第14話 崩壊と旅立ち
その男は職員室の教師を全滅させた後、ゆったりとした足取りで放送室へ向かった。
ガチャリ。おもむろにドアを押し開けると、中に女子生徒が四人ほど隠れているのが見えた。
「何だ? ここの鍵は壊れているのか。お前ら無事か?」男は、取って付けたような笑顔で言った。
「助けて! この世界はおかしいわ。異常よ! 皆で殺し合いを始めて……。私達これから、放送で皆に呼びかけようと……」女子生徒の一人が、喉を詰まらせながら言った。
「へぇ、何て呼びかけるつもりだ?」
「皆で、決められた十四日間を戦わないで過ごそうって。戦闘を放棄しましょうって」
「それは、まずいな……」男は眉間にしわを寄せて言う。
「えっ? どうして? 戦闘を行っている人達に狙われちゃうから?」
「いやいや、そうじゃないよ。そんなんじゃ、盛り上がらないだろうって」
「えっ? それってどういう……」
「もっと今まで以上に激しくならなきゃ、つまんないだろ? せっかくのデストロイヤルなんだから。この世界をね……わざわざ希望してる者もいるんだよ!」
「ああっ……。そんな……う……そ、でしょ……」
四人の女子生徒達は、今までに見たことのない光を浴びながら、溶けるように消滅した。男にとっては、真夏にアイスが溶けるような、ごく当たり前のことだった。一瞬の出来事だったので、死に際の顔は安らかにさえ見えた。
男は自分の赤い魔界石を手に取り、満足げに見つめた。
そして放送室のマイクに近づき、ランプを同じ色に点滅させた。
* * * * * *
ジュンヤとライムは、校門に向かっていた。校舎の外に出て、町へ向かうつもりだった。玄関で外履きに履き替える。ライムは一年生なので、少し離れた下駄箱を使っていた。ジュンヤは前にライムをその下駄箱の近くで見かけたことがあった。なので、およその場所は分かっているのだが、訳知り顔で近付いてもあらぬ誤解を生みそうなので止めておいた。
「お待たせ」ライムがやってきた。動きやすそうな白いスニーカーを履いていた。
すると突如、校内放送が鳴り響いた。今まで混乱のさなかにあったが、一度たりとも校内放送は流れていない。
「あーあー、聞こえるかな?」とスピーカーから声が流れた。
加工されたような声で、声の主が誰なのか判別できない。それでも、男性ということは分かった。ジュンヤとライムは足を止めて、顔を見合わせた。
「んー。ちょうどいい具合に、ここにいた奴が爆弾トラップを持ってたんだな。こいつにはもったいないレア物だ。敬意を表して、早速使わせて貰おうか。この校舎は、全て破壊する。コソコソと隠れている奴がいたら、とっとと逃げ出した方がいいぞ!」
バカな! ここを爆破するって? まだ何人も残っているに決まっている。それに、ここが破壊されたら、多くの生徒が路頭に迷うことになる。
ジュンヤが校舎に戻ろうとした途端、その腕をライムがつかんだ。そして首を小さく二回、横に振った。
確かに彼女の判断は正しい。今から戻ったところで、全員を助け出すことなど到底できない。今は、皆が全速力で逃げ出すのを期待するよりない。ジュンヤはライムにうなずいて見せた。そして全力で校門に向かって走った。
見慣れた校門を一歩外に出たとき、校舎が閃光に包まれた。爆撃というものなど一度も見たことなかったが、正に爆撃だと思った。爆風は、上空へキノコ雲を形成して立ち上っていった。
結局、校舎から逃げ出してきたのは数人の生徒だけだった。そして、互いに声をかけ合うこともなく、よそよそしく怯えるような感じで町並みに消えていった。
――ゴンズ君は無事に逃げ出せただろうか? タフな彼のことだ。きっと、余計な心配をするなと怒られてしまうだろう。
町並みの表情は、言い表しにくいものだった。道路などの痕跡は残っているが、南国のヤシのような、ふだんでは見られない植物がうっそうと生い茂っている。まるで古代の植物のように、大ぶりなものが目立った。
ジュンヤは目の前に提示された風景がどのようなものか、適切な比喩を探した。元の都市一帯をそっくり古生代に飛ばし、そのまま風化させたような感じ――と言えばいいのか。
過去から来た廃虚。――そこに群生林が共存している、いう表現がしっくりきた。
一本の長く直線に伸びる道路が、ジュンヤ達に進むべき道を示した。これは通学路として利用されていた道で、元の世界であればこの時間帯は近くの小学生達で賑わう。水平線まで見えそうな、長く伸びた道をゆっくりと歩き出した。
今は折り悪く冬を控えた、肌寒い季節だ。食糧の確保に加えて、衣料の調達も考えなくてはならない。贅沢は言ってられないが、血まみれの制服もできれば何とかしたい。
ただ、どう見ても店はなさそうだった。本格的なサバイバル生活を予感したそのとき。
――前方から、何かが走ってくる! あの速度は、乗り物じゃないか。それも、よく知った乗り物……。
