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第25話 廃虚

 ゴンズが連れていた金狼熊が魔獣を撃破してくれたおかげで、一気に視界が開けた。すると、ひとつの疑問が起こった。もし、誰かが先にここを通ったのであれば、どうやって進んでいったのだろうかと。


 ジュンヤは立ちふさがるようにそびえ立っていた樹林型魔獣の残骸を見やり、空を見上げた。まさか、上を通過していったのか――。


「あっ! あれっ! ライムさん、ゴンズ君、あれ見える?」


 ジュンヤは植物型魔獣が消えた遥か後ろに、その建物を見つけた。それまでは、魔獣のせいで全く気がつかなかったが……遥か彼方に、塔が見える。


 間違いなく、元の世界にはなかった建造物だ。先には町並みと呼べるものは完全にないため、その存在感が際立っていた。


 子供が冗談で造ったような建物。天空まで届かんばかりの高さを誇っている。元の世界の建築技術とは根本が違うのだと言わんばかりの、見ている方が怖くなるほどの建物だった。最上階を想像するだけで、足がすくむ。


「凄い建物ね、あれ……」ライムが眉をひそめる。


「何だありゃ? ジュンヤ、あの妙な建物のこと何か知ってるのか?」ゴンズ声を上げる。


「うん。ここに来る途中、用務員さんが教えてくれたんだ。あそこ……あの塔に、誰かいるって。その人が、ほとんど皆をやっつけたんだって」ジュンヤは意図的に、殺戮したという表現は使わなかった。


「グルルルル――」金狼熊が、塔を睨みながらうなり声を上げた。何か不穏な空気を感じているのだろうか。


 ……熊を久しぶりに見たが、やっぱり怖かった。しかしジュンヤは、勇気を出してゴンズのそばにたたずむ獣の頭をそっとなでてやった。ライムも負けじと、丁寧になでる。


「ん? お前ら、もしかして知り合いだったのか?」ゴンズが熊とジュンヤを交互に見比べる。


「……へへっ、ちょっとね」


「なるほど。どうりで、こいつがいきなり戦う訳だ。さては、お前に対する恩返しか何かか?」


「いやあ、そんな大したもんじゃないよ。罠にかけたところを一度助けただけ。その代わりに、イノシシを貰ったし」


 ジュンヤとゴンズのやり取りに、ライムが珍しく口をへの字に曲げた。


「キミ、聞いてなかったわよ、その話。次からは、ちゃんと言ってよね」ライムはさらりと言う。


「は……はい。ごめんなさい」ジュンヤは、どちらが年上か分からないような口調で言った。心配をかけさすまいと内緒にしたことが、裏目に出たようだ。するとライムは、もうその話は終わりとばかりに話題を変えた。


「ねえ、ゴンズさん。その子に名前ってあるの?」その子とは、当然金狼熊のことだ。


「お、おう。一応な」と言ったきり、話が途切れた。


「えっと……ゴンズ君。もしよかったら、聞きたいんだけど」とジュンヤが促す。


 ライムにしろゴンズにしろ、自分よりも会話下手であることにジュンヤは思い当たった。何とか話を続けさせるために、自分も参加せざるを得ないほどだ。


 ゴンズは遠くを見ながら、いかにも照れくさそうに呟いた。


「……ゴンタ」


 それを聞いた瞬間に、ライムがぷっと小さく吹き出した――ほとんど表情は変わらなかったが。ゴンズはそのせいで、真っ赤になって黙りこくってしまった。


 ジュンヤは、この不思議な雰囲気を楽しく思った。若者であればごく普通の光景――友人と、だべり合うこと――なのだろう。しかしジュンヤには、今までそういう経験がほとんどなかった。


 ――ほんのちょっとの勇気や優しさから始まる、人と人とのつながり。今までそうしたものは、自分とは関係のない世界のものだと思っていた。でも、違った。それは、確かにあったのだ。それも、手を伸ばせば届く距離に。


