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第29話 神の武器

 それは羽ばたきだけで人を殺せそうな、正に規格外の生物だった。人間の戦意を根こそぎ奪うような圧倒的な存在感を、バハムートは空中で誇示していた。こんな圧倒的な力を操れるのであれば……多くの生徒を彼が倒したといっても疑念の余地はない。


 ――あんな化け物に対抗することなど、できるのだろうか? ジュンヤは自問自答した。


 天空からジュンヤを見据えるバハムートの眼差しはどこか寂しげで、まるで自分の心そのもののようだった。


 ――破壊衝動。元の世界を破壊したいと願った自分の権化。その心と向き合い、対峙している気分だった。


「ねえ、メイゲツ君。よかったら、最後に聞かせてほしいんだけど」


「珍しいな、お前の方からそんな口を利くなんて。何だよ、言って見ろよ? 答えてやるさ。俺は、ここまで来たお前に敬意を払っているぐらいだ。リクトや、ムラ、ゴンズなんかより、お前の方がずっと凄いと思うぜ」


「はは……そう言って貰えると何とも……ね。えっと……、多分だけど。僕だけじゃなくて、メイゲツ君も元の世界の崩壊を望んだんだよね、きっと。それって……どうして、かなって。だって僕なんかと違って、あの世界で上手くやってたじゃない」


 恐怖で歯が上手くかみ合わないながらも、きちんと言葉にした。ライムはそのやり取りを、人形のような表情で見つめていた。


「上手くやっていた……か。お前の目には、そう映ってたか。そんなことはない。いや、その逆さ。何もかもが嫌でたまらなかった。親が敷いたレールの上を走り続けることも、ライバルがいない退屈な日常もな」


 その話を聞いて、ジュンヤは思った。やはり自分とは違う――と。それこそ拍子抜けした気分だった。天才と呼ばれ続ける男の、苦悩なのかもしれない。ただ、これ以上耳を傾けても、恐らく同情の感情は決して生まれてこないだろう。根本の感情が違うのだ。違うからこそ、争いも起きるだろうし、それが人間なのだと思う。


 ジュンヤは覚悟を決めた。メイゲツがどんな理由でこの世界を願ったのであれ、この世界の支配者にふさわしい者であれ――戦わなければならない。その理由は至って簡単だ。


 彼女――、ライムを守りたいから。


 ジュンヤは意を決したように、塔の中央に立つメイゲツと天空のバハムートを見据えた。そして言った。


「出現!」


 ブゥオオオン! ジュンヤの虹色の魔界石から、その物体は出現した。その姿を見るなり、メイゲツが先に口を開いた。


「何だ、その武器は? もしかして、俺がよくやっている六面立体パズルか?」


 ジュンヤの手の中には、大きめの六面体が収まっていた。虹色に光る立方体。確かに見ようによっては、キューブパズルにも見えるだろう。だが、どちらかと言えばこの形状は昔ながらの……。


 その虹色の物体には、六面のそれぞれに、くさびのような文字が刻み込まれていた。それが、特定の数を示すことはすぐに分かった。一から始まり、六に終わる。そう、それは六面立体パズルではなく――サイコロだった。


 サ、サイコロ……。ジュンヤはその能力を手にするとともにあ然とした。すると、脳裏に解説の言葉がよぎった。そしてその声は、どこかで聞き覚えのある声だった。


「能力――タンブリング・ダイス。生死の運命をサイコロに委ね、攻撃することができる。出目と攻撃能力の関係は次の通り」


 【1】??が致死ダメージを受ける。

 【2】自分が致死ダメージを受ける。

 【3】自分が致死ダメージを受ける。

 【4】自分が致死ダメージを受ける。

 【5】自分が致死ダメージを受ける。

 【6】敵が致死ダメージを受ける。


 簡素な説明はそれで終わった。ジュンヤは能力を正しく理解した。狙う目は、ただ一つ。六だ。それで、この世界に終止符を打つことができる。


 ――神はサイコロを振らない。そんな言葉を耳にしたことがある。大ざっぱに言うと、神様は運任せで世界を構築しないという意味だ。しかし僕は神ではない。道を切り開くためには、喜んでこのサイコロを投げよう。


 サイコロを振るという、ある種無謀な選択について、もうライムに聞くまでもない。彼女はきっとこういうだろう。――あなたの好きにしていい、と。


「へえ、そんなチンケな武器で俺のバハムートと戦おうって気か。まあ、虹色の魔界石だから侮れないけどな」


 メイゲツは身構えた。対照的にジュンヤは笑って見せた。全てが吹っ切れたような、そんな優しい笑顔だった。その笑顔は敵に向けたものではない。ライムが、その笑顔に自分なりの笑顔を返した。ぎこちない表情だったが、とても可愛らしい笑顔だった。


