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第19話 獄舎

 クロダは恍惚の表情で話を始めた。体をせわしなく小刻みに動かす様は、ジュンヤの知っている教師とは別人のようだった――あるいは、これが彼の本当の姿なのかもしれない。


「このアミュレットの特殊能力――、チャームを使えば、俺のいうことを嫌でも聞くようになるさ」クロダは右手にはめている指輪をなでつけた。


 ジュンヤは納得した。魔界石の能力で生徒を操っているのか。ゾンビを使役する能力もあるぐらいだから、生きている生徒を意のままに操る力があってもおかしくない。それにしても……厄介な能力だ。


「私のことは、助けなくていい!」ライムが十字架の上から声を上げる。


 その距離、十メートル。すぐには手が届かない距離だ。


「どういうわけか魅了の能力が、あの子には効かなくてな。まあ、いい。別な方法で調教してやるからな」クロダは蛇のような視線をライムに這わせた。


「このクソ野郎! よくもムラを!」


 隙間を縫うように、リクトが如意棒を最大限に伸ばしてクロダに襲いかかった。


 ピキィィン! クロダが指輪をリクトの眼前にかざした。ドサリと前のめりに倒れるリクト。正に一撃だった。そして、リクトはゆっくりと操られるように立ち上がった。


「よしよし、いい子だ。お前が片桐を捕らえて、地下牢に閉じ込めておけ。どうも片桐を見てると嫌な予感がしてな。俺の第六感だが、何か罠をしかけていそうな、そんな雰囲気だ」


 ジュンヤは冷たい汗が止まらなかった。たった今、足下に仕掛けたトラップを解除せざるを得なかった。さもなくば、操られているリクトだけがトラップに引っかかるだろう。


 リクトがおぼつかない足取りでジュンヤに近づく。他の生徒と同様に、クロダの支配下に置かれたか。クロダが周囲の七、八人の生徒に合図すると、彼らから縄が投げられた。


「片桐ぃ。じっとしてろ、下手に動くんじゃねえぞ」リクトは縄を受け取り、ジュンヤの体を縛り上げた。


 ライムが薄い唇を引き結び、高い位置からジュンヤとリクトの二人を見下ろす。


「よし、そいつを適度に痛めつけておけ!」クロダがそう号令した。


 そこからジュンヤに対するすさまじいリンチが始まった。生徒達の拳や蹴りが乱れ飛ぶ。倒れては起こされ、気を失っては湖の水をかけられた。手加減をしらないと見て、適度に痛めつけるなどという生やさしいものではなかった。


 暴行は数十分に及んだ。口の中は裂け、まぶたは腫れ上がり、両腕と両足にはアザができた。それでもジュンヤは、彼らをトラップにかけたり、胸元に隠し持ったハンドガンで射抜いたりはしなかった。


 ピチャン、ピチャン。ジュンヤは水滴の音で目を覚ました。


 そこには暖かい布団やベッドはなかった。そこは空洞を利用した地下牢で、絶望だけが横たわっていた。入り口には頑丈な鉄格子が据え付けられていた。この世界に元々あったもののように見えた。


「……いっててて」体中のあちこちが痛んだ。しかしその痛みが一遍に吹き飛ぶような光景が、目の前にあった。


「キミ、大丈夫……?」


 正面にも鉄格子があり、その中にライムが幽閉されていた。幸い彼女は無事だった。真正面に彼女がいるのは、別にクロダがサービスしたわけではないだろう。元々あったこの地下牢が、向かい合う作りになっていただけだ。


「うん、平気だよ。この程度は慣れっこさ」ジュンヤが答える。彼女は、あの忌まわしい高架台からは降ろされていた。


「どう見ても、平気には見えないよ……キミ。でも、きっと平気なんだよね。キミが言うんだから」


 その言い回しは、彼女独特のものだった。ジュンヤはそれが聞けて少し安心した。


 ジュンヤは辺りを見回し、門番らしき生徒がいないことを確認した。よほどこの鉄格子に自信があるのだろう。下手に無駄な人員を回すよりも、ジュンヤが消耗するのを待つ作戦なのか。ここで逆襲する機会を待ち続けるのも一法だが、まずは逃げ出さなくては。


