第2話 ルール
全ての電気が消えているせいなのか、まるで廃虚に見えた。いつもの昼休みであれば、大勢の生徒でざわつく廊下や踊り場なのだが、声どころか物音すら一切聞こえてこない。まるで何か重大なことを待ち構えるように、静寂が列を成していた。
校内放送とは違う、例の天の声が語り始めた。ジュンヤは薄暗い階段を慎重に降り始める。後ろに続く――リクト、ムラ、ゴンズ、メイゲツ達も言葉を発しなかった。本能的に、この声を聞かなければならないと察しているようだった。
「デストロイヤルには、ルールがある。そのルールを熟知する者が、この殺し合いを制することになる。そのルールは……貴様らが体育館と呼ぶ場所に掲示しておいた。早く行動した者が、勝者となるだろう」
「邪魔だっ。どけっ、このクソ野郎!」リクトは慌てた様子を隠そうともせずにそう言うと、ジュンヤを後ろから突き飛ばした。
バターンッ! 階段をゴムまりのように転げ落ちるジュンヤ。そして、壁にひどく体を打ちつけた。脱兎のごとく駆け出すリクトとムラの背中が見えた。ゴンズとメイゲツは、ゆっくりとした足取りでそれに続いた。
いっつつうー。でも、助かった……。焦ってるから、突き飛ばしも弱かったみたいだ。ふぅ。あいつらが傍にいる方が、生きた心地がしないし。それにしても、何が起きてるっていうんだ、一体?
ジュンヤは肩を押さえながら思案した。しかし適切な答えは導けそうにない。まずは体育館に行ってみなくては。
体育館の天井の電灯は明滅を繰り返していて、廃れた工事現場のような雰囲気を与えていた。驚くべきことに、既に大勢の生徒が体育館の掲示物の前に並んでいる。そこには静寂はなかった。暴動すら起きそうな、熱狂的なコンサート会場の雰囲気だった。
興奮している生徒を鎮めようと、生徒指導の体育教師を始めとした一団が大声を張り上げていた。
「お前達、落ち着け。これは何かのイタズラだ。何でもない! 大丈夫だから、早く教室に戻れー」
しかしその甲斐もなく、生徒達でその話に従おうとする者はいなかった。血気盛んな高校生が、こんな大がかりなイベントを前にして興奮するなと言うのがどだい無理な相談だ。
壇上に張り出された紙を見ようと、黒山の人だかりができていた。ジュンヤはとてもその人混みをかき分ける自信がなかったので、しばらく遠くから見守ることにした。やがて立ち止まっている者が入れ替わり、人の流れができ始めた。そのそそくさと逃げるような動きは、大きな石をどかした後にうごめく虫を連想させた。
二十分ほど過ぎた頃だろうか。ジュンヤはようやく、その掲示物の前にたどり着くことができた。見終えた者の中には、体育館の隅で泣き崩れている者もいた。
そこには、血塗りの文字でこう書かれていた。
◆デストロイヤルのルール
ルール1 自分以外の者を、全て殺すこと。
ルール2 武器や特殊能力は、魔界から支給する石(魔界石)により出現する。
ルール3 魔界石の能力には期限があり、それを過ぎるか一定の力を使い切ると消失する。
ルール4 相手の魔界石を奪うことができる。
ルール5 デストロイヤルは十四日間、続くものとする。
ルール6 デストロイヤルにおける勝者の望みを、一つだけ叶えるものとする。
淡々と書き綴られた文字を見て、どう反応すればよいか困った。恐怖に混じって、喉の渇きと同じようなうずきを感じる。心のどこかに、こうした状況を切望していた自分がいたのだ。
「本物の魔界石か……」ジュンヤは大好きなスマホアプリのゲームになぞらえてある名前を、面白く感じた。
――待てよ。僕って、こういうのは得意じゃないか? もちろん、肉体を駆使する殺し合いの部分ではなく「魔界から授けられる力」を使うって部分に関してだけど。
ジュンヤがそう思うと同時に、何やらズボンのポケットの中に膨らみを感じた。ジュンヤの学園はブレザーの制服であり、下は紺のスラックスだ。
ポケットに手を伸ばし、無造作にその異物をひっつかんだ。すると中から丸い石が出てきた――赤い石だ。異物の出現に驚くよりも先に、その色にジュンヤは興奮した。自分のファンタジーやゲームにおける知識に沿うならば、赤色はレア度が高い。すなわち、強力なラッキーアイテムの可能性が高まるからだ。その色を確認し終えると、いじめられっ子の本能からか、石をすぐに靴下の中に隠した。あいつらに奪い取られるに決まっているからだ。きっと彼らの中には、色がなく価値が低い石に当たった者もいるだろう。
だとすれば、書かれていた《ルール4 相手の魔界石を奪うことができる。》が現実味を帯びてくる。
もう、そのデストロイヤルとやらは開始されているのだろうか? ジュンヤは注意深く辺りを見回した。体育館に迅速に向かうという、危機管理意識は見られたものの、やはりこの場にいる全員が話を信じているようには見えなかった。どちらかと言えば、冗談として片付けようとする雰囲気が多数を占めていた。
ポケットの異物は、全員に等しく送られたようだった。そしてその場は、魔界石と思われるその話題で持ちきりとなった。
魔界石から武器や特殊能力が出現するとあったが、その方法までは書かれていない。ジュンヤは周りにリクト達がいないことを確認し、靴の中から魔界石を取り出した。
とりあえず右手で強く握ってみる――が、何の反応もない。石は石のままだ。この出現方法を暴くのも、デストロイヤルの競争に含まれるようだ。
〈おっ! 出たっ! 俺のはよく分かんねえけど、剣が出たぞっ!〉
〈えーっ? どうやって出すの? 教えてよー。 へっ、何これ? 鞭みたいなのが出た。やだ、可愛いくなーい〉
人の噂が波及するように、続々と武器を手にする者が出現していた。人に聞くのが苦手なジュンヤは、その情報の波に取り残される格好となった。
まずいな。どうやるんだこれ? 全く分かんないぞ。とりあえず何か念じればいいのかな――駄目だ。ぴくりともしなければ、温度も何も変わらない。
しかし……。
ドキュゥウウウウウン! ジュンヤがのんびりと魔界石の謎を解こうとする行為を、その音が打ち破った。初めて実物の音を聞いたが、それが何の音かはすぐに分かった。
人を殺すための道具――銃をぶっ放した音だ。
キャアアアアア!