 それが現実世界ではなく「この世界に」訪れたことは皮肉と感じたが、それでもお釣りがくるほどのものだった。


 ジュンヤは塔へ進む覚悟を決めた。ゴンズの方を振り返り、彼にも確認する。


「ちょうど俺も、同じ方角へ進もうと思ってたところだ」


 それで決まった。ゴンズと金狼熊が仲間に加わった。ジュンヤは手短にだが、リクトやムラがクロダとの戦いで散っていたことを知らせた。


 ゴンズはその説明に、簡潔に答えた。


「そうか。お前らが一緒に戦っていたとはな……。で、あいつらは……やられたってわけか」


 ゴンズは「死んだ」という表現は使わなかった。そして、しばらくの間――思いにふけっていた。気持ちの一区切りがついたのか、ジュンヤに話しかけた。


「行き場のない俺に……声をかけてきてくれたのが、リクトだったんだ。今思えば……あいつらも寂しかったんだろうな。はぐれ者ははぐれ者でどこか固まっていないと駄目なんだよ。自暴自棄になって、それこそ取り返しのつかない過ちを犯してしまうからな。それが怖かったんだと思う……。しかし、お前は随分と成長したんだな。クロダまで倒したって?」


「ううん。ほとんどリクト君とムラ君のおかげだけどね。でも、そういってもらえて嬉しいよ」ジュンヤが言った。


 ゴンズはジュンヤの凜々しいもの言いに、目を少しだけ丸くした。しかし、すぐに思い直した。


〈熊とも戦うぐらいだ。何より、今の今まで生き残ってる。そりゃ、タフにもなるわな〉


 ――塔へ向かう道中に、その場所はあった。廃虚と表現するのが適切な、様々な家屋の残骸。焼け野原とも違う……。この世界の忘れ去られた場所。


 いや! 違う。これは……、人為的に破壊された跡だ。それも恐らく最近だ。この世界において、早くから集落を形成していた場所だったんだろう。それを誰かが踏みにじった。破壊と殺戮の限りを行い、ここを一瞬で廃虚にしたのだ。


 血の滲みのような跡が幾つも見つかった。


 数十人はいたと見られるこの場所を、廃虚にするほどの突出した力を持った奴がいる――。


 ふっと、ライムが何かに導かれるように歩き出した。


「どこに行くの、ライムさん?」


 ふらふらとした足取りで、廃虚の裏手裏手へと回り込む。何かの暗示を受けたように、何かに誘い込まれるように。


 果たして、花畑に囲まれた墓標にたどり着いた。この世界にしては、随分と色鮮やかな場所で、壮観な景色だった。無機質な廃虚に囲まれているせいで、一層その花の色合いが際立って見えた。


 墓がある――。それも、膨大な数の墓標だ。まさか……このデストロイヤルで殺された人間達の墓なのか?


 そこに、知っている名前を見つけた――。それはジュンヤもゴンズも知っている名前だった。


 その右端にある二つの墓標には、『藤堂リクト』『折川ムラ』と記されていた。


 どういう理屈なのかは知る由もなかった。ただ死んだ者の墓が作られるだけ。それだけのこと……、なのかもしれない。この世界を生み出した者の(ほんの少しの)人間的な側面がそうさせるのか――ジュンヤは考えてみたが、やはり答えは見つかりそうもなかった。


 ――そう言えば、用務員のおじさんが廃虚で魔界石を入手できると言っていた。


 するとライムが、段を形成している墓石群の最上段へ分け入った。


「あっ、駄目だよ。ライムさん。そんなに奥に行っちゃ……」


 ジュンヤの声は届きそうになかった。ライムは素早い足取りで、最上段の一番左にある墓標へ向かった。並び順からすると、最初にやられた人の墓だろうか。ジュンヤとゴンズが細く入り組んだ道を進みあぐねていると、ライムが戻ってきた。


「えっと……どうしたの? ライムさん。誰か……知っている人のお墓でも見つけたの?」


「ちょっとね……。これ、見てくれる?」


 ジュンヤの問いかけに対し、ライムは手の平を見せることで答えた。その小さな手の上には、見たことのない色の魔界石が置かれていた。少し土がついているところを見ると、どこからか掘り出してきたのだろう。


「おい、何だよ、その色……虹か? すげえじゃねえか」ゴンズが横から驚嘆の声を上げた。


「そう、みたいだね」ジュンヤはライムから魔界石を渡され、しげしげと見つめた。唾を飲み込む音が、ライムに聞こえてしまうほどだった。


 虹の魔界石。そんなお宝が埋まっていた何て……。一体、その近くは誰のお墓だったんだろう……。ジュンヤは気になったが、それを聞いても仕方がないと――思いとどまった。多分、ジュンヤの知らない人だと思った。余り、友達が多い方でもないからな――。


 ――ガサリ。荒廃した廃虚にはふさわしくない音が聞こえた。それは、人間の足音だった。

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