光と闇の挿話集
「あなたですか?」
昼下がりの街角。
酒屋横の空の葡萄酒樽に腰掛けて目印のヨーヨーを玩んでいるアタシに声をかけてきたのは、白銀色の細長い杖を持ち白い僧服が良く似合っている清楚な感じの美少女。
野暮ったい僧服を着てはいるけどかなりのプロポーションと見える。
それに少女って言ってもアタシよりは年上かな?
僧服のフードを取ったとき、長い豊かな髪に隠されるまでの一瞬だけ見えた胸の谷間の上というか鎖骨の間の呪紋様みたいなのは…何かの宗教的な刺青?
いや、アザと見た。ぶつけたか、殴られたか…
右腕の動きがちょっとぎこちないのと併せて、何処かで一騒動をしてきたのかもしれない。
どさりと道に置いた袋鞄から四歳祝いらしい四力の精霊の懐かし過ぎる人形が覗いているのは…なんか変。
4歳になった時に貰う四力の精霊の人形なんて、大抵は子供時の玩具。
その歳になるまで持ってるなんて…人形マニアかな?
僧侶で人形マニアって言うと、この世界で嫌われ者の「人形遣い」……にはとても見えない。
屈託のない笑顔は騙されたことは多々有りにして、騙す事なぞ考えた事もないと見る。
見た目で相手の素性を推測するのは「この世界」で火傷しないため。
ジロジロ見回すなんぞ、真似しないほうがいい人生送れると思うよ。実際。
「あなたは?」
アタシの問いに少女はにこりと笑って応えた。
「ソフィア。フルネームはソフィア・フレイア。見習い白魔導師です」
サード・ネームがないのは…宗教的なものだろうか?
「見習い白魔導師? アコライトさんね…ぇ」
確かにアタシがギルドに紹介してと頼んだのは白魔導師。
多分来るのは、よぼよぼの爺様僧侶か、尼僧の婆様と思ってたのに目の前にいるのはまだ若く僧籍を取得してもいない見習い僧?
アタシも随分、ギルドになめられたモノだ。
ま、成功報酬は仕事で得た報酬の二割、最低報酬金貨一枚、途中解約は銀貨一枚じゃそんなモノかな。今度の獲物のためには相手の職業のランクは関係無いし…いっか。
「アタシはアリア。アリア・フェージァム・ファルド。遺跡探検家よ」
きょとんというか、きょとのんと擬音化した方が合っているような顔で見習い魔導師さんは聞き返してきた。
「…つまり、盗賊さんですか?」
「違う! 遺跡探検家。 悪いけどアタシは人様の物を盗むなんて事はやってないからね。戴くのは誰のものかも判らない遺跡の宝物だけ。よく憶えといてっ」
腰掛けていた酒樽から降りて相手を見るとアタシより頭一つは背が高い。
「失礼しました。それで御用というのは?」
素直に頭を下げられるのもなんか腹が立つ。
なんで腹が立つ?
「それは現場に行ってから」
アタシはさっさと歩きだす。
後ろでソフィアが慌てて袋鞄を拾い上げ…と思ったら勢い余ってコケていた。
大丈夫か? あんなんで…もぉっ!
なんか無性に腹が立つ。
たぶんアタシはああいう素直でほよんとした性格には合わないのかも。
仕方ない。
それでも、もう一人必要なのだ。
◇ ◇ ◇
その場所は人里近くにあって誰でも入れる普通の洞窟だった。
「鍵」を知らない者にとっては。
この前、別の遺跡で手に入れたレムア文明の古文書に入り口の鍵の解除法と陳腐な地図が記されていた。
伝説となった古代文明、ムーマ帝国の遺跡。黄金郷への入り口。
ぼろぼろの地図を頼りに入り口を探し当て、いざ入ってみると…途中の鍵、つまり罠を外すためには二人必要な事が判ったのさ。
ちなみに入り口の鍵は簡単。
ただ、明灯の術で出来た光る飛礫を或る穴に投げ入れるだけ。
奥の罠は…もっと簡単だけど最低二人は必要なのさ。
ま、あの罠を外したら、この白魔導師にはさっさとお引き取り願って、遺跡の宝を独り占め。
それがアタシの計画。
「あら、ここって黄金郷の遺跡なのですね」
洞窟に入るなり見習い白魔導師様が至極あっさりと、この遺跡の価値を見破りなさった。
「どうして…それを?」
問うアタシに変わらぬ笑顔のソフィアは天井を指差した。
「あそこに古代ヌルカヌ文字で書いてありますわ」
見上げると確かに何やら文字だか模様だかが天井に刻まれている。
古代ヌルカヌ文字? なにそれ?
