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第4話 魔界石

 ――ハアッ。ハアッ。ジュンヤは過呼吸になりそうなほど、激しい換気活動に身を任せていた。襲いくる恐怖は、この過呼吸からくるものなのか、差し迫っている本物の脅威からくるものなのか分からなかった。


 誰もいないと思った理科室。しかし、そこには数人の生徒がいた。パッと見は全員女子生徒で、それぞれが離れるようにして隅にうずくまっている。こういうときの女子は、大抵二人組になる印象があったので意外だった。恐るべき速度で、デストロイヤルの思想が蔓延しているのかもしれない。全員が敵ということに関して。


 ジュンヤは敵意がないことを示そうと背中を丸めて愛想笑いをしながら、奥へと進んだ。どこか落ち着いて確認できる場所がいい。六人掛けの小テーブルを横目に通り過ぎる。そして奥の部屋の前に立ち、垂れ下がっている白いカーテンを引いた。


 ――目の前に、頭蓋骨をむき出しにした人間が飛び込んできた。


 ウヮアアアア! お、脅かさないでよ……。人体模型じゃないか。それは理科実験室につきものの、全身骨格模型だった。神経が高ぶっているときに見ると、相当な迫力だ。その奥の部屋は、不気味な薬品漬け標本や人体模型のせいもあってか、誰もいなかった。薬品が並んだ棚を前に、ジュンヤはつぶやいた。


 早く武器の出し方を見つけ出さなくちゃ。


 そして呼吸を整えながら、さっきの体育館での光景を反芻した。魔界石の特殊能力を見つけ出す速度が、異常に早かったことが気になった。あれだけの人数がいれば、中には天才的な知能を持つ者もいるだろう。しかし、それにしても早過ぎたように感じる。となれば、余り複雑ではなくシンプルな方法だと考えるのが妥当だ。


 そこでジュンヤは、魔界石を取り出して大きく振ってみた。ときには大きく、ときには細かくシェイクするように。しかし魔石は赤い光沢を放っているだけで、変化の兆しを見せなかった。


 考えを整理する――余り大きな動きをしている者はいなかったはずだ。もしいたら、すぐに気が付くはずだろう。


 でも、何か不自然な動きをしている人がいたような。残像のような記憶をたぐり寄せる。そうだ! 口元に手を当てている人が何人かいた。あれは……僕が嫌いなヒソヒソ話をして、仲間内で情報を共有しているのかと思っていたけど、違う? あれがトリガーなのか?


 ――ジュンヤはヒソヒソ話に対して陰口を連想してしまい、いい印象はなかった。そのせいで目を背けていたのかもしれない。


 この石を隠し持つようにして、口元に当ててみるのはどうだ。これは……! その仕草をやってみてすぐに気が付いた。これは、何かしらの言葉を石に向かって話す格好だ。


「出ろ、出ろ! おーい。何か出てくれー。あー、あー。聞こえますかー。武器が欲しいんですがー」


 こういう場合、自然と誰かに話しかけるような口調になる。しかし何の応答もなかった。話すのが出現のきっかけじゃないのか……。それとも、言葉が違うのか。


 論理の糸をたぐり寄せるように、ヒントを探す。あの掲示に何か隠されていたはずだ。そうでなくては、解答速度の説明がつかない。


《ルール2 武器や特殊能力は、魔界から支給する石(魔界石)により出現する。》の一文を思い出した。正確に言うと、暗記していたのではなくスマートフォンのカメラ機能で撮影していたものを確認した。


 ええと……。出現、出現だ……。よし。ジュンヤは魔界石を包むように持ち、そっと話しかけた。


「出現!」


 フォン! 魔界石からプラズマのような、魂のような気体が出現した。よし、来た! 謎が解けて一歩前進したことに、少年の心は一挙に弾んだ。しかし、思っていたものとは違う。


 これって、こっからどうするんだ? 炎のように浮かび上がる物質は、どうみても武器には見えなかった。ふっとその物質をつかむと、意識がグンと連れ去られた。


「この魔石の能力は、トラップクリエイター。レアアイテムに区分される。罠の効果は設置後の3分間。その後は自然消滅する。罠の種類は、頭の中で想像したものが具現化される」


