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第27話 願った者

 突然の出来事に、ジュンヤは全く思考が追いついていなかった。それでも熊のゴンタが倒されたことだけは、その視界から確認できた。


「どう? 続きが知りたいでしょ。それなら塞いでいる耳から手を離しなさい。メイゲツ君のこと、聞きたいんでしょ」と、セツナは耳を塞いでいないゴンズに話しかける。


 ジュンヤの目には、セツナが何か話してるように見えた。しかし、ライムはジュンヤの前に立ち、そのまま両耳を塞ぎ続けるポーズを示す。ジュンヤはそれにならった。


 ゴンズは周囲のことなどお構いなしで、倒れたゴンタを必死に揺さぶった。そして心臓マッサージのように体を刺激する。しかしゴンタはピクリともしなかった。


 セツナは、両耳ががら空きになっているゴンズの元に歩み寄った。そして耳元で囁いた。


「こういうのを、何て言うか知ってる? 悪魔の囁きって言うのよ」


 ブオォオン! その直後、何らかの力でゴンズが後方に激しく吹っ飛んだ。


 ジュンヤは耳を塞いだまま、ことの成り行きを見守った。彼女がゴンズに攻撃を加えたことは間違いない。――でも、どうやって?


 小刻みに首を振るライム。ジュンヤはその真意を正確に理解した。セツナの声、いや、言葉そのものが攻撃手段なのだ。


「不思議そうな顔をしてるわね、あなた。ゴンズ君って言ったかしら。知っているわ、あなたのこと……ようくね。もう私の言いたいことは分かってるんでしょ? 悪魔に世界の滅亡を望み、この世界へ転移するきっかけを作るには、三人が必要だったのよ」


「ウォーーーー! てめえ、よくもゴンタを!」


 なりふり構わず振るったゴンズのナックルクローは、空を切った。


「あら、両手に爪のついた武器をつけるなんて。飛んで火に入る夏の虫じゃない。あの子のアドバイスを聞き入れなかったようね。せっかく耳を押さえて両手が塞がったところを、いたぶってあげようと思ったのに……残念。これじゃ、あっけなく決着がついちゃうわよ」


「うるせえ! 食らいやがれ」


 闇雲に殴りつけるゴンズに対し、セツナは舞い散る木の葉のように体をかわす。


「そうね……。あの二人に聞こえないのが残念だけど。あなたには教えてあげましょうか。世界の崩壊を願ったのは三人……。金田メイゲツ、片桐ジュンヤ……そして」


 セツナは大きく息を吸って、そして言った。


「あなたよ、ゴンズ君。それでちょうど三人! あははっ」


 セツナが高笑いをする。その言霊は、ゴンズの両耳を貫くように冴え渡った。


 ドサリ。膝から地面にくずおれるゴンズ。見えない真空波のような攻撃が、ゴンズの体を瞬く間に切り刻んでいく。


 ジュンヤは声を失った。ゴンズでは全く歯が立たない。しかし彼は、最後の力を振り絞って何かをしゃべっているように見えた。


「叶わねえな、全く。その通りだよ。柔道を取り上げられたあの世界に、未練なんてなかった。情けねえけど……その通りだ。それにしても、メイゲツやジュンヤも同じだったとは……知らなかったよ。冥土の土産に、いいことを聞けたぜ。せっかくだから、お前を道連れにしていいか?」


「あははっ! できるわけないでしょ、そんなこと。その体でどう反撃するつもりかしら?」


 ゴンズの全身には、深々とした傷があり全身から血が滴っていた。その出血量は、屋上でジュンヤと出会ったときの怪我を遥かに上回っている。


「さあな。今、それを考えてるところさ。なあ、ゴンタ」


 ゴンズは熊をかばうようにうずくまり、その場から動かなかった。ゴンタの毛並みを整えるように、ゆっくりとさすりあげる。


「いい加減、無駄な悪あがきは止めなさい。そこから何をするつもり? 私の話をこうして聞いているだけで、あなたはダメージを受けるのよ。その状態から、一体どうやって反撃するつもり?」


