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第11話 職員室と屋上

 職員室は、蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。


「電話は一切つながらないですよね! テレビやネットは復旧しましたか?」中年の男性教師が言う。


「駄目に決まってるでしょう。我々教師が、こんなに動揺してどうするんですか。こういうときだからこそ、聖職者としての威厳を示すべきなんです」年配の女教師が言う。彼女は敬虔なクリスチャンだが、果たしてその祈りは通じているのだろうか。


 理解を超えた世界に、丸ごと――少なくともこの地域一帯が――飛ばされた現状を目の当たりにして、論理的な説明ができる者などいなかった。教える側の教師が、よほど教えを乞いたかった。現実から目を背けようとする教師も多く、中には人格まで破壊されている者もいた。脳が退化したように、一心不乱に何かをつぶやいている。


 常軌を逸した事態には、若者の方が格段に適応能力が高かった。大人は自分達の思考の枠に凝り固まってしまい、そこから出ようとしない。事実、魔界石から武器を出現させている教師は誰一人としていなかった。少なくとも、この職員室が安全だと思い込んでいる教師の中には。


 やがて、不都合な真実を隠すかのように閉じられていたドアが、ゆっくりと開いた。そこには一人の男が立っていた。


「おーっ、待ってたぞ。で、どうなんだ、生徒達の具合は」


 数人の教師が、入ってきた男に話しかけた。男はニコリともせずに、教師に幾つか質問を投げた。


「えっ、何? 魔界石を持って、殺し合いに参加しないのかって? それはないだろう。これでも教師だぞ。さすがに生徒を殺す訳にはいかないだろうが」


「――だったら」男が言う。


「だったら、どうした?」


「ここにある石を全てよこせ」


「おっ、お前……何を言って……いる……う、うゎああああああ」


 ガガガッガガッ! 男は漆黒のガトリング銃を取り出し、乱射し始めた。


 羽布団が舞い上がるように、人間が乱舞していく。無慈悲な銃弾により、室内のあらゆる物体が細かく粉砕されていく。


 机、椅子、ロッカー、座布団、パソコン、テストの束、資料、湯飲み、のど飴の缶、生徒から没収した携帯ゲーム機、指示棒、鉛筆、カバン、愛妻弁当、そして家族の写真……。


 ガラスのように光る粉塵を舞い上げ、全てが破壊されていく様は、どこか美しくすらあった。


〈き、貴様っ……よくもっ〉


〈あなたも、地獄に落ちな……さ……い〉


「うーん、いい響きだ。教師の仮面をはがした、そういう心の叫びが聞きたかった。いつも、お高く止まりやがって。ふむ、なかなかのいい時間を過ごさせてもらった」


 男は、指先を職員室の中央へ向けた。


 ボゥオワッ! 職員室は激しい光に包まれた。後には人の形は何も残らなかった。


 * * * * * *


 ジュンヤとライムは屋上にいた。ここも人が少なかった。数人がフェンスに手をかけるなどして佇んでいて、彼らは戦闘を放棄しているように思えた。後は誰かに襲われるだけ――。ただそのときを待っているかのようだった。


 ジュンヤは校庭を見下した。すると、ここに人が少ない理由が分かった。


「ライムさん! あれ見える?」


「どこ?」屋上の風に、ライムは短い髪をなびかせた。せっかくの白いブラウスが、返り血のせいで台無しになっているのが悔やまれた。


 この世界の夕刻が近づいているらしく、校庭には照明が煌々と灯されていた。


 校庭の中央のラインを境にし、左右に分かれる形で何人かの生徒が陣取っている。あれは――服装と体格から判断して、ラグビー部の男子生徒だ。それと向かい合うように右側へ陣取る生徒は、ユニホームから見てサッカー部だろう。互いに二十名ほどの人数が集結していた。なるほど、こういう場所に人が集まっているのか。


 ラグビー部の連中は、それぞれ同じ斧を持っていた。サメでも解体できそうな大ぶりな刃で、完全に同じタイプだった。よくそこまで同じものを揃えられたなと、感心した。その影では、強奪があったに違いないが。屈強な男子生徒が斧を持ち、ズラリと立ち並ぶ姿は壮観だった。


 対するサッカー部の生徒は、槍を持っていた。こちらは種類バラバラだったが、長槍というくくりで統一されていた。同じ部活メンバー同士で寄り集まる戦略なのだろうから、協調性が見られて当然だ。正にチームワークで、このデストロイヤルを乗り切ろうという気概が感じられた。


 両陣営のにらみ合いが続き、すぐにでも合戦が起こる様相を呈していた。理由は分からないが、双方がいがみ合っていることは屋上からも見て取れた。


「始まる……」ライムが何かの気配を感じ取って言った。


「ウォオオオオッリャアア!」屋上まで軽々と届く、少年達の怒号。


 互いが一直線に、相手陣営に向かって突き進んだ。ちょうど中央のラインで斬り合いが始まろうとした瞬間。本能的な恐怖なのだろうか――互いに、ピタリと動きを止めた。


 人間同士が生死をやり取りする一線。それを踏み越えることは、一時的に自分を鼓舞している状態であっても難しい。武器を構えたままの、にらみ合いが続く。


 それは、ほんの僅かな変化だった。ラグビー部の主将が、敵の視線がそれるのを感じた。それに合わせるように、手に持った巨大斧をスッと降り降ろす。あっけなく、ことは進んだ。斧の鋭利な刃が、高校生の肉体を分断することはたやすかった。紙細工を引きちぎるように、体が縦方向に切断された。


