見ておれっ!ヒュドラ様に捧げるのじゃっ!」
大ババは、反対する声を無視して、火山の中に赤ん坊を放り投げた。
「「「きゃああーーーー!!」」」
「「よ、世継ぎ様があああああ!!」
悲鳴があがるが。
チャポン
マグマの上に浮かぶ赤ん坊。
赤ん坊はマグマで溶けず、まるで水の中のように浮いていた。
マグマの中でニコニコと笑っていた。
まるでマグマの一体化するように。
「やはり…まさしく鬼子じゃっ!ヒュドラの生まれ変わりじゃ!ついに…ついに生まれたのじゃっ!ヒュドラの子がっ!!!」
涙を流し、泣いて喜ぶ大ババ様。
手を叩いて天を仰ぎ見る。
「ヒュドラ様、祝福を感謝します」っと、感謝を述べている。
今、大ババが長い間望んでいた瞬間が来たのだ。
家を支える、発展させる世継ぎの誕生を夢見、その夢が今叶ったのだ。
感無量だった。
周りの者も驚いていた。
「まさか…マグマの中で…これは加護の力か…」
「しかし、マグマでとけないとなると…これ程の加護は…聞いたことがない……」
「わが家も…安泰か…」
「…素晴らしいっ!」
ドレイク家の跡継ぎ。
ケルト・ドレイク、誕生の瞬間だった。
この時、大いなる喜びに包まれた。
だがしかし。
そう上手い話は無い。
この喜びはすぐに消えることになる。
天は二物を与えず。
天は一人の人間に、いくつもの長所や才能を与えてはくれないのだ。
ケルト・ドレイクには、致命的な欠陥があったのだった。
まもなくして…それが露になるのだった。
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次回は…
2日後、2月20日 (月)の夜に投稿予定です。




