第17話 襲撃
――いつ雪が降ってきてもおかしくない。そんな寒い朝だった。
男は数人の部下を従え、双眼鏡で見下ろしている。
「おい、お前。あのツタに覆われた建物らしきものは何だ?」男が横柄に聞く。
「はっ、あそこには生徒二人が潜伏している模様です。昨日確認したところによると、二年の男子と一年の女子だそうです」
「ほう、そうか。こんなところに生息しているとは、なかなか厄介そうなヤツらだな」
部下の男達が顔を見合わせ、うなずいた。
「やれ」それが合図となった。
* * * * * *
ここ数日の日課だが、ジュンヤは足繁く小川に足を運ぶようになっていた。ライムのことが心配だが、銃を持っているので大丈夫だろう。彼女にも、薪を集めたりする仕事がある。
――突如、小屋に向かって火を灯した弓矢が放たれた。何本もの矢が放物線を描き、屋根の草葉に着弾していく。束ねられた矢は強力で、瞬く間に小屋全体が炎に包まれていく。
その光景を、ジュンヤは小屋のふもとから見た。虫の知らせなのか、随分と今日は簡単にノルマの魚が捕れたので、意気揚々と引き上げてきたのだ。
現実のものとは思えない光景。メラメラと業火を上げる小屋。昨晩まで寝食をしていた場所が、炎によって破壊される。
「ライムさん!」ジュンヤは川魚を放り投げ、燃えさかる小屋目がけて走り出した。
何も考えずに扉まで全速力で走った。豪炎をまき散らす惨状を見て、ジュンヤは確信した。誤って出火したのではない。誰かが意図を持って火を放ったのだ。ジュンヤは周囲に目を凝らす。
すると獣道を走る男二人の背中が見えた。その後ろ姿には見覚えがある――リクトとムラだ。いかにも大慌てで逃げ去ろうとしているように見えた。
ジュンヤは茂みの中に隠していた自転車を素早く駆り、二人を追った。金狼熊から頂戴した如意棒を引き抜き、猛然と二人に襲いかかる。
「何をしたんだっー!」実にジュンヤらしくない猛り狂った声を出し、如意棒を振りかざした。背後から襲撃されるかたちになったリクトとムラは、丸腰同然だった。
ビシィイッ! 如意棒がグンと伸び、天誅の如き一撃が二人を襲う。一応ジュンヤは手加減をしたつもりだ。それでも、もんどり打って転げる二人。やがてリクトは背中を押さえながらゆっくりと立ち上がり、ジュンヤの方を見た。
「バカ野郎、何を勘違いしてんだっ! 俺達は、お前の連れの子を追ってたんだぞ! あの子は徒党を組んだヤツらに連れ去られたんだ!」
「あーあ。リクト君。見失っちゃいましたよー」とムラが情けない声を出す。
「えっ、そんな……」とジュンヤ。
「ったく、しょうがねえなあ。お前は。まあ、見境がなくなるのも分かるけどよ。まずは落ち着いて話を聞けや」
リクトの話によると、偶然ジュンヤ達の小屋を見つけたので小躍りして近付いたところ、突如弓矢が放たれたそうだ。それには火が付けられていて、瞬く間に炎に包まれたという。
しかし少し離れた場所に、抱えられて連れ去られている人影が見えた。そしてムラが、ライムだと気づいたそうだ。素早く後を追ったが山の斜面でリクトとムラの足が絡まり、反対に滑り落ちた。やっとの思いで体勢を立て直して獣道に戻ったところを、ジュンヤに追い立てられたのだという。
「聞けよジュンヤ。あいつらの行き先には、心当たりがある。多分、山の中腹を越えた辺りだ」
「そこには何があるの、リクト君! もしかして、敵のアジト?」
「まあ、そんなところだろう。ただ厄介なことに……そこは……」
「そこは……」ジュンヤは唾を飲み込んだ。
「入り口が洞窟になってんだ。少しだけ覗いたんだけどよ……、あれは多分ダンジョンだ」
――この冬一番の北風が、ジュンヤの鼻先を通り過ぎていった。
ジュンヤは動揺を見せないように平静を装った。ダンジョンは、ジュンヤの得意とするRPGになぞらえると、鍵を握る場所になる。しっかりと装備を揃え、仲間を見つけてから乗り込むべき難所なのだ。
仲間……か。ジュンヤはリクトとムラを見た。一緒に助けに行ってくれとは、とても言えない。するとリクトが、思いがけない台詞を口にした。
「お前、何かいい武器を仕入れたか? さっきの棒切れみたいな奴とか。あったら貸せよ。手ぶらでダンジョンに乗り込むわけにはいかねえだろ」
「リクト君……それって……」
「マジっすか、リクト君。俺は嫌っスよ! 何でこいつのために、あんなおっかなそうな場所にいかなくちゃならないんスか」ムラが必死の抗弁をする。
「だったら、お前はスリッパ片手にここで突っ立ってろよ。俺は助けてやんねえからな。お前の水や食糧を、誰が見つけてきたと思ってるんだ」
リクトは数個の白い魔界石を、ポンポンと浮かしてみせる。
――さすが。こういうことに抜け目はないな。ジュンヤは感心した。彼なりのサバイバル術で、ここ数日を戦い抜いたのだろう。時間感覚はとうに失われているが、三日か四日は経っているはずだ。
「これなら、あげられるけど……。如意棒がリクト君で、ムラ君は……手榴弾だけど平気かな?」
ライムを奪還するために、リクトとムラが同行してくれるのであれば心強い。やはり人数は多いに越したことはない。ただし、二人に渡せそうな武器はこれしか残っていない。
