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第16話 食糧

 熊とも違う――この世界特有の生き物だ。ジュンヤはそう直感した。一心に餌をあさっている姿は熊そのものだが、顔はオオカミのそれだ。そして全身の毛並みは金色に覆われていた。さしずめ、金狼熊ゴールドウルフベアといったところか。


 むこうもこちらを見て驚いているらしく、すぐに飛びかかってくる雰囲気はない。しかし野獣特有の本能で、ジュンヤを食糧とみなしたようだ。二足歩行に切り替え、爪付きの両手を広げて体を大きく見せる。全長はゆうに三メートルはあるだろう。見上げなくてはならないほどで、ちょうどバスケットボールのゴールと同じ高さだ。


 ジュンヤはすっかり腰が抜けてしまっていた。体が思うように動かない。それでも心が完全に折れた訳ではない。


 ――冗談じゃない、食糧を探しにきて食糧にされてたまるか。来るなら来てみろ、得意のトラップをお見舞いしてやる。


 しかし金狼熊は、用心深く距離を取って、ジュンヤのトラップ範囲に近づいてこない。ジリジリとにらみ合いが続く。やがてジュンヤは、熊の首元に嫌なものを発見した。それは見慣れた――魔界石だった。


 そこでジュンヤは二つのことを考えた。誰かがこの熊を使役テイムしているのか、それともこの熊自体が、魔界石の使い手なのか。見れば見るほど、後者の可能性が高まってきた。なぜなら、周りに使役者の気配がないにも関わらず、その熊が悠然と行動をしているからだ。


 熊は鈴のように首から提げていた魔界石に向かい、ウガウガと吠えだした。すると熊の手に、長尺の棒――如意棒が出現した。


 ブンブンブン! 目にも止まらぬ早さでその如意棒を動かす。現実世界には丸太棒を振り回す熊がいるが、そのパワーアップ版だ。それは尋常ではない速度だった。


 その技を見せつけるように、肩、腕、背中へと如意棒をグルグル回していく。これではっきりした。この熊は紛れもない、自らが魔界石の使い手だ。


 ただでさえ凶暴そうな巨大熊が、武器を持っている。それに厄介なのが、この熊に智恵がありそうなところだった。こちらの射程距離や魔界石の能力を警戒しているフシがある。


 魔界石には、動物に智恵を授けるという秘めた力があるのか? それとも魔界特有の生物だからか? そんなジュンヤの無駄な思考を断ち切るように、如意棒がブゥンと飛んできた。


 ウワァアア! ジュンヤはカメのように頭を引っ込めた。棒の動きを見てかわしたのではなく、たまたま頭を下げたら上を通過した。思いの外、敵の如意棒は長く伸びた。


 ――何で僕は、こんな敵と戦ってるんだ? しかも人間じゃない、熊の如意棒使いと。どうかしてる! でも、どうしても戦いが必要なら……受けて立とう。それがデストロイヤルなのだから。


 ジュンヤは格納していた長剣を出現させた。そして体の前方に構える。すると熊は勢いよく回していた棒を止め、警戒心を強めた。


 武道の達人のように睨み合う、人間と魔界熊。一触即発の状態が続く。小川を挟むように、半円を描きながら移動して互いの距離感を探る。遠からず近からず。熊は移動時には四本足になり、隙が多いように見えた。できればそのタイミングで攻撃を仕掛けたいが、それも誘っているように見えてくる。


 ジュンヤは剣を突き出し、熊の突進を牽制する動きに出た。蛇を棒で突っつくような貧弱な構えだが、意外と効果的だった。またしても膠着状態が続く。


 睨み合いで描いた円が三週目に突入するとき、その均衡を崩す乱入者が現れた。茂みの中から、野生のイノシシが顔を出したのだ。しかもその場所は、金狼熊の間近だった。


 ドスン! 熊は鋭い爪の一振りで、イノシシを仕留めた。ジュンヤはゴンズのナックルクローを思い浮かべたが、さすがにこの攻撃には及ばないだろう。イノシシはひきつけを起こしながら、河原へ横たわった。


 金狼熊が足を止めた隙に、ジュンヤは剣先を一挙に詰めた。そして、熊の喉元へ剣を突き立てようとしたその瞬間。異変が起こった。


 シュワワワ! 炭酸飲料がこぼれるような音をまき散らしながら、派手に長剣がその姿を消した。


 ――まさか、武器の期限切れ? よりによって、このタイミングで!