「ヌルカヌ…文字なの?」
「ムーマ文明の元となった古代文明の文字ですけど?」
既に伝説となっているムーマ文明の元? ヌルカヌ文明? そんなの知らん。
つまり…超を二つ三つ付けても物足りないぐらいの古代文明の文字って事?
「…そんなの読めるの?」
「ええ、寺院での必須科目でしたから」
そんなの教える寺院って…?
「あんた、どこの寺院の見習い白魔導師?」
「アィルコンティヌ寺院です」
嘘だ。
伝説の無神教総本山にして、この世の全ての知識と知恵を蔵し、異空間の海に浮かび、人知れず魔の手から世界を守っているという誰一人見た事もないけど普く知れ渡っている寺院。
ん? 説明が矛盾している? そんなの気にしなさんな。世間の噂なんてそんなモノ。
兎に角、その寺院で、しかもその歳で超古代文字を習得したなんて嘘に決まっている。
春先になると…といっても今は未だ冬だが…そういうのが多くなる。
しかし…
そんな古代文字が読めるのならば、この先、楽かも…
「ふぅん。じゃこの先の罠の解除も頼んだよ。もし判るのが在ったらだけど」
結局、あまり当てにしないで先に進むことにした。
罠の解除なんて本来、遺跡探検家であるアタシの仕事なんだから。
◇ ◇ ◇
「ここだよ」
それは二つ、三つほど鍵を開けて進んだところにある真直ぐに掘られた回廊。
回廊の手前にもう一つ、罠があるけど、それは大した事ではない。
問題なのは 回廊の罠。紋様が描かれた両側の壁に等間隔で突き出た岩がある。
「あの岩を…」
「左右同時に2個ずつ、つまり4個同時に押して進まなければならないのですね?」
あり? 先読みされた。
「…どっかに書いてあった?」
「ええ、この突き当たりに。今度はムーマ文字の儀礼記述で」
突き当たり?
突き当たりといっても遥か先。手に持つ松明…といっても落ちていた木の枝の先に明灯の飛礫をつけたモノだけど…なんにしても光なんて届いてもいない。
ムーマ文字の儀礼記述?
