孤児院の温もり
この街を出ることに決まったので、俺は孤児院に挨拶しに行くことにした。
久しぶりに孤児院に向かうと…
玄関にはホウキで掃き掃除しているリンの姿が。
猫耳としっぽが動き、鼻歌を歌っている。
が。
突如リンと俺の視線が絡み合う。
「………」
「………」
リンはホウキをゆっくり床に置き、深呼吸してから…
「エ、エクトにゃー!」
「リンッ!」
リンが駆け寄ってきた。
ガシュっと抱きつかれ、温かい体温に包まれる。
フワワフの毛並みだ。
「お、おう…久しぶりだな」
「エクトもにゃ」
「皆、元気にしてたか?」
「子供達は元気にゃ」
「そうか。よかった。ちょっと心配してた。石化病の後だったから」
「大丈夫ニャ。エクトは戻ってきたのにゃ?仲間を救ったって聞いたにゃ」
クリクリとした猫目で俺を見つめるリン。
「仲間は救ったけど…実は、戻ってきたわけじゃないんだ」
「にゃ?」
表情が固まるリン。
猫耳だけ動いている。
「実は、街を出ることになった。暫く公爵領にいってくる」
「エクト…旅立つにゃ?」
「あぁ、実はそうなんだ。本当に、もっとこの孤児院で生活したいんだけど…皆と一緒にいたいけど…俺にはやることがあるんだ」
「…そうにゃ…」
シュンとするリン。
でも、すぐに笑顔に戻る。
俺が旅立つことを察していたのかもしれない。
「分かったにゃ」
「悪いな。これから孤児院を盛り上げていこうって時に」
「大丈夫ニャ。エクトのおかげで皆元気になったニャ」
「必ず、またここに戻ってくるから。リンには世話になったから。絶対に戻ってくるから」
「エクト、まってるにゃ」
「おう」
俺はリンの手を握った。
暫く抱き合ってから…
「それでエクト、子供達には会っていかないにゃ?皆会いたがってるにゃ」
「そうだな。今日一日はここに泊まろうかな。出発は明後日だから」
「そうにゃ。にゃら、中に入るにゃ」
「分かった。分かった。リン、焦るなよ」
俺はリンに手をグイグイ引っ張られ、孤児院の中に入った。
すると…
「エクトお兄ちゃーん」
「エク兄だっー」
「にいにーの帰還だーっ。帰ってきたーっ!」
猫耳っ子達が集ってきた。
弾丸のように腰に抱きついてくる。
(モフモフだ。モフモフパニックだっ!)
「よしよし、皆。元気してたか?」
「エクトお兄ちゃんは?」
「俺も元気だよ」
「やったー。あたちも元気ー」
「エク兄、遊ぼうよー。こっちだよぉー」
猫耳としっぽを動かす子供達。
フワフワの頭をグリグリぶつけてくるので…
(くっ、お腹に猫耳のモフモフ感が…)
それに久しぶりだな…
(猫耳っ子達の、温かい感触は…)
「分かった。皆、ちょっと待ってな。今行く」
「こっちで遊ぼうよぉー」
「にいにーとは、あたしが遊ぶのぉー」
「あたちだよぉー」
「よしよし。喧嘩しないでなっ。皆と遊ぶから」
俺は猫耳っ子達を宥めた後、一緒に戯れた。
そして成り行きで、何故か皆と隠れんぼをすることになった。
俺が鬼だ。
「よーし、30数えたら、見つけに行くからなっ」
「にげろぉーーー」
「にいにが鬼だぁー」
「そこ、あたしが隠れるとこだよっ」
「いやっ、ここはあたちが隠れるのぉ」
少し争いも起こっているようだが、大部分の猫耳っ子達が逃げていく。
その証拠に、ドタドタと足音が遠ざかっていく。
「1、2、3、4………30。よーし、今から探すよっ!」