 熊がその魔界石の仕組み自体を理解したのかどうかは分からない。ただ奴が、このチャンスを逃すまいと突進してきたのは確かだった。


 ――ジュンヤは決して、狙った訳ではない。この凶悪な敵相手に一芝居を打つ余裕もなければ、そこまでの度量もない。


 金狼熊が、戦闘に長けていたのが災いした。あれほど警戒していたのに、好機を逃すまいと不用意に飛び込んできたのだから。


 グルゥアアア! トラップ網の中で猛り狂う金狼熊。ジュンヤのトラップが、熊を網に捕らえて宙づりにした。網を吊り上げる支柱はしっかりしていて、幾ら暴れてもびくともしない。


 ふぅ。思いがけず引っかかってくれたか。トラップは至近距離におびき寄せなきゃいけないから、心臓に悪いよ。


 網に吊られた熊を、下から眺めて言う。網の中でぎゅうぎゅう詰めになっているので、もう怖くはない。ジュンヤは恐る恐る、熊の首にかかっている魔石に手を伸ばした。


 ポロン。熊の魔界石は思ったよりも簡単に外れた。すると……


 クゥウウン。熊は邪悪な心が失われたかのように、人なつっこい声を上げた。魔界石に魅入られて、凶暴化していたとでもいうように。


「駄目だぞ! お前を解放したらまた、誰かを襲う気なんだろ。その手には騙されないから」


 人間の言葉を理解しているかどうか怪しい、熊相手に話しかける。


 クゥウン……。もの悲しい声が低く響く。


「しょうがないなあ、もう。それじゃ、一回だけだぞ! もう二度と僕を襲うなよ!」


 そう念を押し、牙が抜けたように大人しくなるのを確認したのち、トラップ網を解除してやった。


 グゥオオオオオ! 熊はすぐさま二本足で立ち上がり、両手を振り上げた。


「やばいっ! 騙されたか」ジュンヤが攻撃をよけようと距離を取った瞬間。


 金狼熊はお辞儀でもするように首をクイと下げると、四足歩行になり茂みの方へと消えていった。


 な、何だ……。助かったのか……。おっ、もしかして助けたお礼に、こいつを残していったのか。ジュンヤは河原に転がるイノシシを見る。


 如意棒にトラップ網を引っかけ、それを肩に担ぐかたちでイノシシを運んだ。


「どうしたの、それ?」ライムは小屋の玄関に顔を覗かせ、眉をぴくりとだけ動かして言った。


「いやあ、たまたま野生のイノシシが上手くトラップにかかってさ」


 ジュンヤは金狼熊との激闘を話すのは止めておいた。必要以上に彼女を怖がらせたくなかったし、何より信じてもらえる自信がなかったからだ。自分自身、あの巨大な魔物を倒したことが未だに信じられない。


「そう、それじゃあ。食事にしましょう。オイルトラップだっけ? あれをよろしくね」


 ライムが手際よく、クナイを使ってイノシシをさばき始めた。ジュンヤはその間に小川から水を汲んでくる。外の木の葉に火を付け、イノシシをあぶり焼きにした。


「うんまいっ! ライムさんは料理の天才だね」


「ありがとう。でも、味付けも何もしてないけど」


 それでも二人にとっては、豪勢な食事に違いなかった。デストロイヤルが開始されてからの、初めての食事だった。


 それから数日の間。二人にとってある種の平和な日々が訪れた。小川の近くだったことが幸いし、飲み水も十分に確保できた。ジュンヤのトラップ網が魚を捕らえ、それをライムが調理した。


 即席の夫婦のような真似事が続いた。ささやかな幸せだった。ジュンヤは心のどこかで、この生活が長く続いてもいいとさえ思った。


 ――しかし、その平穏な日々が長く続くことはなかった。



◆確認された魔界石


 如意棒〈朱色の棒撃〉

 レア度:★★★

 カテゴリ:打撃〈メイス〉

 攻撃力:190~260

 攻撃範囲:B

 戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲系……△、その他特殊系……○

 説明:伸縮自在の如意棒。素早い動きで敵をかき乱す。使い手次第で、高い攻撃力を発揮する。カテゴリ的には、棍棒と同じメイスに区分される。

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