「ライムさん、一緒にこれを投げてくれる?」


「もちろん。これが何なのかはよく分からないけど」


 二人はクスリと笑った。そしてメイゲツの方を見た。


 ポォン。宙にサイコロは投げられた。


 ――しかし、それが地面に落下することはなかった。


「やれ! バハムート!」


 メイゲツの号令とともに、蒼銀のバハムートの口から豪炎が吹き放たれた。それはジュンヤ達を狙ったのではなく、ピンポイントでサイコロに向けて放たれたものだった。


「万が一ってこともあるからな。特定の出目で、こっちが攻撃を食らうって言うんだったら、その目をなくしちまえばいい。それが強者の理論だ」メイゲツは勝ち誇ったように言った。


 空中でサイコロは破壊され、宙を舞った。


「そんな……」思わずジュンヤは、そう口にした。


 バラバラに砕け散る己の武器を見て、ジュンヤは頭の中が白くなっていくのを感じた。もう魔界石がない。ましてや、あの召喚獣を倒せるような魔界石など……。


 天空のバハムートが、大きく息を吸い込むのが見えた。その神々しいほどの巨大生物は、どんな攻撃をするのだろうか。――きっと自分の肉体は、その攻撃を見届けることなく世界から消滅してしまうのだろうが。


 するとライムが、宙に飛び散ったサイコロの破片を両手で受け止めながら、不思議なことを言った。


「サイコロの素材は、無機質なもののようね――。だったら何とかなるわ、キミ。代用品を使えばいい」


「どういうこと?」


「ねえ、私の両肩をつかんでくれる」


「えっ」ジュンヤは戸惑ったが、今はそれどころではない。彼女の言葉を信じるより他に手立てはないのだから。そっと、真正面から向きあうようにして両肩に手を添えた。


「ねえ、私って何にんに見える? いいえ、何にんだと思う?」


「……分からないよ。ライムさんは一人、一人しかいないよ。どうしちゃったの、一体……」


「今、一って言ったよね。じゃあ、それが出目になるわね。それでいいでしょ、この世界のルールに照らし合わせてみても。そうでしょ?」


 ライムは誰に話しかけているのかすら、分からない口調で言った――まさか、この極限状態で壊れてしまったのか。


 頭脳明晰で知られるメイゲツも、この流れは予測不能のようだった。ただ渋面をつくって見つめる。ややあってメイゲツは、ライムの無駄な悪あがきを封じようと試みる。


「何を言い出すかと思いきや。そんなのが通じると思っているのか。確かにお前は……人間じゃないのかもしれない……が。なっ、何だこの光はっ」


 突如として、メイゲツの体がまばゆいばかりの光に包まれた。


「あ、熱いっ! 何だ、この光は……溶けゆくようだ……貴様っ、何をした!」


「サイコロの一の目は有効だったようね……。っ!」


 ライムは、その驚きを隠せなかった。その光は、ジュンヤをも包み込んでいたのだ。


 ジュンヤの脳裏に、能力の効果が明かされた。


 ――1の目の効果は、【1】双方が致死ダメージを受ける、とされた。


「ライムさん、こ、怖い。僕、溶けちゃうのかな。ごめん、君を守ってあげられなかった。ここで終わりだよね……」突然の恐怖に、ジュンヤは激しく動揺した。


「いい、大丈夫、落ち着いて……キミ。私にはある能力があるの。ずっと大切に守ってきたから。それを今、キミに使うね」


「くっそうおお! ジュンヤー! お前ら、俺に何をした! こんな……こんなはずは。く……くそぉおお。グハッ!」


 メイゲツはまるで日の光で溶ける生物のように、体を大きくくねらせ、やがて少しずつ小さくなっていった。胎児へと逆戻りするかのような、時間を遡る変貌ぶりだった。


 メイゲツが消滅するとともに、召喚されていた蒼銀のバハムートも姿を消した。


 ライムは光に包まれて横たわるジュンヤの手を握った。すると今にも消え入りそうだったジュンヤの、ときが止まった。


 そして彼女は、自らの最大の秘密をゆっくりと話し始めた――。



◆確認された魔界石


タンブリング・ダイス〈運命のサイコロ〉

レア度:★★★★★★★★

 カテゴリ:特殊〈エクストラ〉

 攻撃力:0~∞

 攻撃範囲:D

 戦闘の相性:剣などの打撃系……×、魔法などの範囲攻撃……×、その他特殊系……×

 説明:極めてレアな能力。生死の運命をサイコロに委ね、攻撃することができる。出目と攻撃能力の関係は次の通り。

 【1】双方が致死ダメージを受ける。

 【2】自分が致死ダメージを受ける。

 【3】自分が致死ダメージを受ける。

 【4】自分が致死ダメージを受ける。

 【5】自分が致死ダメージを受ける。

 【6】敵が致死ダメージを受ける。

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