 意識の根源に綴り文字を刻みつけていくような、直接的なメッセージだった。メッセージに圧倒されながらも、ジュンヤはその淡い炎を注視し続けていた。


 それにしても、よりによってトラップか……。ジュンヤは無意識の内に舌打ちをしていた。望んでいたのは、非力な自分でも扱える銃系の武器だ。それならばFPSの経験も役に立つだろうと、勝手に皮算用をしていた。それがトラップタイプとは。その名が示すとおり罠を仕掛けるものだろうが、それはある種の緊張をはらむ。危険の割に、その見返りが少ない……文字通り「地雷」武器になり得るからだ。


 それでも、自分の身を助けるであろうその能力の塊をしみじみと見つめた。すると、不意に人の気配を感じた。誰? ジュンヤは身構えながらさっと振り返った。心の中ではトラップの発動に手をかけている。


「驚かすつもりはなかったの。ごめんなさい」


 そこにはショートカットの少女が立っていた。前髪が目にかかった、小柄で細身の彼女のことを、ジュンヤは詳しくは知らない。前に何度か図書室で見かけた記憶があるが、自分より一学年下ということしか知らなかった。というのは建前で、本当は図書カードに書かれた氏名をこっそりチェックしたことがある。「音無おとなしライム」が彼女の名前だった。


「こっちこそ、ごめん。えっと、驚かしちゃって」


 ジュンヤは戸惑いを隠すように、とりあえず謝った。


「その棚にあるエタノールを取ってくれる? 保健室に行ったら、全部荒らされててなかったから」


 ライムの膝には、出血が見られた――転んでしまったのだろうか。


 ジュンヤは棚から、彼女が指すポリエチレン製の容器を取ってあげた。そして変な気まずさを感じる前に、その場を立ち去ろうとした。すると……


「死にたいの? ここを出た廊下では今、スライサーの男が殺戮ショーをしてるわ」


 彼女は、表情をほとんど変えずに言った。ライムの透き通るような白い肌が、ジュンヤの視線を独占した。思いがけない形で彼女と話ができたことは嬉しい。だがそれも、すぐに終わりということか。――死のカウントダウンが始まっている。


 そこでジュンヤはある考えにぶち当たった。ふだんの彼なら積極的に女の子に話しかけることはないが、この際関係ない。頭に渦巻いた質問を口に出した。


「君は……怖くないの? その……ちっとも怖そうに見えないんだけど」


「怖いわ。足が震えて止まらないぐらい。でも、あんな奴にみすみす殺されるくらいだったら、戦う。でも私には武器がない」ライムは飽くまでも淡々と話す。眉一つ動かしていないように見えた。


「武器なら……音無さん。僕、出し方知ってるよ」


 言った後にしまった、と思った。初対面で一方的に名前を知っているのは不自然だ。他の女子と同様に気持ち悪がって逃げていってしまうだろう。いや、逃げるのはいい。外に出て彼女が殺される姿は見たくない。


「私の名前を知ってるのね。それなら話が早いわ。それで、あなたの名前は?」ライムは平板な口調で続けた。彼女が特に驚いていないのを受けて、ジュンヤは胸をなで下ろした。


「僕は二年の片桐ジュンヤ」


「そう。私は一年の音無ライム。よろしく。せっかくだから、共同戦線をお願できる?」どちらが年上か分からない口調で言う。


「えっと、ライムさん……それって」


「ライムでいい。呼び捨てで構わない」ピシャリと言う。


「じゃ、じゃあ……ライム。……さん。急いで武器の出し方を教えるね。魔界石は持ってる?」


「ない。出し方は知ってる。でも、ない」


「ない? なくしちゃったの? えっと、こんな丸い、手の平サイズの石ころなんだけど」ジュンヤは自分の魔石を見せながら言う。しかしライムは、首を横に振る。


「困ったな……。でも、分かった。僕が後で何とかするから」


 ジュンヤは、あのルールを思い出していた。《ルール4 相手の魔界石を奪うことができる。》のくだりだ。もしかしたら、奪わないまでもどこかに落ちているかもしれない。


 するとライムのつぶらな瞳が、ジュンヤを見つめていることに気が付いた。吸い込まれそうな、薄い青色。この世界に転移したせいなのか、それとも元々彼女の色がそうだったのかは知る由もない。その水晶のように光り輝く彼女の目に、さっと影が映り込んだ。