「へえ、賢そうな――いや、賢いあんたにも分からないことがあるんだ……。もしかして、ビビってんのか? 手負いの俺を」


「何よ、そのハッタリは! あなたなんて、ただ力自慢なだけじゃない。それが何? 今じゃ、その力さえも私に劣ってるじゃないの!」


「怒ったところを見ると、図星だったようだな。俺の必殺技が怖くて踏み込めない……そんな感じだ」


「な、何バカなこと言ってんのよ。手負いの熊ならまだしも、手負いの人間を一人殺すのなんて訳ないわ。この距離なら、あなたの武器が当たるはずないから」


 ゴンズはセツナの方には目もくれず、ゴンタの毛を触っている。そして言った。


「俺の武器が、このクローだけだと思っているのか?」


「もちろん、そうよ。その情報に間違いはないわ。だって、あのメイゲツ君が教えてくれたんですもの。いえ、君づけはおかしいわ。この世界の王になる人物ですから。メイゲツ様がふさわしい呼び方よね」


 ――ゴンズは思った。


 メイゲツがやはり黒幕だったか。頭脳明晰。医者の息子。そして、なぜかリクトや俺のような落ちこぼれとつるんでいた男。あいつとやり合うのは厄介そうだ。


 ……それにしても。あいつは何が不満だったんだ。あんだけ恵まれてそうに見える奴も珍しいんだけどな。全く、よく分かんねえ。心の闇って奴はよ。おっと、こんな言い方をしちゃ……ジュンヤに失礼か。ただ、あいつの場合は……俺と一緒で結構分かりやすいんだよな。基本、ひとりぼっちの奴だったし。


「さあ、そろそろあなたも、お終いね。さようならおバカさん」


「それはどうかな? 確かにお前さんのボスはいい情報を持っているようだ。推測なのか収集したなのかは知らないがな。ただ、状況は刻一刻と変化している。その思いがけない変化までは見抜けなかったようだな!」


 ゴンズがセツナをにらみ返した。その手には、一丁のハンドガンが握られていた。


 ジュンヤがライムを見る。あ、あれって……。


 そのハンドガンは、ライムがゴンタの毛の中に、そっと忍び込ませていたものだった。


「これは、お前の誤算だったようだな。意中の外という奴だ。学校で教わらなかったか? それとも、自分の想定外にはてんで対応できないってか。応用ができない人間っつーか」


 バーン! 乾いた、悲しい音が鳴り響いた。その銃弾は、決して器用とは言えないゴンズから放たれたものだったが、狙いは外さなかった。それもそのはず――セツナはゴンズの目の前で、見下ろすように仁王立ちしていたのだから。


「あはっ。あんたみたいな不良に、そんなこと言われたくない……わ。でも、この銃弾は……悪くない。うん、私の……負けよ。魔法みたいに、武器を出すなんてね……やるじゃない」


 最後の銃弾だったが、それは確実にセツナの急所を貫いていた。


「悪かったな、こんなちゃちな手で。ただ、お前さんは、どのみち死ぬ運命にあったんだろ? それを知っていたからこそ、堂々とした攻撃ができた。見事だ。恐らくお前さんが、メイゲツの生贄ってこと……だ」


「不良のくせに、お見通しだったようね。悔しいけど」


「優等生には分かるまいさ。だけど、試合は俺の負けだ……完敗だ。俺だけじゃ、太刀打ちできなかったからな」ゴンズは肩で息をしながら、そう言った。


「ゴンズ君!」


 ジュンヤとライムは、両手を耳から外してゴンズの元へ駆け寄った。もう決着がついたことは遠目にも明らかだった。彼女の武器とする言葉も、恐らくもう発することはできないはずだ。


 ゴンズは息も絶え絶えに言う。


「すまねえが、ゴンタのことを丁重に葬ってやってくれ。こんなナリでも一応メスだからな。優しくしてやってくれ。俺は一足先に、あの世に行って待ってるぜ。がんばれよ、お前ら」


 するとセツナが最後の力を振り絞って、捨て台詞を吐いた。


「ホントバカね、不良のくせに……。でも、ちょっと悪くないかも……。優等生っていうのは、不良の言動に憧れるのがお約束なんだよね。変……なの……」


 そう言って事切れた。ゴンズも、ほぼ同時に息を引き取った。


 そこには、デストロイヤル特有の虚ろな風だけが流れていた。

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