 あの狂気に支配された男に、ライムが何をされるか分かったものではない。


 ミシッ、ミシッ。とても繊細だが、人間の足音らしき音が聞こえた。門番がいないとは甘い考えだったか。それともクロダ自身がいたぶりにきたのか……。


 静寂に染み入るような足音の主は、門番でもクロダでもなかった。整ってはいるが、どこか意地悪そうなやんちゃ顔。鼻の高さと自尊心の高さが比例しそうな――リクトだった。


 暗闇に顔を映し、その口元には一本指を当てて合図している――ジュンヤは、その合図に従って声を殺した。


「よう、ジュンヤ。大して驚いてないところを見ると、俺が変てこな能力にかかってないのを知ってたな」


「まあね。だって、リクト君が僕のことを片桐ぃ、何て呼ぶのは変だなって思ったんだよね。無意識だったら、ジュンヤって呼び捨てにするはずでしょ。でも、操られてない、意識が残ってるぞって。そういう意味だったんだよね」


「なかなか鋭いじゃねえか。あいつの指輪の光を見ないように、如意棒で腹を叩いたまでだ。だが、もうこの技も使えねえよ。何せ、あの目立つ如意棒はクソ野郎に没収されちまったからな」


 呼び方がクソ野郎になっているのに気づき、ジュンヤは苦笑した。


「でな、ジュンヤ。ここの扉は俺が開けてやる。その代わり、お前ら二人は、とっとと逃げろ。いいな、その約束だぞ」


「リクト君はどうするの……?」


「俺か? 俺はちょっとあいつに借りがあるからな。そいつを返さねえと、どうも目覚めが悪ぃ」


「駄目だよ、一緒に逃げなくちゃ」


「うるせえ、俺がここを開ける条件がそれだ。お前らは逃げて、俺が残る。で、どうすんだ? 後ろの子とお手々つないで逃げてくれんのか? それともここに残って仲良く地獄を見るのか?」


 ジュンヤに選択肢はなかった。ライムはジュンヤの判断に従うだろう。


「分かった、僕達はここから逃げ出す。リクト君が、クロダを倒す。それじゃこれ」


 ジュンヤは隠し通したハンドガンを手渡した。


「いらねえよ、それこそお前が持ってけよ。彼女のライフルも奪われちまったんだろ。それに、俺にはとっておきの武器があるんだ」


 ジュンヤはその言葉を聞き、彼が自分のトラップのような強力な魔界石を持っているのだと思った。それならば安心だ。


 地下牢の外に出ると、ライムがジュンヤの首に抱擁をした。感情がこもっているかどうかは分からないが、よく恋人がするそれだ。


「えっ……」ジュンヤはただただ言葉を失った。


「ありがとう、キミ」ライムがそっと言った。


「おいおい、何だよ。逃がしてやるとは言ったが、見せつけていいなんて言ってないぜ」リクトがぼやく。


「ごめん、リクト君」ジュンヤは、そっとライムを元の体勢に戻して頭をかいた。少し顔がにやけてしまうのは仕方がない、


 そして二人は連れ立つようにして、ひとけの少ない闇へ抜けた。迷路のように入り組んでいる道は厄介な反面、敵に遭遇する確率を減らしてくれた。


 リクトは二人を見送ると、小さくうなずいた。


 ――俺には、ちっぽけだけど確かな武器がある。それはな、お前に対して格好をつけたいと思う「ちんけな見栄とプライド」だ。


 リクトは「勇気」とは呼べないその感情を、自分でそう嘲笑った。



◆確認された魔界石


 ザ・チャーム〈魅了〉

 レア度:★★★★★

 カテゴリ:魔法〈魅了〉

 攻撃力:0

 攻撃範囲:C

 戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲系……△、その他特殊系……×

 説明:人間を魅了して、自分の意のままに操る魔術。命令は、自分の命が危険にさらされるものでも受け入れる。

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