ビュウウン! その乗り物は、速度を落とすことなくジュンヤ目がけて突っ込んできた。それも二台並んで。
ジュンヤは辛うじて横っ飛びでかわした。ひび割れた道路の横が、柔らかい原生林であることが幸いした。
「あらら、かわされちゃった。ねー、ター君どうする?」と、三つ編みの少女が言う。
「うーん、チーちゃん。もう一回、勢いつけて突っ込んで見る?」と、やや童顔の少年が答える。
その乗り物――大きめのバイクに近い自転車にまたがった二人は、ジュンヤをひき殺すのに失敗したと見ると、急に雑談を始めた。制服ではない、お揃いのレーシングスーツのようなものを着用している。
「あっ、いいねえ。今度はそっちの子にしよっか。あっ! あたし、その子知ってるかもー。隣のクラスの子だよー。確か、レモンだかオレンジだがそんな名前の子」
「へー、さすがチーちゃん、物知りだな。うん、じゃあ、もう一回やっちゃおうか? この乗り物面白いし」
それだけ言い残すと、二人は一本道の道路を勢いよく戻り始めた。エンジンでもついているのかと思うほど、自転車にしてはもの凄い速度が出ている。ほとんどオートバイと言っていい。
ジュンヤは体中に名も知らない枝葉をつけながら、その身を起こした。
「あの二人は、僕らを狙っているんだ! きっとあの自転車は、魔界石から出現させた武器なんだよ」
ジュンヤの読みはズバリ当たっていた。
「そうみたいね。あの二人は……私と同じ学年の子だわ。いつもベタベタしている……見本ね」
ライムの口から「ベタベタ」という言葉が出たのは意外だった。が、その言葉には説得力があった。確かにそんな感じだったからだ。
と同時に、ライムの性格をまだよく知らないことを寂しく感じた。しかしそれは、裏を返せばこれから知る楽しみがあるということだ。何事も、心の持ちようで世界の見え方が一変する。下手をしたら正反対なぐらいに――ジュンヤはこの世界にきて、そのことを痛感していた。
「ねえ、キミ。こういうのはできる?」ライムは耳元でささやいた。彼女の小さな吐息がくすぐったく感じる。
「もちろん、できるけど。なるほど、あれをそのまま頂くのか……。オッケイ、やってみるね」
ジュンヤの答えを聞き届けると、今度はライムが入れ替わりで茂みに入り、何かに備えてライフルを構えた。ジュンヤは道路の真ん中に立ち、両手を広げた。
ブォオオオオオン! うなりを上げるような爆音とともに、二台の殺人自転車が突っ込んでくる。二人は蛇行しながら走り、手にはチェーンのような武器を持っていた。
「さあて、死んでもらうよー! いっくよー、ター君!」
「ウヒャッハー! チーちゃん。その子の首はもらったー」
さながら世紀末を彷彿させる光景だった。男子生徒の方は、トランス状態に突入している。
ズルンッ! 一瞬、二人とも何が起きたのか分からなかった。ジュンヤの両側を横滑りしながら、自転車が滑っていく。余りにも奇麗な滑り方で、二人の体はソリからこぼれた子供のように、後から追う形で滑っている。
「うわあああっーーー」スタントマンのように、道路を滑る二人。
ジュンヤは、そのオイルトラップの出来映えに満足していた。道路一面にぶちまけられた黒い水たまりが、日差しをキラキラと反射している。
「はい、ナイススタントね二人とも。それで、何か言うことはある? 私はバナナでもパイナップルでもないけど」
ライムがライフルを、シャキンと構える。二人は地面に転がったまま、両手を上げた。
「ひぃっ、ご、御勘弁をー。何卒、命ばかりはー」男の方が手の平を返したように命乞いをする。凶暴な武器から降りて、人が変わったようだ。
「もう嫌ー、こんな世界。ター君、早く元の世界に返ろうよー。つまんないー」女の方は、現実を受け入れたくないようだった。
余りにも幼稚な二人に対し、銃を向け続けるのも気の毒だと思ったライムは、銃口を外した。
「あ、ありがとうー。女神様」
「何よ、あんな子にデレデレしちゃってさー。プイだっ」
「何だよ、チーちゃん。命は助けてくれたんだから、いいじゃないか。武器はまた、見つければいいよ。それより、何か食べるものを見つけにいこうよ」
「にへーっ」
すっかり二人だけの世界に浸りきっている様子で、スタスタと道路を歩き出した。お詫びのつもりなのか命の代償なのか、自転車だけを残して。
その勝手きままさにジュンヤはすっかり怒る気が失せて、両手を天に向けた。そして、魔界石から出現させたと思われる二台の自転車に手を伸ばしたとき。茂みの中から、何者かが飛び出した。
「おっと! そいつは頂いていこうか。俺達が先に目をつけた奴なんでな」
「分かったか、ジュンヤ。そういうことだ。お前は、リクト君にもらった剣があるだろ」
その二人組は、リクトとムラだった。御丁寧に、それぞれがスリッパの左足と右足を握りしめている。もっといい武器は見つけられなかったのか……。
ジュンヤは呆れることを通り越して、彼らの豪胆さを称賛した。……んっ? それとも僕が、舐められてるだけなのか?