俺は孤児院の中を捜索した。
猫耳っ子達はしっぽが出ていることが多いので、思いのほか簡単に見つけられた。
で。
最後の一人を探している時。
中々見つからず、普段は入らない一つの部屋に入る。
「どーこかなっ?こっちかな?あっちかな?」
とりあえず声に出して、誰かいるかもしれないのでプレッシャーをかける。
部屋の中を見ると…中には写真が飾られていた。
孤児達の写真だ。
見たことがない子供もいるので、ここを卒業していった子もいるのかもしれない。
写真を眺めていると…
(あ、あれは…)
(リンの写真だ。でも、首には冒険者プレートがさげられている)
(しかもあの色は…シルバー…中級冒険者だ)
(リンも昔冒険者だったようだ…)
(しかも、中級冒険者か…)
俺が写真に気を取られていると…
ゴソゴソ ゴソゴソ
(おっと、猫しっぽを発見)
(子供が机の影に隠れているようだ)
今はかくれんぼの最中だからな。
リンの話は後回しだ。
「こっちかな?あっちかな?」
ビクンと動く猫しっぽ。
俺はササッっと机に回り込み。
「見つけた」
「にゃっ!」
俺は猫耳っ子を見つけて、その部屋を後にした。
夕食。
皆でご飯を食べた。
豚鍋だった。
その夜。
子供達が疲れて寝静まった後。
俺は散歩がてら運動場に移動した。
夜風にあたりたかったのだ。
子供達の熱気にやられていた。
ベンチに座ってふと顔を上げると、目の前には女騎士像があった。
ティアに似ている騎士像だ。
(そういえば…数日前はこの像を見て、ティアを思い出して泣いていたな)
(なつかしい)
(あの頃は…ほんと、泣いてばかりだった)
俺が銅像を見ながらたそがれていると。
「エクトにゃ。隣に座っていいにゃ?」
「おっ、リン。いいよ」
「ありがとにゃ」
横に座るリン。
夜風の中、リンは温かい。
フワフワだ。
「エクトは散歩にゃ?」
「そんなところかな」
「今日は、子供達が皆喜んでたニャ。こんなに喜んでいたのは、久しぶりニャ」
「俺も楽しかったよ。久しぶりにあえて」
「やっぱりエクトは皆の人気者にゃ」
「そんなことないよ。この孤児院は、リンがいて回ってるんだから」
「そんなことないにゃ。エクトに皆救われたニャ」
「そんなことないよっ…って、この話はやめるか。きりがないし」
「んにゃ。でも、エクトにゃ、明後日には旅立つにゃ?」
「そうかな。これでも冒険者だからな」
「そうにゃ。エクトには冒険者が似合ってるにゃ」
「冒険者か…」
俺はリンの顔を見ていると、昼に部屋で見た写真を思い出した。
(あの写真では、リンの首にも冒険者プレートがあったな)
(中級冒険者のシルバープレートが…)
「そういえば写真を見たんだけど、リンも冒険者だったのか?」
「昔…ちょっと冒険者をしていたにゃ」
「でもシルバー、中級って事は、結構凄いんじゃないか」
「獣人族は身体能力が人より高いから、上がりやすいニャ。それに…仲間に加護者がいたにゃ」
(そうか…獣人族の身体能力と加護があわされば、かなり強いからな)
獣人族はフィジカル系…異常な体力回復&身体強化に定評がある。
加護は個人の特性にあった成長を遂げるので、獣人族の場合は、身体強化をするものが多いと聞く。
「今は冒険者をしないのか?」
「今は休業中にゃ。お休み中で、孤児院にゃ」
(冒険者を辞めた理由が、何かあるのだろうか?)