 ガラリ。理科実験室の扉が無造作に開かれた。その余裕のある開け方で、相手のことはおよそ分かる。狩る側の立場――魔石能力を発現したものに決まっている。


「おっほー。こんなとこにもいたか。狭い部屋で御苦労なこって。ひぃ、ふう、みぃ」


 男の声だ。実験室に隠れていた少女達は、既に声を失っているのか悲鳴も上げなかった。


 ジュンヤは奥の薬品保管室で、息を潜めた。唇に人指し指を一本当ててライムに合図すると、彼女も同じ仕草を返した。彼女の薄い唇と細い指が印象的だった。


 奥の戸棚の隙間に、体をねじ込むようにして隠れた。ライムの小柄な体が幸いした。


 カツン、カツン。室内を歩き回る男の足音。靴底に何か固いものが付いているようだった。不意にカーテンの前で、男の気配が立ち止まる。


「見ぃつけた」


 ジュンヤの心臓は、その言葉で直にわしづかみにされた。相手の位置からは、恐らくライムまでは見えないだろう。自分だけ出て行って、刺し違えるかたちになれば、あるいは……。


 ジュンヤは降伏の意思を示すように両手を上げながら、ゆっくりと棚の前に歩み出た。声の主は、スライサーを操る坊主頭の男だった。


「あれ? 引っかかっちゃった?」と男が相好を崩して言う。


 しまった、カマをかけていたのか。


「へー、男女が二人」


 その言葉にジュンヤは振り返った。ライムまで棚の陰から出てきてしまっている。何をやってる。――台無しじゃないか、もう。男は、ジュンヤの心情などお構いなしに続けた。


「ん? お前、さっきもライフルの奴に狙われてなかったか? やっぱ弱い奴は悪運を引き寄せちゃうのかねぇ。まあ、俺はお前のおかげで、あのライフル野郎を仕留めることができたから、少しは感謝しておくところだけど」


 目の前の男は、ライフル男がジュンヤに照準を合わせた隙を狙って、スライサーで首を撥ね飛ばした奴だった。そのときに野球部崩れと称しただけあって、投げるのは得意だろう。スライサーは鬼に金棒だ。


 降って湧いたようなピンチにジュンヤは身構え、何か言い返そうとした。しかし思ったように言葉は出ない。男が一方的に口を開く。


「こんな狭い場所じゃ、こいつは使えないなあ。それじゃあっと」


 野球男は、肩にかけた巾着袋のようなものから、魔界石を取り出した。それを六人掛けの実験用テーブルの上に並べる。意外と几帳面なようで、巾着の上に石を置いて転げ落ちないようにしている。


「んーっ。この青色がいいかな。どれ、出現っと」


 野球男は魔石の扱い方に習熟しているように見えた。その証拠に、口元までは持っていかずに、石に聞こえる程度の宣言で武器を出現させていた。


 そして――。


「おっ、いいねぇ。俺様向きの武器がわんさか出てくるじゃないか。やっぱ神様に愛されてるのかなぁ、俺。野球の神様にな」


 男が手にしていたのは、棍棒に無数のトゲが生えたもので、殺意をむき出しにしたバットだった。それは正に、男にとっての金棒だった。



◆確認された魔界石


 ブラッディーメイス〈血塗りの棍棒〉

 レア度:★★

 カテゴリ:打撃〈メイス〉

 攻撃力:160

 攻撃範囲:C

 戦闘の相性:剣などの打撃系……△、魔法などの範囲系……△、その他特殊系……△

 説明:古代ローマで拷問に使われたとされる残虐な打撃武器。この手の打撃武器は、使うものの力によって威力が大きく変化する。攻撃範囲に乏しく、至近距離での戦闘が必要。

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