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第10話 孤独な心

「そういう、ことか……」ジュンヤがライムの言葉を噛みしめながら言う。


「そう。キミのトラップを見て、彼女はすぐに言った。『これ、あなたのトラップ能力?』って。武器を出現させてもいないあの人が、すぐに種類まで言い当てたことに、引っかかりを覚えた。きっと彼女もトラップの魔界石を持っているはず。そしてトラップ系だからパッと見は分からない」


 ジュンヤとライムのやり取りに、レイナは我慢しきれないようだった。


「二人は仲いいんだ……。そっか、片桐君。こういった世界が好きなんだよね」


 レイナは二人を一括りにして、話し始めた。


「でもね、私も結構こういうの好きなんだ。片桐君とは趣味が違うと思うけど。スプラッターっていうの? 内臓が飛び散るような映画。学校で嫌なことがあると、よく一人で見てたんだ。部屋の電気を消して、毛布にくるまったりなんかして」


「そう……なんだ。でも、桜咲さん。だからって皆を殺しちゃいないよね? トラップ使いだとしても。だって、委員長で皆に慕われてたし。そんなはず……ないよね」


 ジュンヤの言葉に、レイナは激高した。


「は? あなたには分からないでしょ! 委員長なんて損な役回りをする人間の気持ちが。いつも……聞いてる振りして、誰も聞いちゃいないのよ私の話なんか! ちょっとでも目立てば、掲示板に陰口ばっか書かれる毎日。内申書のためなら何でもする女とか。教師や男どもに媚びを売る女だとか。ふん……。ビッチなんて言葉、とっくに慣れっこになっちゃったわ」


 ジュンヤには、かける言葉がなかった。彼女にそんな悩み事があるなんて、この世界に来るまでは露とも思わなかった。全てが順風満帆にいっている、クラスで一番の美人でリーダー的存在だとばかり思っていた。ちょうど自分の対極に位置する人だとも。死にたくなるような悩みとは無関係な、超越的な存在として。


 レイナは、急に何か吹っ切れたような表情を見せた。


「でも……あなたは。私の話も……言うこともよく聞いてくれた。とても素直で、心優しい人だった。どこか安心できた。それで、いつからか放っておけない存在になってたの」


 レイナはゆっくりと歩き始めた。その姿はまるで、生きながらにして既に死霊だった。


「ガストラップで、皆を殺しちゃった……。だから、あなたも……」


 デストロイヤルの酷さを象徴するかのように、船の亡霊のような足取りでレイナが近付く。一歩、また一歩。


 そして、どこからか別のゾンビがわらわらと湧き始めていた。四……五……、気が付くと十体を越えるゾンビに取り囲まれている!


 トラップを複数同時に発動させるのは難しい。このままでは、死霊の波に飲み込まれてしまう。それに加えて、レイナが迫る。


「お……ね……が……い。殺させて……」


 グググ……。レイナはジュンヤの首を絞めにかかった。ライムは狙いを定めあぐねている。二人がくっつきすぎで、これではジュンヤにまで当たってしまう。レイナは鬼気迫る表情で、ジュンヤの体の上にまたがった。


「お願い……。一緒に……。死んで!」レイナの目がカッと見開かれたそのとき。


 グルン! ジュンヤが張り巡らせたトラップが発動した。ジュンヤもろともレイナの体が反転し、真っ逆さまに落ちた。そこには、丸く床がくり抜かれたような落とし穴が出現していた。


 穴の淵にぶら下がりながら、ジュンヤが呼びかける。


「桜咲さーん、大丈夫ですかー?」


「――」レイナからの返事はなかった。ライムがジュンヤに両手を差し伸べて、強く引き上げる。


 ほの暗い底から、レイナの声が上がってきた。


「……負けたわ、片桐君。私の負け。きっとあなたも、皆と一緒で私のことをバカにしてるのね」


「そんなことないよ! 少なくとも僕は違う。それに皆だって、委員長のことをバカになんてしてない……慕っていたと思うよ!」


「嘘! そんなはずないわ」


「ううん、嘘じゃないよ。だってほら……。皆は、端っこに集まって死んでたんだよ。僕はそれを見て思ったことがあるんだ。……きっと誰か信頼できる人の呼びかけで、そこに集められたんだって。そんなことができるのは、全幅の信頼を寄せられている人しかいないんだ」


「バカね。私のことを買いかぶりすぎよ。でも、そう言ってもらえると嬉しいかな。ありがとう。でも、やっぱりバカだな私。その皆をガストラップで殺しちゃったんだから。それにあなたのことも殺そうと……」


