門扉
自分の身体なのに鉛のように重たく指一本自由に動かせない。
ゆっくりと沈んでいくことを認識しながらも、どこかぼんやりとした思考によって現実味がない。
瞼を開けることもできず、ひっそりと溺れていく感覚に慣れてしまった頃、突然身体を襲った浮遊感に息を詰めた。
もっとも、口から漏れたのは声にならない息だけだったが…。
それでも思考の一部をはっきりとさせるだけの効果はあった。
突然、光の渦に無造作に放り込まれた。
抵抗もできず光の激流に流される。
虹色の無数の球体が集まり太陽のような光を放っている。
球は途絶えることなく分裂し、また別の球と合体を繰り返している。
そうして自由に伸縮を繰り返して私を飲み込んだ。
神経細胞が悲鳴を上げる。
のたうち回りたくなる激痛と容赦のない圧迫感に翻弄される。
このままでは自分が光の粒子に溶けてしまう。
自分が自分でなくなる。侵略される。
ここで心折れてしまえばいいのに…。
自分でも呆れるがひたすら我慢するのだ。
光の集合球体はそんな私を嘲笑い、愛おしげに撫でまわす。
その度に心臓がとまるほどの痛みが頭からつま先までを走りぬける。
早く飽きてどこかへ行ってしまえっ!
その願いが叶うころには、私の精神はぼろぼろだ。
傍若無人な光輝が過ぎ去った後は、いつだって深く暗い沼に横たわるような感覚に囚われる。
「我、汝と契約せし者なり」
低い音が脳裏に響く。
「汝、我と契約せし者なり」
雑音が入り乱れるそれは段々と形になり、自分に呼びかれてくる声となって脳裏に届いた。
「其を形作る種の全てにおいて我、宿りし者なり」
声と同調するように心臓が呼応する。
そして動かせない身体に何かが巻きつくのを感じた。
明確な意志をもってずるりずるりと肌の上を這いずるそれは温かみなどなかった。
「汝の息吹に我の鼓動を感じ、我の脈動に汝、感応せよ」
心臓が燃えるように熱い。
「須らく盟約を継承せよ」
血液が沸騰し、煮え滾るマグマのように脈打つ自分の心臓に声にならない悲鳴をあげる。
またも押しつぶされるような感覚。
身体の中から発せられる熱に息が止まってしまうのではないかというぐらいの苦しさ。
掻き毟りたくなるような情動が体中を巡る。
暗く深い闇の底に引きずられるようにして落ちていく。
この感覚を知っている。
何度体験しても慣れない。
この苦しさだけは慣れたくない。
激しい痛みと焼かれるような苦しみに朦朧とする頭の中をさらにかき混ぜられる。
悲鳴は声にならず音だけが虚しく忘却の闇へと消えていく。
それでも自分に鞭打って重い瞼を少しだけ持ち上げた。
落下する自分を待っていたのは門だ。
歪なそれを門と言っていいのかわからない。
表現するならば醜悪にして荘厳。
振動する光の粒子がその周りを取り巻いているから黄金色に輝いて見える。
無数の蛇のように縦横無尽に蠢いているのは、普段閉じているその門の頑丈なる鎖たち。
これから自分を招き入れるため、ぱっくり口をあけた穴。
自分の意志とは関係なく引き寄せられる。
なすがまま世界に食われる。
今の自分は無力だ。
身体の奥から湧き上がる感情の名前は忘れてしまった。
ただわかるのは諦めにも似たなにかだけ。
静かに瞼を伏せた。
後は波の流動に身を任せる。
こうなってしまうとどうすることもできないからだ。
誰も知らない宙の片隅で【次元の門扉】はひっそりと開かれた。