それはアタシにも判る。いろんな遺跡の壁に描かれた見事な紋様の事だ。
けれど、「判る」のと「読める」のは違う。
あんなの読める人間が居るなんて聞いたこともない。
「目がいいんだね。見習い白魔導師さん」
感心していいのか呆れていいのか判らぬアタシに彼女はちょっと怒った感じで忠告した。
「失礼ながら名前で呼んでいただけません?」
「判ったよ。ソフィア」
「それと、私のほうが年上にみえますけど? 雇い主といえども呼び捨ては…」
「判りました。ソフィア様」
ここで言い合いしても一文にもならない。
それに地図と古文書によると二人必要なのはここの罠だけ。
この場所を通過したら、お引き取り願おう。
◇ ◇ ◇
アタシとソフィアは声をかけながらゆっくりと両側の壁の岩を2個ずつ押して進む。
ここの場所を一人で通れるとしたら長い手を3対持つという蜘蛛人間だけだろう。
そして…
中ほどまで来てソフィアが立ち止まった。
「どうした?」
「この岩…」
そう。
それが白魔導師を雇った理由。
この回廊の左側の岩の一つ、ソフィアが今、手をかけている岩は押すと毒ガスが出てくるのだ。
極めて微量ながらも即効性の猛毒のガス。
それが左の岩を押した人間にだけ吹きかかる仕組み。
それを中和し無効化するためには「解毒」の術が必要なのさ。
「白魔導師だったら解毒の術は朝飯前でしょ?」
「まだ何も言ってないのにどうして毒が出てくるって判ったんです?」
「あ…」
やばい。
ここでヘソ曲げられて引き返されたら、宝物が拝めない。
「…か、勘だよ。勘。この商売やってると罠のパターンなんて勘で判るんだよっ!」
ソフィアは怪訝そうな顔でアタシと壁を見つめていたが、やがてにっこりと笑って術を唱え始めた。
「…螢舞い 我らが纏う 安息の衣」
呪文の唱歌と共に頭上の空間から光が湧き出てアタシ達を包んでフッと消えた。
白魔導師が呪文を歌にして唱えるのは始めてみたが、効果は確かなようだ。
「じゃ、先に進むよ」
そう言って岩を押し、アタシは次の岩に手をかける。
「こっちは毒ですけど、そっちからは毒蛇が出るようですね」
え? そんなの古文書に書いてない…
という間もなく、岩を押した途端に頭の上からぼたぼたと何かが落ちて…
へびっ! ヘビッっっ! うねうね動く蛇ぃぃぃぃっっ!
三角頭のアタシの大ッ嫌いな蛇が嫌ッというほど落ちてくるっ!。
「△■*#|※ーーーーー」
声にならない悲鳴を上げてアタシは固まってしまった。
「大丈夫。さっきの呪文で蛇が触れる事はありませんから」
落ち着いてよく見るとアタシの身体がぼやっとした光に包まれていて、蛇は少しもアタシの身体に触れていない。
「…す、す、凄い術ね」
震えながら感心するアタシにソフィアはにっこりと笑う。
「防御呪文ならお任せあれ」
いい人雇ったかも。
「次に何が出てくるか判っていたら何であろうと完全に防げますから」
っておい!
判っていたんなら一声かけて欲しいんだってば…
…って一声かけられていたな。
…物凄く直前だったけど。
「…ありがと」
取り敢えず礼を言って先に進む。
口喧嘩なんかしている場合じゃないのさ。
なにはともあれ、先に進まなきゃお宝は拝めないからね。
◇ ◇ ◇
長い回廊を抜けたところはちょっと広く一休みできる場所だ。
床の石筍、天井の鍾乳石が見事な景観。
表面がキラキラ輝いているのは岩盤から熔けて流れついた磁結晶か霊結晶の粉だろう。
おかげで方位磁石も効かなくなっているんだけど…景観だけならば一見の価値はある。
「ふぅ」
ここで座って一休み。
岩を押すのも一苦労なのさ。か弱い乙女には。
…そこの不満げな顔したアンタ。他人の自己評価を否定しても何の得にもならないよ。
さて、前にここに着た時には塞がってた次の間への扉も開いてるし。
あの扉はさっきの回廊の総ての岩を押さないと開かないらしい。
それで一人雇いに町に降りたのさ。
「…いいんですか?」
ソフィアがきょろきょろしながら聞いてくる。
「何が?」
アンタはここで用無しなんだよ。
アタシの全財産である銀貨二枚の半分で解約、さよなら〜
…なんて言葉を飲み込んで、今はできるだけにこやかに応える。
ここで勘繰られたら流血の惨劇が待って居る。
遺跡の宝の奪い合いなんてそんなものだ。
遺跡探検家たる者、そういう事には細心の配慮が必要だ。
「そろそろ次の罠が発動しますけど?」
そうそう次の罠にも細心の配慮… え?
「ここに罠なんてある訳…」
と言いかけた時、天井の鍾乳石と床の石筍がアタシ達目掛けて飛んできた!
