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第12話 元柔道部の男

「ゴンズ……君」


 ゴンズの本名は佐藤源太だが、誰もそう呼ばなかった。一部の教師でさえ、彼のことをゴンズのあだ名で呼んでいた。意味はないのだろうが、彼がその呼び方をひどく気に入っているようで、機嫌を取るためにも慣習的にそう呼ぶようになっていた。


 その彼の姿を見て、ジュンヤはおののいた。彼が怖かったからではない(確かに恐ろしい存在ではあるが)。ゴンズの全身が、血まみれだったからだ。


「おう、ジュンヤか……」無口な彼らしい言葉だった。


 返り血も含まれているだろうが、明らかに彼はおびただしい出血を伴っていた。


「大丈夫? ゴンズ君」ジュンヤはありきたりだが、本心からそう思う言葉をかけた。


「まあな。素手だったら負けやしねえけど。さすがに、な」


 そう言うと、少しだけ口に笑みを浮かべて腰を落とした。その拍子に、彼が負傷している箇所が露わになった。


 背中を斜めに袈裟切りされていた。どんな武器でやられたのだろうか。


「え、えっと……まずは止血しなきゃ」ジュンヤは自分を落ち着かせるように言った。


 するとライムは手早く彼の傷口を確認した。そして理科実験室で入手したエタノールを取り出して、消毒した。


「あいっ……てて、つうっ」と、ゴンズが痛がってもお構いなしだった。


 キャメル色のブレザーの上着を勢いよく脱いで裏返しにし、ゴンズの背中に巻いて止血を始める。背中へたすき掛けにして、袖の部分を強く結んだ。応急処置ではあるが、失血を防ぐ意味では効果的だった。


「お、おう。すまねえ、えっと……」


「彼女はライムさん。一年生の子なんだ」


「おう、ありがとよ。いい名前だな」


 ライムがペコリと頭を下げる。


 ジュンヤはゴンズの心配をしつつも、ある疑問が先立った。


 ――ゴンズ君がやられるなんて。


 元柔道部で百八十センチを超える立派な体格を持つ彼であっても、デストロイヤルにおいては攻撃対象として狙われるのか。


「それはそうと、二人とも物騒なモン持ってんな」


 ゴンズが、ジュンヤの長剣とライムのライフルを顎でしゃくって言う。するとジュンヤは、ペアルックを指摘されたような気分になった。


 よく見るとゴンズの両手には、剛拳がはめられていた。実に彼らしい――ナックルのようだ。


「そうだ、お前ら。食堂には近づかない方がいいぞ。俺はあそこの争いで、バッサリやられた。まあ、何人かは道連れにしてやったけどな。それに、散々食い散らかされた後だから何も残ってねえ。暴動が起こったみたいになってんだ」


 そう言って拳同士を合わせ、金属音を響かせてみせた。


 正に向かおうとしていたジュンヤは、途方に暮れざるを得なかった。すると……


「水だったら、俺のを分けてやるよ。手当てしてくれた礼だ」


 ゴンズはそう言ったが、どこにもその物資は見当たらなかった。剛拳をはめている以外は、手ぶらにしか見えない。


「えっと……ゴンズ君。それはどういう……」


「おお、何だ、お前ら知らないのか。こいつだよ」


 そう言ってゴンズは、白色の魔界石をゴソゴソと取り出した。今までに見たことのない色で、レア度の判別がつかなかった。青、黄、緑、赤の順序になっている規則性については何となく分かってきていたが、ここで白がくるとは。


「これには、物を収納することができんだ。合い言葉は何だったけな……。転送、だったか。で、出すときは出現な。それはさすがに知ってんだろ」


 ゴンズは白の魔石を太い指でつまみ上げ、ライムの小さな手の平に載せた。それをジュンヤが横からつまみ上げると、ゴンズは怪訝そうな顔をした。


「彼女は……その……、上手く魔界石を扱えないんだ。それで僕が代わりに……あっ、もちろん先に彼女にあげるよ」


「そうなのか……。いや、そんな心配はしてねえよ、変な奴だな。お前がそんなことをする奴じゃねえのは、よく知ってるさ」


 よく知ってると言ってから、ゴンズは表情を暗くした。よく知ってるのは、いつもジュンヤが辛い思いをしている光景だからだ。ゴンズは直接的にいじめに加担したことはないとはいえ、手を差し伸べることもしなかった。


 そんな自分を、何の見返りもなく助けようとしてくれた彼に対し、大いに引け目を感じた。手負いの今なら、その剣やライフルで止めを刺すこともできる――日頃の恨みを晴らす絶好のチャンスだったのだ。


