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第5話 野球男

 ガシャーン! 野球部の男は棍棒を振り回し、薬品が保管されている棚のガラスをぶち破った。きゃあぁ! 隅で縮こまっていた女子生徒からも、悲鳴が上がる。


 破片が周囲に大きく飛び散り、棚が半壊した。ただの打撃武器ではない。飽くまでも魔界石から出現した殴打武器なのだ。あの振り抜く攻撃を生身の腕で受け止めたら、丸ごとなくなってしまう。


 ブゥン! 野球男は隅でうずくまる無抵抗な女子に向かって、棍棒を振り下ろした。ピチャッ! ほおずきを潰したような、生理的に嫌な音が鳴る。


 一撃で息絶えた女生徒の制服から、コロコロと魔界石が床に転がった。男は石の色を見るなり吐き捨てるように言った。


「ちっ、ゴミ魔石か。なかなか色付きの奴はないもんだな」


 そう言いつつ、床に転がったグレー地の魔界石を乱暴に巾着に投げ入れた。


 ――ジュンヤは野球男がゴミ魔石といいつつ、それを捨てなかったことに注目した。


 魔界石には、能力の有効期限があると書かれていた。それがどの程度で尽きるのか分からないのであれば、とりあえずストックしておくのがセオリーといえる。


 ジュンヤは、そうした敵の慎重さと狡猾さに恐れを抱いた。油断するタイプであれば、くみしやすいのだが。


 しかし奴は既に何人も殺していて、感覚は麻痺しているはずだ。きっとそこにつけいる隙がある。


「お前、いっちょ前に女連れなんだ。俺がくだらねえ部活一筋で、女っ気の一つもないってときにか。へー」


 野球男はジュンヤの後ろに立つライムをねめつけるように見て、口の中で舌を一周させた。まるで蛇のような舌の動きは、頬伝いにジュンヤ達に分かるほどだった。


「その女を頂こうか? そうすればお前の命だけは助けてやるよ。弱虫君」


 男は棍棒を、自分の肩の上に回しトントンとやりながら言った。


 ――現実世界における「看守と囚人に扮する実験結果」が思い出された。それによれば、時間の経過に伴って看守役は横柄になり、囚人役はより卑屈な悪人になっていくそうだ。彼の場合も、悪役にどっぷりと浸かり始めたように見えた。一線を越えると、言動などの全てがエスカレートしていくのだ。


 ジュンヤは弱虫ならではの愛想笑いを浮かべた。それは相手の警戒を解くためのものだ。――トラップが発動する距離まで、おびき寄せるために。


 カチリ。ジュンヤはその音を、自分の耳の奥で聞いた。初めてなので上手くいったかどうか分からない。トラップを発動した手応えは、その音だけだった。制限時間は3分間。その間に、男を射程距離に踏み込ませなくてはならない。


 しかし野球男は、適度な距離感を保ったままで近寄ってこなかった。相手の武器が何なのか、あるいは持っていないのかを見定めてかいるのだろう。


 野球における普遍的な法則――土壇場の逆転劇――を、明らかに警戒しているようだ。


 距離にして二メートル。ジリッジリッと野球男の凶器が、眼前へと迫る。打撃武器は狭い場所でもコンパクトに攻撃できるが、射程距離は短い。ジュンヤの武器であるトラップクリエイターの射程も、相応に短いはずだ。ジュンヤは、にこやかな笑みを浮かべて話しかける。


「ね、ねえ。互いに争い合うのは、無駄じゃないかな。この世界の噂に踊らされてるだけだよ、きっと。それより、皆で協力して元の世界に戻る方法を考えるのが……いいんじゃないかな」丁寧に、敵対心がないことを示す。


「うるせえよ! だったら、お前はこの世界を少しでも説明できんのか! おかしいだろ、ここは。外には家も町もなくなってる。空は一面ドス黒い紫に変わっちまった。それにお前、見たのか? 太陽だか月だか分かんねえ、空に浮かんでる丸い物体をよ。絶対、この世界はまともじゃねえんだ!」


「でも、だからって……」


「だからってじゃねえんだよ! お前みたいなスポーツもロクにやったこともない奴には分かんねえだろうけどよ。ルールってのはな、どんなものであれ絶対なんだよ。提示されたら、それに従わなきゃならねえ。それにな、ルールに従えさえすれば、願い事を何でも叶えてくれるときてるんだ。これを無視する手はねえだろうが」