(でも…聞かないほうがいいかもしれないな)
(そんな雰囲気だ)
「そうだな、リンには孤児院が似合っているのかもしれない」
「そうにゃ。エクトは公爵領にいくにゃ?」
「あぁ」
「今、あそこはあまり良い噂を聞かないにゃ」
「分かってる。危険かもしれないけど、それでもいかないといけないんだ」
「エクトは偉いニャ」
「そんなことないよ」
「いいえ、凄いニャ。実はエクトに仲間を助けに行くことを頼んだのを、ちょっと後悔してたニャ。助けて欲しかったけど、危なかったにゃ。自分の気持ちを押し付けてしまったにゃ」
「いいんだよ。リン、俺が自分で行ったから。それに、この通り、帰ってきただろ」
リンが俺の手を取る。
手のひらを肉球でにぎる。
「エクトは帰ってきてくれたニャ」
「あぁ」
「やっぱりエクトは凄いニャ」
「別に大したことないよ」
「それでもにゃ。今日はゆっくりっと休むといいにゃ」
「そうする。暫くここで涼んでいるよ」
「にゃら、私もここにいるにゃ」
俺はリンと隣り合って座り、肩を寄せ合った。
フサフサの毛並みから、温かい体温が伝わってくる。
(なぜだろう…)
(リンといると…心が潤ってくる)
(リンの隣は…俺にとっては落ち着く場所なのかもしれない)
―――時々、帰ってきたい場所だった…
そしてふと思い出す。
大事なことを。
「そうだリン、今、アイテムボックス持ってるか?」
「ここにあるにゃ」
腰のアイテムボックスをポンっと叩くリン。
俺はアイテムボックスから金貨の入った子袋を取り出し、リンに渡す。
~~~~~~~~~~~~
金貨の通貨は以下になっている。
1G:小銅貨
10G:大銅貨
100G:小銀貨
1000G:大銀貨
10000G:金貨
~~~~~~~~~~~~~
金貨100枚。
しめて100万G。
ギルデインの報奨金を得たこともあり、豊富な資金があるのだ。
懸賞金の500万Gを4人で分割した。
1人125万Gだ。
その大半を譲ることにした。
元はといえば、リンの後押しが無ければ、ギルデインを倒すことがなかったかもしれないからだ。
そうしなければ、報奨金も手に入らなかった。
「お、重いにゃ。それに光が」
「中は金貨だよ。100枚。つまり100万Gだ」
「き、金貨にゃ。1枚、2枚、3枚…」
1枚1枚数えだすリン。
「こらこらリン、数えるのは大変だ」
「にゃ」
「少ないけど孤児院の運営に使ってくれ。俺がここにいられないから」
「こっ、こんなにいいにゃ?大金にゃ」
「問題ない。孤児院を運営するのは大変だろう。俺の気持ちだ。金が急に手に入っただけだから、礼はいらない」
「エクトにゃ…」
「それにライフポーションや、石化回復ポーションもいくつかおいていくから」
「そこまで…」
「リン。子供達を頼むなっ。リンしかいないっ」
「任せるにゃ」
俺はリンに子供達を託したのだった。
■リン
エクトと別れた後。
リンは部屋に戻って、昔の冒険者の写真を見るのだった。
冒険者プレートを身につけた自分の写真を。
そして、記憶を思い出す。
~~~記憶~~~~~~~~
「にゃ」
「にゃっていっちゃダメ。馬鹿にされるでしょ」
「そうにゃ。皆、にゃっていっちゃダメにゃ」
「リン、言った傍からいうなっー!」
バコッ
「い、いたいにゃ~」
「ほら、いくよっ」
「まってにゃ」
~~~~~~~~~~~~~
懐かしい記憶を思い出すリンだった。
■エクト
次の朝。
子供達にモフモフされながらも。
別れを惜しむ子供達を後にしながらも。
エクトは孤児院を後にしたのだった。
ホーム…それは…時々帰りたい場所……
WEB拍手&感想&評価ありがとうございます。
又、本作は設定もそこそこ多く…
「そろそろ設定更新して欲しい」との要望を受けましたので。
1章最後の部分に
『【世界観・人物説明】 【1章終了時】』を追加しました。
「調合」や「クリスタル」など…色々忘れている人も多いかもしれませんので、ご参考にどうぞ。
次回は…
明後日、2月13日 (月)の夜に投稿予定です。
~旅立ち~~