「ぎゃあぁぁぁぁ…・」
悲鳴を上げたのはアタシ。
「知ろしめす 我が領域を 侵したる 総ての者よ 砕け散るべし」
呪文を唱えたのはソフィア。
襲いかかる鍾乳石達はアタシ達の周りに発現した光の壁に触れた瞬間に全て砕け散っていく。
「きゃあぁぁあぁぁぁ…あ、…あれ?」
アタシが騒いでいる間に事は終っていた。
残ったのは石の残骸。
表面だけかと思ったら中身もなんか虹色にキラキラ光っているし。
それをソフィアが険しい目で見ている。
「…終ったの?」
「ここは終ったようですが…」
ソフィアは残骸の光を指差し言葉を続ける。
「…精霊の力を借りた罠のようですね」
「それで?」
何を言おうとしているのか判らない。
「これは土の精霊の罠。ならば後3つ、発動回避が不可能な罠があるということです」
「あと3つ?」
って言うと全部で4つ。
その数が世界を支配する四力の精霊の事だとすると火と風と水の精霊の罠?
アタシはまだ事態が呑み込めない。
その時、後ろで凄まじい音がした。
「な、何?」
「あれが本当の罠ですね。後ろの回廊が崩れているようですね」
「崩れてる? ということは戻れない?」
つまりは…生埋め状態?
「ここも直に崩れます。先へ急ぎましょう」
ちょっと待て。
ここはそんなに危険な遺跡なの?
アタシは黄金郷なんてただの比喩で、せいぜい黄金とか宝玉がそれなりにあるそれなりの遺跡だと思ってたのに。
震えるアタシにソフィアが優しく声をかけてくれる。
「大丈夫です。私が居るかぎり命を落とすことはありませんから」
見透かされたようでちょっと腹が立つ。
「何言ってんの? これは武者震いよ! こんだけ凄い罠があるってことは、この先には確実に物凄い宝物があるって事じゃない。震えずに居られますかってぇの!」
本当は恐い。
恐くて足がすくんでいる。
くすりと笑ってソフィアが応える。
「では先に進みましょ。雇い主様」
なんか親戚のお姉さんに諭されているようで無性に腹が立つ。
けど、そんな事を言ってる時じゃないな。
◇ ◇ ◇
「ところでさ。ソフィア…さん。何でこんな商売してるの?」
訊ねたのは3つ目の罠の真っ只中。
突如、湧いて出てきた冷たい激流をソフィアが作った球形の障壁に守られて流れるままに移動している時。
ここの前の風の精霊の罠。凄まじい風が身を引き千切る罠もこの障壁で乗り切ったのさ。
言っとくけどその間にある細かい罠はアタシが解除したんだからね。
「細かい」って所は気にしないように。
兎に角、今は激流に流される障壁の中に居るだけで何もすることがない。
時々、岩にぶっかった衝撃とかで障壁に頭をぶつけるのを注意する程度。
で、不思議なのはソフィア。
こんなに術が使えて学識も確かなのに、なんで流浪の旅をしているんだろう?
何処の寺院でも高僧として迎えてくれるだろうに…
見習い白魔導師というのも変だ。
実力からすると余裕で司教か司祭クラス。聖者や賢者を名乗られたって納得する。
ギルドに登録している白魔導師なんて、大抵は怪しい破戒僧か低い僧籍しか取れなかった年寄り僧侶と相場は決まっているのに。
「…家族を捜しているの」
「家族?」
言葉少なに語るソフィア。
「私は捨て子だったんだけど…育ててくれた家族と別れて…いえ、別れさせられたの。それで…旅をして捜しているの。両親と姉と妹を…。もう一度会うまでは帰らないと寺院を出てきたのよ。それでまだ見習い白魔導師なの」
「…ふぅん」
なんか変。
戦乱がアチコチで大小様々に続いているこの世で捨て子や孤児というのも、家族と生き別れたなんてのもありふれている。それに大抵はギルドに頼めば…頼めるお金があればだけど…消息なんてすぐに判る。
こんだけ実力があればギルドの稼ぎ頭だろうし、特別サービスで捜してくれるだろう。
「…なんでギルドに頼まないの?」
「この杖…光の杖を掴んだ時…ううん、掴めた時に…この杖に相応しい人になれって…記憶を消されたの…」
光の杖!
