表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

第15話 山の中

 そのツーリングは快適なものとは言えないまでも、悪くはなかった。余り速度を出すと吹き付ける風が冷たいので、本来の性能を制限して進んだ。


 ジュンヤは考える。果たしてこの町は、どうなったんだろう。自分の家族は元の世界で、無事に暮らしているのだろうか。この世界は、恐ろしく人の気配がしない。


 ジュンヤには、両親も妹もいた。円満という表現はおこがましいが、至って普通の家族だった。夏には海水浴に行き、秋にはブドウ狩りに行く。冬には家族で温泉を訪れるという、平凡ながら幸せな――帰る場所があった。


 やがて、左手の前方に山道へ通じる道が見えてきた。


「ライムさん。町は駄目そうだから、山で食糧を採ろうと思うんだけど、いいかな?」


「えっ? 何? 聞こえない」


 ジュンヤの声は風で流されてしまった。オートバイでツーリングをした経験などないので、この乗り物の加減が分からなかった。


「山っ! 山にいこうかって!」


 ジュンヤは珍しく大声で叫んだ。この世界にきてからは、大声を出すのは珍しくなかったが、元の世界で大声を出すことなど全くと言っていいほどなかった。


 ライムは大声を出すのはジュンヤより苦手らしく、彼の背中を二回トントンと叩いた――どうやら、オッケーの合図らしい。


 山道は茂みが入り組んでいるものの、一応進めるようになっていた。やはり元の世界が下敷きになっているので、完全に人間と切り離された作りではない。獣道らしき道を進む。


 十キロぐらい入ったところだろうか。何か乗り物を使わなければ進めないような、山深い場所に出た。生徒の誰かが山に入ったとしても、とてもここまでは来られないだろう。そんな感じのところに出た。


 ――それは、そこにあった。


 何百年も前から置き去りにされていたような……石造りの小屋だった。コケや葉に覆われているが、四角い建物の原形をとどめていた。


「あそこっ、あそこを拠点にすると何かと便利かもしれない。ちょっと覗いてみるね」


 ジュンヤは声を弾ませた。自転車を止め、小屋から離れた茂みに隠す――用心に越したことはない。


「すいませーん。誰かいますかー」ジュンヤは一応、挨拶をしながら中へ入る。扉はないが、外のツタの葉がその役目を果たしていた。格納していた長剣を出現させ、邪魔する葉っぱを振り払いながら中へ進む。ということは、中に先客はいなそうだ。


 中も見事な石造りだった。汚れてはいるものの、掃除をすれば使えそうな石テーブルが置かれていた。それに丸い台座が二脚。これも石造りで、椅子に使えそうだ。


 ジュンヤはそれらを見て小躍りしたくなった。雨風さえしのげれば、当座は何とかなるかもしれない。突きつけられたサバイバル条件においては、寝床の確保がやはり重要だった。外で寝泊まりなどしたら、ひとたまりもないだろう。


 ライムが興味深げに小屋の中を見回し、椅子の汚れを払ったとき、ジュンヤにいい考えが浮かんだ。いい流れがきているときは、いいアイデアも浮かぶものだ。


 そうだ! 野球男から頂戴した、魔界石入りの巾着袋を思い出す。制服のベルトに引っかけて持ち歩いていたので、すっかりその存在を忘れていた。中身は無色の石ばかりだという記憶も手伝って、優先順位的にも後回しにしていた。


 七個の魔界石を取り出して、それぞれを確認する。まるでカプセルトイを大人買いするような、あるいは福袋を開けるようなワクワクする思いだった。


「出現!」ジュンヤはそう宣言する。


 ライムにも同じ楽しみを味わってもらうために、彼女にも出現を口にしてもらった(ライムだけでは何故か出現させられないので、ジュンヤが声を揃える)。


 七個の内、一個目……スリッパ! これはレア度が星一つの残念武器だ。次。


 二個目……スリッパ! またしてもこれか……。うなだれるジュンヤとは正反対に、ライムはつぶらな瞳を猫のように丸くしている。どうやら、面白いらしい。


 三個目……短刀が出現した。何だこれ? ジュンヤは思った。レア度は相変わらず星一つだった。


「クナイね。忍者が使う投てき武器じゃない? この大きさは、サバイバルナイフ代わりに使えそう」ライムがぽつりと言う。ジュンヤがウンウンとうなずき、次へ進む。


四個目……来た、これだ! それも二着セットだ。


 期待通りに、それはあった。レザーアーマーと言うのだろうか。一枚つなぎの、革製防具だ。自転車に乗った二人組が着ていたものと同じで、きっと存在するだろうと睨んでいた。二着セットということで、あの二人がお揃いで着ていた理由もうなずけた。ちなみに防御力は皆無らしく、星は二つに留まっていた――まあ、元が無色石だから仕方ないか。


