揺れる心 2
前話、終盤部分、ほんの少し修正しました。
話の展開に影響はありません。
グラントは俺とウィズを見る。
「ウィズ、そういえば窓から見えたけど、宿の下に今回俺を宿まで運んでくれた人がいた。ウィズからもお礼をいっておいてくれないか。すぐにいなくなると思うから」
「分かったのです」
「それとエクト、俺のアイテムを一部渡すよ。ティアを助けるのに使ってくれ。今から取り出す」
ゴソゴソとアイテムボックスを探るグラント。
ゴソゴソ ゴソゴソ
なんだか妙に時間がかかってる。
「あれっ、ないなー」っと、わざとらしく声も出す。
そのためか。
「エクト、先に宿の前で待っているのです」
ウィズが部屋を出て行く。
俺はグラントと2人きりになる。
「ウィズはいったか」
「あぁ、グラントが随分時間かけてアイテムボックスを探っていたからな」
(多分、俺と2人きりになるための口実だろう)
だが、グラントはかなりぎこちなかったので、ウィズも口実に気づいたようだった。
空気を読んで、自ら部屋を出て行ってくれたのだ。
ウィズは小さいながら、中々空気を読む子だから。
「そうか、ウィズに気づかれたか」
「当たりまえだろ、それで何だ?」
グラントは俺に頭を下げる。
「エクト…ティアのことは、悪いな……その、色々な意味で」
「分かってる」
(そう。分かってる。分かってるんだ)
(グラントが俺のティアを寝取ったことを知っている)
ふつふつと怒りがたまっている。
原因のほとんどはティアにあるとはいえ、グラントは俺が好きな女と付き合っていた。
この部屋…今グラントが寝ているベッドの上で…キッスをっ!
多分、それ以上のこともやっているはずだ。
それは理屈を超えて、許すことが出来ないことだ。
絶対に無理だ。
思い出すだけで怒気が高まってくる。
(ぐっ、絶対に…許せんっ!)
「グラント」
「なんだ?」
ドカッ
「ぐふっ!」
俺はグラントの腹を殴った。
腹にたまった気持ちを込めて、思いっきり殴ってやった。
グラントは怪我を負っているため、中々効いたようだ。
ゲホッゲホッっとむせている。
「ふぅー、これで少しスッキリした」
「そ、そうか…エクトの気持ちが済んだならよかった」
お腹を押さえながら呟くグラント。
俺はアイテムボックスからポーションを取り出して渡す。
「ほら、特性ライフポーションだ。グラント用に調整してある。後で使うと良い。詳しい用法は瓶の紙に書いておいた」
「いいのか?俺のために」
「ウィズが心配していたからな。助けを呼ぶためとはいえ、一時的に戦場を離れたことを気にしているんだろう」
「分かった。ありがとう」
グラントはポーションを受け取る。
「……」
「……」
少し間が空き、グラントは俺を見る。
「エクト、多分、俺とティアのことを怒っているかもしれない。でも、それでもティアを救ってやって欲しい」
「そのつもりできた」
(本当だ。ウィズとリンのためにもティアは救う。それだけだ。ティアのためじゃない)
今はそれ以上考えないようにしていた。
考えてはいけないような気がした。
「よかった。それと…ウィズには話していないことがあるんだ」
「何だ?」
「ウィズが助けを呼びにいった後の話しだ。ウィズには嘘を伝えた」
(!?)
「俺とティアがへルハウンドと戦っていた時…ティアは俺の方に魔物玉を投げてきた。魔物をひきつけるアイテムだ。で、俺に魔物をすりつけて、一人で逃げようとしたんだ。そこで俺は大量の魔物に襲われて気絶した。だから、実はその後のことは分かってない」
「ティアは魔物に浚われたんじゃないかのか?」
「多分そうだ。気絶する寸前に、デカイヘルハウンドが他の魔物をくいちぎりながら、彼女に襲いかかりそうになるのを見た。だから死体がなければ、連れ去られたとしか考えられない」
(そんなことが…ティアは俺だけでなく、グラントまで裏切ったのか……)
(しかも、生死の関わる場面で……)
(ティア……なんて女だ…)
(でも、なら何故グラントはティアを助けたがってる?)
