第20話 拳闘
男は殺戮の限りを尽くしていた。生徒の半数が彼の手にかかったと言っていい。金が金を呼ぶ――いや、魔界石が魔界石を呼び寄せるように、男は強力な武器や能力を次々と手に入れていた。
「へえ、あのクロダとジュンヤ達がやり合ってるって? この世界は本当に退屈しないな。小屋に火を放ったのは俺だっていうのに、まさかあちらさんと抗戦を始めるとはな。火弓なんていう原始的な武器も、たまには使ってみるもんだ」
男が引き連れている女子生徒が、彼に耳打ちした。
「リクト? あいつも洞窟の中にいるって? それじゃあ、お手並み拝見といこうか」
男はそう言いながら、近くの別の場所で、自らの手を一切汚すことなく次々と殺戮を実行していた。やられた生徒達の網膜には、この世のものとは思えない巨大生物の姿が残されていることだろう。
* * * * * *
リクトは地底湖のある広場まで引き返していた。昨夜にライムが掲げられていた十字架のところには、代わりに玉座のような椅子が取り付けられていた。
その高台にある趣味が悪い椅子に、クロダがふんぞり返って座っていた。
「よし、リクト。お前、ちっと食糧を採ってこい! お前がジュンヤにしていたのと同じ感じで頼むな。何ていうんだっけ、こういうの。お前達の間では……、そうだ、パシリだっ! それでよろしくな!」
クロダはリクトにそう命令した。周りの生徒達は、しもべのように付き従っている。
クロダが使う魔界石の能力に魅了されれば、喜々として言うことを聞くだろう。だがリクトはそのクロダの命令に対して、ある行動で返した。
ペッ! 唾を地面に吐き、そして言った。
「テメエの命令なんぞ、誰が聞くか! ここで俺と正々堂々と戦いやがれ!」
「へえ、チャームをかわしていたのか。しかし、お前の口からそんな言葉が聞けるとはねぇ。周りの人間を暴力で屈服させ、支配してきたくせに。お前がそうやって虚勢を張る相手は、生徒だけじゃなかっただろ? 朝の職員会議で、お前の名前はいつも挙がっていた。分かってるのか?」
「そんなことか! 俺はその最低な生き様に対して、言い訳する気なんざサラサラねえ! だけどな、今テメエがやってることもな、俺と同じ最低で下劣なことなんだよ。俺はこの世界に来て、まだ誰一人として殺しちゃいねえ。善悪の問題じゃねえ。俺のポリシーとしてだ! だからこそ、ムラを殺ったテメエだけは許せねえ」
「おー、怖い怖い。そうやって教師を恐喝する気だな。まあ、いい。相手になってやるさ。ただしお前の相手は、そこの五人だ」
クロダが指をパチンと鳴らすと、精鋭部隊の男達がズラリと並んだ。その手にはブラスナックルがはめられている。
――何ともシンプルな武器だな。俺を殴り殺そうって気か。面白い、相手になってやんよ!
リクト対五人衆。その戦いの幕が切って落とされた。
中央に地底湖があることもあり、足場は砂でできている。力が吸収されるため、フットワークは使えないということだ。自ずと戦闘は、足を止めての殴り合いとなる。
五人衆は一斉に襲いかかろうとはせず、まず一人目が名乗りを上げた。シャドーボクシングの構えをして見せ、そのパンチは肉眼では見えないほどの早さだ。
フンッ! リクトが待ちきれず、先制のパンチを繰り出した。しかし完全に力み過ぎで、大振りになってしまった。敵はよける必要もなく、勝手にパンチの方が逃げていく状態だった。
ヒュンッ! 敵のボクシング男のパンチが、リクトのみぞおちに決まる。体がくの字に曲がり、胃液がオエッと込み上げる。
それでも体を必死に立て直し、次のパンチを繰り出す――が、当たらない。
二発、三発、四発……十発とパンチを繰り出すたびに、リクトの顔色が悪くなる。急激な運動に自分の体が追いついていない。酸素欠乏――チアノーゼの症状だ。
ガツンッ! 敵の強烈なアッパーがリクトの顎にヒットした。一発で転げたところに、蹴りが飛んでくる。
ドサッ! リクトがうずくまる。
「おいおい、ちょっとは楽しませてくれよ、リクト。いつもお前がいきがっていたのは、あの……ゴンズがいたからか? んー? あいつなら、ハバを利かせられるしな。でも今はツルんでないところを見ると、向こうは死んじまったのか。校舎も破壊されたみたいだしな」
――校舎が破壊された? 知らねえぞ、そんなの。砂浜にのたうちながら思いを巡らせる。
リクトは動揺を隠せなかった。そういえばジュンヤが、屋上でゴンズに会ったっていってたな。あれが最後だったのか……。
「うっせえ。ちきしょう。テメエだけなら何とかなるんだ! こんなに手下を引き連れやがって汚えぞ!」
