第18話 教師
「おい、お前達! ここで何をしている!」
その声に、ジュンヤはハッとした。ダンジョンの薄暗がりに、たいまつを持って立つその男は……一年のときの担任教師だった。名前はど忘れして思い出せなかった。
「おっ、お前。片桐じゃないか。無事だったか!」すぐさま、教師特有の笑顔を浮かべる。
そこでようやく、男性教師の名字がクロダ(下の名前は知らない)ということを思い出した。複数の部活動の顧問を掛け持つなどしている、いわゆる熱血教師だ。ジュンヤにも時折声をかけてくれてはいたが、悩みを相談できるような間柄ではなかった。どちらかといえば、成績優秀で従順な生徒を身びいきするタイプだったと記憶している。
「この中に、知り合いが連れ去られたんです。とても仲のいい……友人が。先生こそ、何でこんなとこに?」そう言って、クロダに気づかれる前にハンドガンを胸元に隠した。
「実はな、俺もここに怪しい集団がいるって噂を聞きつけて忍び込んできたんだ」
クロダはそこまで言って初めて、ジュンヤの後ろの二人に気づいた。
「おう、藤堂と折川か。お前らも一緒か……」二人の元担任でもあるクロダは、少し不思議そうな顔をした。
直接口には出さなかったが、語尾を濁したのは三人――片桐ジュンヤ、藤堂リクト、折川ムラ――の関係を知っての反応だ。ジュンヤを気遣ったのか、単に意外だったからなのかは分からない。
「先公も無事だったのかよ。教師は全員やられたと思ってたぜ。ちっとも見かけないからな」
「まあ、お前らが無事でよかった。それで、連れさられたのは誰だ? 少なくともここには来ていないと思うが、俺の知っている生徒か?」クロダは優しく言って、白髪交じりの髪をかき上げた。その指には、余り似合わない派手な指輪が見えた。
「音無ライムさん」ジュンヤが、空気を吐くように言う。まるで池のコイが、たまった空気を吐くように。
「音無か……。一年の子だな。……それにしても片桐、よくあの子と話が合ったな、ちょっと変わったとこがあってな。まあいい、分かった。先生も一緒に行こう」
クロダが担任だったのは一年も前で、今は一年生の担任を受け持っていた。
「で、この中はどうなってんだ? 先生」先公という呼び方から、彼なりに少し改めたようだった。
「どうだろうな。とりあえずその先に出てみるか。光が差してないか? そこ」
クロダが指し示した先は、現実世界ではなかなか見ることができない絶景だった。南国の島国のどこかにありそうな美しい光景。洞窟が大河につながっていて、地下水脈をたたえている。洞窟の天蓋にある裂け目からは、うっすらと日の光が差し込んでいる。リクトとムラは目の前の砂浜目がけて、はしゃぐように駆け出した。
地下水脈の奥底には、古代文明の遺跡が沈んでいた。奇麗で透明な水はどこまでも見通せたが、その奥も無限に続いていそうなほど深い。深海魚のような形をした魚の群れが見えた。
「先生! 魚、魚がいますよ。それなら、この水は飲めますよね!」ムラは我先にと湖面に口を付けていた。本当は、奇麗な水ほど危険なので注意しなくてはならない(生物が住めないから、そのせいで奇麗な場合がある)。しかし今回の場合は、魚がいることが確認できたので問題はなかった。それでも、注意不足という点は否めないが。
ムラが水を堪能するころ、湖を取り囲むように何人かの生徒が現れた。
――その手には、全員が弓矢を持っていた。
「ジュンヤ。あいつらが、お前がいたっていう小屋に火を放った奴らだぜ」湖の近くに立ち、リクトが小声で話す。
「リクト君、戦うんだったら……僕がいくよ」ジュンヤが更に小声で言う。
「いや、待て。クロダ先生……。あんたの判断を聞きたい」
するとクロダは、突如として大声で笑い出した。
「お前らにとっては、やばい状況だな。日頃はデカい態度をとってる、くそったれ生徒のくせに、こんなときだけ俺を頼りにするんだな。まあ、あれを見てみな!」
クロダの口汚い台詞とともに、湖の奥から何かがせり上がってきた。何人かの生徒達に抱え上げられるような棒。それは十字架の形をしていて――そこに磔にされていたのは、ライムだった。
「まさか……」ジュンヤが唇を噛みしめた。
クロダは悠然と、その十字架の元へ歩みを進めながら言った。
「おっと、逃げ出そうと思うなよ。弓がしっかりとお前らを狙ってるからな。ようこそ、新たな俺の奴隷。この世界を牛耳るためには、ただ殺すだけじゃなく、適切な人材の確保も必要なんだ。まあ、最後には殺すけどな」
「うわぁああああ!」緊張に堪えかねたムラが、大声を上げた。そして、こともあろうに外目がけて走り出した。
ストン。その行為は、あっけなく行われた。男達の一人が放った弓矢が、背中からムラの肉体を貫いた。
パタリと、地面に前のめりにムラが倒れ込む。
「ムラ君!」「ムラッ!」ジュンヤとリクトがそれぞれ言葉を上げ、ムラに向かって走った。
男達がジュンヤ達目がけて、弓を引き絞った。するとクロダがそれを制した。
「まあ、待て。せっかく連れてきたのに殺してしまっては何にもならん。あいつらは貴重な労働力なんだからな。それに、仲間の死体を放って逃げるようなタマじゃないだろ」
歯を食いしばりながら、クロダを睨みつけるリクトとジュンヤ。
「へへ……、俺、やられちゃったよ。ざまぁないな。ジュンヤ……笑えよ。おかしいだろ?」
「ムラ君……」
「ムラッ! もういい、しゃべんな。血が噴き出ちまうだろ」
「ああ……リクト君か。最後に、言っていいスか」
「何だよ、何でも言え」リクトが血まみれのムラを抱き寄せる。射撃は的確にムラの急所を射抜いているようだった。流血は止まらない。
「俺、実は……あんたのこと嫌いだったんスよ。いつも偉そうにしてばっかで」肩を震わせながらムラが言う。
「お……おう。そうなのか」リクトが複雑な表情を浮かべる。
「でも……それでも、なんつーか、仲間って良いモンだなぁって。俺なんて、鼻つまみモンだけど、居場所つくってもらっちゃって……嬉しかった」
リクトが、小柄なムラの手を握り締める。
「それと……ジュンヤ……。俺、お前に言いたいことが……ある」
「ムラ君、何?」
「ごめん。ただ、それだけ言わせてくれ……本当に俺が悪かった。もう遅いけど……。もう一度、お前とゲームで戦いたかったよ。時間が戻せるなら、な」
「――」ジュンヤは返す言葉がなかった。ただ、死にゆく仲間――昔の親友――を見送ることしかできなかった。
「いろいろと失敗しちゃった、俺」かすれた声でムラが言う。
「ムラ、お前らしいよ。お前の仇は取ってやるからな」とリクト。
そして、あっけなくムラは事切れた。まるで古い電球の球が消えるように。
リクトの目がふと光ったが、そこには一切の感情が含まれていなかった。
◆確認された魔界石
ネビュラアロー〈星雲を射抜く長弓〉
レア度:★★★
カテゴリ:射撃〈ロングボウ〉
攻撃力:170
攻撃範囲:A
戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲系……△、その他特殊系……×
説明:和弓を極限まで強化した弓。星雲まで届くとされる長距離を狙い撃つ。