その声を合図に、体育館全体がパニック状態に突入した。トムソンガゼルのように逃げ惑う生徒。我先にと出口へ向かう。邪魔な者を突き飛ばし、倒れた相手を踏みつけた。一学年下の小柄な女子生徒の中には、その下敷きになって命を落とす者がいた。
女子の泣き叫ぶような悲鳴。声のする方を見ると、ブレザーを脱ぎ捨てた男子生徒がライフルを片手に恍惚の表情を浮かべていた。その前には、うつぶせに倒れている生徒。血溜まりができていて、ジュンヤはすぐさま目を背けた。
ゆらり。ゆらりと。男は体を夕刻に伸びた影のように揺らし、半径三メートルにいる人間を眺め回す。混み合っていた場所に、不自然な空洞ができる。
「はっはっー。俺ツエー。最強じゃねえか、この武器。これに勝てるのあんの実際? 銃最強じゃねえか。デストロイヤルだか何だか知らねえが……、とりあえずみんな死ね!」
赤ら顔でニキビまみれの――ライフル男はそう言うと、殺人の道具を正面の男子生徒に向けた。
「お、おい、止めろよ。シャレにならねーぞ、おい!」銃口を向けられた生徒がまくし立てる。そして無謀にも、両手を前に突き出したままライフル男へ向かっていく。
パスン! やけに軽い音だった――人の命を奪う音にしては。ライフルの先からは硝煙が立ち上り、発射を滞りなく終えたことを告げていた。
勇敢に立ち向かおうとした男子生徒の頭部は、仮装パーティーでかぶりものを忘れた状態になった。頭部だけが、そっくりなくなっていた。
首のない体は最後の意志を振り絞るように、二、三歩前進した。やがてパタリと力尽きた。
イヤァアアアアア! ほとばしる絶叫。
「おい、お前ら! 何をやってる! いいから落ち着きなさい!」
教師の叫び声は意味を持たない。圧倒的に数が足りていないばかりか、本人達が事態を把握できていないのだから。
ジュンヤは慌てふためく教師と対照的に、状況を理解しようと努めた。目の前のリアルを受け入れ、それに順応しなくてはならない。しかし……まずい、まずい。冷静を装ってみても気は焦るばかりだ。デストロイヤルは既に開始されている。そして早々に、この殺し合いを掌握している者がいるのだ。
ライフル男は、ガシャンと気持ちのいい音を響かせ、次の弾をライフルに装填した。
――えっ、ボルトアクション?
ジュンヤはその手作業で装填する動きを見て、とっさにそう思った。しかし、今はそうした知識が意味をなさないばかりか、逆に命取りになると思い直した。ボルトアクションは狙撃銃に多く見られる連射が苦手な構造なのだが、次弾の装填の隙に何ができるというのだ。近寄ることはおろか、自分は武器を何一つ持っていない。ここは何より、逃げなくてはならない。
ハンターの習性なのか――。これだけ大勢の人間がいても、次に狩るべき相手がすぐに分かるようだった。トムソンガゼルで言えば、最も小さな子供が選ばれる。ライフル男は容易に仕留めることができそうで、明らかに逃げ遅れている少年――ジュンヤに狙いを定めた。
「悪く思うなよ。強者が弱者をサックリと狩る。それも、このデストロイヤルにおけるルールのはずだ」
逃げ足がもつれ、尻もちをついたジュンヤ目がけて、照準がピタリと合わされた。
◆確認された魔界石
インフィニットライフル〈無限の狙撃銃〉
レア度:★★
カテゴリ:銃〈ライフル〉
攻撃力:200
攻撃範囲:B
戦闘の相性:剣などの打撃系……◎、魔法などの範囲系……△、その他特殊系……×
説明:ボルトアクションのため連射不可。ただし弾は異空間からの無限転送。レア度が低い銃のため、攻撃範囲や精度は今ひとつ。