 ライムが気に入るかどうか、とりあえず渡してみる。薄い水色のレザーアーマーは、彼女の神秘的な瞳の色ともマッチしそうだった。さて残り三個……と思ったとき、ライムが言った。


「ごめん、キミ。ちょっと向こうを向いててくれる?」


 ライムはそう言うと、着替え始めた。


「うわあぁああわ! 僕、隣の部屋で着替えてくるから。終わったら教えて」


 ジュンヤは慌ててその部屋を出た。ちょうど部屋が二続きあることが幸いした。後ろを向いてればいいと言われて、そうできるほど神経は図太くない。


「おまたせ、どうかな?」ライムがクルリと一回転してみせる。


 それは一枚つなぎで、レーシングスーツのように身丈を全て中に入れるタイプだった。ウエストをベルトで締め上げる簡素なデザイン。細身で小顔のライムは、どんな服でも似合った。洋服の着替えという意味では少し違うが、これで十分だった。


 不思議な伸縮性のあるレザー生地で、ジュンヤにもぴったり合った。女性用と男性用があり、ライムは水色に白のクロスラインのもの。男性用は、黒にオレンジだった。ただし、スタイルが強調されるこのレザーアーマーは、着こなしと言う意味においてジュンヤはライムにほど遠かった。


 せっかくなので、二人でスリッパに履き替えてみた。何となくおかしさがこみ上げた。ライムも口元が笑っているように見えた。


 この子は、自分の感情を隠したいんだ――。僕にもそう言うところがあるから、分かる。でも、せっかく可愛い顔をしてるんだから、もったいないな。そんなことを思った。


 そして、残り三個の魔界石を改めて確認する。五個目と六個目は、手榴弾だった。何かのときに役立つだろう。


 そして最後の一個。無色なので余り期待はしていないが。


 七個目……破壊のアミュレットというものが出現した。前のトラップクリエイターのときのように、直接頭に説明が流れる。


「この魔石の能力は、デストロイ・ストーン。星はひとつ。アミュレットという支援アイテムに分類される。相手の魔界石を破壊し、その能力を消し去ることができるが、引き換えに自分の魔界石も同時に破壊される。その魔界石のレア度は、相手と同じでなくてはならない」


 その直接的なメッセージは、必要なことを届けるとすぐに消えた。


「すごい、相手の魔界石の能力を打ち消せるんだ。でも、それと同じぐらいの魔界石を犠牲にするから、この石の利用価値は低い――星一つなんだ」


 ジュンヤは、そうライムに教えた。ひょっとしたら掘り出しなのかもしれない、とも思った。


 彼女が小屋の中を掃除するといったので、ジュンヤは外に食糧を採りに出かけることにした。この季節、クルミなどの木の実や山菜が採れるのを期待した。


 身軽な黒のレザーアーマーに身を包み、ジュンヤは野山を分け入った。できれば、この付近に小川があれば最高だ。川の魚を狙うという手段もあるかもしれない。


 その願いは、天に通じた。あそこに小屋があったのも、昔からここに小川が流れていたからなのだろう。せせらぎは周囲の木々に吸収され、偶然立ち寄るまで気がつかなかったが、なかなか大きな川だ。


「よし! 後でライムさんへの土産話ができたぞ」疲れも忘れ、小川に駆け寄る。


 しかし、そこには大きな塊がいた。それは、巨大な見たこともない生き物だった。


 ライムに、もっととんでもない土産話ができそうだった――もし、無事に帰ることができるのであれば。



◆確認された魔界石


 レザー・フル・アーマー〈皮革の軽防具〉

 レア度:★★

 カテゴリ:防具〈パワースーツ〉

 防御力:30

 軽量度:B

 戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲攻撃……△、その他特殊系……○

 説明:一つなぎのレザーアーマー。男性用と女性用の二着セット。女性は、水色と白のクロスライン。男性は黒とオレンジ。防御力は低いが、衣服としては十分な性能を有する。伸縮自在で、ボディラインにフィットする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