表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第8話 委員長

 そのむごたらしい光景に、ジュンヤは言葉を失った。表情に乏しいライムですら、その瞳にかげりがうかがえた。


「おぇええええっ、えっ」


 嗅いだことのない臭いに、ムラが堪らず吐き始めた。目眩がするほどの臭いに負けじと、ジュンヤはしっかりとその屍の山を目に焼き付けた。そして考える。


 ――血が一滴も出ていない。そして、何人もが折り重なるようにして倒れている。これは、どういう状況だろう?


 ライムを見ると、彼女も似たようなことを考えていた。


「立ったまま、殺されたってこと……。それも一瞬で。殺すのに手間取るなら、皆が逃げ始めて、もっと死体がばらけるはず。もちろん、殺してから山積みにした可能性も否定できないけど」


 ジュンヤはライムのその冷静な物言いに、寂しさを感じるとともに頼もしさを感じた。この状況に震え上がる女の子には可愛らしさを感じるだろうが、足手まといになる点は否めない。


「何、ぶつぶつ言ってんだよ……ったく。おいムラ、てめぇ。なに戻してんだよ。使えねぇなあ」


 リクトはそう言いながらも、ムラの背中をさすってやった。すると……


「た……す……け……て」


 死体と思われた山の中から声がした。弱々しいが、助けを求める声だ。


 リクトはビクンとなり、ぐったりしていたムラも、正気を取り戻した。その場の全員が、声がした方に顔を向けた。しかし、どこから声が出ているのか分からない。


 ガバッ! 一番手前の既に死んでいると思われた女子生徒が、リクトにしがみついた!


「うぉっ! 何だこいつ、待ってくれ。おいっ、早く撃てっ! こいつを撃ってくれ!」リクトが尋常じゃない声で叫ぶ。


 ライムが銃口をリクトの上に覆い被さっている女生徒に向けた。


「撃っちゃ駄目だ!」ジュンヤが叫ぶ。


「馬鹿ヤロウ! 早く撃てっ、撃てよ!」リクトが必死の形相を見せる。


「撃ったらリクト君にも当たっちゃうよ。それでもいいの?」


 ジュンヤは落ちつき払ってそう言った。リクトに覆い被さっている彼女の腕が、とっくに垂れ下がっていることを見逃さなかった。そしてリクトに近づき、彼女の体をそっとどかしてやった。


「ふぅ、な、何だ。もう死んじまってたか、脅かしやがってちきしょう」


 リクトはそう言って、服を手で払いながら立ち上がった。ジュンヤは彼女のことを知っている。もちろんクラスメイトなので、リクト達も知っている。彼女の席は一番前の左端だった。余り目立たない子だったが、風の噂でリクトに好意を寄せていると聞いたことがある(漠然と眺めていたら、気が付いただけだ)。こんな嫌な奴だが、女生徒には意外と人気があった。


 ――リクト君だって気が付いて、助けを求めたのか。最後によく頑張ったね。


 ジュンヤは、彼女がこの死体の山の中で絶望的な時間を過ごしていたことに思いを馳せた。きっと、とてつもなく怖かったに違いない。こんな思いをさせた奴を、僕は許さない。そのとき……


 ガラッ! 教室の後ろのドアが勢いよく開き、何者かが飛び込んできた!


「助けてっ!」


 それはとても澄んだ、芯の強そうな声だった。声の主には、ジュンヤ、リクト、ムラの三人とも覚えがある。二年B組の委員長を務める――桜咲レイナだ。


 長い黒髪に白いリボンがトレードマークの彼女は、金田メイゲツほどではないものの頭脳明晰で通っている。加えて、品行方正で抜群のリーダーシップを発揮する。才色兼備という表現がふさわしい女子生徒だった。


 知り合いが三人いる中で、彼女は一目散にジュンヤの胸に飛び込んだ。


「桜咲さん。大丈夫?」抱きつかれたジュンヤは、さっき以上の驚きを感じながら言った。


 彼女はふだんも何かとジュンヤを気にかけ、声をかけてくれることが多かった。それは委員長としての域を超えるものではなかったが、ジュンヤにとっては意外だった。


「ええ。よかった。皆も無事で。とても心強いわ……怖かった」


 彼女の長い髪からは、とてもいい匂いがした。ジュンヤが何か話す前に、ムラが話し始めた。


「これはこれは、委員長。ラッキーだなぁ。俺達が守ってあげるから。あっ、そいつは何の役にも立たないけどね」


 ムラはさっきまで戻していたことを、みじんも感じさせなかった。彼がいい格好を見せるのには理由があった。ジュンヤはムラが自分と敵対するようになったのは、ゲームで打ち負かしたからだと思っている――だが、真実はもっと複雑だった。


 ムラは桜咲レイナに片思いしていた。半ばストーカーまがいの恋だった。その彼女の視界には、よく一人の男が出没していた。それがジュンヤだった。得も言われぬ感情――世間ではそれを嫉妬と呼ぶ――に襲われ、彼をいじめる強いきっかけになった。


 ムラの言葉にレイナが小首を傾げて応えると、彼の鼻の下は伸びてメロメロになった。白馬の騎士気取りで、自分の武器を取り出す。


「それって……もしかして、スリッパ?」レイナが聞く。クスリと笑っているところを見ると、スリッパと認識しているのだろう。


「い、いや……これは。ジュンヤのだろ、これ?」とスリッパをジュンヤに投げてよこした。そして「俺の武器は、ほら、その子に貸してるんだよ」などと口からでまかせを繰り出す。


「へぇー。見ない子ね。どこのクラス?」


 ライフルを持つライムが視界に入った途端、レイナの口調が急に変わった。さっきまでの怯えていた表情は、なりを潜めている。


「一年E組。音無ライムです」ポツリと、降り始めの雨のように言葉を落とす。


「そっか。一年生か。一階フロアはほぼ全滅でしょう? 上手く逃げてきたようね」


「マジかよっ、桜咲! 誰にやられたんだ?」黙っていたリクトが強く聞いた。


「さあ?」


 レイナの反応に、場が白けたような空気に包まれる。しかし次の言葉で、今度は一気に緊迫する。


「何……あ、れ……きゃぁああああ!」


 レイナは両手を頬に当て、あらん限りの声で絶叫した。



◆確認された魔界石


 スリッパ〈ただの履き物〉

 レア度:★

 カテゴリ:その他打撃〈ネタ武器〉

 攻撃力:4

 攻撃範囲:D

 戦闘の相性:剣などの打撃系……×、魔法などの範囲攻撃……×、その他特殊系……×

 説明:打撃武器として用いるが、威力は期待できない。やや威力の高いトイレ用サンダルも存在するが、殺傷能力はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