「上等! ただ、お前の愛しの人を取り返して元の世界に戻ったら、そんときは礼を奮発しろよ。焼きそばパンを三つはもらわねえと割に合わねえや」と言いながら、早速渡された如意棒を振り回すリクト。
ジュンヤはその冗談を「この世界では」嬉しく思った。
――そのダンジョンは、いつも水を汲む小川を越えた、遥か先にあった。人間を丸飲みするかのように、ぽっかりと空いた不気味な洞窟。ただし、人の気配は立ち込めていた。入り口に、門番らしき男が立っていたからだ。その手にはハンドガンを携行している。
「どうするよ? いっそ、どかーんといくか?」
洞窟に手榴弾を投げ込める程度の距離から、リクトが言う。三人とも、体を茂みにすっぽりと隠している。リクトの提案に、ジュンヤは首を振って答えた。
「その武器は、肝腎なときに取っておいて」そしてリクトとムラの肩をポンと叩いて言った。「僕が行く」
ジュンヤは茂みから身を覗かせると、両手を上に上げた。得意技と言いたくはないが、服従するような愛想笑いを浮かべた。
「おいっ! そこのお前! 止まれっ」門番はすかざすハンドガンの照準を向ける。
「すいません、道に迷っちゃって。人を探してるんです……」ジュンヤは敵意がないことを示しながら、ゆっくりとした足取りで進む。
門番の男は、頭の中で自分の基礎的な知識と照らし合わせた。両手を頭の上に載せた状態で攻撃できる人間はいない――と。
ジュンヤが息がかかるほどの距離に迫ると、門番は胸元にハンドガンを突きつけた。
「よし、そのまま動くな。後ろを向け!」ハンドガンを突きつけたまま、念には念を入れて後ろを向かせる。
そうした浅はかな知識が命取りだった。この世界の武器には、想像を軽々と超える武器が存在する。ジュンヤのトラップクリエイターがそのひとつだった。
シュン! ジュンヤは迷ったが、落とし穴でも鉄柵でもなく、吊り上げ網で門番を仕留めた。
「う、うわぁあああ、何だこれ!」門番が声を上げる。
「ごめん。とりあえず、この銃はもらっておくね」網の隙間からハンドガンを抜き取る。
「おーい、リクトくーん、ムラくーん」ジュンヤが手を振る。
「バカ、声がでけぇえよ。……で、これ、どうやったんだ?」リクトが意外と小心者の発言をし、首を傾げた。
「さぁ、自爆?」とジュンヤが答えた。
――洞窟内は、薄暗くじめっとした空気が蔓延していた。しばらく進むと、自然の壁ではなく人工的な煉瓦造りの壁に変わっていった。中世の城の地下に造られた、正に地下迷宮の様相を呈していた。
道なりに進んでいくにつれて、ジュンヤ達は驚きを禁じ得なかった。壁にたいまつが掲げられ、辺りが照らされていたのだ。人を手招きするような通路が続く。
入り組んだ道だったが、ジュンヤには進むべき道が分かった。それは、ダンジョン系RPGの知識からきていた。人が存在する空気の流れを、判断に迷うたびに確認した。三差路であっても、最深部へと続く正解の道が分かった。それは巧妙に足跡をカムフラージュしてあっても隠しきれない、いわゆる人間の痕跡や息づかいだった。
ジュンヤが先頭を歩き、リクト、ムラと続いた。ジュンヤはハンドガンを握り締めている。その構えは堂に入ったもので、FPSで鍛え上げたものだ。目の前にコウモリが不意に横切っても、銃口を向けるだけで誤射はしない。敵と認識したときのみ、射抜くのだ。
「そうだ、屋上でゴンズ君に会ったよ。怪我してたけど、次の日には大分よくなってたから、安心して」ジュンヤが歩きながら、間を埋めるようにリクトに言った。
「いいよ、あんな奴。もう仲間でも何でもねえよ。メイゲツの野郎もだ。ロクに連絡もよこさないでよ!」とリクトが悪態をつく。そう言いつつも顔がほころんでいる。無事が聞けたのは、嬉しいのだろう。
「でも、仕方がないんじゃないかなぁ。だって、連絡の取りようがないでしょ。携帯もつながる訳じゃないし」
ジュンヤは常に圏外になっている携帯端末については、早い段階でゴミ箱に投げ捨てていた。荷物になるだけだからだ。リクトはその無駄な文明の利器を、後生大事に首から提げていた。
「お前、ちょっと見ない間に、俺に意見するようになったなあ」
「そ……そうかな?」
「別にいいけどよ……」
「もう、何て言うかその……ちょっとした腐れ縁みたいな感じっつうかよう」
「リクト君……それは、過大評価しすぎじゃ」と、ムラが茶々を入れる。
「うるせえ、お前なんて何の役にも立ってねえじゃねえかよ。こいつは一応武器の出し方や、ゴンズのことも教えてくれたろうが。それと、自転車も一台くれたしな。まあ、あれは木に突っ込んで……壊しちまったけどよ」
その言葉に、ジュンヤは苦笑いするよりなかった。そして、少し気が緩んだ瞬間にそいつが現れた。
◆確認された魔界石
SW ハヤブサ〈完成された銃撃〉
レア度:★★★
カテゴリ:射撃〈ハンドガン〉
攻撃力:250
攻撃範囲:B
戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲系……○、その他特殊系……○
説明:ブラックスティールで軽量化を図った、SW社のフラッグシップモデル。ほぼつなぎ目のない一体形成モデルは故障が少なく、NA軍でも正式採用している。銃弾は有限。