千年以上前の聖魔大戦で魔王を撃ち砕いたっていう伝説の聖武具の一つ。
その杖を掴めるのは、再び魔が世界に蔓延り、魔王が復活する時、杖が認めた法力者だけというそんな伝説の貴重な物が目の前に?
悪いけどソフィアの身の上話よりそっちの方が気になってしまう。
「…家族の記憶は邪魔だって。私も家族も別れるのを嫌がったから…この杖を持つ事も認めなかったから、…それで記憶を…消されたの。何をしたのかは覚えてる。どんな事を話したのかも覚えてる。けど、顔も…声も…姿も…何も思い出せないから…。だから…依頼するにも…頼めないのよ」
外の流れを見ているソフィアの目に涙。
なんか切なくなってくる。
ソフィアの涙を見てアタシは思わず言ってしまった。
「じゃあさ、アタシが妹になったげる。といってもこの仕事が終るまでだけど」
「ありがと」
にっこりと微笑むソフィア。
「じゃあ、ソフィ姉ぇ。よろしくね」
何故かアタシはかなり略して呼びかけた。
いきなり言ったせいか、ソフィアは大きな瞳を更に大きく見開いて吃驚している。
…ちょっと踏み込みすぎたか?
「どしたの?」
「その呼ばれ方。妹にそっくりだったから」
らっき。
「えっ? そう? アタシの近所にそう呼んでた姉さんが居たんだ。小さい頃だけどね…今はどっかへ引っ越しちゃたけど」
ソフィアは不思議な顔でアタシを食い入るように見つめている。
バレたか?
急に馴れ馴れしくし過ぎたかな…
別にその杖が欲しいなんて思ってないけど。
…ひょっとして親しくなったら杖を貸してくれるかなぐらいは考えたけど。
「あなた…姉妹は?」
「えっ? アタシは一人っ子だよ。物心ついた時から」
うん。アタシは古物商の一人っ子。
父さんは元剣士の現商売人。
母さんは元吟遊魔導師の現…ただの主婦。
アタシが遺跡探検家をしているのも家の仕事の延長みたいなモノなのさ。
杖を貸してくれたら複製作って売るつもり。
悪い?
この世界で生き残るには、これぐらい強かでないとね。
「私を育ててくれたのは…確か武器屋さんなんだけど。その近所の人って…家は何してたの?」
えぇーと、ちょっとと言うか、かなり口から出任せだったから…考えてないけど。
「確か…乾物屋だったかな…」
あんまり話を合わせすぎてもね。
それにアタシの家の隣は確かに乾物屋だし。その隣は…あれ? 武器屋だったかな?
「そう…乾物屋さんね。確か2つ隣は乾物屋だったんだけど…」
怪訝な顔をして考え込むソフィア。
「あ、ソフィ姉ぇ。出口だよ」
アタシは話をそらして指差した。
なんか、アタシの頭が混乱しそうだし…
◇ ◇ ◇
「ぎゃあっ…熱ィ」
一歩、踏み出した途端に発動した火の精霊の罠。それは燃え盛る熔岩の沼だった。
突如というか突然というか、兎に角、瞬時に岩が燃え熔けるなんて精霊の罠でなければ魔王の仕業だろう。
「こんなのどうやって渡れというんじゃっ!」
アタシは切れまくっていたけどソフィアは冷静に周りを捜して鍵を見つけた。
「ほら、この沼の先。あの壁に魔方陣が見えるでしょ? あの中心だけを氷結の魔矢で撃ち抜いたら良いみたいだけど…」
氷結の魔矢?
