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第9話 迫りくる者

 うずたかく積まれた死体の山から一人、そしてまた一人と立ち上がる。彼らは両手を前に出し、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。その両手で首を絞めようとでもいうのか。黙って攻撃を待つ義理はない。目の前の死霊を表現するならば――ゾンビだ。


「ウォオオオオ!」リクトが敢然とゾンビに向かって突き進む。手には、自慢の長剣を握りしめている。


 ズボゥッ! リクトは金色に輝く長剣を、目の前の生徒に突き刺した。それは皮肉にも、さっき彼に抱きついた女子生徒だった。


 剣を腹に突き刺すのを見て、ジュンヤは歯がみした。そして言った。


「駄目だよ、そんなんじゃ! ゾンビの倒し方も知らないのっ、リクト君!」


 そのとがめに、リクトは大きく驚いているようだった。ムラはゾンビの登場で心のメーターが振り切られたようで、何も言葉を発していない。


「ゾンビは頭を落とさなきゃ倒せないんだ!」


 ジュンヤはそれを基礎知識だと思ったが、リクトやムラはそう思っていないようだった。ライムが小さくうなずくのが見え、レイナは目をそらした。


「し、知らねえよ。だったら、お前がやれ! 俺は知らねー。それやるから、後は任せたぞ!」


 リクトはそう言うと、全速力で後ろのドアから逃げていった。ムラはチラとレイナの方を見て悩むような顔を見せたが、命には変えられない――少し迷ったが、リクトを追った。


 剣が突き刺さったまま、前進を止めないゾンビ。レイナの前に立つジュンヤの首に、手がかかろうとしたそのとき。


 バギュウウン! 轟く銃声。ライムがゾンビの頭部目がけて、ぶっ放した。目の前の生徒は、頭部が丸ごとなくなりそのまま後ろにくずおれた。続いて二体目。


 ガシッ! ジュンヤが一体目の腹部から抜いた剣で、首を切り落としにかかる。しかし首を半分過ぎたところで刃が止まり、引き切ることができない。ゲームとは違い、そう簡単にはいかないようだ。


 シュワーーー! 眼前に迫りくるゾンビは威嚇するように口を開いた。顔は溶け始め、あちこちに死斑ができている。奥の方からも、次々と立ち上がる姿が目に入った。ジュンヤは首にねじ込んだ剣で押し返すように、ゾンビに立ち向かう。しかし、ここでつばぜり合いをしている暇はない。


「いやあぁあああ!」レイナの悲鳴。


 ズキュウン! ライムの二発目が放たれた。至近距離からの銃撃なので、狙いを外さなかった。しかし肉片と血しぶきが飛沫し、目にかかる始末だった。


「桜咲さん。早く逃げてっ!」


 ジュンヤは、近くに彼女がいることが不都合だった。一つ目は、単純にそうした距離感に慣れていないということ。そしてもう一つは、トラップを発動させるのに邪魔だということだ。しかし、なかなか彼女は離れようとしない。それでも、無理やり教室の外へと逃がした。


 ジュンヤは照準を合わせているライムの手を引き、ドアの外に出た。そしてひとつしかない出口に罠を仕掛ける。


「出現!」


 ――トラップクリエイターは常駐する能力であるため、本来は思い描くだけでトラップを出現させられる。つまり改めた宣言は必要ないのだが、ジュンヤは念のために口を動かした。


 ドガシャーン! 上空から大きめの鉄柵が降下する。中には、三体ほどのゾンビが捕獲された。


 トラップを同時に発動することは難しかった。脳の中で一度に二つのものを、別々に思い描くのが困難なように。そこでジュンヤは、大型の鉄柵で入り口を塞ぐことにした。


 次々と湧くゾンビを相手に、とりあえず上手くいったように見えた。


 グルゥオーーーー! 人間のものとは思えない、獣のようなうめき声が聞こえる。


「何あれ? あなたのトラップ能力?」廊下を走りながら、レイナがそう聞いた。


「そ、そうだね。一応」ジュンヤも走りながらそう答えた。ライムも小走りで続く。


 ジュンヤは階段を二つほど登り、三年の階へ出た。勢いよくそこを突っ切り、旧校舎へ続く連絡通路へと急ぐ。


 ハアッ、ハアッ、ここまでくれば……。旧校舎は、音楽室や美術室といった特定の科目でしか使われない教室が居並んでいる。予想通りひとけは少なかった。ただ、さっきも走りながら思ったが、全校生徒を合わせて千人を超えるマンモス校にしては、この少なさは異常だ。


