第28話 天空へと続く塔
廃虚から塔までは、そう遠くはなかった。この世界の中心部にそびえ立つ塔。恐らく皆が似たような呼び名をつけることだろう――天空へと続く塔。
ジュンヤとライムは、ゴンズとセツナの埋葬を済ませ――その塔の前に立った。
威圧されそうなほどの堂々たる建造物。細かい彫刻が施され、素材は鉄なのか石なのかすら分からない。ただひとつ言えることは、禍々しいまでの邪悪さに満ちあふれた――悪魔が住む建物であるということだ。
ジュンヤはライムと示し合わせるかのように、顔を見合わせた。
――この塔へ進み、デストロイヤルに終止符を打たなくてならない。きっとそれが自分に課せられた使命であり、責任だと思う。確信はないが、この世界へ大勢を巻き込んでしまった張本人としての自覚。
ジュンヤは心の中でそう思い、ずっと連れ添ってきたライムを見つめた。本当に不思議な子だ。どうして、こんなに僕の味方をしてくれるのか……。彼女に対しては、僕の一方的な片思いだと思っていたんだけど。いやいや、この世界で少しでも生き延びるために僕と組んでいるだけじゃないか。何かを期待しちゃ駄目だ。当てが外れたときに、がっかりするから。
塔の前を、強い北風が吹き抜けた。レザーアーマーも役に立たないほどの寒さだった。
「寒くない? ライムさん」
「私のことは呼び捨てでいいわ、キミ」久しぶりにライムが同じ台詞を口にする。
「それじゃ、私が暖かくしてあげようか」と続けて、すうっと遠くの方を指さした。その方角に鳥でも飛んでいるのだろうか?
ジュンヤが思わず無防備になった頬に、そっと何かが触れる感触があった。
初めての体験であっても、それがどこの部位なのか分かった。そう――ジュンヤの知性を総動員して導き出した結論は――彼女の薄くて……柔らかい唇だ。
え? えーっ?
ジュンヤは、目をパチクリさせながら即座に顔を赤くした。
「さ、行きましょ。その分だと暖かくなったようね」
塔の中は――中央が空洞で、吹き抜けの階段になっていた。一歩足を踏み外しただけで、奈落の底へと転落しそうだった。しかしジュンヤは、恐怖で足がすくむことはなかった。人生で初めての「おまじない」をしてもらったからだ。幾千年も続く男女のおまじない。
一歩、また一歩と踏み出していく。塔の最上階に何が待つのか、二人は知らない。だが、そこにたどり着くことが待ち遠しくてたまらなかった。奇妙な高揚感が、塔の階段を上がるごとに増していく。きっと、これは自分だけの力ではない。
勇気なのか、はたまた悪魔の囁きからくるものなのかは分からない。ただ、着実に歩みを続けると沸々とわき上がる思いがあった。
ライフルを持った男から始まった、この殺戮劇。それも終焉を迎えようとしている。時間の感覚はないが、恐らく期限の二週間に届くはずだ。
ふと、あの山小屋での……夢のような数日が思い出された。殺伐とした空間の中にありながら、安らぎすら感じた日々。
もう、あの日に戻ることはできない。
――ならば、行こう。前に進まなくては。
カツーン。カツーン。二人の階段を上る足音だけが響き渡る。いつの間にか、とばりも降りてきていて、月のような惑星の明かりが差し込む。この妖しい光は、浴び続けているだけで、肉体を狼男にでも変化させそうだ。
「ねえ、キミ。この塔の敵を倒したらどうするつもり? 最後の一人になったら、何でも願いを叶えてくれるらしいけど……何をお願いするの?」
唐突な質問だった。ジュンヤはこの数日、生き延びることしか考えていなかった。当然ながら、その質問に対する答えは持ち合わせていない。
ただ、突如としてある考えが閃いた。その願いは、他愛のないものかもしれない。そして、余り意味がないかもしれなかった。それを口にしようとした途端……。
塔の外に、何かが見えた。内壁の隙間から外の光が差し込んでいたが、その光を上回る赤い光だった。
その宝石のような赤い光は、せわしなく動き回り……姿を消した。
「何……今の」ジュンヤは思わず呟いた。
「分からない……けど、私には、何かの目玉に見えたわ」
「へっ? 目玉?」
「おかしい?」