つまりは黒魔法の魔矢なんだけど、そんなの白魔導師のソフィアにはできない。
攻撃呪文は本来、黒魔導師の術。
白魔導師も使えるけど、それは飛礫形態か鞭形態という初級程度まで。
矢形態の術は下から数えて3番目という駆け出しの黒魔導師でも使えるレベルなのに。
剣術士とかでも矢形態レベルの黒魔術を憶えている人がいるにはいるけど、滅多にいないし料金が高い。…というか、そういう人は大抵、何処かの城勤めでギルドなんぞに登録している訳がない。
隊列の人選を控えすぎたか…
というか、先立つモノが少なすぎたというのが実情だけど…
どっちにしても、今から黒魔導師を雇うわけにもいかない。
そう、既に生埋め状態なのだからして。
「ま、ここはアタシに任せて」
実を言うとアタシも黒魔法が使える。
欠点といえば、何故か盛大な効果のある術形態しか憶えていないということだ。
陣形態とか帯形態…つまりは無差別攻撃呪文だけ。
流石に無差別攻撃呪文の最上級といわれている撃形態とか獄形態は憶えてないというか知らないけどね。
母さんに言わせると無差別攻撃呪文は性格的にはアタシに似合っているらしいけど…ほっとけ!
兎に角、残念ながら矢形態とか鎗形態、つまり長距離攻撃呪文は憶えていない。というか忘れている。
小さい時は確か憶えてたんだけど…訳あって母さんに術式の記憶ごと封印されている。
なんでかというと…ま、詳しくは言いたくないし、そもそも憶えてないけど…つまり周り近所に迷惑をかけていたらしい…という事だ。
あとは聞くな! 頼むから。
「確認するけど、ここいら一帯、全部を凍らせたらどうなるの?」
「どうにもならないわ。あの魔方陣の中心だけを凍らせない限りはこのままよ。全体を凍らせたら解除鍵は発動しないみたいだし、飛礫形態か鞭形態だと魔法陣の周りの呪紋が跳ね返すみたい。黒魔術師が必要という事ね。ここは」
つまり無差別攻撃呪文や初級レベルじゃ意味がないって事だけどアタシには魔道具がある。
アタシが遺跡探検家として初仕事の遺跡で手に入れたヤツだ。
子供が遊ぶヨーヨーの形をした古の魔道具。
アタシが『ボムヨー』って呼んでるコイツはぶつけた相手に予め籠めておいた魔法がかけられるという変った道具。
コイツがあるから両親が一人旅を認めてくれたんだ。
ボムヨーを取り出して冷気の術を封じた位置にダイヤルを回す。こいつは幾つか違う魔法を籠められるんだよ。
ん?
「ありゃ?」
「どうしたの?」
二、三日に山賊に襲われたときに冷気の術は使ってたな。そういや。
「法力切れだ…ちょっと待って籠めるから」
ボムヨーを誰もいない方向…めんどくさいから、熔岩の沼へ向けて念を籠める。
「氷襲陣っ!」
一瞬、ボムヨーを持つ右手と熔岩の沼の半分ぐらいが凍りつく。が、すぐに元に戻る。
知ってた? 魔法術って掛けた術者には効かないんだよ。
熔岩の沼がちょっとだけ凍った後で、すぐ元通りに熔けたのはちょっとというか、かなりというか、もの凄く気に入らないけど。
精霊の罠は伊達じゃないっ。
…って事にしておいてあげよう。ふんっだ。
「陣形態なんて…すごいレベルの術を知っているのね」
流石、判る人には判る。アィルコンティヌ寺院出身というのも信じてあげてもいいよ。
…少しは。
「さぁて、コイツであの魔方陣のまん中だけを凍らせてあげるから」
ソフィアは黙ってアタシの御手並拝見といったところ。
見てなさい。
アタシだってやる時ゃ、やるんだから。
「やあっ!」
アタシの手を離れたボムヨーは魔方陣目がけて飛んでいき…手前の熔岩にポトリと落ちた。
「やばっ!」
慌てて糸を引っ張り寄せて回収する。
ボムヨーが触れた熔岩は盛大な音を立てて凍りつき…熔岩の沼に沈んで熔けていった。
「次はうまくやるからね。ソフィ姉ぇ。ん? ソフィ姉ぇ? え? えぇっ!」
振り返るとソフィアは…あっさりと凍っていた。
戻した時にボムヨーがソフィアに当たったみたい。
「あ… えっ? えぇっと解呪法は…」
予測してない事に慌てふためくアタシ。
即座に解呪しないと…普通で全身凍傷。つまり重傷。下手したら…命が危ないっ!