 とてつもない早さでデストロイヤルの敗者が生まれているのか、それとも校舎の外に大勢が逃げ出しているのか。あるいは、強大な力を手にしたごく一部の生徒が、大勢を一度に狩っている可能性――。


 ジュンヤのその恐るべき思考を邪魔するように、レイナが言った。


「片桐君、ちょっと待って。ここら辺で少し休憩させて」肩で息をしながら、レイナが言う。ライムは平気なようで、二人が立ち止まるなり――ちょっと向こうを見てくる、と言った。


「……でも桜咲さん。ここは結構、死体があるから別の場所がいいかも」


 そこは多目的フロアーと呼ばれる空間で、あちこちに戦闘の残骸といえる人間が無造作に転がっていた。


「うん、分かったわ。でも、死体の全てが襲ってくる訳じゃないでしょ」


「それはそうみたいだけど……」


「私、怖いの……ねぇ。もっとそばに行ってもいい?」


「えっ……」


 ジュンヤの戸惑いもお構いなしに、レイナがジュンヤの胸元にまで近づいた。すると……


 ズキュウン! 発砲音が辺りにこだました。


「その人から離れて!」それはライムの声だった。


 その人がジュンヤを指すのかレイナを指すのかは分からなかった。しかしライムが、天井に向かって威嚇射撃をしたライフルを、レイナに向けていることは確かだった。


「ライムさん。どうしたの? この人は敵じゃないよ……」ジュンヤが諭す。


「いいから、離れて。近くにいると……危ない。これが彼女の魔界石。さっき、走りながら落としてた。多分、他にも持ってると思う」ライムが青色の魔界石をジュンヤに放り投げた。


 ジュンヤはたどたどしい手つきでそれを受け取った。石には血痕があり、他人から奪った形跡にも見えた。ライムだと上手く魔界石から武器を出現させられないので、その代わりを努める。


「えっと……。変な誤解が生まれても困るから、確認してもいいかな?」


 ジュンヤの質問に、レイナは答えなかった。


「出現」


 ジュンヤが遠慮がちにそう言うと、石から防護マスクらしきものが出現した。透明なフェイスで覆われ、口の部分には丸い吸入フィルターがはめられている。防具タイプの魔界石を見て、ジュンヤは驚きをかくせなかった。いや、今はそれ以上の驚きがある。


「彼女が、別の魔界石であの教室にいた皆を一度に殺した。多分、毒ガスか何かだと思う」ライムの言葉には氷のように冷たい響きがあった。


「何を言ってるの? そんなわけないでしょ」レイナが重い口を開いて反論した。


「そうだよ……、ライムさん。冷静になって」ジュンヤが慌てて二人を取りなす。すると……


 ズッキュウウン! ライフルが再び発射された。だが、それは威嚇したのではなくライムが襲われたからだった。彼女の背後から、二体のゾンビが襲いかかっている!


「今、助ける!」ジュンヤは言葉と体が同時に動いた。


 どうやらジュンヤは、人間を相手にするよりも敵がゾンビ化している方がやりやすいようだった。様々な感情を排除して、向き合えるからだ。


 ジュンヤは柄の部分を使って、ライムの背中からゾンビを引き離す。そして、狙い澄ませて一体ずつ丁寧に、首を切り落としにかかる。一撃で仕留められなくても、返す刀で決めればいい。ゾンビの弱点は、力は強いが動きが遅いところだ。


「うわぁあああああ! えいっ!」ジュンヤは及び腰になりながらも、勇猛に斬りかかった。ゾンビとのつばぜり合いが起きる。いつものジュンヤならそこまでの力は出せないだろうが、無我夢中で戦った。それはライムとレイナを守るためだった。やがて……


 ズシャッ、ズシャッ。ふぅ。二体とも何とか首を落とすことに成功した。するとゾンビは糸が切れた人形のように、床に崩れ去った。


「ライムさん。大丈夫?」しばらく床にしゃがみ込んでいたライムに駆け寄る。


「……ライムでいい。それよりあの人が、キミのトラップを見てすぐに言った言葉を覚えてる?」喉をさすりながら言う。ライムはレイナを指差していた。


 ジュンヤはライムが言わんとしていることに、ようやく気が付いた。



◆確認された魔界石


 防護マスクM3型〈毒ガスの無効化〉

 レア度:★★

 カテゴリ:防具〈ヘッドギア〉

 防御力:20

 軽量度:B

 戦闘の相性:剣などの打撃系……×、魔法などの範囲攻撃……○、その他特殊系……◎

 説明:毒ガスに特化した防護マスク。デザイン性に乏しく、目の部分はバッタのようなデザイン。生地は薄く、打撃の防御用には適していない。

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