「ウ、ワァアアアア!」


 サッカー部の生徒の悲鳴がきっかけとなった。そこからはまるで、筋書きの決まった舞台のように進んだ。ラグビー部の猛者達が、サッカー部の人間を蹂躙し始める。ガタンと勢いがついた綱引きのように、決着する。敵も同じく武器を手にしているのに、誰も抵抗することがない。狩る者と狩られる者の役割がはっきりした。それは正に圧倒的だった。逃げ惑う者、切り刻む者――スローモーションで、惨劇は進んだ。


 やがて二十名ほどの敵を殲滅すると、斧を持った狂戦士達は勝利の雄叫びを上げた。


 しかし、デストロイヤルはそこで終わりを告げなかった。校庭に砂煙が舞い、三名ほどの女性生徒が姿を現す。


 ジュンヤの遠目には、その女生徒が誰なのか分からなかった。ただし(ブレザーの)制服を着用しており、運動部というよりは文化部系の生徒に見えた。三人の女性のうち、真ん中の一人が短い杖を持っていた。


 やがて彼女達の目の前にいる猛獣のような男どもは、勝利の美酒を味わうような面持ちで、少しずつ近寄っていった。彼女達は男の視線を釘付けにしつつ、何事かを言い放った。


 すると……。


 今さっき何もなかった校庭に、突如として風の渦が巻き起こった。それは最初は小さな竜巻だったが……すぐに局所的なハリケーン規模へと変化した。


「わ、わ、うわぁあああああ!」


 砂埃を舞い上げるレベルではない。ラグビー部とサッカー部の、総勢四十名を超える男子生徒が、その風で宙に吹き上げられた。無数のゴミや看板のような鉄板も一緒に浮く。少なくとも三十メートルは上空で舞っている。


「な……何だあれ。もしかして魔法か? あんな魔法も、この世界では扱えるのか」ジュンヤは思わず、そう漏らしていた。


 広範囲にわたる魔法攻撃――それも風属性であることを、ジュンヤは得意なファンタジーRPGの知識から引き出した。


「ねえ、キミ。どうする? 彼女達と戦闘になったら」


 何げないライムの口調に、どきりとした。「どうする?」という聞き方に親密さが込められていた。少しは僕のことを頼りにしているのかな? もっと仲よくなれたら……好きな本の話でもするんだけどなあ。彼女が海外小説を、図書室で読んでいた記憶があった。


 しかし、そうした妄想はすぐに頭から振り払った――期待しなければ傷つくこともない。ずっとそうして生きてきたのだから。頭を元に戻した。


「彼女達のような魔法使いと一戦交えるのは得策じゃないと思う。ただ、あんな強力な魔界石でもきっと弱点はあると思うし、今は守りを固めておきたいかな」


「分かったわ。任せる。それで……今日はこれからどうするの?」


 ライムのその言葉でハッとした。度重なる戦闘をくぐり抜け、今も現実感のない争いを遠くに臨み、意識が別の所に貼り付いていた。しかし得体が知れないこの世界で、まずは生き抜かなくてはならない。それも、少なくともルールで示された十四日間を。


 サバイバルの基本は、水と食料――それと寝床の確保だ。ジュンヤは、自分で頭に浮かんだ文字である「寝床」に過敏に反応し、つい赤面してしまった。別に一緒に寝るわけでもないのに。


 屋上で次の方針が固まった。学食に出向いて、当座の水と食料を調達しよう。もっとも、既に残っていない可能性が高いが。


 ジュンヤとライムが非常階段に足を向けると、誰かが上がってくる音が聞こえた。本能的に危険を察知した。足を引きずっている音に聞こえたからだ。ならば、戦闘を行った人物の可能性が高くなる。


 ――階段から姿を現したのは、ゴンズだった。



◆確認された魔界石


 狂戦士の斧〈バーサクアックス〉

 レア度:★★★

 カテゴリ:打撃〈アックス〉

 攻撃力:288

 攻撃範囲:D

 戦闘の相性:剣などの打撃系……◎、魔法などの範囲攻撃……×、その他特殊系……△

 説明:半月の巨大刃が両側についた、雄々しいバトルアックス。扱う人を選ぶものの、その絶大な攻撃力は魅力。攻撃対象は、まるで食材のように切り刻まれる。


 聖騎士の槍〈セイクリッドスピア〉

 レア度:★★

 カテゴリ:打撃〈スピア〉

 攻撃力:165

 攻撃範囲:C

 戦闘の相性:剣などの打撃系……○、魔法などの範囲攻撃……△、その他特殊系……△

 説明:突き刺し攻撃を得意とする、青く輝く長槍。切っ先は二股に分かれており、敵を引っかけて持ち上げられる。柄の部分には獅子の紋章が施され、高貴な印象が伺われる。


 ウィンド・テンペ・トルネード〈暴風の旋律〉

 レア度:★★★★

 カテゴリ:魔法〈風属性〉

 攻撃力:420

 攻撃範囲:B

 戦闘の相性:剣などの打撃系……◎、魔法などの範囲攻撃……△、その他特殊系……△

 説明:近くにいる者を全て吹き上げる、風属性の魔法。生身の人間であれば、吹き上げられた高さからの落下で即死を招く。渦の強さだけでも、全身の骨が粉砕されるほどだ。

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