襲ってきた山賊とかなら重度の凍傷になっても正当防衛だから構わないけど、ソフィアがこんな所で凍傷で動けなくなったら…
…と、心配していたら、何故か…魔氷結が自然に割れて溶け始めた。
「…ほぇ? え? えぇっ! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「…ふぅ。 あ、吃驚した?」
普通、吃驚するぞ。目の前で魔氷結が勝手に溶けたら。
魔法耐性が無闇に高い魔族じゃあるまいし。
「私って、大抵の魔法が効かないのよ。瞬間的には効いても、すぐに解呪されちゃうの」
「それって光の杖の効果?」
そうでなければ納得できない。
「ううん。違うわ。妹がね、お転婆で黒魔法覚えては使っちゃうのよね。で、止めたり、かけられたりしているうちに耐性ができたみたいなのよね…。まあ、ここまで耐性が高くなったのは寺院で修行したからだろうけどね」
つまり、魔法に関する限りは…ほぼ不死身ということになる。
魔王か? アンタは。
「流石! ソファ姉ぇ。伝説の杖の所有者というのは伊達じゃない!」
「それより、ここを何とかしないとね」
おい。人が折角、誉めてるんだから…
「あなたの腕力だけじゃ魔方陣まで届かないみたいね」
確かに。
だってアタシはか弱い乙女ですもの。
…そこの首振ってたアンタと首を傾げたアンタ。即座に信じるように。
「今度は私もサポートするから」
ソフィアは目を閉じて法力を高めていく。
どうやるんだろう?
「さぁ。 投げて!」
「おしっ!」
ボムヨーをもう一度、ありったけの力で魔方陣めがけて投げる。
しかしまたも途中で勢いを失うボムヨー。熔岩の沼に落ちようとしたその時、ソフィ姉ぇの呪文が発動した。
「吹き荒ぶ 風の飛礫よ 一片の 妹の宝を…」
『…彼方に運ばん』
あれ?
何でアタシが知りもしない呪文の結句を? しかもハモってるし…?
呪文で生成された風の飛礫はボムヨーを包みこんで、魔方陣まで運び…魔法陣の呪紋が手前で風の飛礫を消し去ったけど…ボムヨーは見事に中心にぶち当たって凍りつかせた。
熔岩の沼は一瞬にして凍りつき、岩の広間へと姿を変えていく。
その端で呆然としているアタシ。
「どうしたの?」
にこやかに問い掛けるソフィア。
「凄い罠だったよね。こんなに一瞬で変るなんて流石は精霊の力の罠よね」
違う。アタシが呆然としているのはそんな事じゃない。
想い出した。
…確か、今のはアタシの母さんの呪文。
アタシが店の売り物で勝手に遊んでた時に、魔法が発動した魔道具を吹き飛ばすために使った吟遊魔導師の精霊魔法。
どうして、白魔導師のこの人が?
「ねぇ?」
「何? どうしたの?」
「…どうして呪文を歌にするの?」
ソフィアはちょっと黙ってから応えた。
「私を育ててくれた母さんが詩歌が好きだったのよね…確か…私の記憶だと。…それでかな? 寺院で最初に魔法を憶える時に呪文唱法が苦手だったんだけど歌にしたらうまくいったの。それで呪文を歌にして唱えてるのよ。変?」
「でも…今の魔法って…精霊魔法なんじゃない?」
「あ、ばれた?」
ちろっと舌を出して笑うソフィア。
なんか懐かしい仕草…
どうして懐かしいの?