 そんなゴンズの思いなど、ジュンヤは歯牙にもかけていないかった。そして無邪気に、白の魔界石からペットボトル入りの飲料水を出現させた。


「おおっ、凄い! こんなこともできるんだ。でもいいの? ゴンズ君。白の魔石はレアじゃないの?」


「いいんだ、まだ持ってるからよ。この色の石ばっかりガメてる奴がいてな。そいつからたんまり奪ったんだ。本当は瀕死の奴らにやろうとしてたけど、後ろから斬られてほとんど奪い返されちまった」


「そうなんだ……」豪快な武勇伝に、乾いた笑いを返すよりなかった。


「それとな、白は全部格納ボックスらしいぜ。だからこそ、こいつを持ってると狙われるかもしれねえな。せいぜい気をつけろよ。これをガメてた奴にはな。あの野郎の武器は日本刀だ」


 横で話を聞くライムは、ペットボトルの水で喉を潤した。そして半分ほど残して、ジュンヤに返した。


 ……ゴンズ君の見てる前では、残りの水を飲みたくないかも。これじゃあ間接キスじゃないか。


 この非常時にそんな小さなことを気にする自分が嫌になった。だが、それも含めての自分なのだ――後で飲めばいっか。


「日本刀とその拳は、相性が悪いかもしれないけど……私達にはこれがある」


 ライムはそう言って、ガチャリとライフルを装填してみせた。すっかり銃の扱いが様になっている。


「お水、ありがとう」人形のような顔でライムが言う。


「ああ、こっちこそ。ジュンヤ、また、会おうぜ」


 ふだん、それほど会話したことのない二人だったが、自然と言葉が流れた。ある種、戦友のような気持ちが芽生えているのだろう。それはこの世界に飛ばされた中で、数少ないいいことの一つだった。


「大丈夫……なの? ゴンズ君。もし、大変そうなら傍にいるけど」


「いらねえよ、気持ち悪ぃな。俺を誰だと思ってるんだ。こんなもん、しばらく休んでりゃ何とかなるだろ。部活の特訓に比べりゃ、可愛いもんだ」


 ゴンズはそう強がってみせた。彼が柔道部を退部になったのは、もう半年も前だと記憶しているが……。まだ思い入れがあるのだろう。朝の自主稽古も続けていると、リクトが話しているのを聞いたことがあった。


 気がつくと、辺りはすっかり日が落ちていた。ジュンヤはふと、二つの貯水槽タンクに目を留めた。ずっと使われていないらしく、外観は錆び付いている。


 ジュンヤは考える。デストロイヤルにおける、寝床は死活問題になるだろう。寝首をかくなど当たり前の世界だからだ。いかにゴンズが強かろうと、闇に紛れて狙われたらひとたまりもない。ん? そうだ!


 手持ちの能力――トラップクリエイターの説明を思い出す。時間制限はあるが、それは発動させるまでの時間制限だ(確か、設置後3分以内のはず)。しかし、トラップを展開した後の持続時間はこの限りではない。


「よし、できた! ライムさん、ゴンズ君。ちょっとここ触ってみてくれる?」


 ジュンヤは貯水槽に手を当てながらそう言ったが、ライムはおもむろにジュンヤの肩や腕回りをポンポンと触り出した。まるで軍隊の入隊テストのように。ジュンヤが頬をぴくぴくと引きつらせ、ゴンズが首を傾げた辺りで、ライムはその冗談をやめた。


 ――この子は無表情でこうした冗談(なのか本気なのか知らないけど)をするから、反応に困ってしまうな。


 気を取り直してジュンヤが貯水槽の壁面を触ってみせると、その見た目を保持したままで手がスルリと吸い込まれた。そして、体全体が埋まるように入っていく。


 ジュンヤは、トラップで小部屋を作り出していた。それも貯水槽の中に。


「えっと、タンクが二個しかないからあれだけど……。ライムさんが向こうで、ゴンズ君と僕がこっちで寝るっていうのはどうかな」


 貯水槽の中に入って、二人に説明した。中は思った以上に広く、快適そうだ。


「異論はない。とても素敵な部屋ね」ライムが余り表情を変えないで言う。


「夜露をしのげるだけでも十分だ。それに、無防備になる校舎と違って安全だしな。ただ……」


 ジュンヤは、ゴンズの小難しそうな表情を読み取ることに集中した。


「これでテレビがあったら最高なんだけどな」


 ゴンズはボソリとそう言った。ジュンヤはそれが彼なりの冗談だと分かり、少し嬉しくなった。



◆確認された魔界石


 トランク・ボックス〈異空間への収納〉

 レア度:★★★★

 カテゴリ:特殊〈ツール〉

 説明:水や食料を一時的に保存できる、携帯型収納ボックス。収納時は「転送」。使用時は「出現」と宣言する。一つの魔界石につき、一個の物しか収納できないため、数は必要となる。

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