(裏切られたなら、その逆のはず)
俺が疑問に思っていると。
「それと話はもう一つ有る。こっちの方が大事だ」
グラントは語りだした。
~~~~~~~~~~~
(………)
その話は俺には衝撃だった。
(ティアが…そんなことを…あのティアが…)
俺の知らないティアの一面だった。
~~~~~~~~~~~
話が終わると。
グラントはベッドから降りて、床で土下座する。
(!?)
「エクト、俺が言えた義理じゃない。本来なら俺がティアを助けに行くべきだろう。それが筋だ」
「…」
「エクトにはティアを助ける理由がないかもしれない。でも、ティアのことは頼みたい。彼女を助けてやって欲しいっ!頼むっ!」
盛大に地面に頭をつけるグラント。
俺は土下座するグラントを見ながら複雑な気分になる。
(ティアに裏切られたグラントが…彼女を助けて欲しいと俺に頼んでいる…)
(ティアに対して怒ってもいいはずのグラントが…助けて欲しいと頼んでいる)
(グラントは、ティアに殺されかけたのに……)
(なんで…ティアのために…そんなことを…)
(ティアなんかのために……)
(………)
(………)
俺は迷うが。
「…分かってる」
俺は力なく、小さな声で呟いた。
そしてグラントの部屋を出たのだった。
俺の気持ちは揺れていた。
(リンとウィズのためにティアを救おうと思っていた…)
(この部屋にくるまでは…そう思っていたのに)
(ティアのことなんで…もう忘れようと思っていたのに)
(でも…でも…なんで……)
ここにきて心は揺れていたのだ。
グラントの姿を見て、話を聞いて、俺は動揺していた。
一度した決意が揺らいでいた。
ティアは助ける。
それは変わらないが……その理由が揺れていたのだ。
俺にとっては、それは大事なことだった。
宿の前でウィズと合流する。
ウィズは焼き鳥を食べていた。
多分近くの出店で買ったのだろう。
戦の前の腹支度だ。
「よう、ウィズ。焼き鳥、上手そうだな」
「美味しいのです。エクトも欲しいですか?」
「いや、運動する前は食べないようにしてるから」
「そうなのですか。グラントとの話はおわったのですか?」
やはりウィズはグラントの口実に気づいていたらしい。
俺と2人きりで話すために、部屋を追い出されたのだと。
「終わったよ」
「そうですか……」
じーっと俺を見てくるウィズ。
なんの話かは聞いてこないが、目線で「何の話?」と訴えかけてくる。
「とくに大した話じゃないよ」
「そうなのですか?」
「うん」
「その割にはエクトが動揺しているように見えるのです」
(……)
(ウィズ、変なところで鋭いからな)
「そう見えるのか?」
「なのです」
「今から魔物と戦うからだろう。気のせいだ」
「なのですか…なのですね」
納得顔をするウィズ。
「よし、いくか」
「行くのです、ティアを助けるのです」
俺はウィズとヘルハウンドが住む森に向かった。
だが実際、ウィズに言われたとおり、俺は動揺していた。
グラントから聞いた話で混乱していたのだ。
今、心の中はティアのことでいっぱいだ。
孤児院で忘れようとした彼女のことでいっぱいだったのだ。
俺を裏切ったティア。
俺が好きだったティア。
俺の心の支えだってティア。
せっかく彼女のことを忘れられると思ったのに。
リンのおかげで吹っ切れたと思ったのに。
ティアに対する想いをやっと切れると思ったのに。
俺は再び迷いだしていた。
ティアの違う一面を知ってしまったからだ。
(ティアがただの悪女ならよかったのに……)
(それならば、彼女のことを嫌いになれたのに……)
(救った後も、このまま忘れることが出来たのに……)
(なのに…なのに……なんで…)
俺は迷いながらも、ヘルハウンドの住む森に向かったのだった
―――孤児院でリンに癒され
―――エクトの中で小さくなったはずのティアの存在
―――だが再び、心の中で、ティアの存在が大きくなっていったのだった
WEB拍手&感想&評価ありがとうございます。
皆様、温かい感想ありがとうございます。
参考にさせて頂きます。
明日も投稿です。
■追記
もう少し、あともう少しでエクトは、成長しますっ!