第15話 山の中
そのツーリングは快適なものとは言えないまでも、悪くはなかった。余り速度を出すと吹き付ける風が冷たいので、本来の性能を制限して進んだ。
ジュンヤは考える。果たしてこの町は、どうなったんだろう。自分の家族は元の世界で、無事に暮らしているのだろうか。この世界は、恐ろしく人の気配がしない。
ジュンヤには、両親も妹もいた。円満という表現はおこがましいが、至って普通の家族だった。夏には海水浴に行き、秋にはブドウ狩りに行く。冬には家族で温泉を訪れるという、平凡ながら幸せな――帰る場所があった。
やがて、左手の前方に山道へ通じる道が見えてきた。
「ライムさん。町は駄目そうだから、山で食糧を採ろうと思うんだけど、いいかな?」
「えっ? 何? 聞こえない」
ジュンヤの声は風で流されてしまった。オートバイでツーリングをした経験などないので、この乗り物の加減が分からなかった。
「山っ! 山にいこうかって!」
ジュンヤは珍しく大声で叫んだ。この世界にきてからは、大声を出すのは珍しくなかったが、元の世界で大声を出すことなど全くと言っていいほどなかった。
ライムは大声を出すのはジュンヤより苦手らしく、彼の背中を二回トントンと叩いた――どうやら、オッケーの合図らしい。
山道は茂みが入り組んでいるものの、一応進めるようになっていた。やはり元の世界が下敷きになっているので、完全に人間と切り離された作りではない。獣道らしき道を進む。
十キロぐらい入ったところだろうか。何か乗り物を使わなければ進めないような、山深い場所に出た。生徒の誰かが山に入ったとしても、とてもここまでは来られないだろう。そんな感じのところに出た。
――それは、そこにあった。
何百年も前から置き去りにされていたような……石造りの小屋だった。コケや葉に覆われているが、四角い建物の原形をとどめていた。
「あそこっ、あそこを拠点にすると何かと便利かもしれない。ちょっと覗いてみるね」
ジュンヤは声を弾ませた。自転車を止め、小屋から離れた茂みに隠す――用心に越したことはない。
「すいませーん。誰かいますかー」ジュンヤは一応、挨拶をしながら中へ入る。扉はないが、外のツタの葉がその役目を果たしていた。格納していた長剣を出現させ、邪魔する葉っぱを振り払いながら中へ進む。ということは、中に先客はいなそうだ。
中も見事な石造りだった。汚れてはいるものの、掃除をすれば使えそうな石テーブルが置かれていた。それに丸い台座が二脚。これも石造りで、椅子に使えそうだ。
ジュンヤはそれらを見て小躍りしたくなった。雨風さえしのげれば、当座は何とかなるかもしれない。突きつけられたサバイバル条件においては、寝床の確保がやはり重要だった。外で寝泊まりなどしたら、ひとたまりもないだろう。
ライムが興味深げに小屋の中を見回し、椅子の汚れを払ったとき、ジュンヤにいい考えが浮かんだ。いい流れがきているときは、いいアイデアも浮かぶものだ。
そうだ! 野球男から頂戴した、魔界石入りの巾着袋を思い出す。制服のベルトに引っかけて持ち歩いていたので、すっかりその存在を忘れていた。中身は無色の石ばかりだという記憶も手伝って、優先順位的にも後回しにしていた。
七個の魔界石を取り出して、それぞれを確認する。まるでカプセルトイを大人買いするような、あるいは福袋を開けるようなワクワクする思いだった。
「出現!」ジュンヤはそう宣言する。
ライムにも同じ楽しみを味わってもらうために、彼女にも出現を口にしてもらった(ライムだけでは何故か出現させられないので、ジュンヤが声を揃える)。
七個の内、一個目……スリッパ! これはレア度が星一つの残念武器だ。次。
二個目……スリッパ! またしてもこれか……。うなだれるジュンヤとは正反対に、ライムはつぶらな瞳を猫のように丸くしている。どうやら、面白いらしい。
三個目……短刀が出現した。何だこれ? ジュンヤは思った。レア度は相変わらず星一つだった。
「クナイね。忍者が使う投てき武器じゃない? この大きさは、サバイバルナイフ代わりに使えそう」ライムがぽつりと言う。ジュンヤがウンウンとうなずき、次へ進む。
四個目……来た、これだ! それも二着セットだ。