「そうだけど……。そんな上手い話を信じてるんだ」ジュンヤは挑発気味に言った。


「バカか、お前? 俺が信じなくても、周りの誰か一人でも信じちまえばそれで終わりなんだよ。本当によくできてると思うぜ、このルールはよ。誰か一人が殺し始めたら、周りだって受けて立たなくちゃならない。無抵抗でそいつにみすみす殺されて、あまつさえそいつが願いを叶えちまったらどうすんよ? 目も当てらんねえだろ。だったら、戦う。この与えられた武器を使ってな! 自分の目で本当かどうか確かめるんだ。……てな具合に皆が考え出すとな、殺し合いは避けられないんだよ!」


 野球男の説明に、ジュンヤは反論できなかった。確かにその通りなのだ。平和を謳って戦闘を放棄することはたやすい。だが放棄する側の見返りは何もなく、戦闘に身を投じる側に希望を見い出せるならば、そうする人間は自然に増えていくだろう。合理的でロスのない、有利な選択だからだ。そして答えを追い求めるようにして、デストロイヤルは最後の一人になるまで突き進んでいく。


「おしゃべりはここまでだ。さてはお前……武器を持ってないんだろ? だったら今すぐ死ねよ!」


 野球男は凶悪なトゲ付き棍棒を大きく振り抜いた。さすがに金属バットと同じようにはいかず、男の体が左右に泳ぐ。


 ジュンヤは腰の前の固定テーブルを強く押し出し、大きく自分の身を後方にそらした。野球男は狙いが定まらなかったようで、一撃目を大振りで外した。


 しかし、その重みを利用した攻撃は破壊力抜群だった。壁は粉砕され、破片が飛び散った。


「ライムさん。早く逃げて! ここは僕が何とかします」


 ジュンヤが攻撃をかわし、上手くばらけた感じになった。ライムは答えない。そして、ジュンヤのその言葉が野球男の心を焚きつけた。


「何とかしますだぁ? やってみろよ。おらぁ!」


 今度は竹刀のように上段へ振りかぶり、力任せに打ち下ろしてきた。


 バグゥンン! 黒の実験用テーブルに大きな亀裂が入る。何という破壊力だ。テーブルに鋭利なトゲの部分が突き刺さり、すぐに抜くことはできなくなった。本来はその隙に、顔面なり体側部に攻撃を繰り出すべきだ。魔界石による武器がないのであれば、生身の拳や蹴りを。


 しかしジュンヤは体が萎縮してしまい、攻撃などできそうになかった。生来のいじめられっ子であり、戦闘には向いていないのだ。口が渇き、ただ恐怖だけが体を支配する。


 ニィ。野球男は坊主頭に手をやった。顔には勝利を確信した笑みを浮かべている。敵が戦意を喪失しているならば、もう自分の勝ちに揺るぎはない。あとは、いかになぶり殺すかだけだ。獲物に逃げられないように、出口のドアにチラリと視線を投げた。


 すると隅にうずくまっていた二人の女子生徒が、その出口に向かって一目散に駆け出した。出口のドアが狭いことが災いした。少女二人は、運命に嘲笑われるかのように大きく肩で激突した。我先にと急いだ結果、互いに弾き飛ばす結果になった。


 そこに野球男は、勝利の斬撃をぶち込んだ。鮮血が飛び散り、男が着ていた白いトレーニングシャツが赤く染まった。男は自分が見せた、スライディングを阻止するファインプレーに満足げな表情を浮かべた。


 野球男はジュンヤ達に目を向けた。ジュンヤの後ろにいる女――ライム――が、更に奥へ下がっているのが見える。それを見て、野球男の心が色めき立つ。男が女を捨てて逃げる姿を見るのは、乙なものだ。その後のお楽しみが更に味わい深いものになるからだ。野球男はそう思うと、自分の分身が隆起するのを感じた。


 野球男とジュンヤが、接触する距離にまで近づいた。ジュンヤはガタガタと足が震えた。まるで蛇に睨まれたカエルだった。脂汗こそ出てくるが、他の身体機能は失われている状態だ。男の臭い息が、ジュンヤの顔にかかる。


 男はジュンヤの胸ぐらを左手でつかみ、身動きが取れないようにした。ジュンヤは棒立ちになって、首をすくめる。右手で棍棒を振りかぶり、一刀両断にしようとしたそのとき。


 ――ドスン。


 野球男は何が起きたのか全く分からなかった。そこには暗い闇の世界が広がっていた。



◆確認された魔界石


 トラップクリエイター〈創作する罠〉

 レア度:★★★★★

 カテゴリ:特殊〈トラップ〉

 攻撃力:90~

 攻撃範囲:D

 戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲攻撃……×、その他特殊系……○

 説明:レアに分類される能力。想像した罠で敵を欺く。時間制限あり(設置後3分以内に発動させる必要あり)。射程はかなり短く、至近距離まで敵をおびき寄せなくてはならない。潜在能力は未知数。

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