 そこでジュンヤは、どうしても言いたかったことを思い出した。


「それでも僕は……嬉しかったよ。桜咲さんが、僕の存在に……たまに声をかけてくれることが」


「気づいててくれたんだ……。嬉しい。それじゃあ、ね」レイナは髪留めのリボンをほどきながら言った。


「えっ? それじゃあって……どういうこと? 桜咲さん!」


「あなた達は、この世界で私の分まで生きて。悔しいけど、お似合いよ。あーあ。人には言えないスプラッター趣味も、きっと片桐君なら気に入ってくれると思ってたのになぁ。残念。ここからは見えないけど……あの子たちの動きもきっと止まってるよね」


 レイナはゾンビのことを言ってるのだろう。彼らの行進も、ピタリと止んでいた。


「桜咲さん!」穴に身を乗り出したジュンヤを、ライムが制した。


 もう、彼女は助からないというように。きっと穴の中で、自らガストラップを発生させているのだ。ジュンヤはライムの分の防護マスクを出現させ、彼女の顔にはめてやった。互いに防護マスクをつけたせいで、ライムに涙ぐむ顔を見られないで済むのは好都合だった。


 静かに――彼女の深い心の闇を閉ざすように、その穴は閉じられた。その間際、彼女が力を振り絞って投げたと思われる紙包みが宙に舞った。


 それから二人は屋上を目指した。ガスのせいではないが、空気が奇麗な場所へと足が自然と向かっていた。


 余りいい思い出はないが、ライムを通い慣れた場所へと案内する。不思議と、腰掛けられるコンクリートの段差などはそのままだった。ライムが、何の気なしにちょこんと隣に座った。ジュンヤは驚いて少し距離を空けた。そしてこれからの戦いについて、まるでゲームの攻略するかのように考え始めた。


 レイナは三つの強力な魔界石を扱っていた。防護マスクとガストラップ。そして、ゾンビを使役する能力――ネクロマンシー。


 やはり、他人の魔界石を奪った方が有利に展開できる点は否めなかった。彼女は大勢のクラスメイトを倒し、ネクロマンシーを手に入れたのだろう。一方でより多くの魔石を求めることこそが、殺し合いの動機につながっている。


 ジュンヤの手の中には、黄色と緑の魔界石があった。その二つは、レイナが白いリボンで投げた紙包みの中にあった。ジュンヤは大いに迷った。この魔石は、恐らくガストラップとネクロマンシーだ。できれば両方とも使いたくなかった。しかし、この強い魔界石が他人の手に渡るのも厄介だ。すると、そのジュンヤの考えを見越したように、二つの石はスゥッと消滅した。


「あれっ? 消えちゃった」とジュンヤ。


「有効期限があるって、こういうことね。使った回数なのか、期間の制約なのかは分からないけど」ライムが言う。


「そうだね。でもこの石は消えてよかったかな。僕には向いてないや、ゾンビを使役するなんて」


「そうなの? 結構キミに似合ってると思うけど」


「それってどういう……」ジュンヤは、首を傾げた。


「ほら、今も後ろにいるよ。あの子達が」


「えっ、えっ? うわあああっ!」


 ライムが冗談を言ってると気が付くまでに、しばらく時間がかかった。


 ジュンヤは落ち着きを取り戻すと、レイナの白いリボンに目を落とし、そっと胸のポケットにしまい込んだ。



◆確認された魔界石


 スリーピング・ガスクラウド〈死の眠りを誘うガス〉

 レア度:★★★

 カテゴリ:特殊〈トラップ〉

 攻撃力:300

 攻撃範囲:C

 戦闘の相性:剣などの打撃系……△、魔法などの範囲攻撃……○、その他特殊系……×

 説明:多人数攻撃を可能にするガストラップ。吸い込んでから作用するまでに時間がかかる。痛みを一切感じることなく、死へと誘う毒ガス。


 ネクロマンシー〈死霊使い〉

 レア度:★★★★

 カテゴリ:魔法〈召喚〉

 攻撃力:50~120

 攻撃範囲:C~B(時折E)

 戦闘の相性:剣などの打撃系……△、魔法などの範囲攻撃……○、その他特殊系……△

 説明:召喚系の魔法術式。死体をゾンビに変化させる。複数のゾンビを同時に使役可能。ゾンビの視界は術者の視界に依存するので、見えないところでは使役できない。

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