期待通りに、それはあった。レザーアーマーと言うのだろうか。一枚つなぎの、革製防具だ。自転車に乗った二人組が着ていたものと同じで、きっと存在するだろうと睨んでいた。二着セットということで、あの二人がお揃いで着ていた理由もうなずけた。ちなみに防御力は皆無らしく、星は二つに留まっていた――まあ、元が無色石だから仕方ないか。
ライムが気に入るかどうか、とりあえず渡してみる。薄い水色のレザーアーマーは、彼女の神秘的な瞳の色ともマッチしそうだった。さて残り三個……と思ったとき、ライムが言った。
「ごめん、キミ。ちょっと向こうを向いててくれる?」
ライムはそう言うと、着替え始めた。
「うわあぁああわ! 僕、隣の部屋で着替えてくるから。終わったら教えて」
ジュンヤは慌ててその部屋を出た。ちょうど部屋が二続きあることが幸いした。後ろを向いてればいいと言われて、そうできるほど神経は図太くない。
「おまたせ、どうかな?」ライムがクルリと一回転してみせる。
それは一枚つなぎで、レーシングスーツのように身丈を全て中に入れるタイプだった。ウエストをベルトで締め上げる簡素なデザイン。細身で小顔のライムは、どんな服でも似合った。洋服の着替えという意味では少し違うが、これで十分だった。
不思議な伸縮性のあるレザー生地で、ジュンヤにもぴったり合った。女性用と男性用があり、ライムは水色に白のクロスラインのもの。男性用は、黒にオレンジだった。ただし、スタイルが強調されるこのレザーアーマーは、着こなしと言う意味においてジュンヤはライムにほど遠かった。
せっかくなので、二人でスリッパに履き替えてみた。何となくおかしさがこみ上げた。ライムも口元が笑っているように見えた。
この子は、自分の感情を隠したいんだ――。僕にもそう言うところがあるから、分かる。でも、せっかく可愛い顔をしてるんだから、もったいないな。そんなことを思った。
そして、残り三個の魔界石を改めて確認する。五個目と六個目は、手榴弾だった。何かのときに役立つだろう。
そして最後の一個。無色なので余り期待はしていないが。
七個目……破壊のアミュレットというものが出現した。前のトラップクリエイターのときのように、直接頭に説明が流れる。
「この魔石の能力は、デストロイ・ストーン。星はひとつ。アミュレットという支援アイテムに分類される。相手の魔界石を破壊し、その能力を消し去ることができるが、引き換えに自分の魔界石も同時に破壊される。その魔界石のレア度は、相手と同じでなくてはならない」
その直接的なメッセージは、必要なことを届けるとすぐに消えた。
「すごい、相手の魔界石の能力を打ち消せるんだ。でも、それと同じぐらいの魔界石を犠牲にするから、この石の利用価値は低い――星一つなんだ」
ジュンヤは、そうライムに教えた。ひょっとしたら掘り出しなのかもしれない、とも思った。
彼女が小屋の中を掃除するといったので、ジュンヤは外に食糧を採りに出かけることにした。この季節、クルミなどの木の実や山菜が採れるのを期待した。
身軽な黒のレザーアーマーに身を包み、ジュンヤは野山を分け入った。できれば、この付近に小川があれば最高だ。川の魚を狙うという手段もあるかもしれない。
その願いは、天に通じた。あそこに小屋があったのも、昔からここに小川が流れていたからなのだろう。せせらぎは周囲の木々に吸収され、偶然立ち寄るまで気がつかなかったが、なかなか大きな川だ。
「よし! 後でライムさんへの土産話ができたぞ」疲れも忘れ、小川に駆け寄る。
しかし、そこには大きな塊がいた。それは、巨大な見たこともない生き物だった。
ライムに、もっととんでもない土産話ができそうだった――もし、無事に帰ることができるのであれば。
◆確認された魔界石
レザー・フル・アーマー〈皮革の軽防具〉
レア度:★★
カテゴリ:防具〈パワースーツ〉
防御力:30
軽量度:B
戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲攻撃……△、その他特殊系……○
説明:一つなぎのレザーアーマー。男性用と女性用の二着セット。女性は、水色と白のクロスライン。男性は黒とオレンジ。防御力は低いが、衣服としては十分な性能を有する。伸縮自在で、ボディラインにフィットする。