ううん、おかしくはない……とジュンヤが言いかけたとき、塔の下からものすごい突風に吹き上げられた。
「強い風っ!? ライムさん、僕に捕まって!」
ジュンヤはその手を伸ばした。二人は手をしっかりと握り合った。
ブゥウウオオオオオア! 二人は空中遊泳のような格好で、最上階まで吹き上げられていく。誰かの意思で動かされるように。まるで運命にもてあそばれる木の葉のように。
ドサリッ。塔の最上階まで一気に吹き上げられた。吹き抜けの作りを利用した、強制的な移動方法。そして、そんなことができるのは恐らく、この塔の主――。
屋上の大理石に転がされたが、ジュンヤもライムも大きな怪我はなかった。そして視線を、先へ向けた――。そこには、誰かの足が見えた。少しずつ視線を上げていき、その主を確かめる――。
「やっぱり……。この言い方が正しいとは思わないけど、やっぱり、こう言うしかないよね。君だったんだね、メイゲツ君」
そこには、不敵な笑みを浮かべる金田メイゲツの姿があった。英明そうな顔立ちと、柔らかそうな髪。一歩間違えると、女子に思えそうな細身の体格。家は裕福な――いわゆるボンボンで、特に悩みなどを持ち合わせているタイプには見えない。
なぜこんなことを? とジュンヤが聞くのも至極まっとうなことだった。
「つまらない質問は止めてくれ、ジュンヤ。それとも俺がここにいることが拍子抜けだったか?」
「いや……拍子抜けとか、そういうんじゃない」ジュンヤは言い淀んだ。
「校舎を破壊したのも俺だし、そもそもこの世界を召喚したのも俺さ。まあ、正しくはお前とゴンズも同じ願いを持っていたらしいけどな。そんな奴が三人揃うのが条件。悪魔と契約するのも、そう楽じゃない」
ジュンヤは、その話を耳にするのは初めてだった。
――やっぱり、僕の思いもこの世界へ干渉していたのか。と思うと同時に、そばにいるライムにその話は聞かれたくなかった。この世界において、彼女を救っている人間が、実はそもそもこの世界を望んでいたなんて……滑稽な話だ。
思わずライムの方を見たが、彼女は特に気にしていないように見えた。しかし、気丈な彼女が怯えているのか、ジュンヤのレザーアーマーの端をギュッと握った。
「ん? その様子だと、セツナ君から詳しく聞けなかったようだな。まあ、彼女を倒してきたようだからそれも仕方がないか。でも、ジュンヤ。ここにおしゃべりしにきた訳じゃないんだろ?」
「そうだね、メイゲツ君。この世界を終わらせよう。あと何人残っているのかは知らないけど、とにかく残り少ないことだけは確かだよね」
「そんなことも知らないで、ここまでノコノコとやってきてるのか。こいつは驚きだね。この世界で生きた人間は、もう、俺とお前しかいないんだよ」
「それって……どういう……」
「見ろ! この世界の王となるべき者の能力を!」メイゲツが吠える。その顔は上気し、恍惚の笑みを浮かべている。
すると、塔の下――いや、奈落の底から何かとてつもない巨大なものが現れた。
「ドラゴンとでも、バハムートとでも好きに呼べばいいさ。想像していたファンタジーの幻獣とは微妙に姿が違うから、何とも命名しづらくてね」
塔の最上階の遥か彼方に、そいつがいた。天空を根城とする――正に生物界の覇者といっていい。
「こんなに……巨大な生き物がいるのか……」
さっきの赤い目玉の正体――それが、目の前のバハムートだった。全身が青みがかった銀色の鱗に覆われ、直視すると痛いほどの光を乱反射している。そして、塔の高さにも負けないほどの山のような体。
「これが、俺の能力――バハムートテイマーだ」
◆確認された魔界石
バハムートテイマー〈召喚獣の使役〉
レア度:★★★★★★★★★★
カテゴリ:魔法〈エクストラ召喚〉
攻撃力:999~?
攻撃範囲:S
戦闘の相性:剣などの打撃系……◎、魔法などの範囲攻撃……◎、その他特殊系……◎
説明:魔界にひとつだけ存在する最もレアな能力。蒼銀のバハムートを召喚、使役できる。バハムートは、どんな攻撃もはじき返す硬質なウロコで覆われている。無敵の存在であり、倒すためには使役者を倒さなくてはならない。