ライムはと言うと、スリッパで脅されていることを楽しんでいるように見えた。
「えっと……。リクト君達。もしかしてスリッパで戦ってるの?」
「そ、そうだよ。悪ぃかよ。一応、その剣はお前にくれた奴だしな……。おっ! それよりお前、委員長は無事か? ゾンビのときは……見捨てて悪かったな」
リクトの質問に答えるジュンヤを、ムラはじっと見つめていた。彼が委員長に好意を寄せていることをジュンヤは知らなかったが、とても切り出しにくかった。それでも言った。
「桜咲さんは……やられた。ゾンビに。でも、僕が退治したから……それで……」
「ああ、分かった。お前が仇を取ってくれたってことだよな」リクトはそう励ました。
ムラは思いの外ショックだったらしく、それっきり話さなくなった。
ジュンヤはリクト達のことを少し見直していた。口と素行は悪いが、級友を思いやる気持ちがあることと、ジュンヤに一言謝ったことだ。
――元の世界では、絶対に聞くことのできない台詞だろう。「見捨てて悪かったな」は。
「いいよ、リクト君。その自転車に乗ってって。狙われたら危ないでしょ。スリッパだけだと」
リクトはしばらく考えているようだった。ムラは無言で、さっさとまたがっている。
「おい、ムラ! 降りろ! お前は俺のケツに乗っけてやっから」
「えー、リクト君。そりゃないっすよー。俺もこれ運転したいしー。相手はあのジュンヤっすよ、ジュンヤ」あからさまにムラがぼやく。
「つべこべいうんじゃねえよ! こいつは普通のチャリよりかなりでけえし、後部シートもしっかりしてっから、二人乗りは余裕だろうが」
リクトはそう言って自転車にまたがり、ムラの尻を蹴り上げて自分の後ろに乗せた。そして、またな! と言い残すと風のように去っていった。――先のオイルで転倒しそうになっていたが、ふらつきながら持ち直していた。
ジュンヤがライムを見ると、彼女は後部座席にちょこんと座っていた。
ブルゥンン! 女の子との初めての二人乗り――それが、こんな形で実現されるなんて。ジュンヤはちょっとだけ、この世界に感謝した。
◆確認された魔界石
スーパーボム〈超爆弾〉
レア度:★★★★
カテゴリ:特殊〈トラップ〉
攻撃力:777
攻撃範囲:S
戦闘の相性:剣などの打撃系……×、魔法などの範囲系……×、その他特殊系……×
説明:対人戦闘には向かないが、とてつもない破壊力を持つトラップ。この破壊力を持ってすれば、あの建物を破壊できるかもしれない……?
フロート・モービル〈浮遊する自転車〉
レア度:★★★
カテゴリ:特殊〈乗り物〉
攻撃力:310(最大速度で激突した場合)
攻撃範囲:A
戦闘の相性:剣などの打撃系……△、魔法などの範囲系……◎、その他特殊系……×
説明:自転車の姿をした武器。ただし、通常の自転車よりはかなり大きい。ペダルの踏み込みをブーストさせることができ、オートバイ並みの速度が出せる。後部シートもついていて、オートバイのように安定した二人乗りが可能。