第30話 最初の生徒
「私が、体育館で一番初めに倒された生徒」
ライムがふだんと変わらない、平坦を装った口調でそう言った。
体育館? 最初? ジュンヤは彼女が何を言おうとしているか、さっぱり分からなかった。
「大勢の生徒が逃げ惑う中、将棋倒しになって踏みつぶされた生徒が私だった。でも……不幸中の幸いだったのが……私が一番に、魔界石の使い方を見つけ出せたこと」
ジュンヤは口を挟むこともできず、ただ固唾をのんで彼女の話に聞き入った。光に包まれて消滅する危機は止まっている。彼女がジュンヤの手を握った瞬間から、光の明滅が止まったのだ。
「私は消えゆく意識の中で、魔界石の能力を出現させた。それがファントムドール――私の能力よ。ここからはよくない話になるけど、続きを聞きたい?」
ジュンヤの意思を確認するような言い方だった。それでもジュンヤに、首を横に振る選択肢などない。彼女に何が起こったのか、聞かなくてはならない。
「そう、分かったわ」一呼吸置いて、彼女は続けた。
「そこで、私は死んだの」
ジュンヤの中で、ときが完全に停止した。
「死ぬ直前に出現させた魔界石の能力は、私にうってつけだった。ファントムドールの能力は、自分と同じ人間――ドッペルゲンガーを生み出せること。本体が死んでも、そのドールは生き続けることができる。そう、私がそのドールの状態」
ジュンヤは決して認めたくないが、頭の中で最後のパズルピースの欠片がはまる音を聞いた。幾つか思い当たる節があった。
魔界石の力を出現させられないこと。体重を感じさせない身体能力。そうか、廃虚にあった左上の墓は――彼女のものだったのか。
「ドールの状態になると、魔界石から武器や能力を出現させることはできない。そしてドールの使命は、自分を守ってくれる人間を守ること。最終的には、その身を捧げるの。生贄とはちょっと違うけどね」
「そ……そんなことって。でも、僕にとってのライムさんは……」
「私はドールであっても、本体の人間と同じよ。そこは……安心して。ただ、ドールには特殊能力があるの。とっても素敵な、ね」
ふっと、ライムの瞳が優しげな表情を見せた。
「ドールの命は、大切な人に与えることができる」
「駄目だよ、そんなことしちゃ。そんなことしたら、本当の本当に、ライムさんが死んじゃうじゃないか!」
光で溶けかかった体を起こし、ジュンヤが大きく頭を振る。
「ううん、いいの。それが私の……思い」
「や、やめろっ! ライム!」
――何やってるんだよ、どうしてなんだよ。君がいなくなったら、僕は……もう。
「……初めて、ライムって呼んでくれたね、キミ。ありがと……う」
軽く小首を傾げる彼女の体に、もう生気は残っていなかった。操り人形の糸が切れるように、カタリと彼女の体は地面にくずおれた。
「ライムーッ!」
ライムの小柄な体を抱きすくめた。ジュンヤの両目からは涙が伝い、頬から手の甲へと落ちた。
こうしてデストロイヤルの幕は下ろされたかに見えた――。
影が現れるかのように。あるいは、初めからいたかのように。一人の男が現れた。
ジュンヤは虚ろな瞳で、その男を見上げた。誰だ……お前は。彼女を失った今、これ以上、何をどうしろというんだ。
「ほう、わしがここで登場しても驚かないとはな。随分と成長するものだ、人間というものは。だからこそ厄介なのじゃよ。智恵ばかりつける始末で……昔ながらに殺し合いを続けてれいばよいものを……全く」
その男は、ジュンヤのよく知る用務員だった。そして、その正体をジュンヤは見抜いていた。
「争いの最前線を見ようと、特等席まできたんですね、中河原さん。いえ――この世界の元締めである、悪魔といえばいいんですか? 最後の一人になった僕を殺そうと。そんなところですか?」ジュンヤは無表情のまま言った。
「ふぉっふぉっ、こんな老人が悪魔の正体だなんて、驚いたかのぅ。事実はまっこと奇なりじゃ。よぼよぼのじいさんだって人は殺せるし、魔界へ引き込むこともできる。何せ、悪魔だからのぅ。ただし、悪魔だからお前さんを殺しにきたと考えるのは、短絡的過ぎじゃよ」
「そういうものですか」
「ああ、そうじゃ。わしら悪魔というのは実はかなり小心な方での。人間のような直接的な争いは好まないのじゃ。逆に、怯えて逃げるぐらいじゃ。だからこそ――」
その声を聞いて――ジュンヤは得心した。どこかで聞いたことのある声だった。この世界へ召喚されるときに聞き、魔界石の能力を知らせてくれたのが、この用務員の声だった。
「だからこそ――この世界で、争いを見させてもらったのじゃ。そして、そこからかなりの栄養源を摂取することができた。礼を言おう。まあ、実際にはメイゲツ君の方が功労者じゃがの」
悪魔だという用務員の口調が、予想以上に丁寧だったことに驚きを隠せなかった。悪魔にとっての栄養源が、人間同士の争い――殺し合いだということは、三人の悪魔のエピソードで聞いていた。
「この世界……デストロイヤルはこれで完結したんですか?」
「そうじゃ。今日がちょうど最後の日じゃったし、生き残った人間もお主が最後の一人じゃ。わしの万華眼の能力で見通せば、すぐに分かる」
「そう……なんですか。だったら、あのルールは有効になりますよね」
ジュンヤは、「ルール6 デストロイヤルにおける勝者の望みを、一つだけ叶えるものとする」を思い起こした。
「もちろんだ。悪魔は嘘は言わんよ。何でも言うがよい。わしは少なくとも十世紀分の栄養源を貰った。当分、人間界に干渉することもあるまい。望み通り、何でも叶えてやろうぞ」
するとジュンヤは、悪魔に向かって小さく話しかけた。まるでその願い自体が、恥ずかしい秘め事のように。
「そんなのでいいのか? お前は欲がないのう。いつぞやのデストロイヤルの勝者で、女性がおったが。もっと高望みをしていたぞ。確か名は……卑弥呼と言ったか。まあよい、人それぞれだからな」
卑弥呼ですか……。はは、なるほど。強大な支配力を願った訳ですか。でも、僕は……。
「それでいいです! 構いません。僕が少しだけ……成長できたのは、この世界のおかげですから。それでいいんです。そこからがスタートなんです」
「まあ、それもよかろう! 愚かな人間よ! その願いを叶えてやろうぞ!」
「これで終わるんだ……。いや、終わるんじゃない……始まるんだ……。きっと、今度こそ上手くやってみせる。だって、この世界で上手くできたんだから……」
すると、ゆっくりと舞台が暗転するかのように、世界の風景が回り始めた。
◆確認された魔界石
ファントムドール〈亡霊の人形〉
レア度:★★★★★★★★★
カテゴリ:特殊〈エクストラ〉
攻撃力:0~∞
攻撃範囲:D~S
戦闘の相性:剣などの打撃系……△、魔法などの範囲攻撃……△、その他特殊系……◎
説明:極めてレアな能力。自分と同じ人間――ドッペルゲンガーを生み出せる。本体が死んでもドールは生き続け、自分を守ってくれる人間にその身を捧げる。ドールは、魔界石から武器や能力を出現させることはできない。特殊能力として、ドールの命を大切な人間に与えることができる(一度限りの再生能力)。




