ニートのお仕事
今世間ではスマートフォン、一般的には「スマホ」とか言うものが爆発的に流行している。
それを手に入れた人の多くは、四六時中それをいじり続ける呪いがかかるらしい。電車の中でも、食事の時も、友達と遊んでいる時でも。そして、歩いている時でも。
傍から見れば異常としか見えないその行動も、当人にとってはごく日常となる様だ。常時スマホに勤しむ事で、本当にすべき事へかける時間も少なくなってしまうのではなかろうか。
携帯が普及し出した頃にも似たような事はあったけど、その頃は普及率が今ほどじゃなかったからだろう、周囲の目も厳しく今の様な社会現象にまでは発展しなかった。
あたしはバス停のベンチに座り、行き交う人々を観察しつつため息をついていた。
申し遅れました。あたしは「おつかのそい」と申します。「おつかの」「そい」で区切って読んで下さい。逆から読めばすぐ分かるかと思いますが、もちろん本名ではなく、仕事用に作った捨て名です。
尚、仕事と言うのは世間体を考慮して、あえて仕事と言っているだけで、厳密にはニートと呼ばれるものに属する人種です。経済の歯車の端っこで、バイトもせず親のすねかじりをして生きていると言うのが現状と申しましょうか。
それでも世間体は多少なり気にしてはいるので、一円にもならない事をあえて「仕事」と呼んで、経済の歯車を回しているふりをしている訳です。
二年前までは学生だったので、勉強は苦手でしたが精神的には楽でした。卒業すると色々とめんどくさい事ばかりで嫌になってしまいますよ。なので、都合よく世間で「このご時勢ではそう簡単に就職出来ない」と言っているので、暫くその言葉に甘んじる事にしました。学生最後の年の就職活動は「してるふり」をして乗り切り、見事ニートと言う職業に就く事に成功しました。本当に喜んでいる訳じゃないですが、せめてそうとでも言わないと生きるのが辛過ぎるので許してください。
ニートになってみて分かったのは、精神衛生的にとても辛いと言う事です。小心者のあたしは周囲の目が気になるので、「仕事を探すふり」をし続けるのも限界を感じ、「仕事をしている」事に変更しました。
ニートではあるのですが、「仕事をしてるふりをしているニート」。今はそういう設定になってます。ややこしくてすみません。でも反省はしません。
因みに仕事内容は主に、今みたくベンチに座って行き交う人々を観察して、ごく稀に居る「客」を待ち続ける事です。
毎日観察しているのですが、大体同じ人が同じ位の時間に通り過ぎて行くのですよね。おかげでどの人がいつ頃通るかは大体覚えました。
時間通りに来ない時は「遅刻だろうか」それとも「風邪でもひいたのだろうか」などと思考を巡らして暇つぶしをしています。そんななので一日がとても長く感じます。
言うまでもないと思いますが、あたしのしている事に料金が発生する事はありません。客と言っても一方的にそう決め付けているだけで、相手の承諾を得ている訳ではないので仕方ないですね。最近何かと理由を付ける事がうまくなりました。
さて、今日は久々の客が来たようです。俯いてスマホを必死に眺めながら歩道を歩いてくる、年齢30歳位のサラリーマンらしき男性ですね。身長170センチ前後の中肉中背、地味なメガネをかけて、スマホを見ていなければまじめそうに見える人です。
余談ですが、私的な意見を加味させてもらうと、全く好みではありません。今まで彼氏が居た事はありませんが、かと言って好みと言うものは妥協出来るものではない様です。
客はあたしがここに座りはじめた頃はまだ普通に歩いてましたけど、半年前位にスマホを買ってから様子が変わりました。徐々に歩きスマホの頻度が増え始め、三ヶ月位前からは、ほぼスマホを見ながら歩ける様になったみたいです。
そのせいで、日を追う毎に「余計なもの」がくっつき始めてて、そろそろ限界に近そうに見えます。
さて、客が目の前まで来ましたので仕事を開始させてもらいますね。
まずは身辺をチェック、スマホを見ながら歩いているのでとてもふらふらしています。歩行速度も男性としてはかなり遅くなっています。次に反応を見てみましょう。
『すみません』
あたしは客の進行方向に立って声をかけ、目の前で手を振ってみた。
『反応なし……と』
確実に聞こえる大きさの声を出してみましたが、やはりこの客には届いていない様ですね。客はあたしが目の前に居ても、構わず直進を続けたので横に避け、今度は声をかけつつ肩を叩いてみた。
『もしもーし、聞こえますかぁ?』
客の様子に変化なし。肩を叩いても行動に全く変化が起こらないと言う事で、事前チェックは完了した。客はふらふらした足取りであたしの目の前を通り過ぎて行った。
『午前8時15分、作業を開始します』
全くもって独り言で意味もないけど、あたしはいつも始める時に時計を見てこう言います。丁度今この客を抜かして行った別の男性が「なんだ?」と言う顔をしてたけど、仕事中なので気にはしません。
作業で最初にする事は、客の足止めです。動いていると作業がしにくいですから。あたしは躊躇せずに客の持つスマホを取り上げた。
すると、客はスマホが手からなくなった為に足を止め、見るものがなくなった為かおろおろし始めた。
あたしがスマホを取り上げた事を全く理解していない様子ですね。客と呼ばれる対象は、大体がこの状態に陥っています。両手を眺めたり、その先の地面を見たりを繰り返すのが特徴ですね。
『目線を修復』
そう言って、取り上げたスマホを客の目線より高い位置に翳した。すると客は両手を伸ばしてスマホを掴むと、顔を上げてじっとスマホを見つめ始める。位置を下げない事を確認すると、あたしはそのスマホから手を離した。
『オブジェクトの確認』
客の周囲をとり囲んでいる「オブジェクト」と呼んでいるそれらの様子を暫く伺った。
『オブジェクト変化せず』
1分程様子を見ていたが、オブジェクトは完全にこの客に結合されているのか貼りついたままの様です。
この貼りついたものは、世間一般的には「霊」等と呼ばれるものかもしれないけど、確かめる手段がないので定かではありませんが、この客はそれがいくつもくっついた状態になっています。
残念ながらオブジェクトと呼んでいるものは、あたし以外には見えていない様です。あたし自身は小さい頃からずっと見ていたので、てっきり皆見えているとばかり思っていたのだけど、余りに皆スルーしてるので聞いてみたらやっぱ見えていませんでした。
当然周囲からは変な奴呼ばわりされ始めた訳ですが。彼氏が出来なかったのも、その延長線上にあるんじゃないかとあたしは思ってる。
さて、オブジェクトに話を戻します。
通常そういうものが一つや二つくっついていても日常生活に支障が起こる事は少ないのですが、この客には10個程くっ付いてしまっているので、おかしな事になってまっている様です。こうなると剥がす以外の方法はありません。
『オブジェクトを剥離します』
あたしは両手を差し出すと、オブジェクトを挟む様にして両手でパンと叩いた。
どういう訳か、オブジェクトはあたしがパンと音を立てて叩くと細長く変化して消えてしまうのです。どこかへ移動すると言う事もなく消滅する様です。
あたしは客の周囲を回りながら何度も手を叩いた。
最後の一つを叩き、全てのオブジェクトが消滅してから数分、客はまだスマホを顔の上に上げっぱなしでしたが。突然「ハッ」と我に返ったそぶりを見せると、次に側に居るあたしにびっくりし、再びスマホを定位置に下げると再び歩き始めた。
『ありがとうございました』
客だった男性は、今度はあたしの言葉に反応して振り返り、「なんだコイツ」と言う表情をして首を捻った。