「その言葉はそっくりお前に返してやるよ。元の世界でお前が使ってた立派な手段じゃないか。自分の手を汚さずに、合理的に敵を仕留める。こんな楽なやり方が他にあるのか?」
リクトはもう反論できなかった。ただ殴られ、踏みにじられ、虫けらのように扱われるだけだった。
――へへっ。あいつ……ジュンヤは、いつもこんな思いを味わってたんだ。まあ、さすがに俺もここまではしてないけど、似たようなことをしたか。悪ぃことしたな……。でも、あいつ無事に逃げたかな。それで少しは借りを返せたならいいけど……ぐふっ。
リクトは口から流血した。内蔵を大きく損傷した証拠だ。息苦しく、これはやばいと体が本能的に告げていた。
――やべえ、目が霞んできた。死ぬ間際には走馬灯のように思い出すって聞くけど、ありゃホントだな。よりによって、最後に見えてるのはジュンヤか。よっぽど俺の中で後悔してたんだな。ざまぁねえぜ。
走馬灯に映し出されたジュンヤが言った。
「クロダ先生! そこまでにしてもらいます! これから僕があなた達を、力で倒しますからっ!」
その声は、幻ではない……本物のジュンヤのものだった。
数秒間は正確に事態を把握できてないリクトだったが、やがてピンぼけだったジュンヤの姿に焦点があった。
「バッカ野郎……。あれほど逃げろっていったのによう……」
リクトの目には、うっすらと涙がこぼれていた。それは自分のために戻ってきてくれた、ただそのことに対する嬉しさからだった。
よろめく体に活を入れるように、リクトが立ち上がる。現れたジュンヤを警戒するように、五人衆は距離を取った。
「リクト君、ちょっとの間だけ彼らを引きつけておいてくれる? ライムさんがハンドガンで守ってくれるから」
「おい、よりによってあの子までもか……」リクトは呆れて鼻で笑った。「俺を誰だと思ってるんだ。そんなのはお安い御用だ、バカ野郎」
ジュンヤの後ろから、ライムがハンドガンを構える。そしてジュンヤはリクトやライムから離れて、大きく左へ回った――向かう先はクロダだ。
「お前ら、どうやってあの牢屋を出たのか知らないが、また戻ってくるとはとんだ平和ボケだな。そういう面倒くさい生徒は、皆殺しにするだけだぞ。ん?」
クロダはそう言って立ち上がると、指輪を抜き取り、すぐにかざせるように構えた。あの指輪から発せられる光を直視すると、支配下に置かれてしまう――まるで、ゴーゴンの目だ。
クロダが台座から地面に降り立ち、確実に光を照射できるように構える。それでいて注意深く、ジュンヤのトラップ圏内には近づいてこない。恐らく向こうの能力も、射程距離が広いわけではないのだ。
ジリッジリッ。命を削るような間合いの探り合いが続く。
やがてジュンヤが一つの魔界石を取り出した。無色のものだ。すると、それに呼応するようにクロダが自分の魔界石を取り出して見せた。
「片桐、何だ? お前のちんけな石ころは。俺のを見てみろ。真っ赤の石でレア物だぞ。まさかそんなことも知らないのか? そんな安物の能力じゃ太刀打ちできないぜ」
クロダはひけらかすように、赤い魔界石を掲げる。ジュンヤは、それを見て笑みを浮かべた。
「何がおかしいっ! お、俺をバカにするなっ! ガキのくせにっ!」明らかにクロダは動揺している口ぶりだった。必死で教師の威厳を保とうとしているように。
「あなたは、もう……先生じゃない。人の皮を被った悪魔だ」ジュンヤは冷たく言い放った。
そして無色の魔界石に加えて、ポケットから赤い魔界石を取り出して宣言した。
「出現! そして……二つの魔界石を破壊する!」
「何だと……」
パリィィンン! ガラスが割れるような、はかなげな音とともに、二つの魔界石が雲散霧消した。
ジュンヤは切り札を隠し持っていた。デストロイ・ストーンと呼ばれる、二つの魔界石を破壊する石だ。その魔界石の説明は、ジュンヤの脳裏にしっかりと刻まれている。
「相手の魔界石を破壊し、その能力を消し去ることができるが、引き換えに自分の魔界石も同時に破壊される。その魔界石のレア度は、相手と同じでなくてはならない」
ジュンヤのトラップクリエイターとクロダのザ・チャームは、デストロイ・ストーンによって破壊された。
◆確認された魔界石
デストロイ・ストーン〈魔界石の破壊〉
レア度:★
カテゴリ:特殊〈アミュレット〉
攻撃力:0
攻撃範囲:C
戦闘の相性:剣などの打撃系……×、魔法などの範囲攻撃……×、その他特殊系……◎
説明:アミュレットという支援アイテムに分類される。相手の魔界石を破壊し、その能力を消し去ることができる。ただし、相手と同等のレア度を持つ魔界石が必要なため、この石のレア度は低め。




