偽り王女2
点在するレリーフや足元のモザイク画は細部に渡って美しく大神殿を彩るには相応しいものだった。
しかしこの日の主役は特に気のない様子でモザイク画の床を踏みつけて闊歩していた。
神を崇めるだけにこうも金を無駄につぎ込める人間の性に笑える。
自分の顔は何枚もの重ねた透かし模様の入ったベールで隠されているので、潤った唇が弧を描いて嘲笑しても見えないだろう。
実際、私を誘導している周りの侍女たちは気がつかなかった。
ただし、一番近くに控えているアオンは何か気がついたようでそちらから視線を感じた。
こちらは周囲の侍女たちと異なり、私と同じように短いがベールをかぶっている。
お互いベールで見にくいというのに勘のいいやつ。
正面を静々と歩く侍女の後ろ姿を見る。
神殿の廊下を移動しているのだが、侍女の歩きがあまりに遅いので何度も追い越しそうになってしまう。
それを我慢しなければならないのは一苦労だった。
鬱陶しいのはそれだけではない。
彼女以外にも十人もの侍女が付き添いとして周りを固めており、さらにその周りを白いコートをきっちりと身に着けた近衛隊が取り囲んでいた。
長い廊下の両脇にはこの国の神官や官僚たちがずらりと並び、全員が片膝をつき頭を下げて通るのを待っている。
色々とうざい。
その一言に尽きるが我慢我慢と心の中で繰り返した。
片膝をついて頭を下げる。
この姿勢はこの国で最敬礼を示している。
この礼法は国王へは慇懃無礼すぎて使えない。
この国の国民が最敬礼をむけるのは神に祈りを捧げる場合のみだ。
遥か昔から決まっている。
最も高貴な身分であり支配者でもある国王でさえ大礼の時には膝をつき最敬礼をとるぐらいなのだから、この国において宗教がどれほど大きい割合を占めているのかを物語っている。
しかし、私には関係ない。
この国の人間から慇懃大仰に頭を下げられてもちっとも嬉しくない。
むしろうざい。
大事なことだから二度言った。心の中で。誰にも聞こえないけれど。
大体、私はこの国とはまったく関係のない存在なのだ。
王家の血だって一滴も持っていない。
だから本来ならこんなことしてやる義理などないのだがこちらにも色々と事情があるのだ。
ベール越しにアオンを一瞥する。
私にぴったりと寄り添い付いてくる。
私はアオンから居場所を奪った。
もともと居場所なんてなかったと笑っていたが、王族の血を継いでいるのはアオンなのだ。
ただし王女ではない。
それは周りが勝手に勘違いしているだけだが、こちらとしても都合がいいからそのままにしている。
それはさておき、私情からアオンの居場所を奪ってしまったせいで少々面倒なことに巻き込まれている。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
苛々しながらも廊下を渡りきる。
神殿の正面出入り口から一歩踏み出せば、目の前の広場は大衆の波で埋め尽くされていた。
天気雨が降った跡形である虹が煌いている。
この瞬間を待ち望んでいた民衆は神殿内から現れた王女に歓声を上げた。
爆発的に轟く喚声に驚いたのは規制の引かれた広場の中央で整列していた一団だ。
彼らは周りの熱狂振りにざわめいた。
王女の人気が彼らの予想以上だったのだろう。
驚く一団の中でさほど表情を変えずに立っている男たちが居た。
一人は鉄錆色の甲冑で身を包みコートをまとっていた。
肩の留金から垂らされている房は銀糸で三つに編みこまれている。
コートと同じ色の手袋をはめた右手を胸に当て、左手は腰後ろに添えて銅像のように立っている。
その腰には銀細工の付いた革製のベルトが巻かれ鞘につつまれた長剣が差し込まれていた。
長身で刈り込まれた髪と日に焼けた肌は、がっしりと鍛え上げられた肉体と相まって静かな威圧感を纏っていた。
その男は切れ長の眼光で王女を見上げていた。
もう一人の男は胸当てと革製の武具で武装している。
周りの一団と比べると軽装のように見る。
しかし、衣類はその逞しい肉体を誇示するよな露出のある独特な意匠だが、身につけている胸当ては下手な甲冑よりも防御力のある竜亀甲で出来ているではないか。
しかも武具は全て砂岩豹の丈夫な革製だ。
その大きく強張った両手には打撃用の鉄甲が付いた革手袋をしている。
腰には鞣革のベルトを巻きつけて腹から肩に向けて、肩から背に向けてさらにベルトを通し巨大な大剣を括り付けて背中に背負っていた。
額当てとして巻かれている布にも胸当てと同じ竜亀甲が縫い付けられ、髪は幾つにも編みこまれて肩まで垂らされていた。
百戦錬磨の猛々しさを纏う大柄な男は目尻の垂れた眼を好奇心で輝かしている。
だがその奥では注意深く周りを観察していた。
泰然としている二人の男がこの一団を率いているのは一目瞭然だった。
「ようやく王女さんのおでましか。ずいぶんもったいぶってくれるぜ。なぁ、ザイール。古い国の拘りってやつかねぇ?」
「口を慎めサリマム。我々は国の代表としてここにいるのだぞ」
サリマムが嘲るように口笛を吹いて茶化す。
隣に立つ友は細々とした儀礼や慣習を苦手としているのを知っているザイールは静かに咎めるだけでとどめた。
しかし仮にもここは他国である。
表面だけでも取り繕えと睨みを効かせば肩を竦めておとなしくなった。
視線を正面に向ければ、王女の周りを囲んでいた騎士達は一指乱れぬ動きで大階段の両脇へと移動していた。
付き添いの侍女達は一歩後ろへと下がると膝をついて頭を垂れた。
自然と前へと押し出される形となった王女に注目が集まる。
神官が祝詞を読み終える。
それを合図に王女が階段をゆっくりと下りはじめた。