「これでも白魔法はもちろん、黒魔法、精霊魔法や唱歌呪法、風水術法、全ての魔法を知っているのよ。もちろん黒魔法は低位呪法だけしか唱えられないけど。防御するためには高位魔法も憶えておかないとね。それで精霊魔法も唱えられるのよ。まぁ大抵のはキチンと覚えているけど…憶え難かったのは精霊魔法の詩歌呪法で憶えているんだけどね」
「…そう」
…そうだよね。
アタシは一人っ子だもの。
この人の妹である訳が…
でも、さっき自分で言った近所のお姉さんって本当に居たような気がしてきている。
けれど…乾物屋さんはもちろんアタシの近所に同じ年ごろの女の子なんて居ない。
アタシの記憶と今の感覚のどっちが…
「さあ、次の間への扉が開いてるわ。急ぎましょ。また、熔け出すかも知れないし」
そう言って駆け出すソフィア。
その後をまるで子供のようにアタシは追いかけた。
「ちょっと待てぇ! 宝物はアタシが一番に見るんだからぁ」
◇ ◇ ◇
宝は何も無かった。
ただ薄暗い洞窟の奥に創られた祭壇にまたも訳のわからん超古代文字で碑文が刻まれているだけ。
ソフィアによるとムーマ文字の流水体という文字らしいが、読めないモノは読めん。
「なんて書いてあるの?」
ソフィアはアタシの顔を見てゆっくりと読んだ。
「求める物は常に近くに 災悪は常に彼方から 身近なる者に幸福を そして…」
「そして?」
「…平和とは戦い守る物である」
「何よ。それっ! ただのムーマ王国伝承碑文じゃない!」
この文章はあっちこっちの遺跡の扉や壁にいろんな文字で書かれているムーマ文明からの正統性をまことしやかに主張するための有り触れた碑文。
当然、遺跡探検家ならば寝言で言えるぐらいに憶えている。
「結局、この遺跡って何だったのよッ? もぅっ! 無駄働きもいいとこだわ!」
アタシは不貞腐れてソフィアにあたる。
確か、ここを探検するためにアタシがソフィアを雇ったはずだ。ソフィアが応える事ではない。
「さぁ? 試練の洞窟って所じゃないですか? 多分。団とか隊を組むために。その結束力を確認するための…」
そう言えば、「決して一人では入るべからず。必ず仲間と…」って古文書にあったな。
「…だとしたら」
「だとしたら?」
アタシは空威張りするしかなかった。
「アタシ達の結束力って古代文明のお墨付きって訳だよね?」
ソフィアはくすりと笑った。
「失礼ですけど何かなさいましたっけ? 雇い主様?」
あ…痛い所を…
でも、少ししたじゃない。さっき。
「ふぅンだ。んじゃ最低報酬の金貨一枚はツケといてね。このとおり結束力しか手に入らなかったんだから」
「あら、酷いわよ。それ」
そう言いながら笑うソフィア。
「次の遺跡で見つける予定の金銀財宝で払うわよ。それまでツケといて」
「はいはい。判りました」
くすりと笑うソフィアの横顔を見て、アタシは何故か安心して、なんだか…このまま二人で旅を続けたくなっていた。
便利屋としてソフィアを使うんじゃないわよ。ソコ。疑った目で見ない。
信じなさい。
アタシだって素直に仲間が欲しくなるときだってあるんだから。ね。
「ところで…」
「何? 報酬ならさっき言った…」
「…どうやって外に出ます?」
ソフィアは困った顔のまま笑っている。
そういえば…生き埋め状態だったな。
「困ったときは先に進む。そうすりゃ、何とかなる。さっ、行きましょ」
アタシは困惑した笑い顔のまま溜息をつくソフィアを余所に洞窟の奥へと歩き出した。
読んで下さりありがとうございます。
この作はNiftyのSFフォーラムにUPしていた光と闇の挿話集の3作目になります。
宜しかったら感想などいただけると有り難いです。
繰り返しになりますが……
読んで下さりありがとうございます。




